~今、獄炎龍は神を喰らう イシュライト達 対 憎悦⑤~
暗闇に堕ち始めたニューヨークの中心で、激音が幾度と無く迸る。
アルバとサイがジェロールとの激闘を繰り広げる事によって。
だがやはり人間である限り、限界は存在する。
生物であり物質である以上、消耗と損傷から逃れる事は出来ないのだ。
それはアルバの様な屈強者であろうとも例外では無く。
「例え強靭な肉体だったとしてもなぁーッ!! 何度も打てばブッ壊れるんだよォーッ!! 貴様の足りない脳味噌でそれがわかるかアルバァァァーーーッッ!!!」
「ぐぅおおおーーーッ!?」
ビルをも破壊する程の強烈な一撃を何度も喰らえば、その累積ダメージは計り知れない。
既にアルバの至る箇所からは出血さえ見られ、呼吸さえ乱れていて。
それにアルバの様に打たれなくとも、消耗の理屈は適用される。
それも、サイの様に動き回れば必要以上に。
相手の攻撃をまともに貰えば即終わる、その様な緊張の中ならば精神さえ削られよう。
「サァァァイッ!! やはりそれが人間如きの限界なんだよォーッ!! 遅くなっているのが目に見えてわかる様だぞォォォーーーッ!!」
「ちぃぃぃ!?」
何度叩こうが突こうが、ジェロールの拳は一向に衰えない。
それ故に躱せば躱す程、焦りもがその顔に滲んでいく。
戦闘力が相対的に開いていくのがわかってしまうからこそ。
「だが俺は永久に死なない、砕かれないッ!! 人間を超越して神となったからだあッ!!」
しかし対するジェロールは命力が通じない、硬い、再生する。
その根源たる謎の力は天力の様に尽きる事無く、無尽蔵に戦う事が出来るのだろう。
ならば長引けば長引く程―――人類側の不利は、否めない。
「なぁぜ奴はこうも俺達の名を知っているゥ!?」
「まーだ気付いていないのかい? アレは黒鷲だよ。 口調でわかるでしょ!?」
「なぁにぃ~!? ならば俄然やる気が出ると言うものよォ!!」
でも、二人にはそんな事実さえ眼中に無いらしい。
怯むどころか更に気迫を上げていて。
疲労も消耗も圧し殺し、相変わらずの闘志を見せつける。
絶対に諦めないという強固な意思と共に、牙を剥く程の笑みをも曝け出しながら。
そんな彼等の戦う姿を前にして、イシュライトは何を思っただろうか。
頼もしいと縋っただろうか。
無駄だと嘆いただろうか。
いずれも違う。
イシュライトは―――泣いていた。
戦う二人の姿を前にして、感謝と感動で打ち震えていたのだ。
それは二人の戦いが教えてくれたから。
自分の目標はまだ、断ち切られてはいないのだと。
イ・ドゥール族の極意とは模倣によって始まる。
より正確に、より洗練された技術を継承する為に。
これによってイ・ドゥール命力拳法は色褪せる事無く、その強さを受け継ぎ続けられた。
では何故、模倣が極意なのか。
どうして技や心得という〝境地〟では無く、模倣という〝手段〟が極意なのだろうか。
実はその答えこそが、【破神龍哮法】の存在意義と直結する。
【破神龍哮法】とは、単に言えば『一呼吸限りの進化術』。
一度発動すれば最後、息を吐く様にして全命力を使い果たす事となる。
その結果は言わずもがな、力尽きれば間違い無く死に至るだろう。
すなわち、一度しか使う事が出来ない禁断の秘術なのである。
故に、最も模倣を極めた者だけがこの秘術を伝承させられる。
裏の極致を誰よりも正確に会得出来る、認められた肉体を誇る者だけが。
だからこそイ・ドゥール族にとっての模倣こそが極意となったのだ。
きっと昔のウィグルイも先代師父から秘術を見せられ、模倣し継承したのだろう。
そしてその秘術を今、ウィグルイがイシュライトに見せつけた。
その意味がわかるだろうか。
その理由がわかるだろうか。
イシュライトはもう理解している。
何故ウィグルイが敢えて一人で戦い、己の命を賭けて戦いを見せつけたのかを。
何故力尽きる事がわかっていながら、裏の極致、決死の秘術を使ったのかを。
「師父殿、貴方は私に試練を与えてくれていたのですね。 その生き様を賭して……」
その結果、ウィグルイは死んだ。
だがその想いはまだ、生きている。
イシュライトへの挑戦状として、生き続けているのだ。
〝今こそ最終秘術を模倣し、儂を超えてみせよ〟と。
「ようやく、わかりました。 貴方の生き様も、そして私の為すべき事も」
目標は死んでいない。
道は閉ざされていない。
己の拳はまだ、生きている。
そう理解した今ならば、嘆きも怯えも必要は無い。
故に今、イシュライトはウィグルイの亡骸を大地へと寝かして立ち上がる。
祖父の挑戦と、己に課した目標と―――
一族が受け継ぎし宿命を、覚悟として拳に握り締めて。
でももう恐怖は無い。
己の拳は無駄では無かったのだと、心から理解出来たから。
ならば今こそ、立ち向かおう。
一族の悲願を成し遂げる為に。
始祖達より引き継いだ宿命を終わらせる為に。
一方、戦う者達の側では―――
「くははッ!! 最高だッ!!! 最高のサンドバッグだァァァーーー!!」
「ごぉふッ!?」
ジェロールの剛拳が打ち当てられ、アルバが幾度目かの後退を余儀なくされる。
しかし受けたダメージは甚大、もはや体は既に限界へ。
意識を保つのがやっとで、今にも膝を地に突いてしまいそうな程に震えていて。
己の気力だけで体を支えている様な状態だ。
サイも同様に、もう攻撃する事さえ出来ないでいる。
精神と体力の消耗もさる事ながら、敵の剛腕が掠るだけで全身に衝撃が走っていたのだから。
受け皿となる命力が纏えない以上、その細い体では耐え続けられはしない。
二人とももう戦える状態とは言い難い。
気合いだけではどうしようもない程に。
そんな二人を前にして、ジェロールがゆっくりと歩み寄っていく。
勝利を確信した、光悦なる笑みを浮かべたままに。
「ニィィィ~ッヒヒ、やはりたかが人間如きではこの俺は止められんなぁ~! この、最強の、俺を止める事など、出来はせんのだッ!! そしていずれはこの力をも更に極め、あのうっとおしいアルトランとかいう奴も倒し、俺自身が唯一神となろう……クク、クハハッ!!」
その笑みから滲む野望、欲望には際限が無い。
アルバもサイも、この男にとってはただの踏み台でしか無いのだ。
ウィグルイの猛攻もただの災難程度にしか思っていないのだろう。
その災難がまた訪れる可能性など、もはや微塵も感じてはいない。
「ぬッ!?」
そんなジェロールとアルバ達の間に、突如として人影が立ち塞がる。
それはなんとイシュライト。
ようやく自信と気力を取り戻し、再び戦場へと舞い戻ったのである。
その拳に覚悟を秘めたまま、宿敵を睨み付けながら。
とはいえ、もはやジェロールに恐れるものは何も無い。
その様な視線をも鼻で笑って打ち消して、歩み寄る姿勢を変える事は無く。
遂には小さな叛意者を見下ろし、ニタリとした鬼気たる笑みを見せつけていて。
「愚かだ、実に愚かだなぁ~! あのジジィの死体と一緒に転がっていればよかったものを」
「ええ、そうしたいのはやまやまですが、そうもいかない事情が出来ましてね」
でももうイシュライトも恐れてはいない。
例え相手が強大でも、無敵の身体を誇ろうとも。
その強さが偽物であると理解出来た以上は。
「でも私はウィグルイ殿と違い、戦いそのものに執着はしていません。 なので手早く終わらせるつもりです」
「何……?」
強さとは腕力では無い。
技術でも、技巧でも練度でも無い。
物事に懸ける意思の高さこそが強さなのだ。
アルバが、サイが勝敗に拘らず戦いを挑んだ様に。
ウィグルイが己の死を覚悟して力を見せつけた様に。
グランディーヴァが己を顧みず世界を救おうとした様に。
ならばその強さの為に、イシュライトも今その命を懸けよう。
自慢の拳と、祖父から受け継ぎし秘術を以って。
今こそ、人生の目標を成就する為に。
この時、突如としてそれは起きた。
何の前触れも無く、イシュライトの身体が急激に赫く光り輝いたのである。
大気を切り裂き、耳を劈く程の鳴動音と共に。
立ち塞がった時にはもう、順序を組み終えていたのだろう。
立つ事を決めた時にはもう、そうすると決めていたのだろう。
そうして輝く姿はまさに、先程のウィグルイと同等。
いや、それよりも更に激しく強い。
まるで身体が獄熱たる溶岩の如く、白熱発輝していたのだから。
それも、荒れ狂う程の陽炎と焼塵をも纏いながら。
魔装が、焼ける。
命力珠が、溶ける。
命力に関わる全てがイシュライトに呑まれ、瞬く間に消えていく。
それさえも余す事無く力へと換えるかの様にして。
「なッ!? そ、その姿はまさかあッ!?」
「ええ、そのまさかですよ。 ですが問答する時間も惜しい。 なので最後に一つ、簡単に伝えておく事にしましょう」
その姿を前にして、再びジェロールの恐怖が甦る。
摘むはずだった脅威、その再びの顕現を前にして。
有り得ないとさえ思っていた災難が、またこうして訪れた事に。
そしてまた思い知るだろう。
己の浅はかさを。
本物の強さを。
既に赤龍と化していたイシュライトを目の当たりにする事で。
「貴方は最初から今まで、最強であった事など一度も―――無いッ!!」
そう言い放った時だった。
その瞬間にはもう、イシュライトの姿がジェロールの視界から消え失せる事となる。
いや厳密に言えば少し違う。
姿が見えなくなる程に激しく強く速く、ジェロールが打ち上げられていたのだ。
それも、腹部に言い得ない程の激痛を伴いながら。
認識さえ出来なかった。
イシュライトが瞬時にして腹部へと潜り込み、その拳を打ち当てていたなどとは。
自慢の死角移動である。
それに加え、秘術によって進化した身体能力が準神の認識能力さえ超えて。
更にその中で打ち放った拳はまるで、天還る流星の如し。
いつか勇が魅せたものと同等の流星翔撃を打ち放っていたのである。
しかもそれだけでは済まされない。
その間も無く、イシュライトの姿がアルバとサイの視界からも消える事に。
打ち上げたジェロールを追い、力の限りに飛び跳ねた事によって。
それも、荒ぶる赤龍に相応しき紅雷の残光をも瞬かせて。
そう、心輝の【紅雷光の軌跡】の如き加速を見せつけたのだ。
なれば打ち上げし者に追い付く事など他愛も無い。
ジェロールが事実に気付いた時にはもう、イシュライトは目前に居た。
離れた街を背景に、灼熱の拳を引き込ませて。
しかしそれを返り討ちにせんと、邪の巨腕が雄叫びと共に真っ直ぐ振り抜かれる。
でもその程度、瀬玲の糸抜機動を彷彿とさせる動きならば躱す事さえ容易。
まるで本当に糸を操っているかの様だった。
そう思える程に、突き出された腕を縛る様に回りながら抜けていったのだから。
更には爆音と共に急停止までやってのけ、その身を強引に捻り回す。
脚に、腰に、そして腕に、ここまでの加速の慣性と回転力をも集約させて。
そうして放った突き落としの拳は、マヴォの迅甲剛撃にも劣らぬ一撃となろう。
たちまち、並の人間なら圧滅する程の重圧がジェロールを襲う。
叩き込まれた一撃と、凄まじいまでの大気圧抵抗のサンドイッチによって。
更には大地へと叩き付けられ、爆風の如き衝撃波をも生んで周囲を吹き飛ばし。
その中で剥き出しとなった者へと向け、イシュライトが紅の手刀を掲げ行く。
ナターシャの【烈紅星】の様に、敵を無際限に切り刻む為にも。
その手刀、もはや断てぬ物無し。
刻まれし軌跡と残光、そして血飛沫もが混じり、まさに紅星の如き球体をも形成していた。
大気が球体の流れを生む程に、目にも止まらぬ速度で斬り続けたが故に。
そこまで深く無数に刻まれれば体を支える筋さえ断裂し尽くし、もはや立つ事さえ叶わない。
だがそんな心配をする必要はもう無いだろう。
既にその傷だらけの体は再び宙を舞っていたのだから。
アルバの姿を重ねる程の、荒々しい強烈なショルダーチャージによって。
そう、再現したのは仲間達の能力だけではない。
今までに戦ってきた強敵の動きさえも力と換え、打って打って打ちまくる。
空さえも縦横無尽に跳ね飛び、ジェロールを空中に固定する程に打ち続けて。
遂には光が突き抜ける度に身体を削ぎ、肉片を千切り、節々を潰すまでに。
そんな戦いを前にしてしまえば、サイは感動を覚えずに居られない。
まさにサイの拳法を模した拳が、あのジェロールを叩きのめしていたのだから。
まるで代弁である。
力尽きそうなアルバやサイの戦意を受け継ぎ、彼等の力を見せつけるかの如く。
それも再生さえ間に合わぬ程に速く強く深く荒々しく。
そしてその両腕が茶奈の光翼天翔を連想させる程の羽ばたきを見せた時―――戦場が激動する。
余りの衝撃でジェロールの全身がへし折れ、歪み、ひしゃげて潰れ。
何が起きたのかと理解させる間も無く宙へと舞い上げられて。
もはや人としての形さえ保てない中で、垣間見る事となるだろう。
それはまさに、獄炎龍。
灼熱赫翼が如き両腕を仰ぎ、灰燼の靭尾うねらせ大気を揺らし。
空を喰らわんばかりに猛る陽炎の牙が、宿敵を追ってその口を拡げ行く。
その両手に、全てを貫かんばかりの烈光を迸らせながら。
真に強き男が見せた紅の激烈爪をも今、体現する。
「ハァァァーーーッッ!!! 紅滅・烈閃ッ!!」
イシュライトが両肘を力の限りに引き込んだ時、それは現れた。
赤き光の長龍爪が二手十指全てに顕現したのである。
災い全てを引き裂く破神龍の鋭爪として。
それが今、満を持して遂に刻み込まれる。
至高の両拳爪をジェロールの両脇腹へと突き刺さしたのだ。
全てを抉らんばかりに拡げ、掌もが埋まる程に深々と。
更には光爪が貫き、肉が焼き溶け、血蒸気を閃光筋の如く噴き出させて。
祖父が成すはずだった一撃を、イシュライトがその身を以って代弁する。
〝これが、お前を滅ぼすはずだった拳だ〟と。
「がはあッ!!!」
内臓をも抉る程の一撃は、準神であろうとも至極の苦痛を伴う。
故に今のジェロールには、イシュライトの連撃に抗う力さえ引き出す事も叶わない。
だがジェロールは知っている。
この拳には先が無いという事を。
この秘術には時間制限があるのだという事を。
だからこそ、何もする必要はないのだと。
「だ、だがぁ!! ぞれでも俺は耐えだぞッ!! ぞうだ、俺はだえるだげでいいッ!! ぞれだげで貴様は死ぬのだがら―――」
「いつ、誰がこれで終わりだと言いましたか?」
「―――え"ッ!?」
でもそれは、所詮浅はか故の思い違いにしか過ぎない。
技の継承とはすなわち力の継続・進化。
力の真価を最大限に受け継ぐ事こそが真の継承なのである。
しかしウィグルイはもう歳で、その全てを見せる事は叶わなかった。
長いこと継承者が現れず、師父のままに齢が九〇を超えていて。
剣聖達の様に延命もしないからこそ、その身体は昔と比べて衰えていたから。
ではイシュライトはどうだろうか。
―――見紛う事無き、全盛期である。
その全てを引き出すに相応しい肉体を誇っている。
あのウィグルイが最終試練を遺す程に逞しい肉体を。
それはすなわち、【破神龍哮法】の継続時間が師よりも長くなるという事に他ならない。
故に今、イシュライトはウィグルイを超えた。
【紅滅烈閃拳】を撃ち放ちきった事でそう証明して見せたのだ。
そして今、更なる進化さえ見せつけよう。
邪神を喰らう破神龍の、最終最期の輝きを解き放つ為に。
「そう、次で終わりです。 貴方を完全に消滅させる一撃を以って」
「俺を滅ぼすだどッ!? 無理だあッ!! ぞんなごどは絶対―――」
「では試してみましょうか。 貴方の中でもしも命力を放出したらどうなるかを」
「―――うぅッ!?」
最終最期の輝き、それはイシュライト自身の力。
模倣ではなく、己が鍛え造り上げた自慢の命力拳そのもの。
イシュライトは秘術を発揮した今も、命力を僅かに隠し残していたのだ。
宿敵を完全消滅させる為の最後の切り札として。
その力が今、ジェロールの体内に埋まった拳に宿る。
「ヤ、ヤメロォォォーーーーーーッッ!!!」
その結末をジェロールは悟っていた。
反発作用する命力が己の体内に籠ればどうなるかなど。
そう、彼等の命力不干渉の異能とはつまり命力反発。
命力を弾き、力を返す事で無効化させていたのである。
しかし返す場所にも作用が働いているならばどうなるのだろうか。
反発し返す。
しかも延々と、反発力で威力さえも増幅させて。
それも、命力という物理光にも近い特性であるからこそ瞬時に。
末には、無敵不滅と宣った肉体さえ押し退けてしまうほど強大に。
ならばもう、その結末など想像するに容易い。
―――さようなら、セリ。 どうかお幸せに―――
だからこそ想い人の幸せを願い、今まさに真なる破神の力を解き放たん。
己の目標を達する為に。
一族の悲願を成就する為に。
仲間達と共に願った未来の為に。
そして、先に逝った祖父の下へ、逢いに行く為に。
「これで終わりですッ!! ハァァァ!! 【命羅・爆滅】ッッッ!!!!!」
この時、空を大地を、翡翠の輝きが埋め尽くす。
大気を、砂塵を、斜陽を音をも圧し飛ばす程の衝撃を以って。
その光波の中心で、ジェロールの体に異変が起きる。
肉体が崩壊を喫し、その内部に潜んでいた魂が焼かれる事で。
「滅びる!? 俺が!? 嫌だ、嫌だ嫌だ死にたくないィィィゥルオッ!?―――」
そうして輝きが、真っ先にジェロールの偽魂を消し飛ばした。
命の輝きであるが故に、その影響が最も強い精神を瞬時にして焼き尽くしたのだ。
微塵の欠片も、憎悪の残滓さえも残す事無く全て。
魂が滅びた事で、遂には肉体にも影響が。
至極の反発力によって内部崩壊していた肉体が蒸発し始めていて。
その間も無く、肉がまるで硝子が砕ける様にして無数と割れ、たちまち全てが塵と化す。
極緑光が収まるのを待つ事も無く。
これが、【憎悦】ジェロールの最期だった。
魂と肉体が完全消滅した今、【六崩世神】の一角がこうしてまた崩れたのである。
だがその代償は余りにも大きかった。
破神の龍が辿る運命はいずれにせよ変わらないからこそ。
宿敵を喰らい滅した時、その命は須らく共に燃え尽き、無と成ろう。
光が収まった時、その瞬きの中から人影が一つ、空より落ちていく。
全ての力を出し尽くしたイシュライトが、ただただ風に煽られるままに。
でも、その顔はどこか満足気だ。
きっと本望だったのだろう。
全てを出し尽くし、試練を乗り越えられたから。
最後の最後で祖父を超え、己が誓いを果たせたのだから。
今ここにイシュライト死す。
その誇り高き志を貫きて。
ならば今はただ追憶に浸ろう。
心燃え尽き果てる間際の走馬灯として。
拳を極めると誓ったまでの、かつての記憶を。




