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時き継幻想フララジカ 第三部 『真界編』  作者: ひなうさ
第二十九節 「静乱の跡 懐かしき場所 苦悩少女前日譚」
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~その出会い 偶然~

 ナターシャは学校から出た後、当ても無く街中を歩いていた。




 彼女が言った「行きたい所」なんてものは無い……その場限りの嘘である。

 本当は一緒に行きたかった。

 だがアンディがそれを望まないのであれば、自分は行くべきではない……そう思ったに過ぎない。


 そして例え嘘だとしても……辻褄合わせをしなければならない。

 という事もあり、暇潰しで街中を散策していたのである。




 彼女が寄ったのは、学校と駅を繋ぐ道から少し離れたコンビニだった。

 同級生とかち合う訳にもいかず、止む得ずの選択である。

 とはいっても、使うのは初めてでは無かったが。


 過去にもこんな事があり、その度にこの場所を使っている。

 ふらりと現れては、時間潰しに立ち読みを行う……店側としてはあまり嬉しくない客だ。


 今日も現れて……雑誌コーナーへと足を踏み入れる。

 店員の視線を感じながらも、彼女はそっと雑誌を手に取り開いた。

 

 そこに映っているのは様々なモデルの女の子達。

 そう、それはファッション雑誌。


 ナターシャも年頃の女の子……ファッションに興味が無い訳ではない。

 時折ストレス発散の為に、魔特隊時代に稼いだお金を使って服を買ったりなどしている。

 アンディと比べて出資は少ないが、気付けば彼女の部屋のクローゼットは服で一杯だ。

 時折古着屋へ持ち込んだりもしているが、その分だけまた服は増える。

 こうやって押し退けられれば、ストレスも溜まる訳で……。

 コンビニに現れてファッション雑誌を開き、その時見た記憶を元に服を買う……悪循環である。


 丸々一冊分を読み切ると、その本は買わず……飲み物のコーナーへと足を運ぶ。

 そこで何かを飲もうと思うが、ふと残金が気になり財布を手に取る。

 その中に見えたのは……買うには届かない僅かな小銭と、万札が四枚。


 女子高生が普段持ち歩く額にしては持ち過ぎなのではないかと思われるが、彼女にとってはこれが普通だ。


 しかし万札を崩すのがどうにも憚れたのか……彼女は財布を閉じると、そのまま何もする事無くコンビニから出て行くのだった。




「あれっ……」




 そんな時、ナターシャの意識の外から声が響く。

 「ハッ」として声のした方へ振り向くと……そこには一人の少年が立っていた。


「あ……」


 そしてナターシャもそこで気付く。

 彼が何者であったのかに。


「ナターシャさん……どうしてこんな所に」


(いぬい)君……」


 ナターシャと、乾と呼ばれた少年……二人の視線が合う。

 二人は同級生……しかも同じクラスの仲間である。


 彼は(いぬい) 竜星(りゅうせい)

 ショートの髪型で僅かに両側面が垂れている、どこかで見た髪型。

 眼鏡を掛け、比較的童顔で頬が丸い。

 背格好も高くなく、背の低いナターシャと同程度の160センチメートル程度。

 ナターシャと同じ、あまり目立たない系の男子だ。

 名前負けをしているといえばその通りであるが……ここだけの話、本人は気に入っている様だ。


「確かナターシャさん、行きたい所があるって言ってたような……」

「そ、それ、その……えっと……」


 実は彼、先程の現場に人知れず居たのだ。

 部活動に行こうと準備していた所で彼女達の会話を耳にしていたのである。

 そして彼の家はコチラ方面……たまたま偶然出会ってしまった訳だ。


「……うー……」


 言い訳が思い浮かばず口が止まり、視線が外れる。

 竜星が静かに聴き耳を立てるも、ナターシャからは何も言えず。

 ただ沈黙がその場に流れ、二人はコンビニの曲が聴こえるその場で佇み続けていた。


「はは……そんな困っちゃう事だったのかな……」


「ごめんなさい……」


「あ、いや、ち、違うよ、別に君が悪い訳じゃなくて……!?」


 そして彼は女の子の扱いに慣れておらず……肩を落とすナターシャを前にただ慌てるばかり。

 どうにも気まずい雰囲気が耐えきれず、竜星は思い立つまま彼女に言葉を連ねた。


「あ、えっと……喉乾いてる? 何か買ってくるからちょ、ちょっと待ってて!」


 ナターシャからの返事は返らなかったが、竜星は彼女の意思を聞くまでも無くコンビニへと足を踏み入れていく。

 彼が買い物している間も、ナターシャは彼に言われるがままその場で佇み続けていた。






パンポーン……


 コンビニの自動ドアが開く音が鳴り響き、竜星が再び姿を現した。

 その手に持つのはコケッコーラとヴァレンティアオレンジ。

 何が好きなのか確認もしなかった事もあって、二種類用意した様だ。


「どっちがいい?」


「ん……じゃあオレンジ……」


 ナターシャの要求を受けると、竜星は「ニコリ」と笑みを浮かべながらオレンジのペットボトルを「スッ」と差し出す。

 冷たいボトルをそっと受け取ると、ナターシャは少し顔を赤らめながら彼へと視線を移した。


「あ、あのね、ありがとう(スパシーバ)……」


「う、うん!」


 簡単な言葉ではあったが、うっかり浮かばなかったのだろう……直話という事もあり、ロシア語でやり過ごす。

 翻訳能力故に、竜星にはきちんとした日本語に聞こえてはいるので問題は無いが。


 返事を返す竜星もどこか緊張しているのか、彼女と同様にどこか頑なだ。

 頬も赤らめ、口元がどこか緩んでいる。


「そこでちょっと休んで行こう?」


 そんな時竜星が指を差したのは、道路を挟んで対面にある小さな公園。

 ベンチと植木、小さな木が三本程あるだけの、憩いの場だ。


 竜星に誘われるがまま二人はベンチへ座り、無言のまま飲み物を喉へ流し込んでいく。

 初夏という事もあって気温は温かめ、喉が渇いていたという事も重なり、ナターシャはあっという間にオレンジジュースを飲み干したのだった。


「これおいし……また飲みたいな」


「じゃあもう一本買ってこようか?」


「え、あ、いいよ!! ボク自分のお金あるーよ!!」


 突然の好意にナターシャが慌てて遠慮を示す。

 よほど焦ったのだろう、手を大きく振り上げ、汗を飛ばすかの如く首を左右に振っていた。


 それがどうにも可笑しくて……竜星が思わず大きな笑いを上げる。


「アッハハハ!! ナターシャさん、それ面白い!」


「もう!! ()もしろくないよ!!」


 プンスコと怒りを上げるナターシャであったが、全身を使った動きと舌を噛んだ事が引き金となって、更に竜星のツボをこれでもかと刺激した。

 笑いで声も絶え絶えとなりながら、彼は枯れた息で彼女へと相槌を打つ。


「ほんとナターシャさんのそういう所!! 面白くて好き(・・)だよ!! アッハハハ!!」


「えっ……」


「ハハ……え?」


 その途端、二人の間に微妙な空気が流れた。

 うっかり口を滑らせて出た言葉が彼女の感情を揺れ動かす。

 それに気付いていない竜星であったが……呆け顔のナターシャを前に、「何か変な事を言ってしまったのか」と頭を悩ませ始めた。


 しかし、次第に自分の言った事を認識し始め……竜星の顔がどんどんと真っ赤に染まっていく。


「あ……えっと、今言ったのは……その、なんていうか……」


 対してナターシャは顔を背け、無言を貫く。

 しかしその口元は窄められ、何か言いたそうにパクパクと揺れ動いていた。


「う……ほら、ナターシャさん可愛いなって……ってああ、違う!! あ、いや、違わないぃ!!」


 そう言われる度に、ナターシャの顔は俯き、影を落とす。

 暗みを帯び始めた空がその影を一層濃くし、表情を全て隠す様だった。


 竜星もどう言っていいかわからず言い訳を続けるが、いずれもドツボにハマる発言ばかりで。

 とうとう彼自身もガクリと肩を落とし、藍空に影を委ねてしまっていた。


 二人の間に再び沈黙が生まれ……るかの様に思えたその時、小さな笑い声が囁かれる。


「フフフ……っ」


「ナターシャさん……?」


「あはは……乾君おもしろい……」


 気付けばその笑いは竜星にも伝染し……二人はその場で静かに笑い合っていた。

 誰に気付かれる事も無く、誰に見られる事も無く。


 二人はそこでただ楽しく会話を交わす、なんて事の無い普通の男女に過ぎなかったのだから。




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