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伝奇世界の悪役令嬢※90年代からきました  作者: 海老
毒々! 若松ハーレム
35/116

若松とビエさんの奇妙な冒険

 小夜子だけは、その世界から拒絶されていた。


 現実を侵食する奇怪な光は、神の権能(けんのう)

 小夜子だけが弾き飛ばされる。明らかに、彼女だけを拒絶していた。


「蜘蛛の神め、まだ諦めておらなんだか」


 若松を起点に発した光は小夜子だけを弾き飛ばして、地下東京を飲み込んでいく。

 小夜子の身体は光に押し飛ばされていて、このまま地下東京から弾かれるかと思ったその時、別の何かに引っ張られた。

 物理法則を無視した瞬間移動により、別の空間に辿りつく。


「おお、エリンギ様であったか」


 注連縄(しめなわ)の巻かれた巨大なエリンギは、蜘蛛神の光を拒絶していた。大きな範囲ではないが、そこには先客であろうメガネちゃんもいる。


「ああ、間宮さん、会長とクマヒさんが吸い込まれてしまって」


 メガネちゃんが必死の顔で言う。


「うむむ、蜘蛛の神め。まだこんな力を残していたとは」


「間宮さん、なんとか会長を助けられないんですか」


「メガネちゃんよ、あの結界に入りさえすればなんとかなるが、あれは神の権能。これほど強く拒絶されてはのう。……メガネちゃん?」


 小夜子は違和感に気づく。

 クラスメイトのメガネちゃんは生徒会書記で、生徒会長の沙織と行動を共にしている。成績優秀で世話焼きの委員長タイプ。


「……」


 小夜子は顎に手を当てて少し考えた後に、自らの額に人差し指を当てた。

 小さく息を吸い込む音と共に、その指が小夜子の頭蓋骨を貫いて脳に達する。そして、人差し指で脳を搔き回した。


「ひっ、な、なにを」


 メガネちゃんの言葉には答えず、小夜子は血の涙を右目から垂れ流して、自らの脳を弄繰(いじく)り回す。


「うむ、だいたい分かった」


 そう言って指を引き抜いた小夜子は、血を払うように手を振った。

 瞬間、メガネちゃんの首が切断されて、ころりと落ちて転がる。頭の後に、身体も倒れ伏した。


「メガネちゃんとやら、わらわの認識まですり替えるとはやるのう。どうせ、その程度では死んでおるまい。何者じゃ?」


「いえ、実際に殺されましたよ。びっくりしました」


 突如として、何の前触れもなく新たなメガネちゃんが顕れる。自らの死体を見下ろして、彼女は()っすらとした笑みを浮かべた。


「よう言うわ。本名メガネちゃんなどという名前の生徒がいてたまるか」


「名前は面倒だったので、影響のないものを選んだんですけどね。認識操作に気づかれるのは予想外でした」


 小夜子は体内に掛けた(かせ)を外す。

 どのようなカラクリか、全く認識できない。相手は妖物、または神。しかし、何をしたかすら分からないという相手は初めてだ。


「殺気立つのはやめて下さい。このメガネ、あなたの敵ではありませんし、会長を助けたいのは本当です」


「姿を見せぬ者を信用しろと言うのかや?」


「見せていますよ、最初から」


 メガネちゃんはそう言って、エリンギ様に触れる。


「……もしや、エリンギ様か。わらわにすら何者か分からぬ(くさびら)の王、どうして人の形になっておる」


 メガネちゃんは少し困ったような顔をした。


「説明すると長くなるので省略しますが、私はかいつまんで言うと宇宙人です。菌糸ネットワークにより宇宙と平行世界に根を張る宇宙規模の生物(ユニバース)と思って下さい」


 予想外の言葉である。しかし、一切の気配を小夜子ですら読み取れない相手となれば、否定も肯定も意味がなく、それを信じるしかない。


「で、その宇宙人がどうしてこのようなことをする?」


 これは【敵】やも知れぬ、と小夜子は思う。

 相手が強大であるものか、そのスケールすら分からない。これこそ、ある意味では相応(ふさわ)しい【敵】だ。


「ちょっとちょっと、戦闘とかやめて下さい。そんなことしてる場合じゃないです。あれの造り出した夢の世界(閉鎖空間)を排除しないと、若松さんも戻りませんよ?」


 メガネのツルをくいと持ち上げてキメるメガネちゃん。得意げにされて、小夜子が苛立つ。


「神の権能が行使されておる。あれに入るには、方法から探らねばならん。無理矢理入ることもできんことはないがの」


「それはオススメしません。それこそ、蜘蛛に心中でもされたら皆さんも巻き添えですし」


「何をさせたい?」


夢の世界(閉鎖空間)は、あなたたちの言葉で言うと境界でしかありません。蜘蛛自体が、ええと千曳岩(ちびきのいわ)みたいなものですから。境界に住まう御方をご存知でしょう?」


 小夜子は今度こそ憎々しげに顔を歪めた。


「知らんことは無いという感じじゃの。気に入らんヤツ」


「気づかなかったら、そうなるよう誘導したんですよ。あなたは特別だから仕方ないです。境界の主である兄上様に呼び掛けて下さい」


「お前がやればよかろう。メガネっ娘なら、兄上も喜ぼうぞ」


「ダメですよ、私が手を出すのは色々と問題が出てしまいますから」


 ここでメガネちゃんと戦うか迷った小夜子だが、それでは手遅れになるという予感がある。

 観念した小夜子は、自らの影に対して念を送った。そうすれば、影も嫌がるだろうが、水蛭子神(ひるこのかみ)に祈りは届く。


「兄上だけには借りを作りたくないというのに」


「ふふ、あのお方には性格付けがなされていませんから、自由な振舞いができるのです。きっと、上手くいきますよ」


 すぐに兄上は応えてくれた。

 状況を説明するだけで小夜子はひどく疲れることになったが、若松を見捨てる訳にもいかない。彼がいなくなったら、家事を自分でやらねばならなくなる。

 洗濯物を取り込んだり掃除をする【悪】など恰好がつかない。








 国道沿いのカッパ寿司に訪れた若松とビエさんは、入店を拒否された。

 店員さんが困った顔で言うには、介助犬、盲導犬、聴導犬、は入店可能だが、それ以外は無理だという。


『ええー、ダメなのぉ?』


 当たり前だが、無理なものは無理だ。お店のルールに従わないというのは、ただの無法者である。


「あの、お客様。謎の生物はちょっと」


「テイクアウトします。回転をみたいということでしたので、動画撮影だけなんとか」


 店員さんと協議した結果、寿司レーンの動画を撮らせて頂いた後に、テイクアウトで最も値の張る【極みセット】を注文することになった。


 大トロ、中トロ、ほたてなど、人気の寿司を集めたセットである。


 早速外に出て近くの公園へ。

 スマートフォンで撮影したレーンの動画を見ながら、寒空の下で寿司を食べることになった。


『んんん、アボカド入ってるの欲しかった。森のマグロ? マーガリン? アレ楽しみだったのに。それはそうと、新幹線がギュイーンって寿司届けてくれんの最高だな』


 録画映像を見ながら、ビエさんはもりもり寿司を口に入れていく。


「それはようございました」


『心がこもってねえし。ほら、もっとテンション上げて行こうぜ』


 若松としては、早くここから脱出したい。だというのに、寿司を食べさせているだけだ。


「そうは言われても、カッパ寿司、必要ですかい?」


 普段はそんなことを言わない若松も、ビエさんの無軌道な傍若無人(ぼうじゃくぶじん)ぶりには物申してしまう。


『ンモー、分かってないんだから。これだから人間は。じゃあ、次のステップだ。さっきのカッパ寿司に忍び込むぞ』


 そこまでして食べたいというのか。


「いくらビエさんでも、それはダメです。ペット不可って言われてますので。そんな無法はできません」


『ペットとはなんだ。分かってねえなあ、これも必要な通過儀礼なの!』


 本当かよ。若松であってもそう思う。

 とはいえ、他に頼るものも無い。

 仕方なくカッパ寿司の店舗に戻り、駐輪場にバイクを止める。


『あっちの入り口から忍び込め』


 ビエさんがヒレで指し示すのは従業員用の入り口だ。


「暴れないで下さいよ」


『抱っこはしっかりな。オレ、繊細だから』


 海に解き放ちたい。気の長い若松ですら、そう思う。小夜子が疲れた顔をしていた理由を知れた。


 かかっていた鍵は、ピッキングで解除する。あまり褒められた行いではないが、こういった技術を若松は修めている。


『よし、左の方向から気配がする』


 言われるままに進むと、ドアがあった。鍵はかかっていない。

 気配を殺しながら開くと、異常な光景が広がっていた。

 声を出しそうになった若松が、ぐっとそれを抑える。


「わーん、お母さんに会いたいよう」


 小さなカッパたちが、足枷(あしかせ)を嵌められて泣きながら寿司を握らされている。


「キリキリ働け働け、お前らは寿司を握るのだ。一日一本のキュウリで美味しいお寿司を安価で提供するのだ」


 鞭を持ってカッパを監督しているのは、屍食鬼(グール)のクマヒだった。

 鞭に怯えながら、緑色の小さなカッパたちが強制的に働かされている。

 なんだこれは。悪い冗談か。


「ビエさん、これは一体」


『ここは夢の世界(ドリームランド)だから、馬鹿げたことが現実になるのさ。オレが書き換えてんだけどね。こうやって綻びを作っていって、脱出するって寸法よ』


「どんな寸法なんですか。全く理解できねぇ」


『お前は理解しなくていいの。ほら、可哀想な緑色を助けてやれよ、主人公』


 全く理解できない。

 そんなことを話しているから、クマヒがこちらに気づく。


「む、貴様、侵入者か。知られたからには生かしてはおけん」


「クマヒ様、お待ちください。若松です、これは妖術にかかって」


 クマヒは鞭を捨てて、腰に()いた剣を抜いた。


『あの土蜘蛛はシステムの防衛に回されたみたいね。アレで斬られたら、本当に怪我するし、脱出もできなくなる。倒すか口先でなんとかしろ』


「ビエさん、本気で言ってるんですか!?」


『オレが本気じゃなかったことなんて無いよ。頑張れ、塩顔』


 ビエさんを放り出して、若松はクマヒと距離を取った。


「悪いが、ようやく手に入れた正社員の座だ。ここで死んでもらうぞ」


 クマヒは屍食鬼の姫という立場だ。そして、その剣はお飾りではない。

 そこらのチンピラには負けない若松だが、屍食鬼相手に勝負できるかと問われれば、できないとしか言いようが無い。


「クマヒ様、あっしの顔に見覚えはありませんか?」


「命乞いか?」


 記憶は書き換えられている。ここのクマヒは、カッパ寿司の秘密厨房を守る正社員だ。


「違いますよ。でも、もう遅いんでさ」


「遅いのはお前だよ、ここで死ぬがいい」


 若松はスマートフォンをクマヒに見せつけた。


「ライブ配信中です。こんな小さなカッパたちを鞭で働かせたと知れたら、カッパ寿司お終いですよ。顔もばっちり撮れていますし、これで殺人未遂までつきやした。再就職は絶望的じゃありませんか」


 もちろん、でまかせだ。

 無茶苦茶な状況だが、この設定であればカッパ強制労働のブラック企業として責任を追及される。炎上案件となり、株価暴落の危機であった。


「ひっ、や、やめろ。顔はやめろ」


 試しにやってみたことだが、上手くいってしまった若松が一番驚いている。


『ふははははは、お前らの悪事もこれでお終いだ。さあ、ぼうやたち、今の内に逃げなさい』


 いつの間にか移動していたビエさんが、カッパたちの足枷を破壊していた。

 歓声と共に逃げ出す小カッパたち。


 クマヒはその場に膝をついた。


「うう、もうお終いだ」


『これで第一関門突破だ。次は塩顔、お前その屍食鬼に接吻(せっぷん) しろ』


「えっ、ど、どうしてそんなことするんですか」


 ビエさんは、やれやれといった感じで首を振る。


『眠り姫を起こすのは王子様のキッスって決まってんだろ。本当はオレがやりたいの我慢してんだから、ブチューっといけ』


 流石の若松も、ビエさんの頭を叩きたくなるのをぐっと堪える。理屈は分からないが、これでクマヒが正気に戻るなら心強い味方となるのは確かだ。


「クマヒさん、失礼しますよ」


「えっ、なに」


 何も分かっていないクマヒの隙をついて、若松は口づけをする。

 驚いた顔のクマヒだが、その瞬間、夢から覚めた。口を離すと、潤んだ瞳で若松を見つめる。


「若松殿、……クマヒはこの時を待ちわびておりました」


「クマヒ様、正気に戻られましたか。それより、ここを脱出」


 続きを言おうとした若松だが、クマヒに頭を抑え込まれ、強引にキスをされて黙らざるを得なくなった。

 すぐさま舌を入れてきたので、なんとか引き離そうとするが、屍食鬼の筋力で押さえつけられる。


『ハレンチ!』


 ビエさんのヒレが、クマヒの脇腹に叩き込まれた。


「ぬあっ、ぐうぅ」


 かなり強烈に入ったようで、クマヒはその場にうずくまって呻いている。


「ビエさん、やり過ぎです」


『オレの前でおっぱじめてたら、もっと痛くしてたよ』


「ぐぐ、こ、この珍妙な妖怪はなんなのですか」


「お嬢様の兄上にあたるお方です……一応」


「こ、これは失礼致しました。小夜子様の兄上とは知らずご無礼を」


『よし、許す。その代わりオレを抱っこしろ』


 磯臭いビエさんをクマヒが抱っこすると、当然のように頭を胸にすり寄せた。


『うん、柔らかくてよいぞ』


 クマヒの顔が殺意に歪む。


「ビエさん、いけませんよ。女性に持たせるのはよくありません」


 若松がビエさんを強引に抱っこした。磯臭い。


『女がいいなあ』


「あっしの美学なんで、ご辛抱ください。それで、次はどうしたらいいんですか」


『んあー、次はストーカー? それのとこ行かないといけない』


 そういうことになり、サイレンの音が鳴り響き小カッパたちによって混乱の極みにあるカッパ寿司から脱出した。


 バイクまでたどり着くと、街の景色が蜃気楼のように歪んでいる。


夢の世界(ドリームランド)を維持できなくなってきたぞ。あとは時間勝負だ。起点になってるのは塩顔とダークエルフと、巨乳ストーカーだ。急げよ』


 若松は返事をする暇も惜しいと、バイクのエンジンをふかす。


『あっ、ヤッベ。気づかれた。予定変更だ。塩顔、お前の家に行け』


「どういうことですか」


『やり過ぎたみたいで捕捉された。カッパ寿司作戦、目立たないでいけると思ったんだけどなァ』


 こいつ、怒鳴りつけてやろうか。若松は本気で思ったが、彼が助けに来てくれたのは事実。そして、悪意が無いのも分かるため強く言ってはいけないと思い直す。


「そ、そうですか。クマヒ様、あっしの後ろに乗って下さい」


「はい、あなた様。喜んで後ろに」


 若松は聞かなかったことにして、バイクに跨り街を疾走する。

 目的地は、未だ慣れない自分の家。

 幸せな暮らしをしていたマンションの一室へと向かう。


 若松は目を逸らしていた事実に、口元を苦々しく歪めた。

 結局のところ、ここは別の世界だ。あり得ない存在が、最初から一人だけいる。

 一度身を持ち崩した母が、改心して優しく良い母親になる。そんなこと、現実にはあり得ない。


 目的地であるマンションは、蜘蛛の糸に覆われていた。


「これは、蜘蛛神の糸」


 呆然とクマヒが言う。

 地下東京の屍食鬼を支配していた残酷な蜘蛛の神。

 クマヒも小夜子が現れるまでは蜘蛛に支配されていた。それを忘れようがない。


『塩顔、いけるか? お前は人間にしては面白いし、オレが特別に力を貸してやってもいい』


 ビエさんの言葉は、神としての言葉だ。力を借りるというのは、神との契約になる。


「ケリつけなきゃなんねえのは、あっしみたいです。ビエさん、お気持ちだけ頂きやす。お気遣いなく」


『そういう骨っぽいの嫌いじゃない。行こうじゃないの』


 若松はビエさんを抱っこして進み、その後ろをクマヒが付き従って部屋に向かう。

 蜘蛛の糸は、若松が近づくとひとりでに動き出して、道を空けた。進むと、背後が糸で覆われて戻れなくなった。


「あなた様、死ぬ時は一緒です」


 クマヒが微笑む。若松は苦笑いを返した。


 部屋のドアを開けると、中は薄暗い一面の闇が広がっていて、その中心に母と沙織がいる。


「ただいま戻りました」


「おかえりなさい。……変わったお客さんね」


 母は背中を向けていて、その傍らには糸でぐるぐる巻きに縛られた沙織がいた。ご丁寧なことに、口にまで糸を巻かれて、言葉を出せないようにされている。


「あなたが、蜘蛛ですか」


「お母さんと呼んでくれないの?」


 背中を向けたまま、母は振り向かない。


「不思議なもんですね、あっしはもうお母さんの顔なんて覚えてないんですよ。写真もねえんで、今さら会っても誰か分からないかもしれやせん」


「それは嘘よ」


『嘘じゃねえよ。人間の頭はそうできてんだ。しんどいことは忘れていいのが人間なんだよ』


「でも、寂しさは忘れてないでしょう。ここにいましょう。ここはあなたが歩むはずだった道を再現した世界。ここは安らぐでしょう」


 それは本当だ。

 若松は確かに安らぎを感じていた。しかし、それ以上に不安と焦燥を感じている。今の若松にとって、ここは嘘が積み重なった虚構でしかないのだから。

 人間ではない蜘蛛に、それが理解できようはずもない。


「いいお母さんが欲しかったってのは本当ですよ。でも、もう遅いんでさ」


 若松には一つだけ、小夜子にも言っていない秘密がある。

 間宮屋敷に引っ越した直後、母親が訪ねてきた。

 内容は金の無心である。

 大金持ちのお嬢様に頼んで三十万円を用立ててくれと土下座までしてきた。恥も外聞もどこかに放り捨てたような有様の、みっともない姿だった。


「蜘蛛さん、もうやめましょう。あっしと同じくらい寂しいのは分かりました。母親の真似事をしてくれて嬉しかったですよ。それでも、寂しい同士で嘘をやってたら、辛くなるだけです」


 あの時、金を渡して、今度来たら承知しねえと脅して母を追い出した。次に来たら、今度こそ手荒く追い出すだろう。


「どうして、寂しくないの? あなたが本当に欲しいものになったのに」


「欲しいモンが手に入ったって、寂しくねえってもんでもないでしょう」


 人間はみんな独りだ。だから、手探りで生きていくしかない。


 若松は母の傍らにいる沙織に近づいて、糸を手でむしった。本来ならば、鋼鉄よりも遥かに硬いはずの蜘蛛神の糸も、若松だけは手で引き千切れる。


「若松くん……」


『ほれ、ブチューっといけ』


 沙織は若松の口づけを受け入れた。今の状況を忘れて、目を閉じてキスを待つ。対する若松は、ストーカー時代のこともあり、目を開けたまま作業としての口づけを行った。


『うわ、最低』


「若松くん、この世界でも助けてくれて、大好き」


 うっとりと、頬を上気させた沙織が夢見心地でそう囁いた。

 若松がビエさんに振り向く。


『実はいらなかったんだけど、いい雰囲気だったから、つい』


 何か言いそうになった若松だが、顔面に力を入れて我慢する。


「ぐぬぬ、沙織のヤツめぇ」


 クマヒの声も聞かなかったことにして、若松は大きく深呼吸してから、母に向き直った。


「蜘蛛さん、そろそろ本当の姿になって下さいませんか」


 母は、大きな蜘蛛に姿を変えた。ハエトリグモに似ているが、その全体は地底を支配した恐ろしい姿だ。


「寂しいのは、もうイヤ」


「だったら、外でどうしたらいいか考えましょう。あっしも力になりますんで」


『バカっ、そういうヤバい女に優しいこと言うなッ』


「欲しいのは、あなただけ」


 蜘蛛がそう言った瞬間、地面が蜘蛛の巣に変わった。

 若松の足元に蜘蛛の糸が張り付いて、一歩も動けない。

 蜘蛛が若松を見据えた。

 たった一つの、欲しいものを手に入れる。神はそれを躊躇(ためら)わない。


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― 新着の感想 ―
[一言] 「あの、お客様。謎の生物はちょっと」 店員すげえな、と思ったらそのあともっと凄かった。
[良い点] 魚介モノはいつだってフリーダムだな。 [一言] アランの前世が逃げないで頑張ったら若松みたいな感じだろうか。
[一言] 「カッパ寿司とくれば例のコピペだよな」と思ってたら、本当に例のコピペな光景が出てきて草
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