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時き継幻想フララジカ 第三部 『真界編』  作者: ひなうさ
第二十九節 「静乱の跡 懐かしき場所 苦悩少女前日譚」
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~その光と闇 失意~

 爆音を掻き鳴らし、一台の巨大なバイクが大きな国道を駆け抜ける。

 マヴォの後部には竜星とナターシャが座り、振り落とされぬ様に大きな体に抱き着いていた。


「まさかマヴォさんと【ヴォルトリッター】に乗れる日が来るなんて夢みたいだ……凄いや……」


 余りの喜びで、マヴォを抱く竜星の腕に力が籠る。

 まるで彼の体毛を堪能するかの様に、顔を埋めながら。

 ナターシャもそんな彼に抱き着くが、やりきれない気持ちもある訳で。


「乾君すごいしか言ってないよ!」


「え? あはは……魔特隊の事になると夢中になっちゃってさ。 僕には何にも取り柄が無いから……」


 竜星も自分の性格が明るくない事にコンプレックスを持っている。

 だからこそナターシャの様な同類を求めていたのかもしれないし、他人に憧れる事で自分の心を満たしていたのかもしれない。

 しかしナターシャは実は凄い人間で、自分だけが普通で。

 それがどうにも恥ずかしさを呼んで……彼の元々小さかった自信を抑え付けるよう。


 自分はナターシャとは釣り合わないんじゃないか……そう思わせる程に。




 でもそれは、ただの思い込みに過ぎないのだろう。




「そんな事無いよ、竜星君はボクが知ってる人より誰より優しくて強いよ……」

「えっ?」


 それはナターシャがよく知っていた。

 何度も彼に助けられたから。

 自信が無い事も、それが思い違いである事も、本当は凄い勇気がある事も。


「ボクのししょも優しくて強かったけど……ボクは知ってるよ。 乾君は……ししょよりもずっと優しくて心の強い人なんだって……!」


 その時、竜星の腰に回すナターシャの腕に力が籠り、自身の体をきつく密着させる。

 それが堪らなく心地よくて、竜星の首筋に鳥肌を浮かばせていた。


 それがどうにも落ち着かず……竜星が慌てる様に奮えた声を漏らす。


「ナ、ナターシャちゃんの師匠ってどんな人なの?」


「ああ、勇殿の事だな」


「え……ええーーーーーー!!!???」


 だが途端、竜星の叫びにも足る大声が張り上がった。

 突然の事で、マヴォもナターシャもビックリだ。




「あ、あの……藤咲勇さんッ!? ぼぼ僕、あの人のだ、大ファンなんですよぉ!!」




 竜星を魔特隊オタクに押し上げた者こそ、藤咲勇だったから。

 彼の戦いが余りにもセンセーショナルで、それでいてドラマティックで。

 亜月の仇を取り、亡骸を抱いて去っていったシーンは、彼にとって忘れる事の出来ない出来事。

 髪型も当然、当時の勇の髪型を意識したものだ。


 間違いなく……竜星にとって藤咲勇とは英雄たる存在だったのである。


「ナターシャちゃんの師匠が藤咲さんだなんて……それも凄いよ!!」


「えへへ……じゃあ今度会わせてあげるよ」


「いいのかぁ、そんな約束なんかして?」


 三人が笑いを上げ、話に華を咲かせる。

 勇の話題ともなれば竜星は半ば興奮気味。

 会わせて貰えると言われてしまえば、喜びは最高潮だ。


 でも何より嬉しかったのは―――


「憧れの藤咲勇さんに会えるのも嬉しいけど、あの人よりも優しいって言われたのは……もっとずっと嬉しい!!」


 勇を知るナターシャにそう言われたのが凄く嬉しくて。

 竜星の顔に浮かぶのは……自信を貰った事から生まれた、穏やかな微笑みだった。


「所で……お前達、一体どういう関係なんだ?」


 そんな時、ふとマヴォの疑問が口から漏れる。

 それを聞くや……ナターシャは竜星の体を「ギュッ」と抱き締め、迷う事無く答えた。




「彼はボクのダーリンだよっ!!」




 そしてその一言で振り向き呆ける竜星の頬に、ナターシャの柔らかい唇が優しく触れる。

 一瞬何が起きたのかわからなくて……竜星はただ固まり、惚け続けていた。

 マヴォもその一言で全てを理解し……静かにバイクを走らせる。




 こうして彼等は道行く車に紛れ……戻るべき場所へと向けて走り去っていくのだった。






◇◇◇






 その後、竜星は無事に自宅へ送り届けられた。

 彼を連れ帰ったのがマヴォという事もあり、両親もさすがに驚きを隠せず。

 また会う事を約束し……ナターシャは竜星と別れの挨拶を交わした。


 竜星と別れた後、マヴォとナターシャが改めて久しぶりの再会に言葉を交わす。

 それは些細な事だけであったが……二人にとってはそれで十分だった。


 会話が弾む事も無く、気付けばナターシャ達の家へと辿り着く。

 ホッと一安心し、ナターシャの口から安堵の溜息が漏れた。


 マヴォと別れの挨拶を交わし、二人はまた……いつも通りの生活空間へと戻っていった……。




 使い慣れたエレベーターに乗って、自宅の階へと向かう。

 もうすぐ休める……そんな気持ちが溢れ、不意に彼女の顔を緩ませていた。

 

ポーン……


 エレベーターが辿り着いた事を知らせ、扉を開いてナターシャを送り出す。

 ナターシャは飛び出す様に足を踏み出し、一直線に自宅へと向かう。

 いつもの様に扉を開き、いつもの様に家へと上がる。

 きっとその先には、いつもの様にレンネィが待ってくれている。

 それがどうにも嬉しくて……彼女の頬が緩む。


 期待のままに……ナターシャはリビングへと足を延ばした。




 だが、そこで彼女の目に映ったのは……期待を裏切るかの様な、異様な光景だった。






「ママ……オイラだけの……ママ……」






 ソファーに座るレンネィ。

 そしてソファに寝転がり、彼女の膝に頭を乗せて蹲るアンディ。

 その姿はまるで、親に甘える幼児の様だった。


 しかしアンディはもう大人とも思える背格好……親に甘える歳では無い。

 それが余りにも不自然過ぎて、ナターシャの思考を止めさせた。


 レンネィがナターシャに気付くも……アンディの手前、小さく声を返す。


「おかえりなさいナターシャ……」


 その間も、レンネィはアンディの頭を撫で続け……それのお陰か彼の顔は穏やかだった。

 どうやら寝ているのだろう、「すぅすぅ」という寝息が微かに聞こえる。


「ごめんねナターシャ……この子、最近こうなの……」


 それはナターシャも知らないアンディの素顔。




 この世には、幼児退行という症状が存在する。

 一般にも多く見られ、極度に珍しい程では無いのだという。

 主にその症状が見られる対象と言えば、年端も行かない子供だろう。

 

 一般例としてはこうだ。

 親の寵愛を受けて育った長男長女がいたとする。

 そんな子の前に第二児が現れ、親の愛情がそちらに向けられる。

 当然それは子供を育てる為に大切な愛情なのだが、子供にはそれがわからず、長男長女はまるでおざなりにされたかの様に感じるのだとか。

 その結果、親の寵愛を再び受けようと……心が幼児の様になってしまうのだそう。




 とはいえ、アンディの様に心の成長した人間が幼児退行など稀であろう。

 レンネィ曰く、今の彼の状態はずっと母親の愛情を受けたくも叶わず抑制された境遇に原因があるのだとか。

 そしてそれはナターシャもよく知る事。

 心当たりがあり過ぎるからこそ……その事を聞くと、彼女は神妙な面持ちを向けるのだった。


「アニキの事はママの所為じゃないよ。 アニキはずっと、こうやってママに愛されるのをずっと望んでたんだから……」


 彼女からしてみれば、アニキ(アンディ)の願いが叶ったのだから喜ばしい事であった。

 そのはずだった。

 でも何故か……彼女の表情は曇り、喜びを表す事が出来ず。

 胸に言い表せない感情がぐるぐると渦巻き、その口を紡がせていた。


「ナターシャ……」


 そんなナターシャを前に、レンネィの心配は募る。


 レンネィはナターシャへも愛情を注ぎたかった。

 彼女にとってしてみれば、アンディもナターシャも等しく愛する子供達だ。

 だが、アンディのがナターシャを忌避するからこそ、構う事が出来なかった。

 それが心苦しくて……ナターシャへの第一声が「ごめんなさい」となってしまうのだろう。

 

「お腹も空いているでしょうし、本当はご飯を食べに行きたいのだけど……」


「……ううん、大丈夫。 実はね、ボクもうお腹一杯なんだ……」


「……そうなの?」


 お腹が空いていると言えば嘘になるだろう。

 デートの時に色々とつまみ食いしながら街を練り歩いていたのだから。

 しかし、満たされている訳ではない。


 これも彼女の、嘘だった。

 レンネィを心配させない為の……。


「うん、そうなんだ……それにね、ボク、実は恋人が出来たんだ……」

「あらっ……!」


 そう語る彼女はどこか嬉しそうで、でも恥ずかしそうで。

 体をよじらせ、恥ずかしさを体現する。


 なんて事のない身の上話。

 ただこんな話がしたくて。

 それだけで十分だったのに、それもなかなか言えなくて。


 でもようやく、話す事が出来た。

 それが嬉しくて……ナターシャの顔に笑顔が浮かぶ。


「良かった……ナッティはナッティでしっかりやる事やってるのね……安心したわぁ」


「フフッ……!」


 掠れた様な小さな声同士であったが、二人の会話がゆるりと弾む。

 そんな時間がいつまでも続けばいいのに……そう思わせる程に楽しい時間が僅かに過ぎた。




「……うるせぇ……」




 その時、レンネィとナターシャの会話を裂く様にアンディの声がリビングに響く。

 途端、二人は押し黙り……ゆっくりと持ち上がるアンディを静かに目で追っていた。


「……魔剣も……力も……全部、全部持っていきやがって……」


 唸る様に上がるアンディの声。

 そこに潜むのは怒りと憎しみ、そして妬み。

 先程の如月と同じ、ナターシャを蔑む敵意の意思だった。


「お前はそうやって……ママまで奪うのか……」

「ち、違う……ボクはアニキを……!!」


 だがその時……アンディの鋭い瞳がナターシャへと向けられる。

 これほどかと言うまでに敵意を乗せた……冷たい瞳を。




「うるせぇ!! ママはオイラのもんだ!! お前なんかに絶対渡さねぇ!!!!」




 家中に命力を伴った怒声が駆け巡り、ナターシャの心へ「ズン!」と響く。

 その時のナターシャは既に怯え惑い、足を引かせていた。

 レンネィもまた、アンディのあまりの剣幕を前に……何言も発する事が出来なかった。


 ナターシャの一身に敵意がぶつけられ、堪らず彼女の瞳が僅かに潤う。

 唇も震え、言いたい事が声に出ない。


 「ボクはママを盗る気なんてない」……そう言いたいのに、言えなかった。




 そんな彼女が唯一言えたのは―――嘘―――




「そ、()()()()より、あ、あのね……ボク、実はダーリンの家に招待されてて……と、泊まってくるから……行くね……」




 その一言と同時に、ナターシャは玄関へ向けて飛び出した。

 レンネィの制止の声にも止まらずに。


 後に続くのは扉を強く開く音。

 その後は……静寂だけが残る二人を包み込んだ。


 レンネィが追おうと身を上げようとしたのは当然だ。

 だが、そんな彼女をアンディが力強く抑え込んでいた。


「行かないで……ママ……オイラだけの……ママ……!」


「アンディ……」


 例えこんなアンディでも、無下にする事などレンネィには出来ない。

 彼女を抱き込んで抑え、甘えるアンディを……レンネィは静かに撫で、彼の感情を宥め続けるのだった。












 ナターシャはひたすらに、街を走っていた。

 強い悲しみにうちひしがられ、泣き声を心に喚かせながら。


 彼女が愛情に飢えていない訳じゃあなかった。

 本当はアンディと同じ様に甘えたかった。

 アンディの為だと言い聞かせて無理をしていただけだった。

 でも、もう彼女の願いは叶わない。


 信頼していたアンディにその願いを奪われて、大好きなママは遠い彼方に行ってしまったかのよう。


 自分に愛情を注いでくれる人が欲しくて。

 きっといつか現れるだろうって信じていた。

 今日、遂にそんな人が出来た。

 でも今、その人はここには居ない。

 彼が住む家の場所はよく覚えていない。


 彼女はただひたすらに求めた。

 自分を慰めてくれるであろう人を。


 気付けば彼女は、勇の家の前に居た。

 いつか連れてきてもらった事があって、そのおかげで彼女はここには来れた。

 けど、一歩が踏み出せなかった。

 家の中に入ればきっと迎えてくれる、そう信じてはいる。

 でもどこか、ここを知ってるアンディの声が聞こえて来る様で。

 心がどこか、拒絶して……彼女は踵を返していた。 


 そして彼女は……魔特隊本部に居た。


 彼女の気配に気づいたマヴォが彼女を迎え、本部へと招き入れる。

 何があったのか、詳しくは話せないまま。

 色々と事情がある事を悟ったマヴォは……仲間達に悟られぬ様、自室に彼女を匿った。

 一日二日経てばきっと落ち着き、家に帰れるだろう……そんな願いを込めて。


 こうしてナターシャは、マヴォの部屋で落ち着くまでの二日間を過ごしたのだった。




 これが彼女の過ごした二日前までの出来事の全容。






 こうなってしまった経緯は、彼女の生い立ちにも起因する。

 だからこそ語ろう、ナターシャの過去を。


 誰も知らぬ、彼女だけの……アンディと出会うまでに至る人生を。




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