表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
伝奇世界の悪役令嬢※90年代からきました  作者: 海老
トミーおじさんの大召喚物語
68/116

新婚さん風味のお弁当とトミーとハデスの昼食

 かつて、日本にもオカルトブームというものがあった。

 1980年代のことで、ホラー映画の流行から始まって魔術からUFOまで、それはもう世間を騒がせたことがある。

 バブル華やかなりし時代のこと。

 映画から漫画、小説、はては専門書まで出せば売れる。

 このころに出版されたオカルト本の中には、今では日の目を見ることが絶対にない民俗学者でもないと一生目にすることもないような、貴重な資料の翻訳本まであった。

 有名なものでは、アレイスター・クロウリーの【法の書】や、【地獄の辞典】など、今ではこんなもん誰が買うのかというものが多数出版されたものだ。


 そんな時代に、とある狂った金持ち。いや、頭のイカレた大富豪がいた。


 現世的な楽しみに飽きて始めたオカルトに大金を投じた。

 当時の日本企業というのは、金になるなら何でもしたものだ。24時間働けば、時間が全て金塊へ変わるのがバブルという世界観である。

 そんな時代が、本当にあった。


 神の類いを召喚するにあたり、専門家を雇う。


 呼び出す神はなんでもよかった。

 ただ、祟りのある神はよろしくない。特に、日本国内では荒魂(あらみたま)和魂(にぎみたま)の概念があるため、失敗して荒魂を呼んでしまうととんでもないことになる。

 そういうことで、信仰すら失われたような異国の神を選定することになった。


 ゲームなどで知名度がある異国の神々というものは、ほとんどが信仰を失っている。

 白羽の矢が立ったのは、北欧神話のロキである。


 日本ではゲームなどで有名だが、信仰している人数ではたかが知れている。

 当時のジャパンマネーの力はまさに絶大で、手に入らないものはなかった。

 ロキの遺骨と邪教の経典など、北欧の寒村に隠されていた品々を入手して儀式を執り行ったのである。


 そうして、日本国に召喚されたのがロキであった。


 三十年以上、日本国内に潜んでいたロキは、今になって動き出した。

 その思惑はいかなるものか。

 それを知る者はいない。






 そのようなこととは関係なく、今日も小夜子たちは学校へ行く。

 本日のお昼休み、若松はげっそりしながら教室に控えている。


「あれ、若まっつん調子悪いの?」


 ギャル谷が声をかけると、若松は「お気になさらんでください」と笑顔で応じる。しかし、どうにも疲れているのは隠せない。


「若松のは心労じゃな」


 小夜子が答えて、本日の重箱を開ける。

 ギャル谷は、おや、という顔をして重箱をのぞき込む。

 本日のお重は、普段より華やかだ。

 玉子のコーナーが毎回あるのだが、今日に限って出汁巻き玉子ではなく、伊達巻が入っているし、煮物のニンジンは花の形。

 普段より、どこか女性的な印象がある。


「んん、また女がらみだね。あーしには分かるよ」


「正解じゃ。色々あって、式神を貰ったんじゃがの。それが若松に懐いておってなァ。新妻のように甲斐甲斐しく尽くしておる」


「それって、若まっつんを狙う新たな女ってことでしょ?」


「品の無い言い方をしおって」


 ギャル谷は猫のように笑った。


「だってさぁ、なんかお弁当からして新婚さん風味になってるし。桜でんぶのおにぎりとか、ピンクピンクになってる」


「二回も言わんでよいわ。微妙に気を遣うからのう」


 若松の弁当というのは、どこか男らしさがある。神経質というか、料理に対して愛情よりも完成度を求めているのが分かるからだ。

 そんな重箱のお弁当が、今日は(いろどり)からして違っている。

 千草の手が入ってしまうと、なんだか見た目からして情を感じる。それも、愛が重くてしんどいやつ。


 小夜子は何とも言えない苦い顔をした。


「わらわにも予想外での。そういうんは生徒会長だけで充分なんじゃが、アレだけでも、見てるこっちが恥ずかしいというのに」


「鷲宮さん、ポンコツだからねぇ」


「生徒会長は陰湿なんじゃ。あの巨乳を使って済ませればよいものをなァ」


 ギャル谷は大らかに笑う。


「またまた、そういうこと言うんだから。んふふ、若まっつんって、女の子に遠慮しすぎなんだよ。そこがいいとこなんだろうけどね。鷲宮さんは、悪いのに騙されそうだから、今のままがいい気もするよ」


「問題の先送りじゃが、男と女のことはのう。わらわもそこは上手いことを言えぬ。それより食べるとするか、いただきます」


「いただきまーす」


 お昼ご飯が始まる。

 和食中心で見た目にも華やかになったお重を、二人で平らげていく。


「この煮物、新婚さん味!」


 ギャル谷にも伝わったようだ。

 妖物であろうと心をこめることがある。なんとも奇妙な話だと、小夜子は思う。


「味は熟年じゃの」


 小夜子が控えている若松を見やれば、心なしかげっそりして見える。

 ギャル谷はよく味わっており、飲み込むと品評が始まった。


「煮物の味がちょっと優しくなった感じ。いつもって、もう少し男らしくて、高速のパーキングエリアとか定食屋さんって感じだけど、こっちは新婚さんだね」


「うむ、素直は美徳じゃ。しかしギャル谷よ、若松の負担が大きすぎるから手加減をいたせ」


 若松はさらにげっそりして、自分用のお弁当を食べていた。

 お重の残り物を詰めたものだと分かるが、桜でんぶの色がピンクで切ない。若松本人は、どうにも押しの強い女と縁がある。しかし、タイプとしては決定的に合っていないようだ。


「ううむ、女幽霊にも困ったものじゃな」


「サヨちゃん、全然困ってないっしょ」


 千草のことでは困っていない。

 困りごとは別にあった。

 例えば、この町にやって来た異国の神とか。






 そのころ、トミーは間宮屋敷でペヤングを作るための湯を沸かしていた。


 なんだか今日はゆったりしたい気になり、午前中に原付で買い物に出かけて、ペヤングなどのインスタント焼きそばを何種類かとサラダ、缶チューハイなどを買って帰ってきていた。


 インターフォンが鳴ったので出ていくと、ハデス氏がいる。


「おう、どないしたんや。とりあえず入りいや」


「はい、お邪魔します」


 ハデス氏は険しい顔をしていた。

 トミーはそういうことを気にしない。

 招き入れると、日本家屋には感心した様子であった。

 誰しもが認める豪邸、それが間宮屋敷だ。もちろん庭も見事に整えられている。日々の手入れは若松が行っているが、季節に一度は植木屋を呼んでいた。


「こんなお家は、日本に来て初めて見ました」


 旧家というのも、最近は見なくなった。


「姪っ子が趣味人なんや。ま、入って入って。今からメシやったから、食いながらでええか。ペヤングくらいしかないけど食うてく?」


「ええ、いただきます」


 そういうことになり、やかんの湯も丁度いい時に沸いた。

 ハデス氏を居間に通した後、台所にトミーは走る。


 ペヤングと焼きそばUFOの乾燥野菜を開けて、湯を注いでしばし待つ。そして、湯切り。

 あとはソースをかけるだけというところで、テーブルへ持っていく。


「喰い方は知っとる?」


「いえ、どうするのですか」


「ソースを開けて混ぜるんや」


 割りばしを渡して、二人して最後の仕上げにとりかかった。ハデス氏はトミーのそれを真似て、慣れない手つきで焼きそばUFOにソースを絡める。

 特になんてことのない昼食だ。


「サラダはおれのしかないから、我慢してくれ」


「ええ、いいですよ」


「いただきます」


「いただきます」


 ペヤングはいつもの味だ。きっと、UFOも同じだろう。


「日本のものは面白いです」


「まあ大したことないやろけど、たまに食べたくなるねんな」


 ズルズルと麺を食べる。特に言うことのない味だ。普通に美味いが、トミーの年齢では毎日食べたいとは思わない。もう、若くないのだ。


「それで、どないしたんよ?」


「トミーに話があります。この家から、昨日は気配を感じました」


「なんや盗まれたっていうやつ?」


「そうです」


「ちょっと食うから待ってえな。ハデスさんも、まずは食べ終わってからやで」


 気もそぞろになるのは仕方ないとして、なんともいえない微妙な空気でカップ焼きそばを食べ終えた。

 サラダは後で食うか、ということになる。


「ちょっと、待っててな。ええと、名刺を貰ってたから」


 昨夜、ポケットに入れっぱなしだった名刺は財布に移していた。

 とりあえず財布に入れておくという習性である。

 目羅博士の名刺を取り出して、テーブルに置く。


「こいつちゃうか。昨日訪ねてきてなあ、なんや姪っ子とケンカしとったわ。胡散臭いジジイやったで」


「……この屋敷は普通じゃない。トミーも関りがあるのですか? 私は、友達と争いたくない」


「いや、こいつはなんや姪っ子の関係や。ハデスさんもそっちか。退魔師、ええと、デビルハンター? みたいなヤツやろ」


 トミーの言葉に、ハデス氏の顔色が冷たくなる。


「近いものです。この名刺の持ち主は?」


「昨日、メシ食わせたら青い顔して帰っていったわ。姪っ子が、小夜子ちゃんいうんやけど、そっちが詳しいわ。帰ってくるまで待っててもらってええよ」


 ハデス氏は難しい顔をしている。

 信用できない、という顔だろうか。それとも、トミーの言葉を測りかねているのか。


「トミー、私は盗まれた兜を取り返しに来たのです。この兜は、とても危険なものです。人間が持つにはよくない」


「取り返しにいくんやったら、こいつ呼び出してみよか? ああ、別に罠とかとちゃうで。そんなつまらんことはせんし」


 トミーは言うと、スマートフォンを取り出した。

 現行のものではなく、一つ前の小さなサイズである。


「私に嘘は通じませんよ」


「嘘くらいつくけど、人を騙そうとは思わんで。そういうんは疲れるねん。こいつは騙して呼び出すけどな。スピーカーで通話するから、声、出したらあかんで」


 トミーはスマートフォンをロック解除して、スピーカーモードで目羅博士の名刺に記載されている番号に発信する。


 すぐにつながった。


『もしもし、どなたですか?』


「どうも、間宮んとこのトミーや。なんとか先生で間違いないか?」


『ああ、あなたですか。何の用です』


「ちょっとパチンコで負けてしもてな。なんや、地下の温泉の水が欲しいとかって話やったんやろ。よかったら、ちょっと売ったるわ。とりあえず、おれは負け分の三万になったらええんよ」


 少しだけ返答に間が開いた。


『何を言っているんですか』


「いや、実はパチスロでオケラになってしもてな。一万でもええねん。なんとか頼みたいんよ。あんな水くらいやったらとってこれるから。実は、姪っ子がボトルに溜めてるねん。一本取ってくるだけや。なんとかならへんかな。なんや、あの子には十万くらいふっかけられたんやろ」


『よろしい。二本持ってくれば、十万円で買い取ります』


「おっ、流石は先生や。それで、どこ持っていったらええ? はよ金がいるねん」


『はは、いいですよ。場所を指定します』


 指定されたのは、車で十五分ほど行ったところにあるショッピングモールだ。大型スーパーが母体の、片田舎にありがちな場所である。


 フードコートで待ち合わせることになった。


「よっしゃ、話ついた。車あらへんし、とりあえずタクシー呼ぶわ」


 ハデス氏は、信じられないという顔でトミーを見ている。


「騙しているじゃないですか」


「別に、なんとか先生とは友達やないしな。盗まれたカブト? カブトムシやないんやろけど、それ取り戻しに行こうや」


「トミー、あなたを信じていいのですか」


「そんなもん、自分で決めることやろ」


 難しい顔をしていたハデス氏だったが、すっくと立ちあがった。


「いいでしょう」


 トミーはニヤリと笑う。

 こんなことばっかりしてるから、大人になれない。でも、それでいいと思っている。

 今となっては、大人になろうというのも遅すぎる。


 二人はタクシーが来るのを待って、出かけていった。



 この奇妙な出来事を陰から見ていた千草は、これは大変だと慌てて備え付けの固定電話機へ向かうのだが、使い方が分からない。

 迷った後に、屋敷の外に駆けだしていった。

 小夜子の気配であれば、霊波のつながりで分かる。


 壁にかけられた狐の襟巻が、それをコンコンと笑うのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 確かに当時は色々出版されてましたねえ。 法の書、地獄の辞典、持ってました。黄金の夜明け団全集とか、悪魔の辞典とかも。いやはや懐かしい。
[良い点] それも、愛が重くてしんどいやつ。 はは。 ハデス氏は、信じられないという顔でトミーを見ている。 ははははははw
[一言] どちらがトリックスターやら
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ