~SIDE勇-12 星天還る流星~
再び時は遡り……
現在時刻 日本時間18:50......
福留が勇達を送り出した直後。
小嶋由子が成田空港へ辿り着くまでおおよそ10分前後。
もし空へ発つまでに間に合ったとしても、車から降りてしまえば位置取りは掴めない。
乗り込んだ航空機を判別するのはいくら勇であっても不可能だ。
だからこそ、残る時間に全てを賭けねばならない。
しかし今勇が居るのは東京の北、埼玉県に近い地域。
それに対して成田空港は千葉県の中腹寄り。
直線距離で言っても60キロメートル以上はあるだろう。
車でも1時間以上は掛かってしまう距離だ。
今までの跳躍スピードではどうにも間に合いそうにない。
だが勇は不思議と……落ち着いた様子を見せていた。
「やっぱりこのままじゃ間に合わない……ならあれをやってみるか……」
空を裂きながら舞う勇がぼそりと呟きながら周囲を見渡す。
刻む様に跳ね、方向を見据えながら。
ビルに囲まれた街中で彼が探すのは……進路に何も無い広い場所。
そして条件に適した場所を空かさず見つけだし、そこへ向けて降下していく。
そこはビルの合間であったが、車通りの少ない一本の道。
着地を果たし、勢いを殺す為にアスファルトを滑る。
ザザッ……
僅かな砂埃が舞い上がり、ビル風がそれを掻き消す。
風向きは追い風、進路に立つ物は小さな雑居ビル。
周囲に人影は無い、寂れたビル街の一角である。
条件的には最高では無かったが……良好ではあった。
「フゥー……ッ!!」
勇は目的地へと体を向けると……そっと腰を僅かに落とした。
片足を一歩前に出し、体を前傾させる。
そして膝を曲げ、さらに深く腰を落とし込ませていく。
強く深く、体のバネを最大限にまで圧縮させる様に、屈み込んだ。
体の全身から筋肉の締まる音が「ギュギュッ」と鳴り響く。
全身の筋肉全てがバネになった様な感覚。
引き絞られた肉体が、力を緩めれば今にも飛んでしまいそうな程に、強く、強く、強く……。
だが、それだけでは終わらない。
その時、彼は全身に漲る力を迸らせた。
全身にくまなく渡っていく力の奔流は、肩、腰、膝、つま先、指先、毛細血管……ありとあらゆる場所に力を与え、物理強度を超えた強靭・柔軟さを与えていく。
まるで勇そのものを力の塊に換えてしまうのかと思う程に、彼の全身を力が包んだのだった。
メキメキと音を立て、彼の体が進化していく。
肥大化するのではない。
よりキメ細かく、より繊細に、より明瞭に……細胞レベルで激しく振動し、その結合力を究極にまで高めていくのだ。
姿をまるで変える事無く、その性質だけを高めさせ……そしてそれは完成を果たす。
光の剣の在り方を知った今、彼は理解した。
その身に宿る力の使い方、操り方、特性……以前よりもハッキリとしたイメージが彼の中に生まれ出る。
穴だらけだったパズルが埋められ、一つの絵と成る様に……。
全ての要因が重なり、彼の力としての本領を発揮した時……彼の体は全てを超越する。
ッドンッ!!!!!!!!!!!
その瞬間、東京の街が震えた。
彼が踏み出した脚力は、彼の体を信じられない速度で撃ち出したのだった。
凄まじい力は彼の体を一瞬にして音速を遥かに超えた速度へと到達させる。
余りの反動で、蹴り込んだアスファルトが一瞬にして大きな蜘蛛の巣の如き亀裂を形成した。
周囲の道路一帯に広がった亀裂は、更に隆起し、激しい炸裂音を掻き鳴らす。
隆起したアスファルトは巨大なコンクリートや土塊を伴って、高く高く大地から跳ね上がっていった。
それはまるで打ち上げられた様に。
大量の大小様々な欠片が破片を撒き散らしながら弾け飛ぶ。
周囲に置かれた車や電柱などを巻き込み千切り潰す程の……激しい衝撃だった。
そしてそれだけでは済まされない。
一瞬で音速を越える事で生まれたのは、とてつもない威力を誇る衝撃波。
爆風とも言える衝撃波は、彼が飛び去った後間も無くビル街を漏れなく突き抜ける。
その凄まじい波動は軌道上の傍にあったビルの窓を余す事無く全て弾け飛び散らせた。
外装すら激しく削り、ビルそのものを大きく揺らしながら。
余りに余る衝撃の余波はビル風の様に周囲のビルへと渡っていく。
離れたビルの窓すら粉砕してしまう程に強力だったのである。
それはかつて彼が一度やった事のある跳躍方法だった。
その時、彼の体は音速の壁に耐える事叶わず、全身をズタズタに引き裂く程の後遺症を負ったという経緯がある。
だが今、彼の体は完全に耐えきっていた。
謎の力、願いの力……その力の全てを篭めた時、自然と彼は確信していたのだろう。
「この体ならばもう大丈夫だ」、と。
それでも彼が気付いていない事が一つある。
それは、今の速度が当時のそれすら超えていたという事。
自身の予想すら超えた凄まじい跳躍。
超速度へと到達した彼を、とうとう赤熱が包み込んだ。
空気の層を激しく押し退けた事から生まれた空力が高熱を呼び、炎を放つ程になったのである。
とはいえ彼自身が燃えている訳ではない。
彼の正面に形成された大きな円錐状の空気の塊……それが加熱された空気を絶えず背後へと送っていく。
それは彼の力が咄嗟に呼び込んだ、命力と同じ物理干渉能力による空力制御。
これにより、彼自身に熱が溜まる事無く……更にそれが彼自身を運ぶ推進力となり、空へ打ち上げられた彼の速力を維持し続けていた。
その様相はさながら、空から流れ落ちる流れ星のよう。
そう……勇は今、星天還る流星となったのだ。
その力を最大限に発揮する事で、勇は目的地である成田空港を視界に捉える事が出来たのだった。
東京中心からの、たった一跳ねで……である。
「間に合う……間に合ってみせる!!」
勇が巨大な太鼓を叩き続けるが如き轟音を掻き鳴らしながら空を突き抜ける。
全ての元凶である小嶋由子を捕まえる為に、その目で目的地を見据えながら。
そして彼は遂に捉えた。
遥か先、地上を走る一台の車を。
怒り、憎しみ……そんな感情から生まれたドス黒い願いを空に巻き上げながら走る欲望の権化を。
全ての解決を求め……今、勇は小嶋の前に立ち塞がろうとしていた。