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時き継幻想フララジカ 第三部 『真界編』  作者: ひなうさ
第三十九節 「神冀詩 命が生を識りて そして至る世界に感謝と祝福を」
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~それでも彼女は訴える~

――――――

――――

――




 漆黒の世界に一つポツンと、ぼんやり光を放つ窓が見える。

 レトロなテレビの様な、面の反った四角窓が。


 その窓の先には誰かが怒っている映像が映り込んでいて。

 でも白黒(モノクロ)で、漏れる音も籠り割れて聴けたものではない。


 そんな映像をただじっと見つめている者が居た。

 体育座りの膝に顔を埋めた少女が一人。


 その少女、白のワンピースに、周囲へ溶け込みそうな黒髪で。

 真白な肌を見せるも、足先は闇に呑まれて黒く染まっている。

 かの女性にも見えなくは無いが、それにしては幼過ぎるか。

 まるで小学生程かと思える程の体格だったから。


『お前さぁ~!! アタシがゴミ出ししとけッつったよね!?』

『ぶんべつ、だって』

『はァ!? お前がやれッ!! つっかえねー奴、出すまで帰ってくんなッ!!』


『あのさァ、ウチにもう構わないでくんない? マジでうっとおしい』

『それなら彼女を養護施設などに預けるなどすれば―――』

『立場上メンドクセーんだよそういうの! いい加減にしねーと仲間(ツレ)呼ぶぞアァ!?』

『やめて、おかあさん!』


 そんな少女が映像の中にも映っている。

 怒号掻き立てる大人女の直ぐ傍で。

 いつも大人女が咆え散らかし、少女が割を食う。

 映像は大体そんな感じだ。


 女は決して母親らしさなど見せず、ただただ当たり散らすばかりで。

 時には少女に手を上げ、冷たい目で見下ろしてくる。

 とても人の親とは思えない所業をも繰り返しながら。


 一方の少女は怯えて言葉一つとっても片言で。

 それでも優しそうな中年女性が訪れた時には抵抗を見せていた。

 とはいえそれも直ぐに叩き伏せられた訳だが。


 まるで思い出だ。

 少女の思い出が画面に映って流れ続けている。

 何一つ良い事の無い、辛く厳しい思い出が。


 そんな過去を延々と眺めるだけで、少女は動かない。

 瞬き一つさえせず石の様に固まり続けて。


 するとそんな時、彼女の背後から一人の人影が。


 幼女だった。

 それも、座り込んだ少女の頭高さよりも小さいくらいの。


 でも雰囲気は違い、何だかとても嬉しそう。

 目元は影で見えないが、口元には大きな笑みを浮かべていて。

 衣服は黒く、闇に埋もれていても不思議と浮かんで見えている。

 そんな子が愉快そうに跳ねて近づいて来るという。


「ねぇ、お姉ちゃん。 私と一緒に行こう? ()が首をなが~くして待ってるよ?」


「……うん」


 でも少女はまだ動かない。

 幼女の言葉に頷き返そうとも。

 なお座って映像を観続けたままで。


「皆、お姉ちゃんが来るのを楽しみにしてるんだ。 たっくさんの美味しいお菓子や御馳走を用意して! 楽しくて、嬉しくて、きっと何でも忘れられちゃうよ。 今までに起きた不幸も、思い出したくない事も!」


「うん。 でも私、この映像、観ないといけないから……」


 それはただ頑なに。

 動くのは精々唇と首だけだ。

 幼女の甘い言葉に興味を示す事さえ無い。


 そんな少女を前に、幼女の顔が持ち上がる。

 そうして見えたのは、真っ黒に染まりきった丸い目で。


 ただよく見ると、それは全て紋様だった。

 まるで文字を汚く書き殴った様な。

 そんな紋様が眼球を隙間なく漆黒に塗り潰していたのだ。


「そんなものを観ていても面白く無いよ? だって辛い事だけだもん。 悲しくて苦しいだけだもん。 ずっとずーっと、その辛い事が続くだけだもの」


 いや、目どころか身体の所々が闇に潰れている。

 肌色の方がずっと少ないといったくらいに。


 その様な(まだら)模様の腕がそっと少女の肩に掛かり、優しく首へと回す。

 まるで労わる様に、慈しむ様に。


「そんな不幸をお姉ちゃんは望んでないんでしょ? だったら正直になろ? だってお姉ちゃんは報われるべきなの。 こんな暴力的で自分勝手な肉とは違うんだから」


 しかし不思議と温もりは感じない。

 それはこの世界がそういう仕組みなのか。

 それとも幼女に体温が無いのか。


 けれどそんな事はどうでもよかったのかもしれない。

 如何に幼女が優しくても、例え悦楽が待っているのだとしても。


 少女はただ望む。

 目の前の苦痛とも言うべき映像を観る事を。

 例えその先にどの様な苦悩が待ち構えていようとも。


 観ないといけない―――そう思ったから。


「私、それでも、観たい。 きっと先、()()()が待ってる、ハズだから」


 映像は少女の過去。

 ならば間違いなく未来に進んでいる。


 今までに観て来た不幸を全て引っくり返してくれる未来に。


 期待しているのだろう。

 次にはきっと、その次にはきっと、と。

 だから目を離せないでいる。

 少しでも目を離して見逃してしまえば、もう二度と見れない気がしたから。


 あの人と出会ってからの、人間らしく過ごせた毎日が。


「ううん、その人は来ないよ。 だって見てごらん? そうやって期待している人達は今ね、お姉ちゃんを殺そうとしているの。 待ってくれてる人達ごと、お姉ちゃんを消そうとしているんだよ?」


 だがそんな期待さえも拭おうと、幼女は耳元で囁き掛ける。

 闇から新しい映像が次々と浮かび出すその最中に。


 現れた映像には勇達が映っていた。

 死力を尽くし、ボロボロになってもなお戦意を向ける姿が。

 どれもこれも受け手視点で、まるで彼等が敵の様にさえ見えていて。


 しかもそんな映像に指を差し、少女の視線をも誘おうとするという。

 黒い歯をニタリと覗かせながら。

 〝こいつらは敵だ〟と示さんばかりに。


 その指に誘われ、少女がふと目を向ける。

 主に勇が迫る映像へと。

 

 勇が必死に殴り、蹴り、斬ろうとしてくる。

 その姿を見て何を思っただろうか、何を感じただろうか。


 どう、したかったのだろうか。


 この時、自然と指が伸びていた。

 まるで懐かしむ様に、求めるかの様に。

 顔の映り込む画面を優しく触れて、撫で回して。


 そんな指はどこか大人の様に大きくて。


 いや、決して指が大きくなったのではない。

 いつの間にか少女自身が大きくなっていたのだ。

 まるで一瞬で大人へと育ったかの様に。


 その上で、沢の様に大粒涙をも流して。


 きっと、映像から何かを感じ取ったのかもしれない。

 勇が、心輝が、瀬玲が、一体何の為にこうして必死になっているのかを。


 幼女でもわからない何かを。


「……ねぇ、貴女の名前はなんていうの?」


 その何かに気付いた今、少女だった女性は問う。

 当たり前に訊くべきだった事を。


「アネメンシー」


「そう、貴女はアネメンシーというのね。 でもごめんねアネメンシー、私はそっちにいけない。 だって、私はこの映像を最後まで観たいから。 それが私の望みで、願いで、訴えだから」


「訴えって?」


「私はここに居るよって、あの人に伝えたい。 だから思い出を辿りたい。 その中にきっと、想いが届かなくても通じられる何かが有るはずだから」


 そんな中、画面から離した指でそっと首巻く腕を解いて。

 更には、少し離れる様にして立ち上がる。


 でもそんな彼女の顔には優しい微笑みが浮かんでいた。

 幼女にさえも分け隔てなく愛を向ける様に。


 これが決別の意図だった。

 待つ者達の下へは行かないという、明確な意志として。


「そう。 でも事実は変わらない。 不幸は終わらない。 この世界が()くならない限り」


「そうだね。 不幸は終わらないよ。 でもね、それは少し違うかな」


「?」


「不幸は礎なの。 踏み台なの。 その先にある幸せを掴む為の助走だから……だから私は不幸を受け入れた。 それが無くなってしまったら、不幸を知った私は幸せさえも不幸と感じてしまうだろうから」


 苦痛を棄てる事は簡単だ。

 諦めて、忘れて、見逃してしまえばいい。

 全てから逃げて、見ないふりをしてしまえばいい。


 けれど、彼女は知ったのだ。

 そんな事もせず向き合って、立ち向かって。

 その先に待っていた些細な幸せの方が、何よりずっと素敵に感じられるのだと。


 何もかもが楽しくて、嬉しく思えるのだと。


 だからこそ彼女は願う。

 不幸の先の至福を教えてくれたあの人達に。




 〝私を見つけて!!〟と訴える事―――今はただそれだけを。




「だからアネメンシーも見つけて。 不幸を忘れずにいられる方法を」


「無い、それは無い。 私は不幸など要らないから。 叶わぬ望みも、儚い願いも、ただ気色悪いだけだ。 肉が生み出した浅ましく醜い願望など……!!」


 すると突然、闇に浮かんでいた映像が消えていく。

 幼女の憤り、迸りに反応してブツブツと。


 遂には最初の一つだけとなり、それさえも歪んで音が狂っていく。

 まるで遅延再生して放たれた低伸音声の如く。


「なら闇で永久(とこしえ)に待てばいい。 永遠に訪れぬ期待に溺れて―――」


 そして最後に幼女の姿も消えた。

 闇に呑まれる様に、喰い潰されるかの様に四肢が千切れて。


 しかしそれでも少女だった女性はもう怯まない。

 自分の姿を取り戻したから。

 願う先を見つけたから。

 

 故に再び映像へと目を向けよう。

 今度は凛として立ったまま。

 恐れる事も無く、むしろ自ら望んで。


 過去の決別と、未来への希望と。




 その先に見える、想い人との明日の為に。




――

――――

――――――




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