~そして訪れる別れの日~
世界の命運を賭ける戦いから二週間が過ぎた。
戦いで荒れた文明は既に復興を見せ始めていて。
各地では人間と魔者が協力して作業に取り組む姿があったという。
それでも邪神が抉った傷痕は深く、総死者数は数えきれない程に。
邪神の眷属となった者達ももう動かなくなったままで、結局は助かっていない。
その悲しみも拭えないまま、世界は今でも以前の様に動き続けている。
勇達グランディーヴァが魅せてくれた希望を胸に灯しながら。
でもこの日だけ、人々の様子はいつもと異なっていた。
誰しもが復興作業に手を付けずにいて。
まるで感謝を交わすかの様に人間と魔者が抱き合う。
その目に涙を浮かべたり、励ましや応援の言葉を掛ける者も少なくは無い。
戦いが終わってから今日この日まで、とても短かったけれど。
皆が皆頑張って、助け合って世界を持ち直してきたから。
なら誰しもがこうやって感極まりもするだろう。
何故ならそれは―――
「本日はこの元グランディーヴァ主催による送別会に参加して頂き、誠にありがとうございます。 間も無く訪れる世界分断の時の前にもと思い、この会を催す事となりました」
今日この日が世界を分断すると決めた日だからである。
世界中で別れを惜しみ、今までの感謝とこれからへの応援を贈る。
今日だけは特別な日だから、皆はその事だけに一心を注いでいたのである。
なお、この声が上がったのは旧魔特隊本部、地下訓練施設跡地。
パーティ用に改装され、以前の様な殺風景さは微塵も残されていない。
代わりに無数の机と料理が並べられ、集まった人々を賑わせていて。
端には各国から招かれた一流のシェフ達が調理机にて軒を連ねている。
その様な会の司会を務めているのはもちろん福留だ。
ただし車椅子に座り、莉那が支えながらではあるが。
やはり先日の戦いは老体に応えたらしい。
でもその声は以前よりもずっと高らかで。
まるで戦いの高揚を今でも残しているかの様に。
「幾多の戦いを経て、ようやくここまでやってまいりました。 始めは敵として向き合った縁の方もございますが、今一丸となったお陰で世界を救う事が出来たのです。 この日が訪れた事は二つの世界にとって幸運と言えるでしょう。 ……ですが、別れの時とも思えば悔いもあるやもしれません。 ですので今日は今までの労いと感謝を込めて、是非とも多くを語り合い想いを共有して頂きたいと思います」
そんな福留を勇達一同が見つめ、微笑みを浮かべる。
今日だけは主役としてではなく、この会を飾る全員の中の一人一人として。
当然、中にはあのデュラン達の姿も。
深い関係を築いた者達は皆居ると思っても過言ではないだろう。
皆、想いを交わしたかったのだ。
間も無く別れるであろう、深く絆を結んだ仲間達と。
世界を救う為に手を取り合った友達を見送る前に。
「さて―――この際、形式事はここまでとしましょう。 きっともう我慢出来ないという方も多いでしょうから。 ではこれより送別会を開催いたします!! 世界の平和と絆を祝って、乾杯ッ!!」
「「「かんぱーい!!」」」
その想いを交わすのに儀礼なんて要らない。
彼等はただ語り、騒ぎ、飲み食いするだけでよかったから。
去るであろう『あちら側』には無い文化を踏む必要なんて無いのだから。
そうして遂に、姉星の子達を送る送別会が始まる。
「っしゃあ喰うぜ!! ボロカスになった分、喰いまくってやるぜェ~~~ッ!!」
そんな中でいの一番に飛び出したのは―――あの心輝だった。
なんと心輝、ちゃっかり生きていた。
またしても車椅子生活に戻る事にはなったけれども。
今ではこの様に以前よりも増して騒げる程には元気である。
とはいえ、実は彼――― 一度死んでいるが。
ただその時に見えたのだ。
勇達が邪神を消し去った時に放たれた光を。
しかもその輝きの中から懐かしい声が届いていて。
〝相変わらずだらしないなぁお兄は~!
ほら立って、お兄がカラ元気見せるのを皆が待ってるよー!!〟
こんな声が聴こえたから心輝は息を吹き返す事が出来て。
それで勇達を前にこう言ってみせたものだ。
「俺は不死身の心輝様よォ……」と。
もちろん傷は完治とは言えない。
崩力で負わされた傷は命力をも弾いて自己修復できないらしい。
なので肉体の自然治癒に任せるしか無いのだそうな。
「俺はあの肉を喰う!! 行くぞおらァ!!」
「気持ちはわかるけどさぁ!? 押してるの私なんだけど!?」
でもそんな心輝を押しているのはレンネィではなく瀬玲。
それというのも、心輝がレンネィの負担になるのを嫌がったから。
もうすぐレンネィは元の世界に帰らないといけない。
なのに最後まで面倒を見て貰うなんて絶対に嫌なのだと。
それに当面は瀬玲が面倒を見る事になっている。
レンネィが彼女に託したのだ。
自分以外に心輝の面倒を見れるのは、幼馴染の瀬玲しかいないと。
瀬玲もそれを了承し、今こうして付き合っている。
レンネィが他の人とも話をしたいというのもあるだろうし。
それが彼女なりの感謝と自分らしい生き方だと思ったのだろう。
「あら、二人共なんだかんだで仲いいじゃない~!」
「あれレンネィさん? てっきり他で話してくると思ったのに」
するとそんな時、駆ける二人に並走してレンネィが現れる。
ちゃっかり皿に料理を盛り、丁寧に口へと運びながら。
命力を使えるようになったお陰でこんな芸当も今や朝飯前である。
「そうも思ったけどなんか不安でねぇ。 でも何の心配も無さそうね。 いいのよーお二人とも結婚しちゃっても。 私の事なんて気にせずに」
「「それは絶対に無い」」
ただ二人の頑なな意志を前に、思わずフォークが動きを止めて。
顔をしかめた悩ましい様子のレンネィがそこに。
相性だけなら群を抜いて最高なはずなのだけど。
どうやら二人に距離感を縮めるつもりは一切無いらしい。
一体何が邪魔をしているのやら。
「兄者、元の世界に戻ったらもう旅をする必要は無い。 世界を正す旅は俺が一人でやるさ」
「またそういう事を言う。 頑固な所まで俺を踏襲する必要は無いぞ」
騒ぎが一つ見えるその傍で、白い巨体が並んで悠々と語る。
以前の様な荒々しさも抜け、今ではどちらが兄で弟なのか。
あの戦いから垢ぬけたのか、アージの柔らかさは今までの比ではない。
今では幸せそうに絶品のスパゲティをちゅるちゅると啜るほど朗らかだ。
けどこれが正しい形なのかもしれない。
優し過ぎる兄は穏やかであるべきなのだと。
とはいえ、事の根幹的解決だけは果たさなければならない。
だからこそその眼に浮かべるのは穏やかさではなく厳しさで。
「それに、戦いが完全に終わった訳ではあるまい。 ならその戦いが終わるまでは踏ん張るとしよう。 でもその前に―――」
「何かしたい事でもあるのか?」
「ああ。 一度師匠の家に戻らなければ。 残された弟弟子達がどうなっているのかも確かめねばならん」
「そうか、師匠の家はこっちには来ていないんだったな」
元の世界に戻っても、彼等には成さなければならない事が山積みだ。
世界が混じってから生まれた心残りを清算しなければ。
しかしやはりそこはアージらしいと言った所か。
何より先に家族だった者達を案ずるところは。
「その全てが終わったら、そうだな……先ずはベゾー族に会いに行きたい。 ミョーレの故郷がどうなのか、何故彼女を狂わせたのかを知る為に」
「フッ、そうだな。 戦いだけが旅、という訳ではないか……」
その思いやりはもはや家族にも留まらない。
芽生えた探求心を満たさんが如く、今度のアージは多者に愛を説くだろう。
戦いの中で心得た悲しみと苦しみと虚しさを以って。
今度は不殺をも貫くままに。
「ねぇナターシャさん、アンディ君、レンネィさんとは一緒じゃなくていいの?」
グランディーヴァ関係者となれば、あの竜星だって居る。
いつもの如くナターシャと共に立ち、幼い丸顔で笑顔を振りまきながら。
でも今日はなんだかナターシャ・アンディとレンネィとの距離を感じる気がして。
だから思わず訊いてしまったのだろう、いつもの本音癖が出た様だ。
「うん、ママとは今日まで一杯一緒に居られたからね。 だから今日は皆に譲ってあげるんだ。 お別れの挨拶ももう済んだし」
それでもナターシャは受け入れ、その口を開く。
ついでに料理を求めて舌も動く。
竜星がその口へと料理を運ぶ中で。
失った右腕はやはり戻らなかった。
あの時は瀬玲も力尽き、イシュライトも秘術の反動でまともに命力を練れなかったから。
ただ、後悔はしていないし不便とも思ってはいない。
こうして竜星やアンディが支えてくれるから大丈夫なのだと。
誰かに寄り添う事を憶えた今なら、親が居なくても生きていけると。
きっとアンディと二人きりで生きていた時には思いもしなかっただろう。
こんなに人に頼る事が嬉しくて、楽しくて堪らないなどとは。
「俺達ももう大人にならなきゃいけないからな。 だったらママの代わりに俺達が誰かに愛を配れればいいなって、そう思ってる」
「ワオ、アニキそんな事思ってたんだスゴイ。 ボク何も考えてなかったヨ」
「さすがだなぁアンディ君は―――」
「竜星は何かしたい事あるのか?」
「えっ?」
するとそんな時、アンディの何気無い一言が竜星の手を止める。
ついでにアンディがここぞとばかりに役目を代わる。
ナターシャの頬がハムスターの如く膨れ上がろうとも構う事無くズボズボと。
「僕は、ナターシャさんの義手を造りたいって思ってる。 その為に医学とか機械工学とか習わないといけないけど、でもきっと出来るんじゃないかって。 その目標を持ち続ける事が出来るなら……だけど」
「良い夢ですねぇ。 是非とも私に力添えをさせてくれませんか?」
そんな夢話と役割争奪戦の最中、彼等の間にゆったりとした声が割って入る事に。
どうやら福留が聞き耳を立てていたらしい。
「えっ!? でもコネとかそういうのはなんか違うんじゃ―――」
「いえいえ、お勉強のお手伝いをしたいと思っているのです。 夢があれば人は大きく進めるものですから。 どうですか? 多少大変ですが、きっと最短距離を突っ走れますよぉ?」
「そ、それなら是非とも!!」
夢や希望を持つのは何よりもの励みになる。
それを知る福留だから、竜星から強い想いを感じ取れたのかもしれない。
勇にも似た、未来を切り開きたいと願う想いが。
もちろん、ナターシャにもアンディにも。
彼等三人が一緒に居続ける限り、きっと夢は―――止まらない。
「そんな端っこで何コソコソとやっておるのだ」
会場端にて、野太い声が周囲の会話を押し退ける。
バロルフが壁際にひっそりと立つ獅堂を見つけた事で。
なんだかんだで相棒の様な立場は未だ健在。
どうやらまだまだお互い話し足りない様だ。
そんなバロルフの姿はなんともはや、全身白スーツと余りにも不格好で。
何でも、獅堂がこの会へと参加する為にとこしらえてくれたらしい。
でも本人は気に入っているのか、その姿のままポージングまでして見せるという。
とはいえ、その手配元はと言えばなんだか元気が無くて。
それというのも―――
「いやね、僕は本来この会に参加するべきじゃあないと思って。 罪を許してもらったとはいえ、世間的に見れば犯罪者さ。 それに最後の戦いでもあのザマだったしね。 勇君がどうしてもと言ったから来たけれど、なんだか畏れ多くて歩けやしないよ」
やはり負い目は拭えなかったのだ。
幾ら許してもらっても、自分自身がまだ納得出来ない。
きっとこの後悔は死ぬまで続くのだろう。
誰が何と言おうと、獅堂が思う限りずっと。
「フンッ、馬鹿者が。 お前のやってきた事など俺は知らん。 だがお前は紛れも無く俺を守った。 だから俺がお前を認めよう。 このバロルフ様が褒めたのだ、ならそれでいいではないか」
ただ、例えそうだとしてもバロルフには関係無い。
事実があるからこそ受け入れ、こうしてスーツという贈り物も潔く受け取った。
それは単に、バロルフが獅堂を相棒として認識しているからこそ。
これが不器用なりの感謝の形だから。
「バロルフ……」
「なれば誇れ、堂々としろ。 お前は間違い無く世界を救った英雄の一人なのだから」
己が何を想おうとも、人々は見ている。
獅堂が必死に抗った様を。
それをバロルフも知っているからこそ、事実を述べたに過ぎない。
とことんまで不器用、それが戦いの中を生きて来たこの男の在り方なのだ。
「あらっ、随分と親身ねぇバロルフ」
「え? あ、おおぁあッ!? ラクアンツェ様ァ!?」
するとそんなバロルフの背後からラクアンツェが。
もちろんラクアンツェも頭部が無事だったので修復済みだ。
こちらは元々部品データが残っていたおかげで戻すのは容易だったそうな。
さりげなく全身機械化計画もあったので、後は材料と加工機があれば即日完成も夢ではない。
ただし戦闘機能を排除、より人間に近い形へ変えた上で。
もう戦う必要は無いという剣聖の意見の下、これからの事を考えての仕様変更だ。
世界が別たれたらもう、身体の造り変えは利かないだろうから。
そんな訳で突然の鋼輝妃参上に、あの巨躯がたちまち委縮し固まっていく。
興奮さえ隠せず、窄めた口元をも情けなく晒したままに。
おまけにその隣にはズーダーまでもが。
「うむ。 バロルフ殿より伝えたい事があると言って連れて来たのだ」
「キキキサマなんて嬉し―――恐れ多きことをォォォ!? あばばば」
突然の憧れ人の登場で、今までのシリアスな姿はどこへやら。
たちまち動揺で震え、身動きさえ出来なくなるまでに。
「どうした、誇って堂々としたらどうだ?」
「ははっ、ズーダーさんって実は結構なイタズラ好きだったりしません?」
「友の隙を突くのは好きだな! ははは!」
そんな変貌を見せられたらもう弄らずにはいられない。
意外な側面を見せたズーダーに、獅堂もラクアンツェも苦笑するばかりだ。
ただ、最初は弄るつもりなど無かったかもしれない。
戦いの時に交わした約束を果たそうとしただけで。
でもきっと今だからこうやって冗談にも出来るのだろう。
この程度では崩れないくらいに信頼を築いていると信じているから。
グランディーヴァはそんな一つの花として戦えたから勝利出来たのだと。
なおこの後、固まったバロルフの代わりにラクアンツェへの告白までしてみせるという。
その結果がどうなったかは―――またいつか語ろう。
「おや……セリ、未来の夫に逃げられたのですか?」
「やめてよイシュ、その冗談笑えない」
心輝を一旦レンネィに託し、瀬玲が一人で料理を嗜んでいた時の事だった。
そんな彼女の背後からイシュライトを含めた数人がやってきて。
その間も無く、息の合ったジョークとツッコミが炸裂する事に。
「フフッ、その様子だと幸せになるのはいつになる事やら」
「イシュライト、残念だけど今の時代は結婚しない幸せというのもあるのさ」
「そうそう……って、アンタ確かサイとかいう奴じゃん。 いつの間に仲良くなったの?」
「我々は常に筋肉で繋がっている。 すなわち、鍛え始めた時から我等は筋友なのだ」
「あーでたでた、筋肉ダルマまでセットだし」
こうなればあの二人が黙っている訳もない。
付いてきていたのはサイとアルバ、やはりこの二人である。
共に戦った事で友情が芽生えたのだろうか、話を交わす姿は数年来の友のよう。
加えて口達者なサイのお陰で、気付けば瀬玲まで笑うに至っていて。
「……四人の戦いはずっと見ていた。 ナイスマッスルだったと思う。 俺はそんな筋肉を見せてくれた者には男女隔たり無く敬意を払う。 ありがとう、我等の代わりに戦ってくれて」
「筋肉関係無いし。 ―――ふふっ、まぁ悪い気はしないかな。 少しは報われたいなんて思う気もするけど」
元はと言えば敵だったけれど、元々が人柄の良い人間達ばかりだから。
ほんの少し普通の人と比べて価値観がおかしいだけで。
瀬玲もそういった意味では同類だから、自然と波長が合うものだ。
だからこうして話してみれば普段と何ら変わらない。
もしかしたら瀬玲が本来求めていたのはこんなアブノーマルさなのかもしれない。
自分を打ち壊してくれる様な奇異の存在を求めて。
もっとも、自分を真っ先に打ち壊したのは自分自身だったのだけれども。
「フフン、報われたいならこのアルバに頼めばいいんじゃないかい? 今なら親族特権で―――」
「そ、その話題は頼むから拡げないでくれ。 筋肉が綻んでしまう……」
「え、なになに? どういう事?」
「アルバ殿はブライアン大統領の甥らしいですよ」
「イ、イシュライトォー!?」
そしてイシュライトもまたそんな奇異的な印象を魅せる瀬玲に惚れた。
本当は世界が別れても一緒に居たいと思えてしまう程に。
なら好きな人へは嘘の一つを語る事など出来やしない。
ただ、それでも別れなければならないと誓った。
己の新しい夢と、瀬玲の未来の為にも。
双つ世界が別たれた後、魔者が現代に居てはいけないのだから。
「ふぅん、なるほど、そういう話かぁ~。 じゃあ私がホリウッド女優になる事も夢じゃない訳ね!!」
「お、いいねぇ! その夢、僕も叶えて貰おうかなぁ!!」
「頼むゥ、勘弁してくれ……」
「ふふ、あっはははっ!!」
そんな決意と世界の在り方がイシュライトを大きく変えた。
祖父と交わした約束との決別と、新しい夢を得る事で。
こうして今までに見せなかったくらいの笑い声をあげてしまう程に。
けれど不思議と、瀬玲もアルバもサイも違和感は感じていない。
きっとイシュライトは最初からこう笑いたかったに違いないと、どこか思っていたから。
心を曝け出し、夢に向かう。
彼等は簡単にそう出来るくらい一途だから。
誰しも腹の底から笑いたいのだと。
例えこうやって笑い合えるのが今だけなのだとしても。




