小夜子とギャル谷と怪人たち
学校というのはだいたい毎日通うものだ。
小夜子と若松は仕事が入ると休まざるを得ない。小夜子はいいが、若松はなかなかに大変で勉学にも熱心であった。
小夜子からすれば、成績などなんとでもしてやれるというものだが、どうにも若松は真面目に勉強をするので困っている。
そういうことで、今日も学校である。
梅雨に入り、蒸し暑い。
小夜子が驚いたのは、教室にエアコンが効いているということだ。90年代はどれだけ暑くても汗みずくで授業を受けさせられていたというのに。今となっては、そんなことしようものなら命に関わる。
「涼しい教室というのは良いものよな」
小夜子が言えば、ギャル谷が応じる。
「無いとこの方が珍しいんじゃない。エアコン無いってどんな学校?」
時はお昼休み。
いつものように重箱をつついている。
「昔はそんなもん夢のまた夢じゃったというのに。現代っ子めが」
ギャル谷はナスの蒲焼を取って、口に含む。小さく「美味しい」とつぶやき俵おにぎりを頬張った。
若松の包丁はますます冴えている。
「ンン。若まっつんも腕を上げたねぇ。エアコンくらいでそんなこと言われても。サヨちゃんだって、夏は外で遊ぶなって言われてたでしょ?」
「世の中が移り変わるのは早いものよ。年年歳歳花相似たりも昔の話じゃな」
「それ難しすぎない? 普通の会話で出たの人生初なんだけど」
「わらわも使うたの初めてじゃな」
小夜子は半分に切られたコロッケを取ってぱくりと食べる。
「んむんむ、肉じゃがコロッケは食いでがあってよい」
「あ、これって駅前のとこのヤツでしょ。あそこ、シューマイも美味しいよ」
「こういう出来合いのものも良いのう。出来合いで思い出したんじゃが、ギャル谷は手巻き寿司というものをどう思う?」
怪訝な顔になるギャル谷。
「出来合いとかお惣菜とか関係ないし。どうって、手巻き寿司は手巻き寿司だけど」
「わらわ、手巻き寿司やったことないんじゃ。自分の好きなものを乗せるというのが、どうにものう。巻き寿司ならわらわも作れるんじゃが」
「すだれみたいなので巻くのってどうやるの?」
「コツがあるんじゃが、慣れるとそこまで難しいものではないの。巻き寿司、食べたくなってきたんじゃが」
「美味しいけど、糖質の王様だよ。太るって」
「わらわ、食べても太らんから大丈夫じゃ」
「それ、あーし以外だったら怒るやつだよ」
小夜子がぽんと手を打った。
「この中身の無い会話! 今のわらわたち、JKじゃな」
「今ので一気に嘘くさくなったんじゃね?」
「最近のギャル谷は言うようになったのう」
「サヨちゃんのおかげだし」
「ほほほ。こやつめ、言いよるわ」
そのように中身の無い会話をしている内に、重箱は空になっていく。
小夜子が八割を食べており、ギャル谷は標準的な量しか食べていない。最初は驚いたギャル谷だが、もう慣れた。しかし、この味にだけは毎日感心している。
本日の若松は、遅れた勉強を取り戻すべくオタ丸くんにノートを写させてもらっている。男子生徒の知り合いができて、本人はほっとしていた。
若松の周りには女の子が多すぎるため、わりにしんどい時があるのだ。
そろそろお昼休憩も終わりという時間に、ギャル谷は少し真面目な顔をして言った。
「サヨちゃん、進路とかって決めた?」
「進路のう。わらわ、退魔師を続けるつもりであるし、世間的には家事手伝いでもフリーターでも大学生でもなんでもよいんじゃ」
「えええ、そうなんだ。あーし、大学とかどうしよっかなって」
「まだ高校一年じゃし、なんとでもなるじゃろ」
「お父さんの稼ぎが悪いからね。バイトしてるんだけど、お金のこともあってどうしよっかなって。奨学金とか、借金地獄だってニュースで言ってるし」
ギャル谷は薄く笑んでいるが、内面では真剣な相談である。それを分からない小夜子ではない。
「ギャル谷よ、自分で決めよ。わらわは応援してやるし、金だって貸してやってもよい。先日はクルミンの件で使いすぎたが、学費くらいは楽勝じゃからな」
「えっと、どういうこと」
「ギャル谷が決めたことならば助けてやると言うておるんじゃ。だから、自分で決めたらよい」
ギャル谷は何とも言えない苦い顔をした。
「サヨちゃんのそういうとこ、ホントにやり辛いんだけど。でも、ありがとうね。お金はいいよ、自分でなんとかするから」
「ほほほ、バイトなど紹介してもよいが、退魔師絡みは金払いがよくても命がけになるからの。やめておくのが吉じゃ」
「そっちはクルミンもミドリンも大変そうだから、やめとく。オタ丸くんも大変そうだし」
テコナと付き合っているオタ丸くんは相当大変なことになっている。最近はげっそりしており、修行が大変らしい。
「アレは特殊な部類じゃ。ま、そういうことじゃから、頼りにしてよいぞ」
「うん、ありがと。前から気になってたんだけど、今度の三者面談ってサヨちゃん誰が来るの?」
小夜子は学校を普通に黙らせるし警察も黙らせる。保護者というものが存在するのか、ギャル谷にはずっと疑問だった。
「わらわは学校に大金を寄付しておるから免除してもよいんじゃが、書類上の母方の叔父が保護者なんじゃ」
「へえ、叔父さんなんだ」
「うむ、書類上はどうしても必要でのう。たまに頼っておる。色々と書類が溜まっておるから、三者面談は良い機会じゃ。久しぶりに顔を見せてもらうとしよう」
地獄めいた生い立ちの小夜子だが、前世のこともありそれについて思うことは無い。
放任主義の叔父にはそれなりに感謝しており、たまに会う分にはそう悪いものでもないと思っていた。
昼休みも終わり、午後の授業が始まる。
日常は穏やかなまま過ぎていく。
帰りはいつものように若松の運転するバイクのサイドカーに揺られる小夜子である。
若松は屋敷に小夜子を送り届けた後に、駅前の商店街まで食材の買い出しに行く。
梅雨入りして蒸し暑い中、商店街で取り置きしてもらっていた食材を買いに向かった。
黒毛和牛すじ肉など肉類と、野菜類。米は潤沢にあるのでいらない。他は季節の野菜など。いつものように、商店街では大層な人気ぶり。
魚屋に行けば、何も言っていないのに良いものが取り置かれている。
「若松くん、アイナメのいいのが入っているよ。釣り物だからね、そこらに出ないよ」
二代目の元ヤン店主が満面の笑みで言ってくるものだから、無下にはできない。小夜子にも、そういう時は全部買って帰れと厳命を受けていた。
「こいつはお嬢様も喜びますね。頂いていきやす」
八百屋を通りかかれば、先代の奥様がにこにこしながら今年初のさくらんぼを用意している。
「佐藤錦、今年は小ぶりだけど甘いの。小夜子ちゃんの分、とってあるよ」
「へい、いつもありがとうございやす」
ということになって、現金で支払うのであった。
キャッシュレスなにするものぞ。小夜子はいつも現金払い。たまに例外あり。
山となった荷物をバイクに積み込む。落ちないようネットで固定した時、小雨が降りだした。
線のように細い雨がしとしとと、若松の肩を濡らす。
バイクに乗り込もうとした時、駅前で空を見上げている着物姿の少女に気づいた。
おや、お嬢様以外でこんなド平日に和装とは珍しい。と、若松は思って目を止める。
中学生くらいだろうか、見事な日本髪を結っていた。目がぱっちりとしていて、幼さの残る顔立ちである。
「お嬢さん、雨でお困りでしょう。傘をお使い下さい」
若松が差し出したのは、バイクに入れっぱなしになっていた折り畳み傘である。開いて差し出すが、モスグリーンの洒落っ気の無い代物で、その少女には不似合いだ。
「これはご親切に。よろしいのですか?」
彼女の和装は、地味な単衣であった。
令和の時代には珍しい。どこか野暮ったいとも見える、着古して味のあるものだ。
少女は傘を受け取った。
「あっしは単車ですから、ご遠慮なく」
「もし、お名前を」
「若松と申します。傘はそのままお使い下さい。では、失礼しやす」
若松は返事を待たずにバイクに乗り込んで、走り去る。
排気音が通り過ぎていくのを、傘を持ったまま少女は見送った。
「あんな人が、この町にもいるのね……」
少女がそんな独り言を漏らすと、駅の出口から大柄な男がやって来た。
スーツを着こんだ男で、奇妙なことに顔を誰も認識できない。そして、誰もがそれを不自然に思わない。
「千草よ、先に着いていたか」
「ええ、先生。親切な人に傘をもらったんです」
「ほう、それは珍しいことだ」
男と千草は小雨の降りしきる中を歩んでいく。
「ええ、とても珍しいことです。わたしのことが見えるだけでも珍しいというのに……」
一難去ってまた一難という言葉がある。
若松は小夜子と出会っている。それが、更なる出会いを生むのは必定。
それと同時に、この町に来た者もいる。
「着いたとたんに降りだすのマジでやめろや」
どこにでもいそうな中年男が、小雨の中に消えた怪人と入れ替わるように駅から出てきた。
カジュアルというには攻めすぎであろう派手なジャケットと、柄シャツ。そして、細身のジーンズ。
バイクに乗らないくせに革のごつい長財布をジーンズのヒップポケットに差し込んだ、年甲斐というものをどこかに置き去りにした中年男。
小夜子の叔父が町にやって来たのであった。
「駅前のパチンコ屋とか、そそるやんけ」
姪に会うよりも、パチンコを優先するダメ人間。
令和の魔人たる間宮小夜子ができれば隠しておきたい書類上の保護者、アンクルトミーこと、浪野富雄がこの町にやって来た。




