~銀の揺り籠より舞い上がれ、希望の翼~
『地上の仲間が心配じゃあないのかぁ!? この私に焼かれて消されてるかもしれんぞ!?』
「いいや、デュランの力はお前が侮れる程に弱くはないッ!!」
蒼空を、虹光刃が裂いて巨黒拳が穿つ。
勇達と邪神がその意志をもぶつけ合いながら。
地上ではなお仲間達が声援を上げている。
勇と茶奈の勝利を願って惜しげもなく。
叫びとは無縁そうな瀬玲や莉那だって。
皆が信じているのだ。
二人が願いに応えてくれる事を。
「だから安心、なの!! だから私達は、戦えるッ!!」
『そうやって他者に期待を押し付けて!! 挙句叶わなければ切り捨てる!! それがこの世界―――いや、【セカイ輪廻】における肉の本質だと何故気付かないッ!? それが遥か幾千幾万の世界でも繰り返されていたのならばッ!?』
それは端から見れば一方的な傲慢なのだろう。
自身が成せないから、成せる者に託して勝手に期待を寄せて。
その結果がどうあれ、自身が満足出来なければ違うと首を横に振る。
果てには糾弾して責め立てて、自尊心の糧にさえしてしまう。
現代を見たってそうだ。
多くの人間が他者を批判し、責めて貶めている。
その末に言葉の暴力で追い込み、遂には人を殺す。
それは期待の裏返し。
それは希望の逆巻き。
本来ならばゼロにしかならない事がマイナスにまで振り切ってしまう。
感情は人を殺し続けたのだ。
物理的にも、精神的にも。
その押し付けは邪神を生み育む程に強かった。
『その世界の繰り返しが一体幾つもの絶望を産んだあッ!? お前達が命と呼びし者達の、否定されて無駄に消えたその感情の行き先はどこへ行くと言うのだあッッ!!!』
だからこそ邪神は感情を怨んだのだ。
怒りも憎しみも妬みも。
喜びも悲しみも慈しみも。
世界を歪ませた生物的感情そのものを。
全てが無い無情の世界を望む程に。
『なれば我が創ろうというのだッ!! 全ての報われなかった魂の救済として、【無情界】を始まりに創り上げるのだとおッ!!』
その業たる望みが、絶望の境地がたちまち場に強い衝撃波をももたらす。
勇達が堪らず怯みをみせてしまう程に。
『何も考える必要の無い世界!! 何もする必要の無い世界!! ただ在り続け、居続け、増える事も減る事も無い不動の世界、それが【無情界】!! 本来命と呼べる者達が辿り着くべき理想の世界なのだあッッ!!!』
「ふざけるなあーーーッ!! それはもう命でも何でもないッ!! 全てを放棄しただけの、何もしなくなっただけの、それこそただの肉じゃないかあッッ!!!」
『だが喰われる事もないッ!! 存在する事が生産理由ならば、天士とて産まれた時から天士であればいいッ!! お前の様な異端者が産まれる必要も無いッ!! 何もかもが変わらなければ何も苦しまない!! 何も恐れる必要は無くなるのだあああーーーッッ!!!』
拳が刃を打つ。
金剛の如く強固に、切れる事さえ無く。
アルトラン・アネメンシーの感情の迸りがこれ以上無い強度を与えているのだ。
【双界剣】の刃をも通さない程の頑強さを。
それでもなお諦めずに勇が剣を振る。
幾ら防がれようが構う事無く、反撃をも躱しながら。
勇もが感情をこの上なく迸らせているからこそ。
許せる訳が無かった。
認められる訳が無かった。
【無情界】などという世界の構築、それそのものが。
確かにこの世界は不幸に満ち溢れている。
人の醜い側面は知っているし、痛い程味わってきて。
その上で嫌気が差した事もあっただろう。
誰だってそうだ。
人や文明から隔絶する事を選んだ者達は多い。
果てには目障りなモノを消し去ろうとする者達だって居る。
でも勇は知っている。
そこ至るのは一種の犠牲の形でありながら、糧として強くなる為の準備であると。
例え心が折れようとも。
例え力が及ばずとも。
例え疎まれようとも。
苦難を乗り越え、姿勢を正した先に見えて来るものは必ずあると。
ならそれを放棄した世界など意味は無い。
何もしない世界など、有って無い様なもの。
そこに生きる者達など、生きていないのと同じなのだ。
生きる為に何かをして、明日に繋げるから命なのだと。
「それは只の現実逃避だ!! ちっぽけな人間でも考えられる、なんて事の無い幻想でしかないッ!! 真にそう選択出来るのは命を知った者だけだ、アルトラン・アネメンシィィィーーーッ!!」
だからこそ今また命を咆える。
命を知らぬ者を討つ為に。
その手に握る剣を深く強く引き込んで。
心の昂りが力を呼ぶ。
想いの迸りが速さを呼ぶ。
そうして描いた軌跡が邪神の背後へ刻まれた。
魂を、意志を、その剣に託したままに。
『なんだとおッ!?』
「なら俺は―――俺達はその命を貴様に刻み込んでみせるッッ!!!」
なれば天を裂こう。
それ程までの魂の迸りに、虹の輝きを果てまで穿たせながら。
その希望の剣が今、己が身と共に邪神へと放たれる。
だが。
バババッ!! ズズンッ!!
その突如、勇と茶奈の身に予想もし得ない事態が襲う。
なんと茶奈の背中の魔剣が火を噴いたのだ。
その装甲と内部を吹き飛ばす程に激しく。
「なにッ!?」
「そんなあッ!?」
たちまち二人が失速していく。
魔剣の力が消え、推力を失った事で。
きっともう限界だったのだろう。
日本海での戦いを経て、勇達ともぶつかり合って。
加えてアルトラン・アネメンシーとの攻防で酷使し続けた。
その無理が今ここで自死という結末に。
空戦の要、魔剣【翼燐エフタリオン】があろう事か今ここで―――死んだのである。
そしてその瞬間をアルトラン・アネメンシーが逃すはずも無い。
『これが運命だッ!! お前達というちっぽけな存在の終焉というッ!!』
くるりと振り返り、狙いを定めて拳を振り被る。
空気に揉まれて迫る勇達へと向けて。
邪気をふんだんに籠め、その魂を打ち砕かんと。
『そして消えるがいいッ!! 我が永遠なる無情への架け橋としてえーーーッッ!!!』
無情が空を突く。
世界の希望を滅する為に。
【セカイ輪廻】を逆行する為に。
その果てに【無情界】という明日無き世界を築く為にと。
でももしかしたら。
魔剣が今に死んだのは、きっと託せたからなのかもしれない。
その翼はもう、銀のゆりかごから降りても折れはしないって。
明日に続く翼はもう、君自身で羽ばたくべきなんだって。
この時、世界は揺れた。
空に映るその光景を前にして。
ただただ、茫然としてしまう程に衝撃的だったから。
あの邪神の腕が―――刎ね飛んでいたのだから。
虹光の軌跡が空を裂く。
自信と力に満ち溢れた、一切の歪み無き天空への螺旋として。
その先に立つのは人である。
その先に舞うのは人である。
銀のゆりかごから解き放たれた、翼羽ばたく乙女の後姿である。
白き背に見紛う事無き光燐翼を。
その数四つにして、空を覆わんばかりと扇ぎ瞬こう。
かの者が名は茶奈、星の巫女にして希望の受け手なり。
今、茶奈は魔剣無しで光の翼を顕現させていた。
魔剣に教えられ、力を託された事によって。
そして遂に秘めたる星力さえ解放しよう。
「茶奈、行こう。 俺達の力で今こそ奴を倒す」
「うん。 私達で、絶望を食い止めるんです」
もはや力の扱いに何の憂いも無い。
全ての力を羽ばたきへと換えられる事だろう。
故に羽ばたく。
世界を元へと戻す為に。
【無情界】などという狂った世界を迎えない為に。
これより悪意の根源を滅ぼそう。
皆が笑い過ごせる明日を迎える為にも。




