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伝奇世界の悪役令嬢※90年代からきました  作者: 海老
毒々! 若松ハーレム
31/116

小夜子と地下東京とエリンギ様

 地下東京の首都と呼べるのが、石造りの都である。


 食屍鬼(グール)、かつて彼らが朝廷に土蜘蛛(つちぐも)と呼ばれていた時代に、迫害の末に辿りついたのが石造りの都である。その時すでに廃墟となっていたというのだから、いつから存在していたかも分からぬほど古い都だ。


 屍食鬼の歴史を紐解くと、奈良時代には地上を追われて地下へと移住していたという。そのころからいつからあるかも知れぬ禁足地であったというのだから、少なくとも古墳時代以前に造られたものと思われる。


 石造りの都を建造した何者かは、すでにこの場所を去って久しい。それがどういった者なのかは、誰にも分からないことだ。


 屍食鬼たちは、小夜子を見ると深々と頭を下げる。手を振ってやれば、感激して涙ぐむ者や、中には歓喜のあまり失神するということまであるほどの人気ぶり。


 初めは最大級のちやほやに心躍っていた小夜子であるが、毎月訪れている内にこれはこれでなんだかしんどいというものになっていった。


 米国はハリウッドの映画スターが、ちやほやに疲れて奇行に走るという話は聞く。

 地下東京を訪れると、小夜子もそういう感じで食い気に走ってしまう。


 実際のところ、石の都を訪れた後は食事の量が増えるし、扇子で口を隠して小さくケフと喉を鳴らしているところを、若松などは何度か目にしている。

 そういった時、若松は胃に良いものをこしらえるのが常であった。


 クマヒの案内で石造りの都を往けば、今日も屍食鬼の都は賑わっている。


「小夜子様、皆が待ちに待っております。見てください、小夜子様シャツなどもよく売れています」


 わざわざ地上に出て人間のイラストレーターに描かせたという、小夜子がデフォルメされたイラストのプリントされた貫頭衣が、そこかしこで販売されていた。

 地下東京での取引は、日本円か、妖物の間でしか価値の測れない物々交換が主だ。最近は、他の種族も訪れての売買が流行(はや)っているらしい。


「そうか、忠誠を嬉しく思うぞ」


 正直しんどい小夜子であった。


「我々に光をもたらしたお二方の来訪を、皆、心待ちにしていたのですよ。かくいうワタシも、新作のシャツを鎧下に着ております」


 クマヒは満面の笑みで言う。そこには純粋な尊敬や敬愛、信仰に近いものがあった。


「前にも言うたが、ほら、なんかもっとカッコイイ感じのデザインのな、わらわの姿絵ではなくて、こう、屍食鬼たちの印章的なものの方がよくないかや」


 ちやほやも極まれり。こうなると居心地悪し。


「流石は小夜子様、我らなどへのお気遣い……。土蜘蛛などと蔑まれておりました我ら、もはや蜘蛛の印など捨て申した。あのようなもの、もう必要はないのです」


 感極まったクマヒに、小夜子はそれ以上を言えないでいた。


「そ、そうであったな。蜘蛛の印、そなたらにとっては、そういうものであったよな。いらぬことじゃったの」


 しんどい。


 元々、彼らは地底の蜘蛛神を崇めていたが、すでにそれは小夜子が奈落の底に追いやった。

 千年以上崇めているというのに、やることと言えば生贄を喰らうだけ。そんな神などいらぬという判断であったが、次に小夜子が崇められるとは思ってもみなかった。


 顔が引きつってきた小夜子を見かねて、若松がクマヒに声をかけた。


「クマヒさん、いつもお出迎えご苦労様です。地上にはあまり出られないと聞きまして、よければこちらをどうぞ」


 若松が懐から取り出したのは、森永製菓の【ハイチュウグリーンアップル】である。

 1975年から愛されている定番お菓子の一つだ。ガムと飴とグミで作った三角形の真ん中に座すポジションで、今でも定番の人気を博している。


「ああああ、よろしいのですか」


「どうぞどうぞ。いくつか買っておりますので、後でまとめてお渡しします。先日もお喜びでしたし、どうぞ召し上がって下さい」


 クマヒは若松から手渡されたハイチュウを大切そうに受け取って、うながされるままに包装を剥いて口に放り込んだ。

 鮫の歯にも似たギザ歯がハイチュウを噛む。


「地上のお菓子はとっても美味しいです。人間の肉なんてもう、ホントに酷い味で……。姫でなければワタシも地上に行けるというのに」


 ここまで美味しそうに食べてくれると、見ている若松が嬉しくなるというもの。


「姫というお立場も大変なのでしょう。クマヒ様に喜んで頂けて幸いです」


 小夜子が限界に近づくと、若松がお菓子を取り出してクマヒの口に放り込むのは毎度のこと。


 そのようにしてたどり着いたのは、石造りの巨大な宮殿である。

 宮殿は蒼白い輝きを放つ菌類に覆われていて、昼間のように明るい。


 出迎えの屍食鬼たちが整列して待ち構えており、皆が平伏していた。

 最初は都市の皆がこれであったため、二度目の来訪からやめさせたのだが、宮殿には平伏したいという連中が詰めかけて、わざわざ地に頭をこすりつけて待ち構えているのだ。


「皆の者、(おもて)をあげよ。歓待を、わらわは嬉しく思うぞ」


 小夜子が恒例となったお言葉を述べれば、屍食鬼たちは満面の笑みで歓喜に打ち震えるのであった。

 最初は巨大な百足の引く馬車でパレードをしていたことを考えると、今はかなり進歩している。月一でやるようなことではないと、ようやく理解してもらえたからだ。


 しゃなりしゃなり小夜子が進む先は、最奥の玉座である。

 この都市を作った何者か、その王が座したものと思しき巨大な玉座に、ちょこんと小夜子が腰を落ち着けた。


「では、恒例となっておるが、帳簿を持って参れ」


 異様に盛大な事務仕事が始まる。


 さて、この事務仕事の間に若松が何をしているかと言えば、宮殿の厨房へと招かれている。

 仕事の後はちょっとした宴会となるのだが、その時の料理は若松が指揮をとって調理しているのだ。


 石造りの宮殿だが、厨房には電子レンジや業務用ガスコンロといったものが、一流ホテル規模で揃えられている。

 小夜子が私財を投じ、発電機などを持ち込んであつらえたものだ。


「さて、仕事をすませねえと」


 屍食鬼の料理人たちが揃う中を若松は進み、事前に連絡していた通りに準備されているか確認していく。


 大百足の卵、人似茸(ヒトニタケ)、餓鬼肉、地底ネギ、地底トマト、アルビノ巨大ワニ、地底の名産品が揃えられており、すでに下処理は済んでいた。


「では皆さん、問題ないようですので調理をお願いしやす」


 若松にとって、これは心苦しい仕事だ。

 屍食鬼の料理人は若松よりも腕がいい。当たり前だが、家庭料理の延長である若松などよりも、専門職として働いてる屍食鬼シェフは上手(うわて)だ。だというのに、いつも若松をスーシェフとして迎えている。


「あのお人には、足を向けらんねえなァ」


 若松が小さくボヤいた。

 あのお人とは、中学時代に知り合ったイカモノ料理人だ。

 イカモノとは、ゲテモノなどとも呼ばれ、虫やら何やら悪趣味なものを専門とした料理のことである。

 その世界では天才と呼ばれている人物で、妖物の調理に困っていたところを助けられた。それから教えを乞うているのだが、上達すればするほど、師が遥か高みの天才であると感じ入るばかり。


 屍食鬼の味覚に合わせたフレンチなど、師以外の誰が考案できるというのか!


 地下世界向けのレシピをいつも伝授してくれる。ささっと考えてみたということで、軽く渡されるものだ。

 師からすれば、この程度は児戯の内。

 最初は中華、次は懐石料理、その次はイタリアンと、毎回違ったレシピを渡してくれる。


 この厨房を取り仕切る若松の仕事といえば、実を言うと少ない。


 出来上がった料理を褒めちぎって屍食鬼のシェフたちを喜ばせることが主であるのだが、一つだけ若松だけが行える重大な仕事があった。


 地下世界を照らす蒼白い光を放っている菌類、その王様がここにはいらっしゃる。


 厨房の奥に、人間大の巨大なエリンギが鎮座(ちんざ)まします。


 光り輝くエリンギは、屍食鬼たちもその名を知らないキノコの王であった。


 形が似ているだけで、それがエリンギであるかどうかは定かではない。小夜子にすら正体はつかめないのだが、キノコ状の偉大な生命であるものらしい。


 偉いものであるということで、とりあえず注連縄を巻いて祀っているのだ。


 若松は懐から取り出したタモリさんスタイルのサングラスをかけた。塩顔には全く似合わない。


「今日も参りました。(くさびら)の王に、本日はこちらを献上致します」


 うやうやしく、巨大なエリンギの根元に、若松は土産として持ち込んでいた【とらやのようかん】を差しだした。


「地上で人気の、【とらやのようかん】の【竹皮包羊羹】でございます。お召し上がりください」


 とらやのようかんと言えば、有名なブランド和菓子である。食べたことはなくとも、名前だけは知っているという人も多いだろう。

 室町時代に創業して令和まで続く株式会社虎屋が販売している伝統的な羊羹。

なかなかの高級品だが、甘すぎず深い小豆の味わいを楽しめる、羊羹好きにはたまらぬ逸品である。

 若い世代はなかなか食べないものだが、思い切って購入してみれば、これが羊羹であったかと感動する味わいだ。


 屍食鬼のシェフたちも、固唾(かたず)をのんでそれを見守る。


 瞬間、強壮なる偉大なエリンギ様が強烈な光を放った。


「うぉっまぶしっ」


 サングラスが無いと失明していただろう。


 怪異には慣れた若松も、これには驚いて声を出してしまう。

 今までにも甘味を捧げてきたが、かつてないほどの輝き。先日の塩大福の時よりも、格段に強い閃光であった。


 光が治まると、【とらやのようかん】はすでに消え失せており、厨房の壁より発光するキノコがポコポコと生えて成熟し、生えては落ち、生えては落ち。


「皆さん、エリンギ様の振舞いでやす。さあ、拾って調理しましょう」


 強い光で目をやられたり昏倒していた屍食鬼たちが、よろよろと起き上がってキノコを拾い始めた。

 巨大なエリンギ様は喜ぶと光を放つのだが、その光で毎回何人かの屍食鬼が失明する。そして、エリンギ様の放つ波動で目が再生するというのを繰り返している。


 これが、地下世界で若松が英雄視されている所以(ゆえん)であった。


 小夜子にすら無関心であったエリンギ様が、若松にだけは興味を示した。


 エリンギ様が供物を所望し、それに若松が応えたことにより、暗闇しかなかった石造りの都に発光する菌類が生えたという経緯(いきさつ)がある。


「おお、百年に一度、一本しか生えぬ大いなる霊芝(れいし)がこのように……。流石は若松殿じゃ、(くさびら)の王がこれだけお喜びになるとは」


「地底に光をもたらされた上に、霊芝まで。ありがたや、ありがたや」


 屍食鬼のシェフが奇跡に感じ入って、そのように言い合う。


 この時、厨房にいる者たちには知る由もないことだが、石造りの都全域でこの霊芝が湧き出していた。

 都に集う屍食鬼たちは、お祭り騒ぎである。そして、その誰もがこの奇跡は彼らの女王と英雄のもたらしたものと確信していた。


 常ならば、百年に一度お目にかかれるかどうか。

 もし、運良く手に入れることができても、蜘蛛の神に捧げるしかなかった霊芝がこれだけ生えてくるなど、奇跡としか言いようが無い。



 玉座で大仰な事務仕事に勤しんでいた小夜子は、突然むりむりと生えてきたキノコに唖然とした。


「うわあ、キノコが生えてきおった。今回はこうきおったか……」


 地下世界は予想の斜め上のことが多く、小夜子であっても疲れる。

 やはり、季節に一回、いや、年に一回にしたいと小夜子は思った。





 さて、この冗談みたいな出来事。

 冗談ではすまされないことも起きている。

 この霊芝は、強大な力を秘めている。ただの人間が喰らえば、強すぎる力によってキノコ人間に成り果てるほどに。


 そのようなキノコが、文字通り降って湧いた。


 小夜子により奈落へと追いやられた蜘蛛神にも、それは届いた。




 鷲宮沙織とメガネちゃんが監禁されている牢獄に、小さく強大な蜘蛛が忍び寄る。


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― 新着の感想 ―
[良い点] イカモノ料理っていうと菊地秀行先生の妖神グルメを思い出します。 クトゥルーを調理してクトゥルーに喰わせる話。
[一言] 今回のギャグポイントはおどろおどろしい食材に混じって出てきたアルビノワニですな
[良い点] 毎月訪れている内にこれはこれでなんだかしんどいというものになっていった。 ははは、ははは。 そういった時、若松は胃に良いものをこしらえるのが常であった。 (^^) 屍食鬼の味覚に合わせ…
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