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伝奇世界の悪役令嬢※90年代からきました  作者: 海老
トミーおじさんの大召喚物語
70/116

トミーと神々の昼酒と

 警備員さんの目が気になるため、トミーと神々は場所を移すことになった。

 この中で、人間はトミーだけ。見知らぬ異国に迷い込んだ感がある。

 ショッピングモールを出て、少し歩いたがいい店が見つからない。


 ふと見れば、暖簾が出ている蕎麦屋があるではないか。

 昭和の雰囲気を残しつつリフォームされた店構えは、俄然期待が増す。

 暖簾をくぐったトミーが、昼からやっているか聞いてみると、大丈夫ということで、入ることになった。


 四人の奇妙な怪人たちを招き入れたママさんは、その異相にビクっとしたものの、映画の撮影途中だと伝えれば納得してくれた。


「いやあ、衣装のままでえろうすんません」


 トミーは通訳かプロデューサーだと思われたらしい。


「あらあ、外国の役者さん? 凄い男前。一緒に写真いいですか?」


 ママさんの目はロキに吸い寄せられて、その次にハデス氏へ。ちらりちらり悪神(ロキ)冥王(ハデス)に目移りしている。


「もちろんええですよ。日本公開するか分からんのですけど、ええ宣伝になりますんで。ささ、奥さんは真ん中で、ハデスさんとロキさん、ほらほらもうちょっと寄って。そうそう、先生は端で腕上げたポーズするんやで」


 ママさんは男前なロキとハデスを両脇にして、端には両手を禍々しく振り上げた目羅博士という構図である。

 トミーがママさんのスマートフォンで写真を撮影した。


「ひゃっ、ありがとうございます。凄いハンサム、絶対見に行きます」


 握手を求められたロキは、少し迷った後に握手して、ハデス氏も苦笑いで握手をする。

 それが終わると、ようやく座敷に通された。

 あぐらに慣れていないハデスとロキはしっくり来ないようだが、靴を脱いでしまえばもう遅い。


 テンション爆上げのママさんによって、電光石火(でんこうせっか)でテーブルに並ぶお茶とおしぼり。

 これで、椅子のあるテーブル席には移動できなくなった。


「ママさん、瓶ビールでキリンありますか? ああ、あるんや。キリン最高やん。瓶ビール中ビンで二本とグラス。あと、枝豆的なヤツと、外人さんなんで、味が濃い焼き鳥的なのと漬物盛り合わせお願いします」


 流れるようなトミーの注文は、熟年の経験が活きている。こうなれば、途中離席などできようもない布陣であった。


「日本人め……」


 ロキは日本人独特の宴会が嫌いだ。しかし、今は動けない。

 理由も無く宴をぶち壊すというのは、神としてあるまじき行いである。いかな北欧にその名を轟かせるトリックスターであっても、宴が始まった直後に無礼を働くのは、なんか違う。


「蕎麦屋で昼酒(ひるざけ)とか最高やな。お、ビールと枝豆が来たやんけ。よっしゃ、おれが注ぐわ」


 ママさんは笑顔で大皿に盛られた枝豆とビールを運んできた。


 トミーは両手に瓶ビールを持った。これぞ、瓶ビール二刀流。

 それぞれのビールグラスに、とくとくとビールを注ぐ。グラスを傾けることなく、瓶を微細に傾かせていい感じにビールと泡のコントラストを作る。

 

 目羅博士が「おお!」と感嘆の声を発した。

 疾風迅雷(しっぷうじんらい)の早業ビール注ぎ。美味しさを損なうことなく乾杯に移れる魔技であった。


「とりあえず、色々あると思うけどまずは乾杯や。おつかれ~」


 グラスをぶつけない乾杯の後で、それぞれが喉を潤した。

 キリンビールは喉ごしが優しい。ヒリヒリする辛口というのは、年齢と共に辛くなってきたため、トミーはキリンの瓶ビールが好きだ。


 ロキはグラスに口をつけると、すぐに飲み干した。カン、と音を立ててグラスをテーブルに置く。絶妙な力加減で、叩きつけるというほどではない。

 トミーは音も無く瓶ビールを取ると、大きさを感じさせない瓶さばきでグラスにビールを注ぐ。二杯目から、泡は少な目に。


「ハデスさん、そんな睨みつけたらあかんて。とりあえず、ロキさんから事情を話してえよ」


 言いながら、ハデス氏のグラスにもビールを注ぐトミー。


 中東の暗殺者(アサシン)が繰り出す曲刀(シミター)の如く、ゆらり変幻自在のビール瓶。

 飲み会では【潰し屋】と評されるまでに至ったトミーの技だ。酒の力を借りれば、だいたいのことは片付く。


「まあいいだろう。俺は冥界に用がある。だが、あんたがいれば邪魔されるからな。この爬虫類に【隠れ兜】を盗ませて、地上に出るように仕向けたまでだ」


 ロキは言うと、ビールグラスをまたしても一息に空ける。トミーにより、すかさずビールが注がれる。同時に空いた手で、ママさんにハンドサインでビールの追加を頼んでいた。


 ハデス氏の顔は怒ったままだが、ビールを呷ってから「ふうぅ」と深く息を吐いて呼吸を落ち着けた。


「ロキ、最初から頭を下げていれば、話くらいは聞いてやったぞ」


 ちらりとハデス氏を見たトミーは、さり気なくビールを注ぐ。


「ママさん、これ空いたら日本酒を冷で頼むわ。小瓶のヤツね」


 店に入った時から、酒類の冷蔵庫は確認済みであった。


「ロキさん、枝豆が塩利いててイケるで。ええ枝豆や。プリプリしてる」


 艶のある太い枝豆であった。

 居酒屋チェーンでは塩分控え目だが、ここの枝豆はしっかりと塩が利いている。身体によくないものというのは、いやに美味い。


「ふん、豆を勧めるとは。気に入らん人間め」


 ロキが豆を勧められて、断れるはずがない。

 民話「ジャックと豆の木」にもあるとおり、巨人退治は一握りの豆から始まった。ロキの立場で、豆を断れというのが無理な話だ。


 鞘から青々とした枝豆を取り出して、ロキは口に含む。

 さして美味くも無いと思っていたのだろう。口に広がる強い甘味に、少しだけ表情が動いた。

 ヨーロッパの人というのは、美味いモノを食った時の感情が顔に出やすい。


「ハデスさんも、食べて食べて。ここ当たりの店やで。最高にええ味や。ほら、先生も食べてな」


 勧められるままに、冥王と恐竜人(レプタリアン)が豆を口に含む。


 枝豆はシンプルな料理だ。素材と塩加減に茹で加減。それだけだからこそ、上手くやれば異様な美味さになる。


「ほう、良いですね」


 目羅博士は開き直っており、美味そうに一つ二つと口に運ぶ。

 ロキとハデスも枝豆をつかみ取って確保すると、口に入れていく。

 そうなれば、空いていくビールグラス。注がれるビール。


「枝豆、最高やな。それで、ロキさん、メイカイはよう分からんけどなんか事情があるんちゃうの? 三人寄ったら文殊のなんとか言うし、ええアイデアあるかもしれんで。こういう場やし、言うてみて」


 枝豆を食べる手を止めて、ロキは少し考えた。そこに、目羅博士が口を挟む。


「私が言うのもなんですが、皆様のご存知でない異国の外法(げほう)も私は存じておりますぞ」


 どうやら、博士の言葉はロキの神経を逆なでたようだ。


「下賤な人間に爬虫類めが。その大言、後悔するなよ。全てはこの国のクソったれな呪いだ。神と人の子を殺そうとする宿命。それの及ばぬタルタロスに妻を連れて行く」


 一息に言い終えて、ロキはビールグラスを空にした。小さなグラスとはいえ、最初からずっと一気飲みを続けている。

 トミーの手により、ギラリとさり気なく、大胆に容赦なく注がれるビール。


「ロキさん、もしかして、お子さんがおるん?」


 だいたい男というのは、核心に触れることは遠まわしに言うものだ。それは、かの悪神でも変わりない。そこに、トミーはすかさず斬り込むのであった。


「ああ、四十年前に呼ばれた俺は、この国で過ごしてきた。まさか、異国の女が俺の子を孕むとはな。ははは、しかも、その子は母親の腹から二十年も出てこようとせんときた」


 ハデス氏は声こそ出さないが、唖然としている。

 トミーは話を整理してみる。


「ええと、ロキさんには妊娠中の奥さんがいてはるんやね。それで、メイカイいうんはハデスさんの住んでるとこやな」


 目羅博士が「ふうむ」と唸った。そして、牙だらけの口を開く。


「つまり、ロキ様は冥界の奥深くに奥様を連れて行きたいのですね」


「そうだ。この国では、どうやっても子は死んでしまう」


 異類婚姻譚は世界中にある伝承だ。

 神と人が通じて子を為すという話は数あるが、日本の伝承では必ず【合いの子】は産まれない。産まれる前に、母と共に死ぬ定めにある。


「最初からそう言えばいいものを、お前はいつもやり方が悪い。昔からそうだ」


 ハデス氏が言うのも、無理からぬことだ。

 ロキの行いは、その奥に深謀遠慮(しんぼうえんりょ)があったしても悪質な悪戯(いたずら)見做(みな)される。


「ハデスさん、あかんで。こういう時に昔のことなんか関係ないって。よう分からんけど、スピリチュアルな理由でどうしても死んでまうんやな。そら可哀想やわ。どないかならへんのやろか。ええ医者とかおらんの?」


 ロキは厭世(えんせい)的に、物憂げに(くら)く笑う。


「はははは、医者か。アスクレーピオスでも、この国では無力だ。この国の、ヒラサカに住まう死神の力は絶対だ。それを知るから、我が子は母の(はら)から出ようとはしない。それに、奴がこの場にいたとしても、あんただよ、ハデス! お前は一度でも冥界に入ったものに子を産ませるなど、認めんだろう」


 医療の神であるアスクレーピオスの御業(みわざ)に異を唱えたのは、他ならぬハデスだ。生死の(ことわり)を乱すなど、冥王が許すはずない。



「現世で産まれるのであれば、私に(いや)は無い」


「ハデスよ、それができんと言っている。この国で、俺は無力だ」


 目羅博士を使って手に入れた常世水(とこよみず)で、ロキは力を回復させた。しかし、それはある程度の力を取り戻したに過ぎない。


 今のロキであっても、日本という国に根付いた神話時代の呪詛(すそ)は覆せないのだ。


 沈痛な空気が漂ったその時、ママさんが遠慮がちに焼き鳥の盛り合わせと、漬物の盛り合わせを運んできた。さらに、(ひや)の日本酒【八海山(はっかいさん)ミニボトル】がテーブルに置かれる。


「ママさん、変な空気でごめんな。マジ話やねん。悪いけど、そっとして気にせんとって、今は酒がいるわ」


 トミーは言いながら八海山を開けて、新しいグラスに注ぐ。


「ロキさん、これはおれらの出番やで。なんとかできるか考えてみよ。それから、今だけは飲まなあかん。ずっと気ぃ張ってたらあかんねん。今は、そんなことしてる場合やなくても、飲まなあかん時や」


 トミーはさらにグラスを取ると、八海山の残りを注ぐ。

 なみなみと日本酒の注がれた二つのグラスが、トミーの前に並んだ。


「ロキさん。まずは、おれから飲む」


 トミー、男の一気飲みであった。最低な飲み方である。

 口元を手の甲でぬぐい、もう一つのグラスをロキに差し出した。


「貴様、ふざけているのか」


「おふざけでこんな飲み方せえへんわ。さあ、ロキさんも、ぐっとやったって」


「日本人め、訳が分からんぞ」


「ロキさん、しんどい時は一緒に飲むんや。それ以外に、なんもでけへんねや。せやから、飲んでくれ」


「この、馬鹿者がッ」


 言葉とは裏腹に、ロキはグラスを持った。

 じろりと、トミーの瞳を見やる。


 どうしてか、遠い昔の思い出が蘇る。あれは、忘れ得ぬ青春時代とでも呼ぶべきであろうか。かけがえの無い友と、冒険の旅をした懐かしい記憶。


 ロキはグラスをつかんだ。そして、一気に酒を飲み干す。


 八海山はいい酒だ。いや、値段が安かろうと高かろうと、日本酒はこんな飲み方をしてはいけない。酒に失礼である。


「うぐ、喉を焼くようだ。この無礼者めが。この俺に、下品な飲み方をさせおって」


 トミーは、どこか自嘲的な笑みを口元に刻む。


「ロキさん、なんとかできるように考えようや。この面子で無理やったら、おれの姪っ子とか、他にも総動員するから。ハデスさん、あんただけなんか曲げてくれとは言わへん。みんなが納得できるんを、やろうや」


 ハデス氏はため息と共に、薄い笑みを浮かべた。

 トミーも同じような笑みを浮かべた。そして、ハデス氏のグラスが空であることに気づく。

 

 すかさず注ごうとビール瓶に手を伸ばすのだが、一気飲みのせいで、トミーの手元が狂う。

 手が滑ったせいで倒れそうになった瓶を、ハデス氏がキャッチ。そして、自らの手でグラスにビールを注いだ。


「ロキ、もういい。私も協力しよう。それからトミーさん、私もあなたたちが飲んだ日本のワイン? それが欲しい」


「ママさーんっ、冷酒追加で三本!」


「はーい、よろこんで!」


 男同士の何かが終わったのだと察したママさんは、明るく返事をして笑顔で冷酒を持ってくる。


 ロキはふて腐れたような顔で焼き鳥に箸を伸ばす。日本に住んで長いと、箸の扱いは上手くなる。

 たれ焼きの焼き鳥。蕎麦屋のものは醤油味が強い。だからだろうか、日本酒と絶妙に合うのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] うーんこの、うーん。 トミーすげえな。 ヤクザで出世する奴はうまいこと話をまとめられる奴だって代紋take2で言ってた。
[良い点] 酒の力ってのはかくも偉大ですね 面白いです
[一言] ビールも日本酒も飲みたい。焼き鳥食べたい。 でもトミーでないこの身には、あの空気の中でってのは絶対嫌や。
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