~SIDE瀬玲-03 静寂を取り戻して~
現在時刻 日本時間20:21......
カラクラの里中腹部、中央通路。
そこに一人佇む瀬玲の姿があった。
周囲には魔特隊兵達の体が幾つも転がっており、いずれもピクリとも動きはしない。
彼女に敵意を向けたのだ、生き残れる者などいない。
瀬玲は戦いにおいてもはや戦闘狂……敵意を向ける者には一切容赦しないのである。
きっと、相対した者は皆、驚愕した事であろう。
瀬玲は一度も魔剣を使っていなかったのだから。
全て終わったが……瀬玲は未だ動き足り無さそうにブンブンと片腕を振り回す素振りを見せていた。
これ程の戦いでも満足するには至らなかったのだろう。
倒した魔特隊兵は二十人余。
そして残りの十人は投降の意思を見せ、全ての武器を捨てて両手を上げていた。
投降した兵士達はカラクラ兵によって拘束され、処遇を待つのみの状態。
ちなみに残りはカラクラ兵がここに至るまでに倒した様だ。
つまり、今ここで……魔特隊五番隊、六番隊は事実上全滅した事になる。
「セリ殿……」
すると、魔特隊兵達を拘束していたジョゾウらカラクラ族が姿を現す。
瀬玲の戦いぶり目の当たりにした彼等すらも怯えの表情を浮かべる中、ジョゾウが思い切って前へと踏み出した。
「……助太刀、かたじけのう御座る……其方が居なければ今頃は……」
その視線は、先程逝ったビゾとムベイへと向けられ……悲しみを顔に帯びさせる。
瀬玲もまた、彼等の事を知っていたからこそ……そんなジョゾウに掛ける言葉を選ぶ事は出来なかった。
「……しかし、一体何があったので御座ろうか?」
未だ事情を読み込めず眉間を寄せるジョゾウを前に、瀬玲も眉を細めて座らせた眼を向ける。
「私も詳しくは知らないから何とも言えないけど……」
だがその瞼をゆっくり見開かせていくと……いつもの凛々しさを纏った彼女の素顔が現れた。
「ジョゾウさん達が危ないって知ったからさ。 さすがにおかしいじゃん? カラクラの皆が敵になるなんて有り得ないでしょ」
「セリ殿……その言葉、心に染み入るようよ」
長い間、彼女達はジョゾウとも時間を共に過ごしてきた。
彼の人間性は深い程までに知っている……そう自負出来るからこその答えだったのだろう。
「まぁ今、核心はきっと勇の奴が追ってるから……大丈夫だよ。 知ってるでしょ、アイツの意味のわからない行動力をさ」
勇が動いている……その言葉がどれだけジョゾウにとって心強いか。
彼等にとっても勇は英雄の様なものだったのだから。
そう言い連ねた彼女の口元には思わず笑顔が生まれ、カラクラ族を明るく照らす。
短くはあったが激しい戦いだったからこそ、彼等は癒しを求めていたのかもしれない。
「そうであったか……つまり里を襲ったのは何かしらの邪悪な意思という訳であろうか。 だとすれば解せぬな……魔特隊を支配する程に邪悪な意思とは一体……」
二人が悩み、首を傾げるが……答えなど出る訳も無く。
久しぶりの再会を喜ぶかの様に会話を重ねていく。
そんな中、足音が一つ……岩場に囲まれたその場に響いて来た。
「お、ここに居たのかいセリィーヌ」
岩場の影から、両手を上げながらそっと姿を現した足音の素……それはディック。
その独特の言い回しが瀬玲に彼だと瞬時に気付かせ、同時に溜息を呼び込んでいた。
「ディック……アンタ余裕ねぇ~」
「むっ、其方は魔特隊ッ!?」
途端、カラクラ兵達が構え、敵意を向ける。
だが空かさず瀬玲が腕を広げ、彼等を制止し始めた。
「ストップストーップ!! こいつは怪しくて怪しいけど敵じゃないから」
「セリィーヌ……怪しいを二回言う必要は無いんじゃないかい?」
戦闘中、瀬玲はディックが戦闘態勢を解いていた事にも気付いていた。
さすがの鷹の目……全てお見通しと言った所か。
彼女の制止を前に、カラクラ族もすぐさま構えを解いていく。
「左様であったか……」
「だが、撃ったのも事実だ。 俺はそこまで嘘を付きたいとは思わないからな」
その連ねた二言が再びカラクラ族達を警戒させる。
彼等の睨む視線がディックに突き刺さるが……当の本人は悪びれる風も無い。
まるでその怒りを甘んじて受け入れるかの様に、僅かに身を揺らせながら佇んでいた。
「ディック……ったく。 でもアンタは私に敵意を向けなかった。 それは信じるわ。 仕方ないわよね、仕事だし」
「そうそう、仕事だからね、仕方ない……仕方ないのさ……」
そう語る彼の瞳は虚無へと向けられる。
そこに潜む感情はまるで悲しみの様に、潤いを感じさせる艶やかさを放っていた。
カラクラ族達の警戒の中、ディックは懐へと手を突っ込み煙草の箱を取り出す。
「吸う?」と一言添えて箱をそっと瀬玲達に向けるが……彼女達は眉間を寄せて顔を横に振ると、一本だけを抜き取り再び懐へと戻した。
「ま、もうこうなった以上魔特隊がどうなる事やら」
火を付けた煙草から煙が立ち込め、それをディックが思いっきり吸い込む。
煙が風に乗って瀬玲達の方へ舞っていくと、皆が揃って嫌がる様に離れていった。
「ちょっと、ここで吸う? 普通?」
「他にどこで吸えって言うのさ……まぁあれだよ、未だ高揚が取れんのさ。 将来絶望な傭兵の身にもなってよ?」
そんな瀬玲達と楽しそうに話すディックを、捕虜となった魔特隊兵達が揃って睨み付ける。
だがそんな彼等になど気付いてはいても気をやる程、ディックは気さくではない様だ。
彼等の間に言う程の絆は無かったのだろう。
「アンタもう帰りなさいよ」
「帰る方法なんて無いよ? どうせキャンプもイシュ辺りが制圧したんだろ? 俺が自由に出来る物なんて無いよ」
「アンタ変な所で律儀ねぇ~」
そんな間抜けなやりとりが二人の間で交わされ、それが不思議とカラクラ族達の緊張を解す。
「いうて私らも帰宅手段無いし」
「じゃあどうやって来たのさ?」
「んー……シンの夢と希望に乗って?」
緊張感の欠片もない二人の会話が僅かに続く中、気付けば夜がいつもの静けさを取り戻していた。
カラクラの里側も後片付けが落ち着いたのだろう。
戦いの終焉を迎えた事を実感したジョゾウは、終わる事の無い二人の痴話をその身で遮った。
「今日はもう遅かろう……襲撃の恐れが無いのであれば、一度帰還した方がよかろうな?」
「ん、そうさせてもらおうかな……事情は詳しくわかったら連絡するよ」
こうして瀬玲とディックはジョゾウの進言に甘え、カラクラの里を後にした。
彼女達の乗った車両が山道を行く。
カラクラ進攻用に使われ放置された車両をくすねたものだ。
間も無く、二人がキャンプ地へ辿り着くと……生き残った者を拘束し終えたイシュライトが笑顔で迎えた。
非情な作戦に従事した者に慈悲など無し……彼女達は拘束した者達を差し置いて、山を降りていく。
その道中、瀬玲とイシュライトが見覚えのある光景を前に目を背ける中……思わずディックがその眼を見張る。
転がるのは心輝の夢と希望だった物。
大きな木にめり込み、煙を吐く金属塊……彼からしてみればあまりにも残念でしかない光景だったのだろう。
こうして三人は無事、東京への帰路へと就いたのだった。
空にはたくさんの星が瞬き、彼等の目を奪う。
そんな空を見られたのだから、きっと上手くいく。
他愛もない願いが空を翔け、誰かの胸に届くだろう。
今この時、首都圏で……勇と心輝が想いをぶつけて戦っているのかもしれないのだから。




