~SIDE空蔵-01 封鎖された里~
時は僅かに巡り……
現在時刻 日本時間19:04......
秋田県南東山岳部、岩手県のすぐ横とも言える山間にカラクラの里は存在する。
そこからおおよそ40キロメートル程東に進めば線路も見える程に近い。
初めて彼等が勇達と出会った時、そこから電車に乗って南下してきた事は記憶にも懐かしいだろう。
当初は友好的だった彼等も、今となってはほとんど鎖国に近い状態へと形替わっているなど……誰が思いもしようか。
里の入り口には歩いて出入りが出来ぬ様、バリケードで封鎖されている。
至る場所にも壁の様に木材や石材が固められ、如何な襲撃であろうと防ごうという気概を感じる程だ。
彼等は人間に嫌気が差したのだろうか?
答えは否。
彼等は、『日本政府』に嫌気が差したのだ。
カラクラの里頂上部、宮殿。
過去に勇達が付けた傷跡は塞がれ、空からの攻撃に対する防備も万端の状態。
中で数人のカラクラ族達が集まり、机を挟んで討議を起こす。
その中央の奥……そこに彼等の王、ジョゾウが椅子に座り、彼等の声に耳を傾けていた。
「―――先日が要求、やはり許すまじき事よ!! 何故突き返さぬ!?」
「反論すれば彼奴等が思うつぼよ……」
「だが、意思は意思ぞ!! 我等カラクラ、手は取り合うと言うたが羽根を毟られる謂れは御座らん!! これでは獅堂の二の舞、いや……それすら凌駕せし悲劇に見舞われるだけよ!!」
「落ち着くのだ珠将ドゥドゥ、賢人の其方が荒れては他の者の立つ瀬が御座らん」
「ぐぅう……」
他よりも背の低いドゥドゥと呼ばれた者が対面に座る者に宥められ、頭を抱える。
その対面に座るのはムベイ……ジョゾウと共に戦ってきた最も古い仲間の最後の一人。
今や彼も副王としてジョゾウの補佐に付いている。
こうして仲間達の激昂を前に、ジョゾウの代わりに宥める声を上げていた。
そして当のジョゾウはと言えば……神妙な面持ちを向け、目を細めて悩む姿を見せていた。
「……賢人達の怒りもわかろうな、その心は俺も同じよ。 しかし時は訪れてしもうたのよ……変わる事無き世界など……無いのかもしれぬ」
小さな嘴から大きな溜息が漏れる。
その息が掛かる先、机の上に置かれた一枚の紙。
それが……彼等を憤らさせる元凶とも言えるモノであった。
そこに書かれているのは単純に言えば、カラクラの里解体命令。
内容はこうだ。
『カラクラの里は現在、不当な権利を行使して存続している。 今までは互いの利益に基づき目を瞑る処置を施してきた。 しかし日本政府としてはこれは容認し続ける事は出来ず、国内に存続する以上、日本国家の法律を順守する事を望む。 よって、カラクラの里の住人は指定日時までに退去、共存街への移住を勧告する。 なお守られなかった場合、実力による行使もいざ仕方無き事とする。 実力行使の際には、魔特隊の出動もあり得る事を考慮されたし』
要約するとこういう意味となる。
『カラクラの里は違法につき、住人は即刻退去、共存街へ移住する事。 さもなければ実力で排除する』
そして実行部隊は魔特隊……。
それは詰まる所、彼等を殲滅するという意思表示の他ならない。
このたった一枚の紙……それが送られてきた事が、彼等にとってどれだけ屈辱だっただろうか。
当然だろう、いきなり紙一枚をよこして故郷を捨てろと言うのだから。
長い事この里で過ごしてきた彼等にとっては、これ以上に屈辱的な事は無い。
賢人と呼ばれる最長老達すら、怒りを露わにせねばならぬ程だったのだ。
そんな彼等にもう、日本文化を楽しもうという気概は一切残ってはいない。
この勧告だけではない。
その以前から、厳密に言えば【東京事変】の後からどんどんと締め付けは強くなっていたのだ。
それから彼等は徐々に日本政府を忌避し始めていた訳である。
だが、ジョゾウはそれでも信じたかった。
かつての仲間達が襲ってくる事などありえないと。
だから彼は一人悩み、日本政府に抵抗するも……僅かな期待に身を寄せる事しか出来なかったのである。
討議が白熱するそんな時……突然宮殿に一人の槍を持った兵士が走り込み、滑る様に跪く。
「で、伝令ッ!!」
「なんぞ!?」
慌てる様に現れた兵に気付き、討議中のジョゾウ達が一斉に彼へと視線を集める。
兵は息を荒立てながら顔を上げると、深刻とも言える眉間を寄せた険しい表情を浮かべていた。
「南よりへりこぷたあの集団四機到来を確認!! 魔特隊と思われます……!!」
「来たか!!」
その報告を受けた途端、ジョゾウ達が立ち上がり……全員が鋭い目を向ける。
「もう、やむをえまいな……皆の者、戦の準備を致せぃ!!」
ジョゾウが声を張り上げ、仲間達へ発起の意思を送る。
たちまち若い兵士から賢人までが怒りを打ち上げるかの様に声をがなり上げた。
それ程までに彼等は怒っているのである。
怒りは闘争本能を呼び起こし、彼等に武器を取る恐怖を忘れさせる。
相手は人間……しかし今となっては、されど人間。
対命力弾が存在する今、彼等魔者の持つ優位性は皆無に等しい。
彼等は勝つつもりではいるのだろう。
だがそれと同時に……全滅も覚悟の上だった。
ジョゾウ、ムベイがいて、ビゾといった手練れの若輩戦士は増えている。
それでも彼等には絶対的な人数が足りていない。
対して、魔特隊は少人数であるが全員がエキスパートだ。
その力は未知数と言えど、勝てる保証は無かったのである。
<もしもその中に茶奈殿達が居るのならば……きっと負けは必死であろう>
それが彼等の出した結論であった。
それでもなお、彼等は諦めない。
自分の里を、国を愛しているから。
彼等は祖国を、仲間を、家族を守る為に……戦う事を選んだのである。
◇◇◇
同刻。
カラクラの里より僅か2キロメートル程離れた地点。
木々に覆われた山の麓、その最中に中継キャンプが設置されていた。
急ごしらえであろうキャンプは迷彩色のテントが幾つか並ぶ程度のもの。
自衛隊の車両や設備が多く並び、彼等の到着を待つかのよう。
その中にある中央の大きいテント。
そこに居るのはいずれも軍服を纏った、白髪の男四人。
多少小太りの、だが比較的ガタイのある形をした者達。
いずれもどこかクセのある鋭い目つきを浮かべていた。
彼等は政府の人間では無く、自衛隊の高官。
政府の指示を受け、代わりに魔特隊の指揮を行う為にここに居る。
ここにある施設は全て彼等が用意した物だ。
魔特隊が滞りなく作戦を完遂させられる為に……。
ババババ……
その時、彼等の頭上に四機のヘリコプターが姿を現した。
降下ポイントを見つけたヘリコプターは徐々に降下していき、大きな広場へと着陸を果たす。
間も無く、ヘリコプターの扉が開き……魔特隊の兵士達が次々に姿を晒していく。
その中には当然、ディックの姿もあった。
「魔特隊五番隊、六番隊、ただいま到着いたしました!!」
リーダー格と思われる人物が号令を掛け、待っていた老人達に敬礼を向ける。
それを「ニタリ」としたいやらしい笑みで返すと、彼等に向けて敬礼で上げていた手を振り下ろした。
兵達が即座に各々の楽な姿勢へと崩していく。
僅かな間の休憩時間……それを享受させる為の「楽にしろ」という合図だった。
老人達はそっと振り返り、再びその面を合わせる。
「これでこの国での作戦も終わりか」
「名残惜しいもんだのォ……」
そこに浮かぶのは下卑た笑い。
彼等はこれから起きる戦いをまるで楽しもうとしているのではと感じさせる程に……高揚する様を見せていた。
彼等もまた、【救世同盟】の一員だったのだ。
小嶋に指令を受け、魔特隊に命令を送る要員。
それだけで、彼等の役目は終わり。
後は小嶋に続いて国外へ出れば、晴れて【救世同盟】の一員として世界に羽ばたく事が約束されていた。
簡単に言えば、【救世同盟】への天下りである。
「さぁて、せいぜい愉しませて貰うとするか」
彼等はなお笑う。
自分達に敷かれたレールが順風満帆のまま終わろうとしている事が嬉しくて。
だが彼等はまだ知らない。
それを良しとしない者が、まるで夜の闇を裂く様に、けたたましい音を掻き鳴らしながら走り込んできている事に……。