表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/31

金曜のアルバイト

 金曜の朝、俺はいつものように学校へやってきた。


 早い時間帯。

 というか、今週はずっとこの時間帯だ。

 しかし、今日が終われば全て解放される。

 もちろん、二週連続とかいう悪夢がなければだが……。


 日直の仕事をするために早く学校へ行った俺だったが、いつまでたっても田辺は来なくて、俺は結局一人で全部の仕事をやるはめになったんだ。


 いよいよあいつ、完全にサボったな。

 俺はそう思っていたんだ。

 だが、朝のホームルームが始まっても、田辺の席は空いたままだった。


「えー、田辺の転校の件だが、本人たっての希望で――」


 田辺は転校していたんだ。

 先生の話を聞くに、どうやら親の都合らしい。


 なんだよ。

 転校の話とか全くしてなかったじゃねーか。

 俺は不服だった。

 今週は田辺と日直で、色々話して、あいつの事が少しくらいはわかった気になっていたけど。

 どうやら気のせいだったんだ。


 全然わからない。

 昨日言ってた田辺の言葉が、頭の中に浮かんでくる。


「早く戻りなさい! 戻らないと、明日この学校が消えてなくなってしまうのですよ!」


 どういう事だよ。お前が消えてんじゃねーか。

 些細なやり取りの中に、自分が居なくなる事の寂しさを散りばめていたのかもしれない。


 それと、美術室でやたら俺を引きとめてたのは、転校がわかってて寂しかったからなのか……?

 ちゃんと教えてくれなかったあいつに、俺は腹が立った。

 こっちの気持ち考えてくれ。




「……?」


 ホームルームが終わって、一限目の教科書を出そうと思った時だった。

 机の中に、田辺の作った同人誌が入っていた。


「は⁉」


 俺は思わず声をあげてしまったが、ちょうど誰にも気づかれなかったらしい。

 皆それぞれ喋っていただけで、俺の事なんて誰も見ていなかった。


「……」


 昨日、田辺に返したよな?

 どういうつもりだよ……。


 その日、日直の仕事は全部一人でやった。

 ただ、少しだけ一人じゃないタイミングもあった。

 最後の授業が終わり、俺が黒板を消そうと思った時だった。


「木下~。私も手伝うよ?」


 田辺とよくつるんでいた木村が、声をかけてきたんだ。


「いや、木村はお前当番じゃないだろ」

「ミチカが転校して木下一人きりでしょ? だから代役ってことで」

「そうか。……悪いな、なんか」


 木村いい奴だな。

 俺なら代役なんてしないと思った。

 ていうか、代役したいほど仲が良い奴がいない。


 学校帰り、俺はアルバイト先のカラオケ屋へ向かった。

 今週は新人が入ってきたとかで、平日金曜日しかシフト入れてもらえなかったんだ。

 いつもはもう少し入ってるんだけどな。


「お疲れさまですー」

「あ、木下君おつかれー」


 受付で、ナチュラルに漫画を読んでサボっていた先輩に挨拶をし、俺は裏へ回った。

 裏の休憩室には俺しか居なかった。

 珍しいなと思った。


 金・土・日の夕方は結構混むから、大体一人か二人は、休憩室で待機していたりするんだ。その日は誰もいなかった。


 誰が出ているのか少し気になったが、出勤のタイムカードは確認しなかった。

 とりあえず、俺はカバンの中にしまっていた田辺の作った同人誌を確認した。

 学校に置いておくわけにもいかなかったからな。

 持ってきていたんだ。


 教科書やファイルと一緒になっていた同人誌だったが、俺はここである事に気が付いたんだ。


「ん? なんだ?」


 同人誌の表紙と一ページ目の間に、何かメモが挟まっているらしかった。

 カバンの中身を上から見てその事に気が付いた。


 俺はカバンからそのメモだけを器用に抜き取り、目を通すことにした。



「木下へ

 この私の熱き魂の叫びは、木下に預けておくことにするよ。

 私の最高傑作だ。

 これを読めば、いつでも私の魂に触れられる代物だ!


 あと、転校黙ってて悪かった。ごめんなさい。

 まぁまたどこかで会えることだろう! ()らばだな」


 たったそれだけだった。

 これを最高傑作だと呼べる田辺がもうこえーよ。


「なんだよ、これ……ははは」


 俺は力なく笑っていた。


 もうカラオケ屋の制服に着替えないといけない頃合いだった。

 メモをカバンにしまい、カバンをロッカーに入れる。

 もうあいつとは会えないんだよな。

 そう思うと、俺はなんだか変な気持ちになったんだ。


 嬉しいような、少しだけ寂しいような。

 は? なんで寂しいんだよ。

 やっぱり俺は俺がわからない。


 それから俺は、カラオケ屋の制服を着たあと、休憩室にあった大きな鏡の前に立ち、その鏡をまじまじと眺めた。


 そこには、カラオケ屋で働くのであろう冴えないアルバイトが一人、映っていた。

「はっ! それこそつまらん奴だな、木下君」

 なんかそんな事を言いたくなった。


 田辺はもういない。

※この作品が面白いと思っていただけた方、続きが気になる方は、評価・いいね・感想・レビュー等付けていただけると制作の励みになります。


宜しくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ