怒れるワイバーンとなだめる女エルフ
「おっかしいだろおおおおお!? どうなってんだよ俺たちワイバーンの扱い!!」
ワイバーンは山奥にある洞窟の中で吠えた。ワイバーンとは竜族の一種であり、最強の生物と称されるドラゴンによく似ている。多少ものを知る人間からすると『ワイバーンとは前脚のないドラゴンみたいなやつ』という程度に認識されている。
「そうは言ってものう……これが人間たちの総意らしいぞ?」
そしてそのワイバーンの吠え声に返事をする者が一人。両者が会話に使用しているのは竜族が操るという言語であった。
怒れるワイバーンをなだめるように穏やかな声で話したその者は、ワイバーンと比べるとはるかに小さく、今しがた話題にあげた人間と同じくらいの体格しかない。
その耳はまるで剣先のように尖っている。人間に比べてはるかに長い寿命を持つという種族、エルフである。性別は女だ。
今、エルフの女性は人間の中で流行っている物語をいくつか、友人である目の前のワイバーンに聞かせたのだ。勇者や冒険者といった連中がモンスターと戦うお話である。
そしてそれを聞いたワイバーンはさきほどから怒り心頭といった感じで吠えたけっている。なぜなら、それらの物語に出てくるワイバーンの扱いがあまりに酷かったからである。
上級冒険者を目指す者の踏み台にすぎないだの、しょせんBランクのモンスターにすぎないだのといった感じで、物語の山場でもないところで登場し、特に強敵扱いもされずに倒されてしまう。
場合によっては『勇者の仲間の魔法使いによる攻撃であっさりと粉砕された』みたいな書き方をされている始末だ。一行かつ一発でケリがつくのである。しかも勇者の手にかかってやられるわけですらない。
納得がいかないワイバーンは、己の肉体を目の前の女エルフに誇示した。
「俺たちワイバーンはドラゴンと似たようなもんだし! 牙の生えた大あご、全身を守る堅いウロコ、もちろん翼で空も飛べるし口から火も吐けるぜ! それに尻尾には毒の針だってある! ほら、ドラゴンだって目じゃないだろ!」
強いて言えば前脚がないという違いがあるが、彼はそのことを問題だとは思っていない。女エルフはそんなワイバーンをしばらく眺めた後、真面目くさった顔で口を開く。
「ふむ……では今から隣の山に棲むレッドドラゴンあたりに挑戦し、ワイバーンの強さを世に知らしめてみるか?」
「……今日はちょっと……実はさっきから腹の調子が悪くて……」
「そういうところじゃぞ、ワイバーンよ」
「……ぐぬぬ」
物語のおかげで自分があっさり討伐される存在でしかないと気付いたワイバーンは、それからも山奥の洞窟で人の目につかぬよう過ごした。時おり訪れてくる女エルフとのふれあいを楽しみに暮らし、恐ろしい勇者の一行に見つかることもなく、やがて天寿を全うしたのである。
――おしまい――