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時き継幻想フララジカ 第三部 『真界編』  作者: ひなうさ
第二十八節 「疑念の都 真実を求め空へ 崩日凋落」
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~SIDE小嶋-04 噴出せし憎悪~

 現在時刻 日本時間18:56......


 そこは成田空港、滑走路のすぐ傍。

 航空機が待機するターミナルへ直接乗り入れる為の道を一台の車が走っていく。

 夜の闇に紛れるかの如き黒塗りの車……それはまるで小嶋達の心が投影されたかのよう。


 間も無く到着……車内に座る小嶋の笑みが収まらない。

 足を組み、編む様に合わせた手を膝に乗せて悠々と構え、見上げるが如く背もたれに背を預ける。

 勝利を目前とした彼女にもはや気後れなどは無かった。


「これで日本ともお別れですね……」


 滑走路とは反対側……僅かに見える街並みに顔を向け、細めた眼で流れていく様を見届ける。

 それがどこか感慨に耽るようにも見えて……。


 平野が運転席からバックミラー越しにその様を覗き込み、それとなく声を掛けた。


「名残惜しいのですか?」


 しかし返事は返らない。

 表情や姿勢も変えず、視線を変えぬまま。


「フッ……フフッ……」


 だがふと、小嶋がそっとその瞳を閉じた時……その口から笑いが漏れ始め―――




「フフフ……アハ、アハハ、アッハハハハハハハッ!!!」




 その時車内に響き渡ったのは、引き裂けんばかりに甲高い奇声。

 平野をも戸惑わせる程の……鬼気に満ち溢れた笑い声だった。




「フフッ……その逆ですよ平野……私は堪らなく嬉しいのです。 今、私の心は、この腐りに腐って腐臭に満ち溢れた国から出る事の出来る喜びに満ち溢れているのですよ!!」


 その時彼女の顔に浮かんだのは……これでもかという程に醜く歪んだ笑み。

 おぞましいまでに笑窪が跳ね上がり、それによって持ち上げられた目尻が異常なまでに目を吊り上げさせる。

 まるで両角が生えたかの様に……両端に吊り上げられた顔がもはや人間ではないと錯覚させる程の異常性(ヨロコビ)


 今の彼女の中に潜むのは……人生の中で積み上げられてきた憤怒と憎悪。




 今まで心の色にすら投影されぬ程に抑えられて来た末の感情が遂に噴出された瞬間であった。




 歪めた顔が俯かれ、夜の闇に同化する。

 彼女の顔がその異質ごと隠れた時……予想とは異なる、ゆるりとした声が車内に囁かれた。


「……私もね、昔はこの日本という国を愛したものです。 敗北を知り、そこから助け合い、認め合いながら這い上がっていく……そこに未来を感じ、自分の人生をそこに捧げたいと思った時すらありましたよ……」


 そんな声からは慈しみすら感じさせる程。


 だがその一言を皮切りに、彼女の感情そのものが言葉と成ってとめどなく吐き出され始めた。


「でも裏を返せば……どいつもこいつも自分の事ばかりッ!! うわべだけを飾り、自己顕示欲に塗れ、他人を卑下し、足を引っ張り、死体蹴りすら笑ってやる奴ばかりッ!! 何でも人任せで思い通りに行かなければ文句を垂れ、自分からは何もしようとしない!! そんなゴミみたいな人間がうようようようよ……!! この国だけじゃない、どこもかしくもッ!! 庇護を受けながら温情すら感じる事無く、無駄に生き続けているだけの屑屑屑屑ッ!!」


 解かれた手は爪が食い込んでしまう程に握り締められ、座席を叩き、怒りを露わにする。

 そう至る程までに……彼女が今まで遭ってきた世界の闇は業に塗れていたのだろう。


 彼女が政治家として働き始め、多くの人間をその眼で見てきた。

 しかしその多くが彼女にとっては失望するに至る者達ばかり。

 財政界の人間だけではない。

 数多の民衆でさえも、彼女にとっては怒りの矛先だった。


「自分で考える事は愚か、人に支えて貰うと(のたま)って動く事すら忘れた愚劣な民衆が増えに増え、世界はどんどん汚物で汚されていく!! 私はそんな世界を拭うボロ雑巾なんかじゃないッ!!」


 そこに使われる自分が如何に滑稽だったか、彼女は気付いてしまった。


 誰かの為に役立ちたくて。

 自分を高みに上げたくて。

 人に尊敬されたくて。


 登り詰めた(地位)から見下ろしたら―――




 ―――そこに見えたのは……負に塗れた肥え溜めだった。




 そして見下ろした地に絶望した。


 だから選んだのだ……【救世】の在り方が真の意味で世界を救済出来る唯一の方法だと思ったから。


「……だから私がこの腐りきった世界を再生(リセット)する為に、【救世】の理念を利用し、利用される事を望んだのです……」


 デュゼローが接触してきた時、またとない好機だと思ったのだろう。

 自身が理想と考えて来た世界を構築する為に……彼女はデュゼローと手を組む事を決めたのだ。


「世界の理を守る為に、愚劣な民衆同士で戦って頂き、その数を減らします。 何も知らず、世界を守る為だと言い放ちながら殺し合う彼等を、私の様な選別された優秀な人種が見下ろし眺める。 こうする事で屑共が反面教師となり、クリーンな人間だけが生き残る……そして世界は救われ、理想の新世界が始まるという訳です……!!」


 その後【救世同盟】の思想が彼女の後押しとなり、理想が現実になるべく動き始めたのだ。


 こうなった今、もはや彼女が止まる理由などありはしない。

 理想の成就を目前にした彼女は、今こそ高らかに猛る。






「全てが終わり、始まった時……私は再びこの地に降り立ち、世界を統べる王の一人と成る!!」






 これが小嶋の最終目的だった。

 デュゼローが倒れた今でも、その理想も目的も変わりはしない。

 フララジカという現象が残り続ける限り。


 彼女を止める者が現れない限りは。


「……とはいえ、私が生きている間に成就するとも限りませんし、もしかしたらそれを成すのは私の子孫か……それとも私の意思を受け継いだ者かもしれませんね」


 溜め込まれ続けた感情を吐き出した事で落ち着きを取り戻したのか、冷静さを伴った声を上げる。

 その視線は正面、シートを挟んだ運転席へと向けられた。


 それに気付いたのか否か……平野がバックミラー越しに運転席から視線だけを覗かせる。

 彼の目に映るのは穏やかさを取り戻した小嶋の顔。


 それを見た平野は何を思ったのか……彼女と同じ穏やかさを持った微笑みを浮かべていた。


「是非とも私もその理想に(あやか)りたいものです……」


「安心なさい平野、貴方にも相応のポストを用意致しますよ。 私の理想を信じる者は、漏れなく私の同志なのですから」


 その応えを前に……平野は一つ瞬きすると、微笑みを歯をニタリと覗かせた笑みと変える。

 それもまた彼が今まで人には見せた事は無い、彼の心境から漏れ出た感情の形だった。




 二人の乗る車がとうとうターミナルへ続くゲートを潜り、広大な敷地へと乗り上げた。


 そんな彼女達の目の前、フロントガラス越しに見えるのは一機の航空機。

 形こそ大きいが、旅客機とは異なり比較的サイズは小さい。

 企業ロゴは入っておらず、代わりに入っているのは日本の国旗。

 それが政府用だという事は一目瞭然であった。

 未だ離れているが、ここに至る距離比べればもはや目と鼻の先とも言える距離だ。

 機内からは明かりが漏れ、それが今にも出発可能な様相を見せる。


 そこへ向けて黒の車が一直線に向かい、速度を上げていく。

 間も無く理想が飛び立てる……そんな黒い願いを上げながら。






 だがその時、一筋の光が凄まじい速度で彼等の進路の先目掛けて流れ落ちた。






ドッゴォォォーーーーーーンッ!!!!!






 途端、凄まじい衝撃が大地に走り、アスファルトが巨大な破片となって大地へ跳ね上げられていく。

 それだけでは止まらず、慣性のままに引きずられた落下物がターミナル上を(えぐ)る様に直線を描いてアスファルトの欠片を打ち上げ続けた。

 

 余りの衝撃は離れていた小嶋達の車にも伝わり、大きく車体を揺らす。

 中に居た小嶋達は「一体何が!?」と混乱する様子を見せていた。

 咄嗟に平野が思い切りブレーキを踏み込み、車体が大きく横を向かせる。

 スリップする車体……中ではエアバッグによって身を抑え付けられる二人の姿が。

 

 そして間も無く車は止まり……摩擦熱で溶けたタイヤから煙が立ち込めていた。

 動きを止めた事に気が付いた小嶋達が、ふとフロントガラス越しの外へ視線を移す。


 その時二人の目に映ったのは……()だった。

 反り返る様に跳ね上げられたアスファルトが高々と天を突き、もはやその先は車の中からは見えはしない。




 まるで小嶋達と航空機の間に隔たりを作る様に……彼等の進路と垂直にその傷跡が刻まれたのである。




「こ、これは……!?」


 その状況を察した平野が咄嗟にエアバッグを払い除けて扉を開く。

 空かさず飛び出し後部座席の扉へと手を掛けると、勢いのままに引き開いた。

 中から現れたのはエアバッグに包まれもたれる小嶋。

 苦しむ様に頭を抱える彼女を平野が支えながら車外へと引く様に降ろした。


 異臭立ち込める暗闇のアスファルト上。

 そこに二人が降り立った時……彼等は振り向き、そして気付く。




 ()()の先……そこから歩いてくる一人の人影に。




「あ、あれは……まさか……!?」


 平野の口から思わず驚愕の声が漏れる。


 目の前に居るのは、来るはずも無かった人物。

 脅威にすら思っていなかった人物。


 そして彼女達が最も恐れていた人物。




「小嶋由子……アンタをこの先に行かせる訳にはいかない……!!」




 目の前でそう声を張り上げて叫ぶ者こそ、その人物……藤咲勇だった。




「バカな……何故彼が……!?」


 小嶋が頭を抱えよろめきながらも、目の前に現れた人物を前に思わず心境を吐露する。

 それ程までに彼女は動揺していたのだ。


 当然だろう……彼が来るはずなど無い、そう思い、散々誇っていたのだから。

 



 その予想すら遥かに超えた勇達の行動力が遂に実を結んだ。


 彼等の想いは遂に、小嶋由子を追い詰める事に成功したのだった。




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