プロローグ
「悪かった! 俺が悪かった! でも仕方なかったんだ。だ、だってそうでしょう? あの状況で一体誰がお嬢様を信じればよかったっていうんだ」
「あの時、あなたが私を信じてくだされば……いいえ、皆様が私を信じてくださったのならば、このようにはならなかったでしょうね」
にっこりと笑いかけてあげれば、目の前の男はボロボロと涙を流しながら無理に笑みを浮かべる。表情すらも正しく作ることができないほどに怯え切って、その場にへたり込み、恐れの念を抱いて見上げてくる青色の瞳に、思わず口角が上がる。
「残念です」
「や、やめてくれ……! 俺には家族がいるんだ」
「そうですか。でも、私には関係ありませんので」
「あ、悪魔だ。やはり、お、お前は悪魔の血を引いている! あの時、私たちが信じても信じなくても、きっとこうなっていた……!」
その言葉にピクリと眉が動く。先ほどまでご機嫌で上がっていたはずの口角もすっかり下がってしまった。この男は反省をするどころか、責任を私に擦り付けてくるではないか。深い深いため息を無意識につく。それと同時に男の肩がびくりと跳ねた。
コツコツと音を立てて、男に数歩近づけば、おびえたように後ろへと下がる。ずるずると体を引きずるようにして下がったところで、後ろは壁だというのに、考える脳みそすらも、涙と一緒に流れてしまったのではないだろうか。愚かなことこの上ない。
高価な、しかし、邪魔なドレスの裾をそっと少しだけめくりあげて、動かしやすくなった足で彼の手のひらを踏みつけた。
「あぁぁぁっ! い、痛い! 痛いっ!」
濁ったような汚い悲鳴を聞き流しながら、ヒールでぐりぐりと床に押し付ける。おそらく骨が折れたり砕けているのだろう。
「俺の手がぁ!」
「大丈夫ですよ。だって、もう使わないでしょう?」
気が済んだので、踏みつけていた手から足をずらすと、男は息も絶え絶えにその手をもう片方の手で握りしめて、唸っていた。この男に対しての興味はもうない。私がさっと右手をあげれば、どこからともなく現れた人影が、男の首を切り裂いた。
「ぁ……?」
状況をよく理解できずに首元に手をかざしかけた男は、そのままその場に崩れ落ちる。それと同時に噴き出した血が、路地を汚していった。
ふと足元を見遣れば、ドレスの裾に血が付いていることに気が付いて、眉をしかめた。
――ペトロネラ・エトホーフト。この国の歴史に残る革命を起こした偉大な人物であるとともに、その残虐性から最後は市民の手によって暗殺された悪女。殺されるその瞬間さえも笑っていたという異常な精神の持ち主。これは、彼女がいかにして、悪女になったのかを綴る物語だ。
お読みいただき、ありがとうございます。
今まで書いていたジャンルとは異なるのですが、
前から書きたいと思っていた物語です。
不定期に(1,2週間に1回くらい)更新予定です。