小夜子たちの二回戦
鳴髪くるみは晴ればれとした気持ちで雷撃を放つ。
鳴髪家の守護神でもあった冥界の八雷神はもういない。しかし、伊邪那美様が降りるという奇跡によって、くるみの肉体には聖痕が刻まれている。
「分かってきた、雷は神鳴りで神なり!」
頭、胸、腹、両手、両足。そして、女陰。
伊邪那美様と共に降りてくるみに絡みついた八匹の蛇こそが、冥界の八雷神である。蛇神の絡みついた聖痕が、くるみを超人に引き上げていた。
「んんん、お前、それを使うたらいかんぞ」
小夜子は眉間に皺を寄せている。
「これでもう、誰にも負けないんだから。まずは、あなたから」
「なんというか、気持ちは分かるんじゃが、その、なぁ」
くるみは小柄な小夜子よりも背が低い。
気性の荒い小動物のような威嚇さえなければ、生まれついての金髪も相まって非常に可愛らしい見た目だ。
「怖気づいた? でも、試合続行はあなたが望んだことよ」
若者の夢を壊すというのは心苦しい。しかし、小夜子としても寝覚めが悪いことはしたくなかった。
「その聖痕、使うたら死ぬぞ。鳴髪の妹よ、お前の身体でそれを使うと本当に死ぬから、一つまでにしておけ。それなら寿命が縮むだけで済むからの」
力を得てテンションが上がってしまうと、今のくるみのようになる。しかし、それは超人なら誰しもが経験していることだ。無論、小夜子にも力にはしゃいだ経験はある。
返矢左京との約束は【誰も殺すな】だ。事故だとしても、可愛らしいくるみが死ぬのは見たくない。
「は、何言ってんの?」
「八雷神の力を借りるのはよくないんじゃ。あれは黄泉平坂の死神じゃからなァ。全部使うてしもうたら、死の気が薄いお前は【あちら側】に引かれることになるの」
「えっ、じゃあ一匹だったら」
「これ、八雷神を匹などと呼ぶでない。んんん、そうじゃな、一つでも十年は削れるかの」
くるみは、自分の両手首に刻まれた蛇の絡みつく聖痕を見て、少し考え込んだ。
「マジで?」
「マジじゃ」
マジである。
「え、それって普通に雷ピガーってするのもダメ?」
「ダメじゃ」
ダメであった。
「そ、そんなこと信じないんだから」
その瞬間、小夜子は縮地でくるみの眼前まで一瞬で肉薄すると、その顔面にパンチを叩き込んだ。そして、肉体にある経絡を突く。
【北斗の拳】のスピンオフが出ていたことに感心した折、影響されて覚えた魔技である。
「封じてやるから、使えるようになるまで修行するがよい」
自らの艶やかな髪の毛を一本抜き取った小夜子は、くるみの左手に巻き付ける。これで、雷神の術は封じた。
「ん、んんん、うう、んんんんんん」
経絡を突かれてほとんど動かない口で、くるみが何か文句を垂れている。小夜子はなんともいえない顔で、彼女の背後に回り、首元に手を巻き付けた。
柔道でいうところの裸締め。
プロレスで言うところのチョークスリーパーである。
「こういうのは見た目が悪くて使いたくないんじゃが、仕方あるまい」
気道をふさがれたくるみは、少し唸った後、すぐに気を失った。倒れないよう、小夜子が支えている。
こうしてなんとも締まらない形で勝敗が決した。
『間宮小夜子さんの勝ち。アントニオ猪木を彷彿とさせる魔性のチョークスリーパーでした。私は気に入りましたよ』
聖蓮尼は気に入ったようだが、鳴髪家の関係者は頭を抱えるしかない。
こうしてあまりも大きな出来事のあった二回戦第一試合は終わる。
十分ほど休憩の後、中止を求める声を無視した聖蓮尼が、第二試合を強行させた。
『花ケ崎レンジくん、道反誠士くん、前に』
誠士は手を振る朱音に手を振り返して、校庭に向かった。
花ケ崎レンジは第一試合で変身したままの姿で、誠士の対面にいる。
どこか現代的などす黒いプロテクターに、怪物化した口元。あまりにも異常な姿であった。
「道反誠士だ。よろしく頼むよ」
「おう、レンジだ。デートがかかってるからな、遠慮しねえぜ」
「望むところだ。……本気で間宮さんを誘うのか?」
「モチのロンよ。あんな美少女とお食事デートとか誰でも飛びつくだろ」
「あ、ああ、そうだな。その、頑張ってくれ」
小夜子を知る誠士からすれば、どれだけ無謀なんだと言いたい。しかし、デートもしたことがないというレンジに、それを言えるはずがない。
「へへへ、この姿になったオレは無敵だぜ」
「相当強いと思うよ。無敵は言い過ぎだと思うけどな」
怪物と化したレンジはほんの少しだけ、口元を歪ませた。
「……お前、いいヤツだな」
この学校ではオチコボレ扱いだ。だから、今まで十家の嫡男である誠士とは話したこともなかった。
「な、突然変なこと言うな」
このやり取りを聞き取れるだけの耳を持つ者たちは、なんだか青春な感じににっこりしていた。特に、誠士の母である綾子や、その他の女性陣などは、勝手にBLの気配を感じ取って嬉しそうである。
余談だが、小夜子はキャプツバから聖闘士までを経験した世代だ。
『アオハルでよろしい! 試合、はじめ』
誠士が先に動いた。回れ右して校庭を走る。つまり、逃走だ。
「おいっ、いきなり逃げんなっ」
「手長足長ッ」
走りながら誠士が式神を呼ぶと、観客席で人に化けていた手長足長が正体を顕わし校庭に飛び込む。
「カカカ、主殿、卑怯は好ましいぞ!」
姉鬼の手長が言う。そして、足長は黙ってレンジを背後から蹴り飛ばした。
強烈な、常人であれば肉体が砕けるほどの蹴りを喰らったレンジだが、前に飛ばされただけだ。
『む、式神はアリです。ノーサイド』
妖物の乱入かと動こうとした保護者に対して、聖蓮尼が宣言して待ったをかけた。
式神は反則ではない。影への収納や召喚系術式で呼ぶのが暗黙の了解だが、聖蓮尼はこの方法を認めた。
「卑怯って言うなよ!」
背中を蹴られて自らに向かって飛ばされてきたレンジに対して、誠士は拳、蹴り、流れるような連撃を叩き込む。
「がああああ!」
怪物と化したレンジの叫び。悲鳴とも闘志の咆哮とも取れる。
誠士は最初からまともな勝負では勝てないと理解していた。
レンジから漂う瘴気はあまりにも濃く、近づくだけで地獄に迷い込んだかと思うほど。さらに、レンジは魔王とも思えるほどに危険な存在だと彼には分かる。
手長足長も同じだ。
試合前のこと。
式神である手長足長に、呼んだら出ろと命じれば、手長と足長はそろって「いやじゃ。命が惜しい。アレは無理」と答える。
妖物の本能が、レンジを魔王と認識しているのだ。
なんとか物で釣って助力を約束させたが、妖物として相当の強さである手長足長が、レンジを恐れていた。
拳と蹴りをレンジの急所に叩き込み、その足元に潜り込んだ誠士は、ぐらついている右足に抱き着いた。
言葉にもならない気合の声が、誠士の口から短く発された。
全身のバネを使用して誠士はきりもみに回転する。それは、相手の脚を抱えた状態で、己が身体を回転させることで、膝関節と股関節を破壊しながら転倒させる荒技。
プロレスラー藤波辰爾が考案したドラゴンスクリュー! 日本名は飛竜竜巻投げという大技であった。
誠士の学んだ対妖物柔拳術【如来活殺】に、このような技は無い。しかし、身体を回転させるドラゴンスクリューと、気を回転させて妖物の体内を破壊する如来活殺は、実に相性が良かった。
その証拠に、強烈な力を内包したレンジの膝を破壊している!
誠士にも手応えは確かにあった。その証拠に、レンジの膝関節はあらぬ方向に折れ曲がり、体内で暴れまわった気によって、レンジのまとうプロテクターの隙間からどす黒い血が流れ出している。
「いててて、やりやがったなァ」
レンジは折れ曲がった膝を無理矢理動かして、膝立ちから立ち上がろうとしている。
「主殿ッ、何をしとるッ。今の内にぶっ殺さんと」
手長が言いながら、その手を鞭のようにしならせてレンジの頭部を狙う。破砕の妖力を宿した手長の手を、レンジはまともにつかんで止めた。
「ヒィッ、は、放せ。いやじゃ、放して、放してください」
「お前、美人だけど妖怪だよな?」
手長は美人と呼ばれて、こんな時だというのに嬉しそうな顔をした。
「そ、そうじゃ。アタシがいいことしてあげるから、な、痛いのはよして」
「いただきまあす」
レンジは手長の凶悪な細腕に噛みついて、喰いちぎった。
「ぎゃああああ、アタシの腕ぇッ。だからイヤだって言ったのにィっ」
怪物が、女鬼の嫋やかな手を喰らう。
「やっぱ人間よりバケモノだな。栄養満点だぜ」
レンジの脚が再生を始めた。
膝立ちの姿勢にいるレンジに対して、我に返った誠士は顔面への蹴りで追撃を加えようとして、その脚を止める。
「……強すぎないか、キミ」
代わりに出たのは、誠士自身にも意味不明な言葉だ。
蹴った足が噛み砕かれるというイメージしか湧かない。そして、実際にそうなるだろう。
天逆毎、鳴髪小夜子、桃太郎卿。知己を得た怪物たち。あれほどの者などいないと思っていたが、そうではない。レンジはそちら側だ。
「へへへ、充分効いたよ。マジで痛かった。それじゃあ、オレの番だな」
膝の再生が終わったレンジが立ち上がる。
足長がそこへ蹴りを叩きこんだ。強烈な蹴りに対して、レンジは正面からパンチを叩き込むことで反撃する。
「どらあ!」
怪物のパンチで、足長の巨大な足が砕けた。
「ぐおおお、い、いてぇ。いてぇよぉ、姉者ァ」
「おおお、弟よ、なんて酷い目に。いつものをしてあげる、【いたいのいたいの、飛んで行け】」
手長の言霊呪言【いたいのいたいの飛んで行け】がレンジに向かう。自らの受けた損傷を相手にそのまま返してしまうという、恐るべき言霊である。
「ゴガアアアアアアアアア!!」
レンジが吠えると、言霊呪言が掻き消される。妖力の乗った咆哮で、呪言自体を掻き消したのだ。
「ひえぇぇ、なんというバケモノ。アタシもう無理、主殿、もう堪忍してぇ」
「よっしゃ、いくぞおっ」
レンジの大ぶりなパンチを避けようとした誠士だが、身体の反応が鈍い。
怪物と化したレンジの発散する強烈な瘴気で、まるで高山地帯に迷い込んだように、呼吸すら乱される。
反射的に両手でガードしたが、腕の骨が砕ける音と共に吹っ飛ばされた。
誠士は身体を飛ばされながら、見た。
襲い来るレンジの口元には残酷な笑みがある。倒れたところを殴られるだろう。それは、明確な死を予感させた。
「降参だッ、まいった」
言いながら校庭に転がった時、見たのは目の前でぴたりと止まるレンジの拳だ。
「へへ、よっしゃ、俺の勝ちィ! デートデートデート、お食事デート、焼肉! メイクラヴ!」
負けた。
誠士はそう思いながら、転がったまま空を見やる。
いい天気の空は青くて、砕けた腕は強烈に痛むし、情けないという気持ちが湧き上がる。しかし、負けは負けだ。それでも、命を拾えただけ良い。
とっさに降参を言えたのは、ある意味では成長の証とも言える。一瞬の中で、生への道を見つけ出したのだから。
退魔師は、意地を張って死ぬ者が多い。
「師匠にドヤされるな」
「おう、腕ぇ大丈夫か」
レンジは悪びれもなく聞いてくる。
「大丈夫じゃない」
「へへへ、一対一だしな。そういうこともあるよ。立たせてやるから、暴れんなよ」
猫をつまむように立たされた誠士は、レンジを見やる。
「花ケ崎レンジだったよな、お前が退魔師でよかったよ」
「人間は食わねえよ。あんなもんよりオムライスの方が美味いんだ」
誠士は小さく笑って、こいつは不思議なヤツだと思った。そして、家柄を気にしないところを気に入ってしまっている。
『花ケ崎レンジくんの勝ち。良い試合でした。こういう泥臭いのは好きですよ』
聖蓮尼の言葉で勝敗は下された。
レンジは誠士を支えながら、控えに連れていく。互いに、なんとなく仲良くなれそうだと変なことを考えている。
レンジも、誠士のことを気に入ってしまった。言葉ではなく、見た瞬間に「こいつとは長くなる」という予感めいた気持ちがあったのだ。
その直後、朱音が心配して誠士に飛びついてきた。そして、見た目にはお姉さんに見える綾子までやって来たため、「こいつは敵だな」とレンジは考えを改めることになる。
明日は私事で更新できません。
月末まで忙しい可能性ありです。




