0話 とある班の体育祭
「───エマフォグ・アサラーメノイ・プロージョナックス!!」
目の前にあった森の一部が消し飛ぶ。
そして、うちはピキッとなった。
「この馬鹿っ!略唱しろって言ったでしょ!」
「はぁ!?全唱したほうがカッコイイだろ!」
よくわからない最新の技術で造られているこのスタジアム。
物理魔法への耐久性に優れているらしく、あちらこちらで起こる爆発にもひび割れさえしない。
まあ、そんなことはどうでもいい。
うちらの上には、人がいるってこと。
そもそも魔法高校の最高学年といえど、社会人にすらなっていない半人前。先輩にすら敵わないうちたちが、メイジスの研究所の技術を理解しようなんて、たぶん一年半ほど早いのだ。
それに、今すべきなのは悔しがることではなく、馬鹿を叱って敵を倒すこと。
そして、この体育祭を大勝利で終わらせることなのだ!
「油断してると足元掬われちゃいますよ〜」
あいつが適当なこと言って、うちが叱って、あの子がうちを宥める。
もう一人は関わりたくないとでも言うようにそっぽを向いていて、もはやいつも通りの喧嘩みたいなことになっていると、突然目の前にふわふわとした調子の敬語を使う少女が現れた。
そしてその子は、両手を前に突き出して謎のポーズをした。
「ニウネドイ!」
渦を巻くようにその両手の間に水が集まる。
そして出来上がった球は、キラキラと太陽の光を反射する。
それがたまたま目に入って、うちは腕で光を遮り、瞼を閉じて何歩か後退った。
当然、そんな隙を目の前の阿呆は見逃してくれないわけで。
放たれた五、六発の水の球。
ごめん。ここでゲームオーバーかも。
そう思った瞬間、
「させない!」
ドンッと地響きのような音が鳴って、うちと敵の間に土の壁が聳え立つ。
見れば、うちと敵の間にだけではなく、うちらのチームを取り囲むように円形の壁ができていた。
それは彼女の努力の証なんだろうけども、ほかの魔法との落差に若干引く。
これだけできるのに、どうして攻撃系の魔法はあんなにショボイんだろう。
「あーもう!無唱できるの忘れてた!!」
壁の向こう側から、悔しがる声が聞こえてくる。
「大丈夫だった?」
この体育祭、うちらの学年は“一度でも魔法の攻撃に当たったら負け”という競技なのだ。
言ってみればここはゲームの中の世界。
森のスタジアムで、うちらはそれぞれのアバターを使って、自チーム以外のアバターを殲滅していく、そんなゲーム。
厳密には色々違うけど、先生曰く認識はそれでいいらしい。
「ありがと。超助かった」
「なら、よかった」
早く移動するぞ、という声で後ろを振り返ってみれば、男どもはすでに遠く離れたところにいた。
そして、助けてくれたのが隣で返事をするこの子だけだったということを思い出す。
「あんたたち!うちのこと置いて逃げたでしょ!」
「助かったんだからいいだろ!」
「いいわけあるか!」
ぎゃーぎゃーと騒ぎながら、うちら女子組はかなり先を行く男子を追いかける。
「静かに。敵に見つかる」
班長サマはチラリとこっちを見てそう言った。
「元はと言えばそっちのせいじゃん」
ねぇ?と隣を走る親友を見れば、笑って誤魔化される。
ムッとしながら走っていると、
「信頼されてるんだよ、きっと」
それは好意的解釈が過ぎる。
明らかにうちの機嫌を直させるためのものだったけど、言葉の響きは良かった。
ふんわりと笑うこの子のためでもあるし、勝てないのも嫌だし、仕方ないなぁって気になって、二人の頭を叩くだけで許してやる。
「これでおあいこ」
悪くない気分でそう言った私に、
「ふざけんな。お前いい加減、自分がゴリラだってこと認めろよ」
馬鹿は空気を読まず言った。
「あ"ァ?」
割と本気でムカついた。
苛立ち紛れに殴った木がミシッと軋む。
震え上がる馬鹿に、
「お前、後で覚えてろ?」
馬鹿が嫌がることを思い出しながら、うちは男どもを追い越す。
一番手っ取り早いのは、独房もとい生徒指導室にぶち込むことだ。
あの机と椅子だけの狭い部屋に動けないように拘束して軟禁すれば、その後しばらくは大人しくするだろう。
……うん。体育祭が終わったら、今までの知られていないやらかしを教頭に吹き込もう。
もちろん、あいつ単体のやつを。
「……今のうちに謝っておいた方がいいと思うよ」
「私もそう思う……」
うちの企みを知ってか知らずか、馬鹿は後ろでそんなアドバイスをされていた。
まあ、所詮あいつは馬鹿なので、
「絶対謝らねぇ……!」
震えながらもそう啖呵切った。
「あいつに頭を下げたら負けだ!」
なにかと戦う馬鹿は、あーあ、という片割れの呆れの声が聞こえることはないのだろう。
つくづく、馬鹿という生き物を哀れに思う。




