~その謎生物 不敵~
魔特隊本部入口へと辿り着くや否や、勇と茶奈は思わず驚きの顔を浮かべた。
それもそのはず……入口を塞いでいた巨大な箱型ゲートは丸ごと無くなり、完全に邪魔する物が無くなっていたのだから。
道路へと叩き出されていたゲートの残骸は、今となっては魔特隊本部敷地内の広場へと丁寧に移動させられていた。
魔特隊の誰かが後処理をしてくれたのだろう。
考えられるのだとしたら―――
入り口前で躊躇していると、本部建屋側からも何かしらの動きが見え始める。
勇達がそれに気付き、本部へと視線を移すと……視界に見知った者達の姿が映り込んだ。
「セリ、そして他の皆さん、おはようございます」
いの一番に姿を現したのは当然……イシュライトだった。
彼も福留の指示を受け、律儀にも本部で瀬玲を待ち続けていた様だ。
彼女への愛が強い彼の事……気配を感じれば即馳せ参じるのは彼の性格からして明らかだろう。
とはいえ互いに先日まで会っていたのだ、別段特別な挨拶が交わされる事も無く。
「おお、皆来たか」
その後ろから姿を現したのは……マヴォだった。
「マヴォさん、久しぶりです」
「ああ、本当に久しぶりだな勇殿……会いたかったぞ」
しかしその様子は以前と違い、落ち着いた雰囲気を見せる。
まるで兄のアージの様な達観した感じを受け、思わず勇が首を傾げさせていた。
「あれ、マヴォさん……ですよね?」
勇も一応兄弟の見分けは付いているつもりではあるが、二年のギャップと雰囲気の変わった彼自身に思わずその自信を揺らがせる。
そんな勇を前に、マヴォは「ハハハ」と高笑いを見せた。
「そうだとも。 兄者が居なくなった後色々考えてな……いつまでもクヨクヨしては居られないと思い、こうして意識だけでも兄者の様に強く在ろうと思ったんだ」
「そうだったんですね……」
そしてアージがこの場に現れないという事は、まだ彼は見つかっていないのだろう。
勇はそれを察するも……敢えて聞く事でも無く、自身の内に仕舞い込んだ。
「それよりも……ほら、お前も出てこい」
するとマヴォが何やら自分の背後に居る者を引きずり出そうとする。
堪らずそこから姿を現したのは、何処か見た事のある赤髪ツインテールの少女。
そう……ナターシャである。
「やめてよマヴォ!! あ……ししょ……とシンパパ……」
意外な人物の登場に、思わず勇達が驚き固まる。
内情を良く知る勇と心輝は特に……彼女がここに居る事が余りにも不可思議で。
本来ならレンネィや兄のアンディと共に家に居て、普通の生活をしているはずなのだから。
「あの……ね、ボク、昨日からここにいるよ」
「ナッティ……何かあったのか?」
「うー……」
しかし、そう尋ねるもナターシャは口を紡いで顔を背け、一向に話す様子も無い。
それがどこか勇達には気掛かりで。
「おいナッティ、話さねぇとわからない事あるんだから話した方がいいぞ? 俺達に隠す理由だって無いんだろ?」
まるで本物の親の様に……心輝はそっと屈み込み、背の低いナターシャの視線の高さに合わせ込みながらそっと囁く。
しかしそれでもナターシャはバツが悪いのか……マヴォにしがみつき、一向に口を紡ぎ続けるだけだった。
「まぁ、話したくなったら言えばいいさ。 俺もシンも、別にナッティの事を怒ろうとしている訳じゃないしさ」
「ん……わかたぁ……」
勇の一言がどこか嬉しかったのか、ナターシャの口元が僅かに緩む。
一応は高校生なのだが……その雰囲気は二年前とあまり変わり映えはしない。
むしろ僅かに内向的になった様にも見えて、勇達の心配は募るばかりであった。
勇達を迎えたのはこの三人だけだった。
とはいえ、彼等以外に勇達を察知出来る者は居ない様で。
「ズーダーやささもっちゃんは中で待っているから、先ずは行くとしよう」
「はは……口調は変わっても、笠本さんへの呼び方は変わらないんですね」
「まぁな、本質は変わらんよ」
そんな与太話を語り合いながら、勇達は揃って本部建屋へと足を運んでいく。
かつての仲間達との再会に胸を躍らせて。
本部建屋自体は二年前の時点からそれなりの改善が行われている。
レヴィトーンやカノバトとの戦いで傷付いた建物部分はしっかりと修復が施され……各所に亀裂は残るものの、使うには申し分ない状態へと復元されていた。
ちなみに入場ゲートも一緒に修復された物であるが……今となっては跡形も無いのは前述の通りだ。
同様に修復された玄関入り口の扉を潜り、本部内へと足を踏み入れる。
すぐそこに在るのは当然、魔特隊が使っている事務室だ。
現状はといえば作戦前の指令指示室となっていたが、状況が変わった今となれば昔同様に使える様になるのも時間の問題だろう。
周囲を伺い、懐かしさを感じながら先頭を歩く勇。
二年前の思い出が思い起こされ、感慨深さを感じずにはいられなかった。
しかしそんな折……勇の視界に何か妙なモノが映り込んだ。
かつての思い出の中には無いソレ。
事務所の先の廊下で、短い脚と長いつま先をぺったんぺったんと動かしゆったりと歩く。
しかしその大きさと言えば、勇の股下よりも低い様に見えなくもない。
頭が大きく、お世辞抜きで大体三頭身程度。
頭の比率に対して体や腕も細く……背中には何やら羽根の様な物が四本程生えている。
だが、その羽根が本当に機能するのか怪しいくらいに……体の大きさと比べて細く、軽そうだった。
まるでデフォルメされた人間にトンボの羽根が生えた、強いて言えばフェアリーを彷彿とさせる容姿の生物がそこに居たのである。
「え、何アレ……」
思わず勇の口から呆け声が漏れる。
恐らくは魔者なのだろう。
しかも本部内を歩いているのだ……友好的なのは間違いない。
ただ、勇はあんな魔者は見た事も無ければ聞いた事も無い。
色々と知らない種族も多いのだろうが……少なくとも、二年前までに閲覧した資料には無かった。
一瞬で勇の脳裏が目の前の謎の魔者で一杯になり、思わず頭を抱える。
するとその時……勇の背後から側を通り抜けた一人の人影がその魔者へ向けて駆け抜けた。
「キッピーちゃあんッ!! あーん、会いたかったぁ~!!」
それはなんと茶奈。
勇が聞いた事も無い甘い声を上げ、滑り込む様にその魔者へと向けて飛び込んでいく。
身元へと辿り着いたと同時に、茶奈はキッピーと呼ばれた魔者の頬へとぐりぐりと頬ずりし始めたのだった。
それだけではなく、床に膝を突いたまま抱きかかえ……その豊満な胸へと抱き込んだのである。
「ごめんねぇ~!! 一日だけ会えなくてごめんねぇ~!!」
その様子を見た勇は何を思ったのか……ただ静かに肩を落とし、顎をも落として愕然とする様を見せていた。
彼女の見せた事の無い一面が余りにも衝撃的だったから。
キッピーの柔らかな頬やフワフワの髪をこねくり撫で回す。
茶奈のそんな姿は、まるで赤子をあやす親のよう。
対して当のキッピーはと言えば……何を考えてるのかわからない、ボケーっとした表情を浮かべたままだった。
「ちゃややとううえしいんおよ」
「んん~!! そうなの~! 私もなの~!」
「あーえ、んんえはね、およよひいんえよ」
「そっかそっかぁ~!」
キッピーが何かを伝えようと幼な声で語り掛け、空かさず茶奈が相槌を打つ。
勇にもキッピーが何かを喋っているのを聞こえてはいる。
だが……何を喋っているのかまではさっぱり理解出来なかった。
翻訳能力が働いているのにも拘らずである。
しかし茶奈の何かわかっている節が、どうにも二人の絆の様な物を感じずにはいられなくて。
気付けば勇は……謎の生物キッピーに嫉妬心をごうごうと燃やしていたのだった。
嫉妬の余り……勇が大人気なくキッピーを見下し睨み付ける。
キッピーはそれに気付くも、なお表情を変える事無く鼻をほじくり回す始末。
意識してるのか、それとも天然なのか……そんな行為が何故か勇には堪らなく気に入らなかった様で。
見えなくともわかる程に……勇の右腕に力が籠もり、筋肉の張る音が「ミシリ」と僅かに鳴り響く。
彼の心はもはや臨戦態勢だ。
そんな時……不意に勇の肩に心輝の掌が「ポン」と叩き乗せられた。
「まぁ待て勇、熱くなるなって……アイツにそんな知能はねぇよ」
「え……?」
心輝の提言を耳にした途端、勇の力が緩まっていく。
そっと心輝の方へ振り返ると……そこに仲間達の顔が映り込み、全員が満場一致で頷く様を見せていた。
「アイツが何喋ってるのかわからねぇのは茶奈も一緒だよ。 ただ、なんとなく、わかってるつもりで頷いてるだけだ」
「そ、そうなのか……?」
疑い深く再び首を前に戻すと、そこに映ったのは先程と変わらないキッピーの表情。
いや、むしろもっと酷い……鼻水やよだれが垂れた情けない顔を見せていた。
「アイツ、気付いたらフラっと魔特隊本部に来ててな。 敵意も無いし、弱いから放置してても問題ねぇし。 それどころか何か頼むと、動きこそ遅いけど手伝ってくれるんだよ。 悪い奴じゃなさそうだしって事で、魔特隊で面倒見てるって訳だ」
「へぇ……」
「なんでも、前にお前がやったウィガテ族とかいう奴等の亜種らしいぜ。 とうの昔に滅んだはずだけど、生き残りがいたって事なんだろうな」
そう語る心輝の裏でマヴォが親指を立てた拳を見せる。
情報源は恐らく彼なのだろう。
「ウィガテ……言われて見れば似てなくも……いや、似てるのは雰囲気だけかな……」
ウィガテ族とは、勇と茶奈が初めて自力だけで倒した魔者だ。
弱小でひょうきんな性格で、言う程の強さはなかったのだが……勇は魔剣を持ったばかりであったために苦戦を強いられた相手である。
彼等の顔は歪んで醜く、整わない口が唾液を抑えられずに漏れ出ていた。
体も大太りで……動きは鋭いが、鈍さが目立つ相手だった。
その性格と言えば、臆病なのか強気なのかよくわからずじまい。
相対しているにも拘らず見せたマイペースな緩い態度は、当時の彼等を別の意味で恐怖に駆り立てたものだ。
対してキッピーの顔付きは普通の人間の子供よりも僅かに膨らみを持っていて垂れている。
肌はさらさらもちもちだし、髪も整っている。
お腹も太っている訳では無く、むしろ頭と比べれば全体的に細身だ。
もちろんその辺りは茶奈の世話の賜物な部分も大きいが、地が無ければこうはいかない。
しかし、ボーっとした所はどことなく共通点を感じさせる様で……それに気付いた勇は握り締めていた拳を解いていくのだった。
「そうか……皆がそう言うなら信じてやる事にするよ」
「ま、お前の気持ちはよぉ~~~くわかるけどな」
みっともない男の嫉妬を見せ続けてきた男がそう言うのだ。
説得力が無いと言えば嘘になるだろう。
でもそれがわかってしまう勇は、一時でも嫉妬に支配されてしまった事に心ながら反省するのだった。
茶奈はどうやらキッピーの情けない姿がほっとけなくて、お世話をしていたら今の様になっていたのだという。
そう思ったのは彼女の母性本能が働いたからなのだろう。
……当のキッピー本人は相変わらずのままであるが。
そんな事を聞いていると……落ち着いたおかげか、勇には別の視点での考えが沸々と湧き上がっていた。
茶奈がここまでキッピーに執着するのは、魔特隊での生活で退屈な時間が多かったからではないか……と。
そうも考えれば、自然と意識は彼女を縛っていた小嶋政権に向けられる。
途端に、茶奈を退屈地獄へ誘っていた小嶋政権を打倒出来た事への喜びが浮かび上がり……勇は無意識に腕を力強く腰に引かせていた。
気付けば先程まで嫉妬の対象だったキッピーに心の中で感謝する勇の姿がそこにあった。
考えるままに一人相撲をしている勇。
そんな彼を仲間達が見逃すはずも無く。
ジト目で観られている事にも気付く事も無く……茶奈とキッピーのスキンシップを楽しそうに眺める勇なのであった。