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伝奇世界の悪役令嬢※90年代からきました  作者: 海老
トミーおじさんの大召喚物語
71/116

トミーと小夜子は冥王と悪神を歓待する

 蕎麦屋のママさんは夫である店主と共に、奇妙な客たちをちらりちらりと見ていた。

 外国人が二人と特殊メイクが一人。そして、プロデューサーらしき遊び人風の関西人。

 男同士にありがちな、熱い飲み会をしている。

 何かの相談らしいが、立ち入ったことが理解できるほどには聞き耳を立てていない。

 最初は険悪なところもあったが、一時間もすると和やかに盛り上がっており、二時間が過ぎると皆がべろんべろんに酔っぱらっていた。


 ママさんは飲食店を営んで長い。

 妙な客というのは数限りなく見て来た。だから、彼らは珍しいだけでそれ以上のものではない。


 夕暮れに差し掛かるころに、彼らは泥酔したまま会計を済ませた。


 印象深い客だったが、夜の営業が忙しくなるとそれも忘れてしまった。

 神々と出会ったなど、彼女が気づくことはないだろう。






 トミーたちは夕暮れの町に迷い出て、とりあえず目的も無く国道沿いを歩く。

 ふらふらと歩いていると、平成初期の雰囲気を残した店構えのバッティングセンターに行き当たった。


「酔い覚ましに、カッキーンってバッティングしてこうや」


 トミーはいつも思い付きで行動する。


 ハデス氏とロキは何のことか分からなかったが、簡単にバッティングセンターを説明すると面白そうだということになって、一行は受付に向かった。


 受付をしていた中年の店主は、奇妙な一行に面食らった。


「いらっしゃいませ。うぉっ、撮影とかはダメですよ」


「そういうんやないねん。映画の撮影しててね、休憩中や。ちょいとバッティングさせてえな」


 店主は恐竜人である目羅博士をじろじろと見たが、特殊メイクだと理解したようだ。


「あいよ。最低は80キロから。三十球で三百円ね」


「おうよ。邪魔するで」


 トミーの先導でバッターボックスへ向かうと、年期の入ったコントロールボックスがお出迎えしてくれる。塗装がところどころ剥げていて、球速設定ボタンもまた古い。

 百円玉を三枚入れて、さあスタートだ。


「トミーさん、これは何ですか?」


 ハデス氏は不思議そうに言う。これが何か分からないようである。


「バッティングやで。おれが見本になるから、見といてや」


 備え付けの金属バットはなるたけ軽いものを選んで、球速は最低にしてスタート。


「バッターボックスで、こうやって打つんや!」


 トミーがバッターボックスに立つ。


 ピッチャーマシンから放たれた硬球は時速80キロ。

 酔っぱらった中年男には速すぎる。

 派手な空振りを披露するトミーであった。


「何が面白いんだか。この国のことは三十年過ぎても理解不能だ」


 ロキはそう吐き捨てるが、すでに金属バットを選んでいた。


「あかんあかん、こんな酒飲んでたらあかんわ」


 言い訳するトミーを馬鹿にしたように笑うロキは、トミーに顎で退くよう指示して、自らがバッターボックスに入った。


「無様なヤツめ。何が見本だ。見ておけよ」


 バッターボックスに入ったロキは、放たれた硬球を打つ。

 グワゴラガキン! と、いい音が鳴って、ネットにボールが突き刺さった。


 トミーが拍手すると、ロキは得意げである。


「やるやんけ。次は、ちょっと球ぁ速くしてみよか」


「やってみせろ。こんなもの、多少早くなったところで変わらん」


 トミーはコントロールボックスを操作する。

 ピッチャーマシンの動作音が唸り、硬球が放たれる。


 見事なフォームでバットを振るロキだが、バットは空を切った。


「おい、何をした……」


 あれだけキメた後である。ロキの顔は屈辱に歪んでいた。


「自信ありそうやったから、カーブにもしてみたんやで」


「もう一球だ」


「次は先生かハデスさんやろ。順番順番」


「おい、貴様どういうつもりだ」


 ロキは不服そうな様子である。しかし、トミーは悪神のご機嫌など気にしない。


「こういうんは順番よ。ハデスさん、次いってえよ」


 ハデス氏はロキを無視してバッターボックスに上がる。そして、納得がいかない様子のロキを下がらせるとバットを構えた。

 ハデス氏が選んだのは一番重い金属バットである。


「トミーさん、いいですよ」


「よっしゃ、いいの打ってや」


 放たれた硬球は最高時速。

 ハデス氏がバットを振るだけで、周囲の空間が歪むようだ。

 カッキーンという、小気味のよい音が響いた。


 ホームラン確実の当たりであった。


「ははは、槍よりは軽いですね」


 ロキは不機嫌だ。


「ふんっ、槍と一緒にするとは無作法だな」


 そんな憎まれ口を叩くか、ロキのことをよく知るハデス氏はにやりと笑う。


「次は先生やで。ほら、先生もテンション上げてえな」


「私もですか。このようなアメリカ人の遊びは好みませんが。まあ仕方ないでしょう」


 次は目羅博士がバッターボックスに入る。中ほどの速度で放たれたカーブを、危なげなく打ち込むという面白みのないバッティングである。


「先生、そこは外すかマシン壊すくらいせな」


「無理を言わないで下さい」


 ロキは我慢できなくなったのか、トミーの順番を飛ばしてバッターボックスに入る。


「おい、さっきのをもう一度だ」


「ははは、負けず嫌いやなあ」


 最高時速のカーブを、バットの芯で捉えた見事なバッテイング。

 ネットを突き破らんという勢いでホームラン確実の勢いであった。


「ははは、どうだ! 俺に二度は通用せんぞ!!」


 大喜びである。

 トミーが大げさに拍手をして親指を立てると、ロキはご満悦の様子。


「ロキさん、やるやんけ! 次はおれの番やけど、あかん。飲みすぎてしもた。次の順番パスしとって。ちょっと水飲んでくるわ」


 トミーは小走りに受付近くの自販機へ向かう。

 自販機前には不機嫌な笑みを浮かべた姪っ子がいた。


「小夜子ちゃん、バッティングか? 奇遇やなあ」


 小夜子はちらりと神々を見やってから、トミーに向き直った。


「どんだけ捜したと思うておるんじゃ。わらわも怒るぞ」


「おいおい母親みたいなこと言うなや。おれ、もう四十歳やで」


 見た目には三十代。しかし、トミーの若さはロクデナシがもたらすものである。


「アンクルトミーよ、今度は何をしたんじゃ。わらわの目をもってしても、フードコートから先を追うのに苦労したぞ、どうなっておる」


「あれは友達になったハデスさんとロキさんや。まあロキさんは【くん付け】でもええんやけどな。あ、目羅先生は友達って言うには微妙なとこやね」


 小夜子はこれ以上ないくらい眉間に皺を寄せている。それでも美少女なのは流石であった。


「そんなこと聞いておらんわ! あれは冥王ハーデースではないか。【隠れ兜】の実物など、所持しておるのは冥王しかおらぬ。それに、あの若いころのキアヌみたいなハンサムは、……本物のロキじゃろ!! なんであんなもんと遊んでるんじゃ!? トミーがこの町に来て一週間もたっておらんぞ」


 異国の神。しかも、主神に次ぐほどの存在と友諠を結ぶなど、小夜子にも予想外のことである。


「ああ、前の狸の妖怪? あれみたいなもんや思ってたけど、ハーデースってアレか、パチスロのハーデスのことかいな!? すげえ、おれ、ファンやで」


 以前、トミーは妖怪同士の大戦争に関わったことがある。しかし、その詳細は現状とは無関係のため割愛する。


「パチスロの話はもうええんじゃ! 神々には、楽しく遊んでもらって帰ってもらわねばならぬ。放っておけば日本の危機じゃ」


 異国の神が大っぴらに闊歩するというのは、伊邪那美様への義理立てからするとよろしくない。伊邪那美様に大恩ある小夜子には、特にだ。


「それが無理やねん。色々あってなあ、小夜子ちゃんにも協力してもらわなあかん。さ、みんなに紹介するわ。みんなー、おれの姪っ子が来たでぇ。小夜子ちゃんや」


 盛大に小夜子の顔が引き攣った。

 ハデスとロキ、それに目羅博士。ここで戦うなら勝つ自信はあるものの、その後のことが面倒に尽きる。


 だというのに、神々はぞろぞろと普通にやって来た。


「トミーさんの姪っ子ですか。この死気で日本の神ではないのですね。トミーさん、あなたとの出会いは運命でしたか。小夜子さん、私はハデスです。よろしくお願いします」


 にっこりと笑う冥王に、小夜子もニッコリと笑む。


「ほお、この国の神とは違う、異界の者か。ふん、まあいいだろう。俺はロキだ、そこの道化者に免じて名乗ってやったぞ」


 小夜子はまたしてもニッコリする。


 トミーよ、来て数日でどうしてこうなる。


 神というものが、自ら名乗ることなどありえない。

 何かの偉業を成し遂げでもすれば別だが、ただトミーの姪だというだけで、神々がこんな態度を取るなど、どれほどのことを彼は為したのか。小夜子でも想像もつかぬことだ。


「ハーデース様にロキ様、わらわは間宮小夜子と申す者。よしなにお願い致します。宴もたけなわの頃合いのようですし、宿を用意致しましょうぞ」


 ロキが皮肉気な笑みを浮かべると、小夜子に語り掛けた。


「そこの馬鹿者と違って、多少は礼儀をわきまえているようだな」


 厭味なことを言う。

 小夜子はここで調伏してやろうかとも思ったが、それは悪手と作り笑いを浮かべた。


 見かねたハデスが助け船を出した。


「ロキ、ここは異国だ。お前はその態度をやめろ。小夜子さん、お言葉に甘えます」


 できれば遠慮して頂きたかった小夜子である。


「ほほほ。わらわの屋敷であれば酔い覚ましにも良いでしょう。タクシーを呼びますので、それまで皆さまはバッティングをお楽しみくだされ」


 小夜子はスマートフォンを取り出して、外で控えている若松にタクシーの手配を指示する。こんな時だというのに、若松はカワイイ絵文字で返答をしてくるため、小夜子は少しイラッとした。


「トミー、素面(しらふ)に戻ったら今度こそはわらわも言わせてもらうからの。覚えておれ」


「おれ、覚えるの苦手なんだよ」


「わらわ、普通に説教したいんじゃが」


「子供が生意気言うもんやないで。でも、ありがとうな」


 こんな返し方をしてくるから、小夜子はいつもトミーに言い返せなくなる。




 バッティングを堪能した神々と目羅博士は、タクシーで間宮屋敷へ運ばれることになった。

 間宮屋敷へたどり着いたのは、夕暮れも終わり夜を迎える頃合いだった。

 いい感じに酒が抜けてきたというところ。このタイミングは、どうしてか妙に腹が減る。


 先に戻っていた若松はそれを見越していたものか、すでに簡単な料理を拵えているところだった。


 酒が抜けた後に食べたいものは、時々による。

 蕎麦屋ではつまみになるものしか食べていなかったため、トミーたちは炭水化物が欲しくなっていた。


 若松が用意したのは、焼きおにぎりとそうめんである。

 そうめんは、好まれなければ後で小夜子と若松で食べればよいと思っていた。それでも余ってしまえば、ナスと共に煮物にする腹積もり。


 結果として、焼きおにぎりが喜ばれた。


 ハデス氏とロキは焼きおにぎりを気に入ったようである。

 おかかを具材とした焼きおにぎりは、六つも用意していたというのに、瞬く間になくなった。

 インスタントの粉末お吸い物を用意すれば、これも気に入ったようですぐに飲み干してくれる。


 若松は急いで焼きおにぎりを量産する。

 気を利かせた千草が七輪を用意して、目の前で焼くというパフォーマンスを用意すると、ハデスとロキはいたく喜んだ。


 出汁しょうゆをハケで塗り塗り。

 七輪で炭火焼にすれば、焼きおにぎりは御馳走に変わる。


 腹がくちくなった後は、風呂を用意して順番に入ってもらうことになる。

 小夜子自慢のヒノキの湯屋は大層喜ばれた。


 大部屋に三人分の布団を用意して、話は明日ということにして早くに休んでもらうことになった。


 小夜子と若松は、突然やって来た外国人観光客を全力で歓待しているような心持である。


 

 そんな家主の気遣いなど、神々には思い至らない。

 ハデス氏とロキは、浴衣に着替えて布団の上に座っていた。


 悪神ロキが先に口を開いた。


「あの馬鹿者は、なんなんだ」


 馬鹿者が誰を指しているのかは分かり切っている。

 冥王ハデスは苦笑いを浮かべて口を開く。


「この町で出会った、奇妙な男だ。いつの間にか友になっていたよ……」


 素直な返答が意外だったのか、ロキは驚いた顔をした。


「冥王よ、俺を信じるのか?」


「お前のことなど信じるものか。トミーが信じたから、私も信じるだけだ」


 冥王ハーデースが、この国では本来の性格で顕現できる。

 死とは、悪ではない。

 あらゆるものを受け入れるのが、死だからだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] トミーさん編良いですね…とくにトミーさんの退魔師や神仏はすぐ暴力にたよるけど、頭があるんだから話合いでなんとか出来ることは話し合いでなんとかしよう、みんなで知恵をしぼって解決しよう、という…
[良い点] 死と再生を司るアナザー・ゴッド。 鬼の城も好きです。 [気になる点] ロキはラップランド地方なイメージ。 若いキアヌならば ビルとテッドか、雲の中で散歩です。みんなどんなですかね?
[良い点] 二時間が過ぎると皆がべろんべろんに酔っぱらっていた。 ははははは。 「自信ありそうやったから、カーブにもしてみたんやで」 カカカw
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