~弱き心に真の決別を アージ達 対 諦唯⑥~
エクィオが斬る。
ピューリーが打つ。
正体不明の透過壁を砕く為に。
その壁は今まさに二人の前に存在していた。
壁の先に居るのがどの様な者かはエクィオにもわからない。
けれどそれが敵である事は歴然だからこそ、今この時全ての力を奮う。
壁を砕いた先に居る者を葬り、脅威を一つ世界から取り除く為に。
だが事がそう上手くいくとは限らない。
やはりそう簡単には砕けない様だ。
幾らエクィオが魔剣で斬りつけようが、ピューリーが螺旋拳を叩き付けようが。
何度斬り叩いても、火花が散るばかりで傷一つ付く気配さえ無い。
「この壁かってぇ!! なんなんだこれはよッ!!」
「それは僕にもわからない! でも予測が確かなら、コイツはもう雑魚を呼び出せないッ!!」
でも、それでも勝機が無い訳ではない。
現に今、エクィオ達は間違い無くマドパージェを追い詰めている。
その証拠に、エクィオの言う通り―――無限湧きしていた女達が現れない。
それは何故か?
その理由をエクィオは見抜いたのだ。
あの女達の根源が何なのかを。
あれは民衆の諦念だ。
人々の諦めの心をマドパージェが汲み取り、分身として具現化したのだろう。
だから人並みに弱かった。
逆にアージを包んでいた者達が強かったのは、彼の諦念が生んだから。
その力を受け継いでいたからこそ、引き剥がそうにも成せなかったのである。
しかし今はその民衆さえも居ない。
砂地のど真ん中に追い込んだ今はもう。
ここまで足を運ばせたのも、全てはエクィオの目論み通りだ。
なら今度は自分達が諦めなければいい。
ただそれだけで、邪魔な肉人形は一人として現れないのだから。
これはアージの教訓たる助言があったからこその答えと言えよう。
限り無く正解に近いこの答えを前に、マドパージェももはや抵抗は出来ない。
ただただ壁を存在させたまま、その姿を隠し通すだけだ。
後はその壁をどうやって貫くか、が問題な訳だが。
「諦めるなピューリー!! 弱気になれば、ただ僕達が不利になるだけだッ!!」
「わかってるよォ!! ブッ壊す!! ブッ殺す!! 俺を阻む奴は全てッ!!」
キィン!! ギャギャギャギャッ!!!
二人の命力が輝きを放つ度に、鳴音ががなり立つ。
まるで強固な鉄壁を叩いているかの様だ。
それも、削る事も焼き切る事も出来ない程に堅牢な。
並外れた威力なはずのピューリーの螺旋拳ですら、何度殴っても傷付けられない。
ならエクィオの斬撃の威力などたかが知れている。
それどころか既に銃剣刀身そのものが欠け、今にもジョイントから折れそうな雰囲気だ。
でも、それでも諦めない。
諦める訳にはいかない。
例え銃そのもので殴る事になろうとも。
残り少ない命力を使い切る事になろうとも。
彼もまた勇達と同様に、世界を愛する者の一人なのだから。
「離れろッ、二人ともおッ!!」
だがその時、叫びが場に響き渡る。
それも気迫に満ち溢れた雄々しい雄叫びが。
これは決して諦めを促す声ではない。
更なる一手に繋ぐ為の掛け声だ。
故に、その声に反応して二人がすぐさま跳ね退く。
そして目の当たりにする事だろう。
遥か後方にて拳甲合わせし、二人の武熊の姿を。
そう、アージとマヴォがやってきていたのだ。
それもエクィオとピューリーに負けない程の命力を滾らせながら。
「アージさんッ、マヴォさんッ!?」
「「俺達も力を奮うぞ!! 全員であの壁を突破するのだッ!!」」
いや、その命力は更に上がっていく。
感情の昂りと、覚悟の猛りと、絆の迸りが二人に力を与えたからこそ。
そうして互いに合わせた拳を突き出し、肩背をも合わせて力を込める。
二人の力は今ここでなお共鳴し、金と銀の輝きを弾き出していた。
まるで反発し合う電磁石の如く、渦を巻く稲妻を迸らせて。
「行くぞ兄者、今こそ我等の力を真に合わせる時!!」
「応ッ!!」
この技こそが、二人の誇る最強攻撃だ。
かつてより多くの強敵達を屠った奥義だ。
しかしてその威力はもはや過去とは比べ物にならないだろう。
ここまで鍛え上げてきた。
体と、心と、絆を。
その全てが糧となり、今芽吹く。
秘めたる力を、神戟にも足る領域へと押し上げて。
もう片腕に力を込めて振り上げて。
その拳を、突き出された腕に打ち当てる。
なれば解き放たれよう。
豪螺の神戟嵐を。
「「【弩・空】ーーーッッッ!!!!」」
兄弟の真価たる力が今ここに。
生まれ出でしは極大の金銀螺旋竜巻。
大地を削り、大気を喰らい、闇夜を切り裂いて。
全てを飲み込まんばかりに渦巻き、透過壁へと向けて迫り行く。
想像を絶する規模の一撃。
それが遂に壁へと穿たれる。
ゴギャギャギャギャッ!!!
たちまち境目に凄まじい潮流が生まれる事となる。
弾け飛んだ稲妻がどこそこ関係無く飛び交って。
暴風が大地を抉って砂塵をも千切り飛ばし。
強烈な螺旋運動があの透過壁へ軋みさえ与えるまでに。
圧倒的だった。
エクィオ達が思わず目を見張る程に。
しかしそれでも、砕くには至らない。
これ程の強烈さにも拘らず、力がまだ―――届かないのだ。
「まだだッ!! まだこれで終わった訳じゃないッ!!」
「俺達の全部もブチかましてやるよォーーーーーーッッ!!!」
なら、更なる力をこの竜巻に与えればいい。
二人を信じるエクィオとピューリーならば、それが出来る。
エクィオは己の蒼雷を撃ち込んで。
ピューリーがその雷撃をその身で受け取り、あろう事か竜巻の中へ。
するとどうだろう。
その途端、金銀螺旋が更なる進化を迎える事となる。
金銀の輝きに、蒼の煌めきまでが加わって。
竜巻を象る嵐がなお荒々しく、速く激しく暴れ飛ぶ。
蒼金剛の煌めき放ちし烈破螺旋が今ここに。
その威力は凄まじいものだった。
あの透過壁をも歪め、徐々に押し始める程に。
もはや見えないとは言い難い程に、周囲の地形を抉って浮かび上がらせていたのだから。
ただ、それでもなお―――まだ砕けない。
明らかに影響は出ている。
壁面に映った景色が歪んでしまう程に。
にも拘らず、その先にどうしても届かない。
万事休すか。
いや、これはあの二人にとって布石に過ぎない。
全ては、この先を見据えた一撃の為に。
「うぅおおおォォォーーーーーーッッッ!!!!」
その叫びが木霊した時、それはやってくる。
全員の想いを受け取った最後の一撃として。
その一撃の正体こそ、アージ自身。
左手に【アンフェルジィ】を、右手に【グダンガラム】を握り締め。
螺旋に伴い超回転しながら、竜巻の中心より突撃してきたのだ。
竜巻をマヴォに託し、己の身そのものを決死の一撃と化したのである。
その姿はまるで弾丸。
それも電磁砲の如く、磁場たる雷光をその身に纏わせて。
更にエクィオ達の助力が狙撃銃の延長砲塔の役目をも果たす。
そうして生まれた威力は、全ての攻撃を一点集約させたに等しい。
その様な弾丸と化したアージが長槍を力の限りに振り絞り、投げ付けて。
間も無く、光一閃と化した槍が壁の真芯へと打ち当たり。
直後、剛槌を突き出してアージ自身が、壁へと、槍へと向けて突撃していく。
破槌一貫。
壁へと突き立てられた槍の柄先に槌を打つ。
全ての力を真芯へと注ぎ込んで。
ビギギッ!!
その瞬間、壁に亀裂が走る。
光を孕んだ道筋が、槍先から急激に広がる様にして。
バッキャァァァーーーンッ!!
途端、その場に炸裂音が。
だが砕けたのは壁では無い。
マヴォの誓いを貫いた長槍が。
アージの覚悟を打った剛槌が。
瞬時にして、跡形も無く砕け散ったのである。
だが、それでも砕けていないものがある。
「かあああーーーーーーッッッ!!!!」
それはアージの拳。
この拳だけは絶対に砕けない。
マヴォと、エクィオと、ピューリーの想いを託されたこの拳だけは。
その拳が今、亀裂の中心を穿つ。
何物をも超える強度と力を伴って。
例え白迅甲が砕け散ろうとも。
骨が、筋肉が、血管が軋みを上げようとも。
その一撃全てに諦めは無い。
平和を願う、その意志をも貫く為に。
今、立ちはだかる壁をも貫き砕く。
ガッシャァァァーーーーーーンッッッ!!!!!
遂に壁が破砕する。
四人の力が集約された一撃によって。
そして破片が舞い散って、その隙間からマドパージェの真の姿が露わに。
そこに居たのは、とても人とは思えぬ形相の者。
ただれて燻った鱗を纏う、青黒く醜い顔を持った魔者だった。
それが余りの出来事に怯み、その身を引かせる姿を遂に曝け出す。
「これで終わりだ―――ッ!?」
しかしそんな者へとアージが拳を振り上げた時、垣間見る事となる。
マドパージェの予想もし得ないその仕草を。
笑っていた。
それも嘲笑ではなく、とても穏やかな笑顔で。
それだけに留まらず、胸を曝け出す様に大手を拡げていたのだ。
まるで最期の攻撃を自ら受け入れるかの様に。
その姿を見た時、アージはどうしただろうか。
きっと以前ならば躊躇しただろう。
迷い、戸惑い、力を弱めただろう。
でも今はもう、止まる事は無かった。
それは決して容赦しないという訳ではない。
だからといって、仲間の意思を尊重した訳でも無い。
マドパージェの意思をも飲み込み、その上で決断したのだ。
「これでよいのだ」と。
ゴッシャアッッッ!!!!!
―――激戦が終わりを告げる。
意思無き風切り音を耳にする事で。
戦場だったこの場は既に、嵐の余韻さえ消え失せた。
残ったのは力を振り絞った戦士達と、彼等を祝福するかの様に纏う冷たい風。
後は、全てが終わった事の証たる青の血溜まりだけか。
「兄者、終わったのか?」
「ああ、【諦唯】と名乗った奴はもう居ない。 俺達の勝利だ」
しかし不思議とアージの顔は優れない。
戦いに勝った事への喜びも、どこかに消えて。
今はただ、青の血溜まりへと想いを馳せる姿が。
「もしかしたら、彼女もまたアルトラン・ネメシスの被害者だったのかもしれん。 死すら叶わず、意思さえ捻じ曲げられて、希望さえ抱けなかったのだろう」
「何かを見たのか?」
「ああ。 ハッキリとな」
あの最後の瞬間に、アージは声を聴いていた。
音では無い、心の声を。
「ありがとう」という、澄んで心に響く声を。
その真意も理由もアージにはわからない。
でも、間違い無くそんな声があって、彼女は死を受け入れた。
それこそが彼女自身の真に望む願いだったのだろう。
だからこそこうして今、アージは嘆いている。
殺すしか道が無かった、その運命に。
かつて中国で倒したミョーレへと向けた想いと同様にして。
「だが俺は奴の事を何も知らん。 だから想っている事はただの憶測でしかない。 これ以上考える必要は無いだろう」
ただ、今となってはもう一方的な想いに過ぎない。
その心を語る存在はもう居ない、誰も真実を語ってはくれないのだから。
「俺達は勝利した。 今はそれだけでいい。 ありがとう、心の弱い俺に力を貸してくれて」
なら今は讃えよう。
今ここに居る者達を。
最後の一撃の為に力を託してくれた仲間を。
それがアージに出来る精一杯の事だから。
「そうだな。 だが一つ訂正させてもらうぞ兄者よ」
「ぬ?」
けれどそんな感謝にマヴォが首を振る。
ふと気付けば、その背後に居たエクィオも。
そんな仕草に、アージも思わず首を傾げていて。
これには〝何か間違った事を言ったのか〟と疑ってならない。
そう、間違いだ。
自身の事だからこそ気付けない間違いが、確かにそこにあったのだ。
「兄者は心が弱いのではない。 優しいだけだ。 戦いに向かないくらいにな」
他者の言葉・行いを前にして、自らの考えを変える事は決して弱さではない。
それは他者の事を想えば、意思を変える事も厭わないという広い心があるからこそ。
逆に自我が強ければ、他者の声など受け入れないだろう。
己の考えだけを盲信し、時には愚行と気付かず突き進む事さえある。
それは他者への愛、優しさがあるとは到底言えない事だ。
でもアージはその優しさを誰よりも強く持っている。
いつも他者を想い、戦いの無い世界を願い、師の志をも全うしようとした。
常々自分の為では無く、他者の為に動こうとしていたのだ。
普通の者なら早々出来る事ではないだろう。
そんなアージの姿を、マヴォもエクィオも、きっとピューリーも観ていたから。
だからこそ信頼し、否定出来るのだ。
〝アージは決して弱くは無い〟のだと。
ただ本人が強気で居るから言えなかっただけで。
今、己の弱さを認めたからこそ、その弱さを否定する。
その弱さを繕っていたものこそ、優しさなのだから。
「そうか、戦いに向かないほど優しいか……フッ、そうかもしれんな。 なら、全ての戦いが終わったらいっそ畑仕事でも始めてしまうか。 その方がずっと気軽そうだ」
「ええ、アージさんならきっとその方がいいかもしれません。 その時は僕も弟達と一緒に混ざりたいものですよ」
「そんな姿、想像もつかねーけどな! にひひっ!」
その心も受け入れ、己を知る。
そしてまた、人は強くなる。
アージは今、また一つ強くなった。
戦いに向かないという己の優しさに気付いたから。
だからこそ夢が生まれ、希望が生まれる。
戦いに勝利したその先の夢を、追う事が出来るのだ。
その希望こそが未来へと繋がる。
邪神を打ち砕く力にも繋がる。
故に抱こう。
自身の未来への希望を。
それがいつか、多くの他者への希望ともなるだろうから。