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才能がないのには目を瞑ろう!

吹き荒れる嵐というのは、人生で沢山見てきたはずだった。


私は一体何に呆然としているのか。


まるで水が流れるかのような、滝が落ちるかのような激しい風の音が耳に届く。視界には、激しく揺れる木々と、宙を舞う葉と家。


そう、家が宙を舞っているのだった。


髪が風で吹かれている。頬に当たる風は冷たく、もはや痛いくらいだった。冷えた耳の感覚はとうになくなっている。

ぽかんと開けた口の中は乾き、はぁ、と吐いた息は白く空気に溶ける。

逃げろ、と本能が私に伝えてくる。けれど実際、私の指先のほんの少しも動かなかった。


「神様がお怒りになった…」


隣に膝をついていた弟は消え入りそうな声で言った。普段神など微塵も信じていないだろうに、と私は冷めた頭で思った。

どうせ人間が環境破壊でもしたせいだろう、と何処か達観した感想を抱いた私だが、確かに急にこんな嵐が起きるのは神でも関わっているのかもしれない。


不意に、風に吹かれ宙を舞っている物たちが一点に集まりだした。

「え……?」

間抜けな音が開いた口から零れ落ちた。

竜巻だろうか。竜巻だったら地面から伸びる筒状の処に集まる気がする。けれど今回の

現象は、宙の一点に物が集まっている。

明らかに異常だ。明日のテレビは大騒ぎだろう。世の科学者たちは何日か眠れないかもしれない。


否、明日が来るかどうかも分からないが。


自嘲するような笑顔を顔に張り付ける。一点に集まったものはぶつかり合ってどんどん壊れていく。

壊れた家からは稀に血が一滴二滴落ちてくる。まァ、その地面に落ちてきた血も、数秒立てば宙の一点に吸い込まれるのだが。


何人の人間が家ごと吸い込まれたのだろうか。家から出ようとしても、かなりの高さだ。家から出たところで屍と化すし、家に居るままでは押しつぶされて圧死する。壊れた木材に串刺しにされた人も居るかもしれない。


実質死刑宣告だ。


私が、嵐を肌で感じてみようなど考える阿呆でよかった。

すると風や物が集まっている処が、中心からぼんやりと白く淡く光り出した。

今までの事も信じられなかったが、今回の現象は更に信じられなくて、眼球が零れ落ちんばかりに目を見開く。

家の中にあった家電が壊れて電力が暴走し始めたのか、それともなにか超常的な力が働いているのか。


急に、集まっていたものは一瞬にして砕け散った。今までのぶつかり合いがまるでお遊びかの様に、握力がとんでもない人が林檎を握りつぶすかのような、そんな勢いで砕けた。

その砕けた家の残骸もまた、一呼吸おいて砕け、吹き荒れる風と、ぼんやり光る何かだけが残った。

その白いものは段々光の強さを増していく。


現実逃避気味に、これは日焼けしない光だよね?などと考えていたが、光が若干目に痛くなってきて、直ぐにそんなわけにはいかなくなった。

目が痛いけれど、でも、この現象はなんだか自分の目で確りと見て置かないといけない気がして、目を細めて、目は逸らさない。

数秒そうしていただろうか。一瞬光は物凄く強く光った。流石にそれは直視できずに、反射で目を閉じた。けれど其の物凄く強い光は一瞬で消えた。

その光がなくなった瞬間、風もなくなった。木々の揺れる音もなくなった。

完全に凪いだ空間。自分の鼓動だけが耳に届く。まるで時が止まってしまったかのような錯覚を覚える。瞼をゆっくりと開く。


———黒い


「え……?」


頭の中の冷静な自分が、人間が驚いた時に上げる音は全部一緒なんだな、と冷笑している。

強い光を発していた物は漆黒に染まっている。まるで、お絵描きツールで塗りつぶしボタンをクリックしたかのような。

さっきまでは雲で灰色に染まっていた空は、暗く、夜になってしまったかのよう。けれど夜にしてはあまりにも深い藍色で、普段静かに地上を照らしている月明かりも、儚く空で煌めいている星も、何も見えない。

辺りには淡い霧が立ちこみ、荒れ果てた地表はぼんやりとしか輪郭が捉えられない。


「不味いッ百鬼夜行か…!」


弟は追い詰められたような声を出した。私の中に、その「百鬼夜行」という単語に、中二病か、と笑いとばしたい自分と、何か、決定的な理解の差に気が付いて、それに焦る自分が二人居た。


「ねぇ、何の話をしてるの…?」


出来るだけ口調に焦りを滲ませぬよう、気を付けて弟に訊く。弟が此方を振り向いた。

その目の虹彩は紅く、瞳孔は、今までにない位濃い黒色をしている。まるで漆で塗りつぶしたかのような瞳孔は、何の光を反射しているのか、光が写り込んで実に美しい。

何故だろうか。化粧などしないはずなのに、というか家を出たときしていなかったのに。眦に真朱色の線が入っている。…アイライナー的な感じだろうか。私は面倒臭がって化粧などしないのでよく分からない。


普段不思議なほどに黒い弟の髪は、先になるにつれて、桜鼠色にグラデーションになっていた。

肌は、サッカーをしていて、焼けていたはずなのに、人の肌のナチュラルカラーと呼ばれる生成色よりも、もはや白百合色に似ているのではないかと思う程白く、肌だけメラニン色素抜けたのかな、なんて呑気に思う。

唇には、紅が引かれており、艶めかしいと言えば、私は気持ち悪いだろうか。何故リップとグロスと言わずに紅と言うかと言うと、何となくの雰囲気だ。

何んとも霞の様な雰囲気だ。手を伸ばしても空を切るかの様な、何か、幻想的な、まるで蜃気楼のよう。


「百鬼夜行。妖達が蠢く。姉さん、逃げて」


弟の発した言葉は空気を震わせる。何か魔法の力でも持ってしまったかの様な言葉。なんだかそこにかっこよさを感じてしまう。逃げるつもりは微塵もなかった。


「あ、あやかし?」


「そう。人の生活を脅かす悪しき者達。神の使いを殺めようとする不届き者達」


弟は世界に空いた、黒い虚を見つめる。その目は、慌てふためき混乱した私とは正反対に凪いでいて、静かな世界と一体化しているような感じがした。


「神の使い?」


「そう。神様に従事する者」


「神に従事」


虚を見て、目を細めた弟は手首をくるりと捻る。光が眩しく煌めき、一瞬目を閉じると、次に目を開いた時、弟の手には弓が握られていた。

私は目を白黒とさせる。もうキャパオーバー寸前だ。


「本当は扇子があるのが正解なんだけど、嵐に誘発された虚だからちょっと持ってなくて」


「うん、別に話してくれてもいいし、ちゃんと聞くンだけど、多分お姉ちゃん内容半分以上理解できないと思うな」


矢がないのに、一体何で虚を射るのだろうか。

弟は集中するように弓を引く。するとぼんやりとした、柔らかい黄色い光が周囲から集まってくる。一つ一つは、まるで蛍の光の様に淡いが、集まると暗闇を照らすランタンと同じ明るさになる。

ビン、と、想像よりもずっと硬い音がして、弦が弾かれる。


「おぉっ!」


輝く矢は虚の中に吸い込まれるように落ちていく。すると中から何か大きな呻き声の様な、くぐもった音が聞こえる。それはまるで、眠っていたところを起こされた巨大熊のような音だ。


直後、虚の中から怒気にも似た、何か飛んでもない圧を感じる。

冷や汗がたらりと背中を伝う。頬が引き攣った笑顔で弟を見る。


「これ、大丈夫なやつ…?」


「うん。結界は張ったから、一般人には見られない」


「そうじゃなくて!いや、私一般人なんだけど!そうじゃなくて!なんかヤバい戦いが始まりそうだなって思って!」


私の焦りに焦って上擦った声を聴いた弟は噴出した。絶対に笑うシーンではないと思う。


「百も妖が出てきたら迷惑だから、ボスをちょっと呼び起こした」


「莫迦もん!」


私は心の底からの悲鳴を上げた。一発目からボスを呼び起こす莫迦が何処にいるというのか。否、目の前にいるのだが。まさか自分の弟がそんな遊戯脳だとは思わなかった。


「ちょっ、それ倒せるの!?」


「まぁ?ミスらなければ?まぁ、死んでもセーブポイントがあるから大丈夫」


「この遊戯脳!!」


グッと親指を立て、笑顔で言う弟。私は再度、大きな声で叱咤する。何時もよりずっと清楚で上品な笑い声をあげた弟は、安心するような穏やかな笑顔を浮かべる。


「大丈夫。俺を信じてよ」


虚からは、なにか、とても大きな鬼が出てきた。

真っ赤な体は、ずっと暗闇で弟と喋っていた私の目に痛い。もじゃもじゃの髪は一体何日手入れをしていないのだろう。そして服は下半身にのみ着用している。


虎柄は、現代ではそれなりに珍しいと思っていたが、この前の授業参観で来ている人が居たから、其処迄珍しくないのかもしれない。

手に持っているこん棒には、大量の棘が付いている。殴られたら絶対に痛い、と身震いした。


「ぱぁん!」


弟が明るい声を出して弓を引く。美しい軌道を描いて飛んで行った光の矢は、鬼の眉間のど真ん中に刺さる。


ぐおぉお。


戦闘の軽快さにそぐわない、重々しく低い音が響いた。

鬼が地面に倒れ込むときに発生すると思った、さらに重々しい重低音に身構えたが、何時まで経ってもその音が聞こえず、頭を上げる。

鬼は、紫色の煙になって、もくもくと空気に溶けていっている。


まるで遊戯の一シーンのよう。何時の間にか姿を見せていた満月が煙を照らし、キラキラと輝いていた。



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