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時き継幻想フララジカ 第三部 『真界編』  作者: ひなうさ
第二十九節 「静乱の跡 懐かしき場所 苦悩少女前日譚」
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~その立回り 憤り~

 翌日、土曜日。


 早く寝床に就いたという事もあって、ナターシャの朝は早かった。


 裸のまま寝てしまった事に慌てつつも、洗わないまま出てきた事を思い出し、再びシャワーを浴びる。

 それがどうにも気持ち良くて……先日の想いを全て洗い落とすかの様で。

 気付けば長く浴び続けていた。


 上がった頃には既にアンディは家を出た後。

 レンネィも出勤の準備を始めていた。


「ナッティ、遅いわよぉ?」


「ごめんママ、朝ご飯は?」


「ほらこれ」


 差し出されたのはトースト。

 おあつらえ向きと言えばその通りだが、空かさずそこにレンネィが言葉を連ねる。


「あんまりゆっくりしていられないからって咥えて行っちゃだめよぉ?」


 一体どこで得た知識なのか。

 そんな一言を添えると、思わずナターシャの嘲笑を呼ぶ。


「ボクはシンパパみたいな事はしないもん」


 本当は「シンパパが教えた様な事はしない」と言いたかったのだろうが、妙な一言へと摩り替った事がレンネィのツボを強く突いた。


「シンがパンを咥え……ブフッ!!」


 女の子がパンを咥えて走るなど、少女漫画ではよくある事だが……大の男がパンを咥えて走るシーンなど目新しいにも程がある。

 心輝の無様とも言えるシーンを想像したレンネィは思わず膝を抱えて大笑いをあげていた。


「ナッティほんと!! 相変わらずねぇ!! アッハハ!!」


 笑いを上げるレンネィを前に、ナターシャは不機嫌に「ぷぅ」と頬を膨らませる。

 でもそんなレンネィの姿がどこか、昨日話をした竜星と被り……




 気付けば、彼女もまた大きな笑い声を上げていた……。






◇◇◇






 麗陽学園では、月の第一週と第三週目の土曜日が登校日となっている。

 今週は第三土曜日……昼までの四時限だけであるが、いつもと変わらぬ登校の様子が訪れるのである。


 教室へと辿り着いたナターシャが最初に視界に映したのは、竜星だった。

 入口の後方二列目にある彼女の席に対し、竜星は窓際中腹。

 教室の裏から入って来たとあればそうなるのも必然だろう。

 竜星もまた彼女が来るのを待っていたのか顔を入り口側へと向けており、互いに気付くと手を振って挨拶を交わした。


 声で挨拶するのはさすがに恥ずかしかったのだろう。


 こうして、その日の学校生活が始まりを告げた。






 とはいえ、四時限だけともあれば、過ぎるのはあっという間で。

 気付けば授業は終わり、放課後が訪れていた。


 そうともなれば、いつもの様に教室はアンディを中心に会話で一杯になる。


「やったー! 授業終わったぁ~!!」

「ねぇねぇアンディ君、この後皆で遊びに行かね?」

「お、いいね!」

「じゃあさ、カラオケとかどう? その後御飯も皆で一緒にさ」

「おお~!」


 そんな話題で盛り上がりを見せ、教室が笑い声に包まれる。

 それを話の外の者までもが楽しそうに眺め、あるいは仲間に入れてと手を挙げる。

 気付けば先日の規模などを越え、クラスの半数が集まっていた。


「じゃあ晩飯はサイゼリ屋とか?」

「カラオケで食べればいいんじゃね?」

「もうそれでいいなぁ、もうぶっ通しでいかね?」


 しかしアンディはと言えば、頷くだけで提案は無し。

 先日のレンネィとの約束の手前、頷けない様にも見えた。


 その時、仲間の一人がアンディへと話題を振る。


「アンディは何か案あるか?」

「え? あぁ……いや、いいんじゃねぇか? 俺もそれでいいよ」

「よしケッテーイ!!」


 流れる様に話が纏まり、皆が盛り上がる。

 彼等の決定に最初は苦笑していたアンディも……盛り上がりが強くなると、まるで乗り気の様に笑いを上げていた。

 同調し、仲間達と共に笑い合う。

 そこに居たのは、人気者という立場を享受する一人の少年に過ぎなかったのだ。




 だが、そんな彼を前に……聞き耳を立てていたナターシャが突如怒り、奮い立った。




「アニキッ!! なんで!! 今日はママとご飯食べに行くって言ってたじゃないか!!」




 アンディも楽しみな風に声を上げていたはずだった。

 でも、今もまた楽しみな様に見えて。

 どっちが本当で、どっちが嘘なのかわからなくて。


 本当はレンネィを愛してはいないんじゃないか。

 本当はクラスの仲間達を友人だと思っていないんじゃないか。


 そんな不安が彼女の怒りを焚き付けたのである。




 だがその時アンディから向けられたのは……敵意の滲む、鋭い眼だった。




「は? ナッティ……お前、何言ってくれてんだ……?」




 そして浴びせられた声は、腹の奥底から湧き上がる様に低く唸る様な声色。


 その視線、その声を向けられた瞬間、怒りを上げていたはずのナターシャの声が詰まる。

 息も詰まり、彼女の体もが……途端に身動きを止めた。


「お前……いい加減言葉に気を付けろって言っただろ? いつまで子供のままなんだよ……ッ!」


「ア……アニキ……」


 二人のやり取りを前に、教室が凍り付く。

 アンディの言葉もまた感情を乗せた声。

 それを耳にした仲間達が思わず顔を強張らせる程の……強い怒り。




 アンディがナターシャを忌避し続けたのには理由があった。


 それは彼女の言動が考え足らず過ぎる事だ。


 その傾向は二年前からあった。

 厳密に言えば、アンディが魔剣【レイデッター】を受け渡してから。


 今までは、二人が持つ魔剣【レイデッター】と【ウェイグル】の持つ特殊能力【共感覚】によって二人の意思が混ざり合い、共通の意思を持つ事が出来た。

 それによってアンディの強気な意識や知恵がナターシャにも備わり、彼女を普通に仕立てていたのだ。

 魔剣を得る以前はまだ子供だったからという事もあって、気付きはしなかったのだろう。


 しかし魔剣の恩恵が無くなった今、ナターシャは限りなくありのままに戻っていたのだ。


 ありのままとは……彼女の知能が低いというの事。


 覚える事に弱く、実践する事に弱い。

 人よりも多く繰り返さなければ身に付かない。

 身に付くのは感覚的な事だけ……それも続けなければ忘れていく。


 そんな彼女に嫌気が差したのだ。

 いつか、今の成功した自分を引っ張る事が恐ろしくて。


 そして今実際に、ナターシャがアンディを辱めている。

 彼女がそれに気付かずとも……彼はもう、それが我慢ならなかったのである。




「プッ、何、アニキって……任侠?」

「あ、それな、昔そう呼ばれてたんだよ……恥ずかしいなー」

「つかアンディ、ナターシャの事ナッティって呼んでるんだ?」

「それも昔の敬称ってやつだよ、ハハ……つい出ちまった!」


 気まずい空気を和らげる様に、仲間達がアンディを突く。

 それをゆるりと躱し、笑みを浮かべるも……彼の目は笑ってはいなかった。


 一点にナターシャへ向けて、鋭い眼光をぶつけて続けていたのである。


 それを前にナターシャは恐怖を憶え、身動き一つ取れないまま。

 そんな事など露知らず、仲間達の声は次第にエスカレートし始めた。


「ナッティ~アンタまだ『ママ』とか言っちゃってるの~? はっずぅ~!」

「そうだぜナッティ~、アンディ困ってるじゃん? 少しは頭使った方がいいんじゃね?」


 嘲笑が次第に強くなり、ナターシャへのあたりが強くなっていく。

 その間も、ナターシャは静かに震えながら……皆の声を耐え忍んでいた。


「ナッティ~、アンタさ、ちょっとアンディ君に頼り過ぎじゃね? ぶっちゃけキモい」

「ナッティ~、ナッティ~!!」


 気付けば声は教室中に広まり、まるで教室全体が彼女を責め立てる様になっていた。


 彼等にとっても、彼女はただ面倒な人間にしか過ぎなかったのだ。

 アンディに付きまとう……金魚のフンの様な存在としか思っていなかったのである。




バシャッ!!




 その時、ナターシャの頭部に何かが投げ付けられた。

 それは牛乳パック……誰かが飲んでいた飲み掛けの物である。


 たちまち彼女の頭に牛乳が巻き散らかされ、赤い髪に白の液体がべしゃりと降りかかった。


「良かったね~ナッティ、白い肌がますます白くなっちゃった~!」


 その声はアンディの取り巻きの女の子の一人。

 牛乳パックを投げつけた本人である。


 しかし彼等の中からは誰も心配する声は上がらない。

 むしろ嘲笑を続け、彼女をあざ笑う。

 アンディもまた、「おいおい、酷いなぁ」などと言いつつも彼等と共に笑い合っていた。


 ナターシャはただ静かに押し黙り……惨状を受け入れていく。






「皆いい加減にしろよ!!」






 突如、教室の陰険な空気を引き裂く怒鳴り声が響き渡った。


 途端、騒がしかった室内が沈黙し……彼等の視線が声の方へと向けられる。

 ナターシャの視線もまた同様に。




 それは教室の窓際……そこに立つのは竜星。




「なんで皆そんなにナターシャちゃんを責めるんだよ……彼女は何も悪い事してないじゃないか!!」




 そんな彼の手は……震えていた。


 竜星は決して勇気がある子ではない。

 どちらかと言えば臆病な方なのだろう。

 でも、好きな子がイジメられれば……そんな少年でも、奮い立つ。


 許せる訳が無いのだから。




 だが……その一言が、彼等の行動を更にエスカレートさせる事になるとは思わなかったのだろう。 




「ちょっと乾……お前、もしかしてナッティの事好きなの?」

「ナターシャちゃーんって!! 笑う!!」


 そんな返しが来て初めて、竜星は気付く。

 自分がまた失言をしていた事に。


 それがどうにも恥ずかしくて……思わず竜星の口元が震え始めていた。


「ナッティ~好き~って言ってみてよ!! アンタ達付き合えるって!!」

「ギャハハハ!!」


 その間、アンディは黙りっぱなしだったが……見下した視線を竜星へと向けていた。

 まるで憐れむ様に……細く冷たい瞳を浮かべて。




 すると何を思ったのか……ナターシャが鞄を一掴みし、室内から飛び出した。




 アンディの視線が反れ、重圧が途切れたからだろう。

 この場に居る事が居た堪れなくなって。

 気付けば全力で……駆け抜けていた。


「ナ、ナターシャさんッ!!」


 竜星も彼女を追う様に駆け抜け……二人揃って、その場から姿を消したのだった。




「……皆、ごめんな……騒がせちまった」


 後に残ったアンディは仲間達へと陳謝を送る。

 しかし彼等はそんな事気にする事も無く……彼を励まし、いつもの様子へと戻すのだった。




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