オネエちゃん
「あの、ついてこないでもらえますか?」
上擦った声、震える身体。男が苦手な舞華の精一杯の抗議もナンパ君たちにはかわいらしく写っているのだろう。
「仕方ないな」
クリアファイルを丁寧にカバンにしまい、ベンチから立ち上がった。
「かわいいなぁ。心配しなくてもカラオケだけだって。まだ帰るには早い時間でしょ? たまにはハメ外すのもよくない?」
ハメ外してハメる気だろ! と心の中でツッコミながら近づくと、舞華を掴もうとしているナンパ君の腕に手を伸ばした。
「きゃっ!」
思わず漏れた言葉に場に静寂が訪れる。
掴もうと伸ばした手は、逆にナンパ君に掴まれ、俺の口から漏れた小さな悲鳴はその場を支配するだけのインパクトを備えていた。
例えばこれがラブコメだったらどうだろう? 美少女を救う主人公は、これをきっかけに人生を変えていくのだろうか?
しかし、相手がいもうとだったら? まあ、よくて株が上がる程度のことだろう。現にいま、俺を見る舞華の顔は盛大に引き攣っている。だから、俺が次にとる行動は穏便に事態を収束させることに注視しなければならないのだ。
「まあ、強引なのね」
「は?」
「そんな強引な誘い方じゃだめよ? オネエさんが優しく教えてあげるから場所変えよっか? インター付近でどうかしら?」
商店街を西に行くと東名高速の名古屋インターチェンジがある。そして、インターチェンジ付近には昔からなぜかラ○ホが立ち並び、中高生になるとチャリで出入りする車を見物に行ったりしていた。
「はぁ? いや、何言って———」
「ああ、大丈夫よ? こう見えても体力はある方だから3人まとめて面倒見て、あ・げ・る♡」
バチんとウインクを決めると、さっと腕を離されて汚物でも見ているかのような視線を向けられた。
「いや、ちょっと俺ら用事思い出したんで」
ふむ。
引き際は心得ていたのか、ナンパ君たちはそそくさと去って行った。
「あら、残念」
去りゆく背中を見送りながら、この後の対処に頭を悩ませ———、逃げるか。
美少女を助けたヒーローが名乗りもせずに去って行く。(いもうとだから身バレしてるけどな)
と、言うよりも背後からえも言われぬ圧力を感じるので選択肢は『逃げる』が正解だ。
ガシッ!
「きゃっ!」
逃げると決めたその瞬間に、背後から腕を掴まれ、またしても小さな悲鳴を上げてしまった。
「どこにいくつもりなのかな? ……オネエちゃん?」
ゾッとするような声色に、恐る恐る振り返ると、プルプルと身体を震わせている舞華が貼り付けたような笑顔で俺を見ていた。
「あ、あははは。やだな舞華。誰がお姉ちゃんだって?」
やらかしてしまったことは理解している。けど、かわいいいもうとを助けるためだったんだ。友達の前で恥をかかせてしまったとは言え情状酌量の余地はあるだろ?
「ま・ず・は! 助けてくれて、ありがとう! すご〜く困ってた! でも! もうちょっとやり方、あったよね? なんで一番カッコ悪いやり方にしたの⁈」
真っ赤な顔で、頬を膨らませながら怒る舞華。
「いや、仕方ないだろ? あれが一番穏便にすむ方法だったんだって。逆に聞くけど、カッコいい方法ってなんだよ?」
「むうっ! そこは、ほらっ、お、俺のオンナに手を出すな。とか……」
表情が一転。なぜか照れ出す舞華。
「ああ、『妹なんだけど』で良かったのか。うん。まあ、それで大人しく引き下がったかはわからんけどな」
「むうっ! 百歩譲って『妹なんだけど』でもいいけど、その前に『大切な』とか『俺のかわいい』とか付けるべきなんじゃないかな?」
「ええ〜?」
さすがブラコン。理不尽極まりない要求だ。
「な、なによ。お兄ちゃんは、私をもっとかわいがるべきだと思うよ?」
ぷりぷりと怒る舞華もかわいいが……
「はいはい。いい加減機嫌なおせよ。そんなに怒ってばかりいると、かわいい顔が台無しだぞ?」
右手でスッと舞華の頬を撫でると、ポンっと頭から湯気を出したかのように顔を赤くして照れだした。
「か、かわいい? も、もう、お兄ちゃんってば。やっぱり私が一番なんだね。し、仕方ないなぁ」
両手で顔を覆いながらクネクネとし出した舞華は、自分の世界に入ってしまったようだ。
よし、チャンスだ。
舞華の脇をすり抜けて、友達2人に「君たちも気をつけて帰ってね」と声を掛けて逃げることにした。
ガシッ!
いや、さすがに『きゃっ!』とはもう言わないけどな?
両腕をガシッと拘束されたのでチラッと左右を伺う。
「えっ、と?」
「あははは。ちょっと他人行儀すぎないかなぁ? カズネエ?」
「そうですよ。『君たち』はないですよ? 和子さん?」
両手に花。
腕をガシッとホールドされ、舞華とは違い柔らかい感触を———って、何でこの子たちも怒ってるわけ?
「あれ? 俺、何かやらかしたかな?」
左右から不満顔でジッと睨まれてる状況を冷静に分析するとだな、……ん? カズネエ? 和子さん?
右腕をホールドしているギャル系美少女をジッと見つめ返す。
「え〜? そんなまじまじと見られると恥ずかしいよぉ」
ははぁ〜ん。なるほど。
次に左腕をホールドしている正統派美少女をジッと見つめ返す。
「あ、あの。そんなに見られると恥ずかしいです」
はははぁ〜ん。なるほどなるほど。
「あ〜、4年ぶりくらいかな? 響に奏ちゃん」
最後に会ったのは、まだ2人がランドセルを背負っていた頃だ。そりゃわからないよな。
「あっ、やっと思い出してくれた?」
ギャル系美少女こと吉川響が右腕をホールドしたまま顔を覗き込んできた。
「良かったです。忘れられていたら寂しいですよ」
正統派美少女こと毛利奏も左腕をホールドしたまま、胸を撫で下ろした。
「あはは。悪い悪い。響も奏ちゃんもキレイになりすぎてて分からなかったよ。そりゃナンパもされるわな」
響と奏ちゃんは、舞華の幼馴染。
小学生の頃なんかは毎日のように3人で遊んでいたから、俺とも顔見知りだ。
「き、きれい? あ、ありがとう、カズ兄」
「そ、そうですか? ありがとうございます和志さん」
2人とも『キレイ』と言う言葉に照れたように俯いてしまったようだ。
「あ、あ〜! 2人ともズルい! お兄ちゃんに抱きついていいのはいもうとたる私だけなんだからっ!」
よく通る声で叫びながら舞華が背後から抱きついてくるが、2人と違って柔らかさが足りない。
「お兄ちゃん? なんか失礼なこと考えてない?」
「いや? 舞華はまだ成長期だなぁ〜って思っただけだぞ?」
「あれれ? 妹はお兄ちゃんに抱きついたりしないんじゃない?」
「そうね。妹はそんなことしないわよ舞華」
挑発するような響と奏ちゃんに、舞華は「ぐぬぬっ」と悔しそうな声を漏らしていた。