~心に潜む闇の根源とは ナターシャ達 対 劣妬③~
ナターシャ・アンディと相対したのは、ふわふわもこもこの幼女ペルペイン。
だが大地を陥没させる程の超重量と、斬撃を通さない堅牢さを誇るという。
しかもその内に潜む殺意は誰よりも純粋で、鬼気に溢れている。
故にその姿、もはや異様以外の何物でもない。
その殺意をひけらかす様に、今も無差別の破壊行動が繰り広げられている。
断ち斬られたはずの角が、また伸びては鋭く二人を追いかけ。
背中からは八束もの収束光線が放たれ、周囲の瓦礫を見境無く焼き切っていて。
鬼気溢れる笑みを浮かべ、破れた眼をも輝かせ、本能に従い破壊の限りを尽くす。
もはや悪魔だ。
比喩でも何でも無く。
暗闇に映る影が容姿の印象を殺し、紛れも無い悪魔を演じている。
「ペルはねぇ!! ペルはねえええ!!!」
そんな悪魔が目の前に飛び交う邪魔者を討たんと、身体を震わせ力を行使する。
超自我的とも言える叫びを咆え上げながら。
しかしその猛威の中であろうと、ナターシャとアンディはとても冷静だ。
迫る光角を避けつつも、走り回って少しづつペルペインとの距離を詰めていき。
縦横無尽に跳んでは、無差別光線の包囲網を紙一重で避けて見せる。
それも、恐れ一つ見せる事無く。
ただ、戦いに向けるその姿勢こそ以前の様だが、動きはまるで違う。
以前は対照的に動く事が殆どだった。
でも今はもう自由自在だ。
片方が高く縦に跳ねては、もう片方が横に跳び。
時には片方に迫る角を、もう片方が断ち切り活路を拓く。
どちらも競う様にペルペインの死角を突き、徐々に徐々に間合いを詰めていくという。
それはやはり、今のナターシャが強い自我を持っているからなのだろう。
以前とはそこだけが決定的に違うから。
二年半前は、アンディに付き従うだけのおまけの様な存在で。
声に、心に合わせて支える事ばかり、自分を考えた事など殆ど無かった。
けれど、今日までの時間で多くを学んだ。
己である事の大事さと、一人で考える事の難しさと。
そして二人で戦う事の楽しさと歓びを。
それらを知り、理解し、通じ合った今。
二人の戦いにおける意思は遥かなる高みへ。
全てが見えて、全てが理解る。
自分達の力と【共感覚】で紡いだ意思が、何もかもを見通した事で。
例え力強くなくとも、速くなくとも、小賢しくなくとも。
全てを見通す眼と、その感覚を活かす俊敏性なら誰にも負けはしない。
ペルペインどころか、勇達にさえも誇れる自慢の技術だ。
故に、包囲網を張っていたのはペルペインではない。
二人の刻む軌跡こそが、準神を包む網を象っていたのである。
「ペルはッ! ペルはおまえたちのことがだいッきらいだーっ!!」
「ボク達だってぇーーーッ!!」
その中で、ナターシャが遂に攻勢を掛ける。
【レイデッター】と【アーデヴェッタ】の柄を突き合わせ、小さな疑似両剣を造ったのだ。
それも、まるで風車の如く掌で高速回転させ。
回り込んで突っ込んできた光角を、あたかもミキサーの様に粉砕して。
光片が、飛び散る。
螺旋の残光から弾ける様にして。
そうして両剣が再び分かたれた時、隙間からはペルペインの顔がすぐ目の前に。
ズズンッッ!!!
ならば剣で斬り込むだけだ。
今のナターシャに容赦の二文字は存在しないのだから。
しかもそれはどうやらアンディも同じだったらしい。
その時には既に、アンディまでもがペルペインの背中を斬っていた。
なんと八束光線の包囲網すら突破して。
空かさず、二つの閃光が再び鋭角軌道を刻んで離れていく。
決定的な一撃を食らわせて見せたからこそ。
先程のすれ違いざまの連撃とは違う。
腰を入れて放った両手二剣は、紛れも無くペルペインの肉をも切り裂いたはずだ。
顔に、胸に。
肩に、背中に。
遠くから見ても傷口がわかる程に深々と。
だがその時、二人はまたしても驚愕する事となる。
抉る程に深く斬り込んだはずだった。
今度こそ断裂するつもりだった。
なのにペルペインの勢いが止まらない。
それどころか血すら流れていない。
殺意の眼光をなお輝かせていたのだ。
「やったな!! なおすのたいへんなの!! だからペルのこときずつけるやつはぜったいにころしてやるッ!! おまえたちのかわでペルをなおすんだからーーーっ!!」
しかも猛攻が更に激しくなる一方。
光線はまるで砲撃の様に、断続的になって撃ち放たれて。
たちまち周囲が溶解・爆散し始め、二人どころか自身をも巻き込み大地を揺らす。
光角も表皮にギザギザとした連棘を生み、更なる害意を形としよう。
その様相はもはや角と言うよりも、虫の触覚に近い。
「なんなんだコイツーッ!? うああーーーッ!?」
「今のが効いてないのッ!? 手応えは有ったのにッ!!」
その激しい猛攻を前に、遂に二人にも動揺の顔が。
とはいえ、その要因は猛攻そのものにある訳ではないが。
今の一撃が通用していない事に疑問しかなかったのだ。
刃はそれだけ深く突き刺さっていたのだ。
それだけ突き刺し抉られれば、まず身体組織が断裂するはずだろう。
そうすれば痛みはともかく、体の動きさえままならなくなる。
超重量の身体ならなおさらだ。
なのに動けている。
怒りの余りに四つん這いとなり、凶気を殺意を周囲に撒き散らしている。
これに疑問を抱かない訳が無い。
しかしその疑いの目が、ナターシャに僅かな真実を伝える事となる。
「あッ!? アニキッ!! あの顔を見てえッ!!」
「なッ!? あれはーーーッ!?」
いや、それだけで充分だったのかもしれない。
事実を理解するには、その僅かだけで。
二人が刮目したのはペルペインの顔。
ナターシャが深々と刻み込んだ傷だ。
今、その傷がめくれていた。
べろりと生々しく、しかして血糊一滴滴らせる事無く。
そして覗いていたのだ。
深緑に煌めく艶やかな何かが。
それはまるで、甲虫の甲殻。
カブトムシとかクワガタといった硬い殻を持つ昆虫の外殻である。
それでいて鍍金肌の様に輝き、独特の縦筋紋様まで浮かんでいて。
そんな物が何故か、幼女の顔の中に深々と埋まっている。
不気味だ。
その殺意に相まってなお。
遂には剥がれた肌皮がべちゃりと大地に落ちて。
たちまち地面一面、肌色に染め上げるという。
それも小さな欠片だったとは思えない程に広く広く。
今落ちたのは明らかに皮では無い。
皮の様な、何かだ。
それがあの緑の甲殻を覆っていたのだ。
そう、明らかにペルペインは人ではない。
そう繕って見せている、全く違う何かだ。
だから斬撃が効かない。
深々と差し込んでも通らない。
何故なら、あの幼女の容姿は―――ただの着ぐるみの様な物なのだから。
その内に潜む本体に届かなければ、無意味なのである。
この時ようやく、ナターシャとアンディはその事実に気付く。
己の戦っている者が、見える姿形とは全く異なる異形の存在なのだと。
それこそが邪神の眷属であり、殺意の根源なのだと。
なお激しさを増すペルペインの猛攻。
果たして、その心に潜む闇の根源とは一体―――