1話 受験生のストレス発散方法
夕暮れ、公園、隅っこのベンチで膝を抱える中学生。
人が通りかかる度に向けられる、なにかあったのだろうな、という同情的な視線。
なにかあったというのは当たりといえば当たりだけれど、私からすれば的外れも甚だしい。
たまたま顔を上げたその瞬間に、犬と散歩途中の男の人と目が合って、早く帰りなさい、と言わんばかりの厳しい表情が向けられる。
そういう都合の悪いものから目を逸らして、私は抱えた膝に頭を隠した。
“ユウウツ”だ。とても“ユウウツ”である。
なにかなかったとしても、私は今日も、寄り道をした。
たまたま今日、嫌なことがあっただけで、寄り道するのに理由なんてない。
ただなんとなく、来たいときに来て、ぼんやりと考えごとをしたり、何もしなかったりしながら時間を潰すのだ。
今日は、考えごとをしていた。
私は中学三年生。
しかも今の季節は冬。
この寄り道を知られたら、そんな大事な時期になにをしてるのだと担任の先生に怒られてしまうから、これは私と幼馴染の秘密。
兄にも話さないのは、確実に心配をかけてしまうから。
悪いことはしていないけれど、兄さんは少し、私に対して過保護のきらいがあるから。
防寒着を着込んでいるとはいえ、こんなに寒い夕暮れを外で過ごしているなんて知られたら、なにかあったんじゃないか、なにかしてしまったんじゃないかと、要らぬ心配をさせてしまう。
優しい兄さんは大学とバイトの往復で忙しいのだ。
私の受験勉強疲れに振り回させるなんて絶対に嫌。
だから、兄さんには秘密。
……未だに進路が決まっていないことも、大人になるまで言わないつもり。
そう。十二月が終わる頃なのに、まだ決まっていないのだ。
それが最近の悩み事。
どうせ、推薦は取らない予定だから、願書を提出するまであと一ヶ月半くらいは余裕があるのだけど、それでもまだ決まってないのか、と言わんばかりの周りの圧は重苦しい。
そのくせ適当なところを挙げると、本当にそれでいいのかと聞いてくる。
大人って、謎だ。
早く決めてほしいなら、わざわざ確認しなければいいのに。
逆に、確認するくらいなら、早く決めろだなんて急かさなければいいのに。
どうしてほしいのかも、どうすればいいのかも、わからなくなって困ってしまう。
なるようになる。
そんなふうに楽観的な考えを、大人は持っていないみたいだ。
頭の固い学校は、正直息苦しくて早く卒業したい。
好きな先生も、好きな授業もあったけれど、学校という大きなカテゴリがたぶん、私には向いていなかったんだと思う。
ひとりぼっちが好きなわけじゃないけれど、一人でいるのは苦じゃないから。
そういう人間に「クラスの子と仲良くできてる?」なんて“ブスイ”なことを聞いてきて、ずっと一緒にいるだけが友達じゃないのかな、なんて思わせて、無駄にこどもを不安にさせるのはよろしくないのだ。
楽しいこともあるけれど、どうしたって私は狭い箱の中が苦手だった。
幼馴染が同じように思っていたことが唯一の救いだ。
まあ彼は、人気者だから、前提条件が私とは少し違うのだけど。
下唇を噛んだ。
氷点下を下回っていそうな冷たい風に耐えきれなくて、ガチガチと歯を鳴らして震える。
マフラーで頬を隠しても、隙間から入ってくる風が冷たすぎる。
そういえば、明日は今年で一番の寒さらしい。
朝のニュース番組のお兄さんが言っていた話を思い出す。
ハァ、と吐いた息は真っ白で。
そんなに寒いんだ、と思った。
「フク、帰るぞ」
ズビ、と鼻を啜った時だった。
目の前に茶髪の少年が現れたのは。
いつの間に前にいたのだろう。ビクッと肩を揺らした私に、彼はニヤリと笑っていた。
彼、もとい宮嶋ちまきは起こると機嫌が良いように見えるタチなのだ。
実際はそんなことなくて、笑っているのは口元だけで目には怒りの炎がメラメラと燃えているのだけど。
でも、そもそもの話、まきちゃんは、笑うのが苦手だ。
笑うと何故か、悪巧みしているように見える。
まきママも、姉である、あーちゃんも、そんなことないのに。
まきパパに似たのかな、と思ったり。
写真を見る限り、そうは見えなかったのだけど。
今回のは、そういう類の笑顔じゃない。
性格が悪そうな笑顔は、機嫌が良い証。
中学校の近くにある商店街で、コロッケでも貰ったのかな、なんて思いつつ、足を下ろした。
「今日はカレーだから、早く帰ろうぜ」
言うまでもなく、夕食のこと。
カレーが大好物のまきちゃんは、ほとんど無理矢理私を立たせて急かしてくる。
「うん、帰ろう」
私は荷物を持って、そう返した。