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時き継幻想フララジカ 第三部 『真界編』  作者: ひなうさ
第三十八節 「反旗に誓いと祈りを 六崩恐襲 救世主達は今を願いて」
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~少女はそれでも挫けない ナターシャ達 対 劣妬⑥~

 ペルペインの本体が宙を舞う。

 虹光に焼かれ、力無きままに。

 たちまちばさりと大地に落ちては、バサバサと転がっていく。

 

 まさに虫と言わんばかりのモノだった。

 それも、人間の頭ほどに小さな。

 深緑の甲殻、四つの複眼、節牙を持つ口、それと断裂された触角。

 その首下には丸腹があって、継ぎ目にはこれまた断裂された八つの脚節が。


 その姿形はまるで蜘蛛か。

 幼女の疑体に埋まる為、加工を施した蜘蛛の身体だ。

 きっと自身を刻んででも真似したいと思う程に、人間が好きだったのだろう。

 そこまでやったから、自分はもう人間だと思ったのだろう。


 だが世界はそれでも、彼女の歪な思考論理を認めなかった。


 認められる訳もない。

 それは余りにも独善的で、人とは乖離し過ぎた思考論理だったのだから。

 

 故に今、彼女はナターシャとアンディに討たれた。

 これが世界の求めた答えだったのかもしれない。

 二人が導いたのではなく、世界があるべき【現来】を呼び込んだのだと。


 何となく、ナターシャはそう感じていた。

 【アーデヴェッタ】を失い、疑似天士で無くなった今も。

 そんな直感が、確信が、脳裏に過っていたから。


 不思議と信じられる囁きがチラチラと。


「やったな、ナッティ!」


 そんな感覚を味わい佇むナターシャの下に、アンディがどたどたと駆け寄ってくる。

 緊張感の欠片も無い、まるでステップを踏むかの様な走り方で。


「うんっ! これでボク達の役目は終わりだね」


「他の皆は勝てたかな? 実は俺達が一番乗り―――な訳ねーか」


 そんな姿・口調は子供らしくとも、考える事はもう大人だ。

 空に映る映像を前にして、しっかりと現実を受け止める姿がここに。


 もう既に一つの映像が消えている。

 【憤常】を映していた映像が。


 ナターシャとアンディの戦いはそれなりに速い終わりだったのだが。

 やはりあの人には敵わないと、苦笑を浮かばせずにはいられない。


「ま、いいや。 後は皆に任せようぜ。 さすがに疲れちまった」


「うん、ずっと力使いっぱなしだったもんね」


 それに、二人は勝利以上の事を求めない。

 それは決してストイックだからとか、そういう訳では無くて。

 二人にとっては、それだけで充分満足だったから。


 二人が求めるものは、いつも普遍的だ。

 平和な日常だったり、食べ物だったり、プールだったり。

 高望みした事なんて決して無かった。

 だからといって欲求が小さいかと言えばそれも違う。


 二人にとっては、普遍的な望みこそが至高の願いだったのだ。


 どんな些細な事でも、叶う事の素晴らしさを知っている。

 それを叶える為に、どれだけの努力が必要かを知っている。

 小さな頃からずっと飢えてきたから、誰よりもよく知っている。


「なぁ、ナッティ? 俺達、これからもずっと兄妹で居られるかな?」


 得る事の大切さも、失う事の辛さも。


「うん? うーん、きっと大丈夫だよ。 戸籍上は兄妹だから」


 だからこそ失いたくなくて。

 心から通じ合えたから、また願いたくもなる。

 失うものは何も無いのかと。


「いや、そういう訳じゃなくて……ま、まぁいいや。 早く竜星にも勝利報告してぇなぁ」 


「んふふ、変なの! そうだね、りゅー君と早くお話したい」


 だからこそ確かめたくて。

 目の前に居るのは決して幻ではないのだと。

 そう願ったアンディが手を伸ばす。

 ナターシャもまた同様に。


 なんて事の無い握手さえ、二人にとっては掛け替えのない願いだったから。




 だがその願いは、あらぬ呪いによって断ち切られる事となる。






 その時、ナターシャの右腕が―――刎ねていた。

 光一閃が二人の間を裂いた事によって。






 主を失いし右腕が宙を舞う。


 ナターシャが事実に戸惑う中で。


 アンディが呆然とする中で。


 殺意の眼が再び光を灯す、その中で。


「べる"はあ"あ"ッ!! べる"はね"え"え"え"!!」


 まだペルペインは死んでなかったのだ。

 たちまち宙へと浮き上がり、その脚の無い不気味な本体を晒し上げていて。

 あの凶気の殺意を更に迸らせる姿が今ここに。


「ナッティーーーッッッ!!!!」


 その殺意が呼び込んだ悲劇を前に、アンディが飛び出す。

 苦しむナターシャの下へと、ただただ願いのままに。

 その身を守ろうと、包み込む様に抱きかかえて。


 直感的に気付いたのだ。

 自身の力だけではペルペインを倒す事など出来ないのだと。

 だから、せめてナターシャだけは守ろうと必死だった。

 例え自分自身が犠牲になろうとも。


 ペルペインはもう止められない。

 あの殺意は、幾度となく放たれる光は。

 故に、ナターシャを庇うアンディの背中は何度も何度も焼かれる事となる。

 

 命力の盾である程度防ぐ事は出来ている。

 でも全てに耐えきる事は到底不可能だろう。


 耐え切れなくなった時が―――二人の最期。


 でも、例えそうだとしてもアンディは諦めない。

 何が何でもナターシャを守ってみせるのだと。


 あの時ナターシャと竜星を前にして誓った、密かな願いに殉じる為に。


「絶対に、絶対に竜星の下に送り届けてやるからな! ぐぅッ!! だって俺は、俺はお前の事が……ッ!!」


 抱いていた願いが叶わないっていう事はもうわかっている。

 最初から何もかも。

 自分の気持ちに気付いてからもずっと。


 だからこそ、ずっとこの幻想の様な関係が続けばいいと思っていた。


 でも今回の戦いで深く深く繋がったから。

 きっとナターシャはアンディの気持ちにも気付いたのだろう。

 気付いていて、とぼけてああ答えたのだろう。


 それでも、彼女の気持ちは変わらなかったから。


 だからアンディは求めた。

 なんて事の無い握手を。

 想いとの決別と、心の安堵を求めて。


 そしてそれが末に悲劇を呼び起こしたのならば―――




 アンディはもう、懺悔の為にも命すら惜しくは無い。




 だから耐える。

 ナターシャを少しでも長く生かす為に。

 その先で希望が訪れ、彼女を救ってくれる事を祈って。


「ナッ……ティ、お前だけは、生きて、くれよな……」


 激痛に悶えるナターシャの背を、アンディが励ます様に掌で叩く。

 その猛攻の中で、閃光が瞬き続ける中で。

 幾度となく背を焼かれ、激痛が走る中で。


 自身の苦痛なんて苦じゃなかった。

 それ以上に、ナターシャの苦しむ姿が見て居られなかったから。

 少しでもその苦しみを和らげる、その方がずっとずっと大切だったから。


「べる"はああ"あ"ーーーッッ!! べるはね"え"ええ"!? お"まえ"だぢのにぐで、またからだをづぐってやる"ん"だあ"ーーーッ!!」


 そんな想いさえも断ち切らんと、ペルペインの猛攻が激しさを増す。

 断続的な節擦音を交えた異常な奇声を交えて。

 その破壊に向ける力は途絶える事が無い。

 例え擬体を失おうと、本体が焼かれようとも。


 もう彼女にはナターシャとアンディしか見えてはいない。

 この二人を焼き尽くし、糧とする事しか。

 その為には、己の全てを費やす事さえ厭わないだろう。




 だからこそ気付かない。

 その背後で、虹色の閃光が解き放たれていた事など。




キュウィィィーーーーーーンッ!!!




 その閃光が、瞬いた。

 虹色が、突き抜けた。


 たったそれだけで、ペルペインの首が―――断ち切られていた。


 幾ら異形種であろうと、首を断たれれば死ぬ。

 それはペルペインであろうと例外ではない。


 その肉体を脅かす希望の力で断ち切られたならば尚更である。


「もうこれ以上やらせる訳にはいかない。 私が敬愛せしこの世界の為にも……ッ!!」


 その希望こそデューク=デュラン。

 世界の生み出した、もう一つの希望が今ここに。


 デュランのその手に掴みしは創世剣。

 概念すら切り裂く剣によって断たれた今、ペルペインはもう動かない。

 頭が大地へと、石の様に転がったきり。

 ただ反射的運動により、顎が「キキ……」と僅かな軋み音を上げただけで。


 ペルペインは今ようやく、デュランの手によって葬られたのである。


 ただそこに至るまでの代償は大きかった。

 周囲を見渡せば瓦礫の山。

 悲鳴一つ聴こえぬ惨事の後。

 救えたとは言い難い状況。


 デュランは、来るのが遅過ぎたのだ。


「お、お前は、デュランとかいう……」


「すまない、駆け付けるのが遅くなってしまった。 仲間を皆の所に送り届けるので手一杯だったんだ……」


 それというのも、デュランが仲間達を陰で支援していたから。


 ギューゼルの意思を見つけ、ラスベガスに運んで。

 ニューヨークではアルバとサイを巡り合わせて。

 異国に居たエクィオとピューリーを回収し、ナイジェリア送り出す。


 それは全てデュランが一人でやった事だ。

 少しでもグランディーヴァの助けになろうとして。


 しかしその結果―――


「お前が……お前が来るのが遅かったからナッティはあッ!!」


 ナターシャの利き腕、肘下からの右腕が失われてしまった。

 死には至らなくとも、この絶望は大きい。

 これにアンディが怒りを宿すのは必然だった。

 今は彼女を何より大事に思っているからこそ。


 たちまち駆け寄り、デュランの胸倉を強引に掴んで押し上げる。

 理不尽な怒りをこれ以上に無く迸らせて。


「何でもっと早く来れなかったんだよッ!! お前なら出来たはずだろうがあッ!!」


「本当に、すまない……」


 そう、理不尽だ。

 窮地を救ってくれた者へのぶつけるべきではない怒りだ。


 確かに、デュランならもっと早く駆け付ける事は出来ただろう。

 でもその代わりに、他の場所の仲間達はもっと窮地に陥っていたかもしれない。


 それに、今の様に確実にペルペインを倒せたかどうかも怪しい。

 

 デュランが一撃で葬る事が出来たのは、二人が追い詰めていたお陰だ。

 本体が露出しなければ正体もわからないし、あの重肉を貫くのは天士でも難儀する。

 この二人だから追い詰める事が出来て、デュランも確実な一手が打てた。


 つまりこの戦いは、〝今〟訪れたから勝てたと言っても過言ではないだろう。


 しかしその様な言い訳を放っても余計こじれるだけ。

 だからこそデュランはただただ謝る事しか出来ない。

 アンディの怒りに対し、ただされるがままとなる事しか。


「ま、待ってアニキ……ボクはへ、平気だよ……!」


 そんな時、突如二人の背後から震えた声が届く。


 なんとナターシャ自身が制したのだ。

 アンディが拳を振り上げていた、その時の事である。


「ナ、ナッティ!?」


「アニキが守ってくれたお陰で、傷口はもう、閉じられたから……ううっ」


 それどころか、傷口を抑えて立ち上がろうとさえしている。

 今なお激痛に蝕まれながらも、必死に。


 その姿に心を打たれたのだろう。

 アンディの心から怒りが消えていく。

 ナターシャを想う心が、怒りを掻き消していく。


 気付けばデュランを掴んだ手を離し、ナターシャを支えに戻っていて。

 彼女を抱きかかえて少ない命力を送り込む、優しい兄の姿がそこに。


 その慈しみ溢れた様子を前にすれば、デュランも微笑まずにはいられない。


「なぁアンタ、ナッティの傷を治したりとか出来ないのかよ!? 天士なんだろ!?」


「……それもすまない、天士はそこまで万能という訳では無くてね。 相手が天力体ならどうにかなるんだけど」


 でもこんな無茶な要求を前にして、その表情はまた再び曇る事に。


 天力と命力は似ているが性質が全く異なる。

 異なるが故に、力を分け合う事が出来ない。

 いつか空島奪還時、勇がロマー救助をカプロに託したのもこれが理由である。


 だからデュランはナターシャに何もしてあげられない。

 腕を治す事も、痛みを取り除く事も。


 ただそれは勇を知る者なら誰でもわかっている事だ。

 特に、ナターシャの様に常々傍に居た人間ならば。


「気にしないでデュラン、ボクは右腕が無くても戦える」


「ナッティ!? 戦うってお前……」


 そう、ナターシャはもう察している。

 失った右腕がもう元通りにならない事なんて。

 今さら瀬玲やイシュライトの秘術を受けても無駄なのだと。


 けれど挫けはしない。

 それがナターシャの強さだ。

 現実を受け入れ続け、苦境に耐え続けて来た心の強さなのだ。


 その強さが、自分達の使命をも悟らせる。


「何となくだけど、わかったよ。 デュランが最後にここに来た理由。 ボク達にはまだ、やれる事があるんだよね?」


「ああ。 君達にしか出来ない事だ。 勇達の手助けという大業はね」


 ナターシャのそんな心は今とても聡明(クリア)だった。

 苦境に立たされながらも、こうして免れて。

 アンディの優しさにも触れ、穏やかになれたから。


 なら願える。

 心が、身体が軽くなった今ならば。

 



「ならボクは行く。 そして役目を果たして帰るんだ―――皆でっ!!」




 自らを含めた全員の事を想う事さえ。


 ナターシャの太陽の様な暖かい決意が、アンディの心の燻りを照らし消す。

 ならばデュランの胸にちらつく悔いをも溶かしてみせよう。


 もう彼女達に迷いは無い。

 この間にも、仲間達が次々と【六崩世神】達を倒している事だろう。

 そして勇達の切り札の一つであるデュランとの合流も果たした。

 なら後はただ、世界を救う為に駆け抜けるのみ。


 皆で笑って帰りたいから。

 また以前の様な楽しいだけの至極な日々を送りたいから。




 明日という希望を掴む為にも、次の一歩を踏みしめる。




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