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時き継幻想フララジカ 第三部 『真界編』  作者: ひなうさ
第三十八節 「反旗に誓いと祈りを 六崩恐襲 救世主達は今を願いて」
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~かつて諦めたる過去よ アージ達 対 諦唯④~

――――――

――――

――






 俺の人生には、三つの諦めがあった。

 人生を左右する程の重大な場での諦めが。


 きっとその諦めがあったから、今の俺がいるのかもしれない。

 でも、その諦めが無かったなら、俺はもっと心が強く在れたかもしれない。

 しかしもういくら後悔しても、失った機会は帰ってこない。

 だからこそ今はただ、その無念を内に隠して生き続けるしかないのだ。




 始まりは、俺がまだ五歳だった時の事。


 俺はまだ乳飲み子であるマヴォを抱き、冬山の吹雪の中を歩いていた。

 魔剣使いに襲われた故郷から命からがら脱出した事で。


 あの時の光景は、子供の俺でも忘れられなかったよ。

 銀色に輝く魔剣を振り翳した巨大な獣が親を殺すという、あの瞬間は。


 そんな記憶をマヴォと共に抱き、俺は必死に逃げ続けた。

 でもやっぱり子供一人で冬山の下山など無理があったのだろう。

 その間も無く、俺は寒さに耐えきれずに力尽きて倒れた。

 弟一人守る事も出来ず、「ごめんよ」と謝りながら―――自ら目を閉じたのだ。


 これが一つ目の諦めだった。


 その後、俺は暖かい部屋で目を覚ました。

 そうして振り向いてみれば、隣にはあのカノバト師匠がいて。


「目を覚ましたか。 ホレ、温かい乳汁だ、身体が温まるぞ。 何、いきなり喰ったりはせんから安心せい。 おぉそうだ、抱えていた子も無事だ。 今別の奴が面倒みとるから心配するでない」


 何でも偶然通り掛かった所で見つけて助けてくれたらしい。

 そのお陰で俺はこの人に巡り合えたのだ。

 ある意味で言えば、これは幸運の諦めだったのだろうな。






 その次は少し長くなるが、俺が一五になった頃の事。


 俺はカノバト師匠に救われてからというものの、ずっと傍でお世話になっていた。

 同様に拾われた別の子供達と共に、平穏な毎日を過ごしていたよ。

 糧を得る為に畑を耕し、家畜を育てて、一緒に遊んで。

 時には師匠から武術を学んだりと、一人で生き抜く為の手段を色々と教えて貰ったものだ。


 お陰でこの歳には、他の子に負けないくらいの実力が身に着いていた。

 何せ、成し遂げたいと思っていた目標があったからな。


「―――何? 仇討ち、じゃと?」


「はい。 今の俺なら出来ると自負しています。 どうかお許しください!」


「ならんッ!! そんな事の為に武術を教えた訳ではないぞ!!」


 師匠の言いたい事は、その頃の俺にも充分理解出来たさ。

 常々言っていたからな、「之が武たりしは弱き者を守らんが為なり」と。


 しかしそれでも成し遂げねばならない。

 同胞と家族を皆殺しにしたあの銀魔剣の使い手だけはこの手で葬らなければと。

 まだ若かった俺はそんな使命感に駆られ、止まろうとも思わなかったよ。


 だから俺はその日、黙って単身こっそりと家を出た。


 もちろん無策だった訳ではない。

 高原の麓には大きな魔者の国がある事を知っていたからな。

 その地域では、魔者の国と人間の国でずっと争い合っているらしいと。


 この争いは俺にとって好都合だった。

 戦場に行けば、いつかはあの魔剣使いが現れるかもしれないと踏んだから。

 だから俺は早速学んだ力を行使して、直接大将の所まで乗り込んだのだ。


「おう、何者(なにもん)だテメェは……?」


「俺の名はアージ。 雇われるつもりでここに来た!」


 とはいえ国と言っても家はテント程度しかないから、乗り込むのは簡単だったが。

 おまけに護衛の兵隊を二人ほどのして実力も見せつけた。

 力が全ての時代だったからな、これくらい強引な方が都合が良い事もある。


 そのお陰で事は上手く進んだよ。


「俺をどうか使って欲しい。 前線に出してくれても構わない。 地位も名誉も必要無い。 ただ寝る所と食事があればそれだけで」


「……ほぉ? してその真意は?」


「一族の仇討ちだ。 俺は銀色の魔剣を持った奴を探してる!」


「なるほど、いい心意気だ。 まだまだ若造だが気迫もあるし腕前もある。 俺は強い奴が好きだ。 いいだろう雇ってやる。 だが俺はその辺り厳格でな、働く奴にはちゃんと見返りを渡す。 よく働く奴には地位も褒賞も夜の相手も渡す。 そういう物は甘んじて受けろ、いいな?」


 さすがに軍を率いる長だけの事はあって、気前が良かった。

 だから俺はすぐ雇われ、翌日には戦いに赴く事にもなってな。

 そして初日から、挟撃兵を先制駆逐するという大金星を上げたものだ。


 その様に戦功を重ね、俺は次第に地位を授かり敵からも恐れられる様になった。

 すると自然と、周りの声が集まって来る様にもなってな。

 その噂によると、どうやら俺の故郷を襲ったのは【銀魔獣】と呼ばれているらしい。

 見境なく相手を殺す獣の如き者で、神出鬼没故に野放しという事なのだとか。

 いつか奴に出会える様にと願っていたのを思い出すな。


 それから半年。

 大将から厚い信頼も受け、魔剣まで貰っていた俺は有頂天になっていた。

 使命も良いが、この人になら付いて行ってもいいと思う程に。

 こんな事を言ってくれる人だったからな。


「もし【銀魔獣】を見つけたらすぐ知らせろ。 そん時は全軍率いて奴を討つ。 アージの想いにも応えてやんなきゃなんねぇからなァ」


 とはいえ、実際の被害も相当だったが。

 魔者も人間も見境無しだ。

 村を襲って皆殺し、そんな話が未だ時々飛び込んできていたのだから。


 早く何とかしないといけない。

 そんな焦燥感にも苛まれていたのを覚えている。


 そしてそれから数日後、遂にあの時が訪れた。


「アージ、【銀魔獣】の目撃証言が来た。 すぐに支度しろ。 俺とお前で一先ず調査に行くぞ」


 大将も自ら前線に出る事があったから、こう言う事も珍しくは無い。

 むしろ背を預けられるからこそ、願っても無いと喜び勇んだものだ。

 調査とはいえ、奴と遭遇する可能性は否めないからな。


 そうして俺は大将と共に現場へと向かった。

 どこか見た事のある景色を踏んでいて、不安を隠せなかったが。


 でもその不安は、的中していたんだ。


 辿り着いた時、俺は驚愕する事となる。

 何せ、目の前に懐かしの師匠の家が建っていたのだから。


 襲われた形跡は無い。

 畑も整っていれば、家も昔のままで。

 とても【銀魔獣】が現れた場所とは思えなくて。


「あの家の家主が【銀魔獣】という事らしい」


「そんな……そんな事は有り得ませんッ!! だってあれは……」


「んん? お前はこの家の主を知っているのかァ?」


 おまけにこんな事を言われれば動揺だってしよう。

 あの優しくて強いカノバト師匠が魔獣などとは到底思えなくて。

 だから俺は飛び出した。

 俺が自ら真相を確かめて見せると。


 でも、もうあの人は俺達に気付いていたんだ。

 俺が飛び出した時にはもう、家の前に出てきて構えていたから。


「師匠、貴方が【銀魔獣】だったのですか!?」


「出会い頭に何を突然……久々の再会での一声がそれかアージよ」


 だが返って来た反応は当然、首を傾げるというリアクションで。

 答えるどころか、説教まで始める始末だ。

 ただ俺はもう大将の事を信じていたから、その声は届かなかった。

 魔剣を向けるという行為で仇を返していたものさ。


 まぁその次の瞬間には、あっという間に組み伏せられていたんだけどな。


「いだだだぁ!?」

「何を吹聴されたか知らんが、お前の知る儂が真実の儂よ。 それ以上の答えは、力で知るか?」


 相変わらず、武の事となれば手厳しい。

 そう思いだし、実感したものだ。

 この人は決して【銀魔獣】などではないのだと。


「まさかお前が【旋空坤(せんくうけん)】の弟子だったとはな。 ぶつけて弱らせてから討つつもりだったのだが、アテが外れたな」


「ッ!?」


 そして、信じていたモノが偽りだったという事も。


 大将は俺を利用して師匠を倒すつもりだったのだ。

 何でも、この地域では師匠の存在が大きく、手を出し難いらしくて。

 ここらで倒し、領土を拡大するつもりだったのだそうだ。


 しかも俺はこの時、更なる驚愕の事実を知る事となる。

 なんと、大将があの銀色の魔剣を持っていたのだから。


 更には力を解放し、姿形が変わっていく。

 膨らみ、毛が伸び、巨大化して。

 昔見た姿と瓜二つの【銀魔獣】が姿を現したのだ。


「これが魔剣【ジュノウーデ】の力だァ!! 使用者を魔獣と化し、無敵の力を与えてくれるゥ!! 欠点はと言えば、時々こうして変身せねばならないという事かァ~。 だ・が・快・感だッ!! だからお前達もその礎に―――」




 まぁその次の瞬間には、【銀魔獣】の首が刎ね飛んでいたんだけどな。




 ここで俺は改めて師匠の強さを知る事となる。

 この人は魔剣使いでさえも容易く葬れる程、異常に強いのだと。


「愚かモンが。 魔剣に使われるだけの奴に儂が討てる訳なかろう」


 常人には脅威でも、師匠にはただの雑魚に過ぎない。

 少なくとも力の使い方を誤れば、勝てるものも勝てないと教えてくれたよ。


 俺はただその教えに呆然と受け頷くしかなかった。

 こんなにもあっけなく仇討ちが済んでしまったのだから。

 仇に顎で使われていた事などどうでもよくなるくらいあっさりに。


 まぁそんなこんなで、俺は師匠の下に戻る事となったという訳だ。

 これが俺の二回目の諦め。


 仇討ちを求めるなど、俺には到底早かったのだと思い知ったよ。






 それから三年。

 俺は心を改め、師匠の下で一心不乱に打ち込んだ。

 若き頃の恥ずかしい思い出を忘れる為に。


 そしてあの時が訪れたのだ。


「師匠、そろそろ私は目的の為に出立したいと思っております」


「まぁたそんな事を言うておるのか」


「いえ、今度はあの時と違いますよ……。 世界から争いを失くす為に、魔剣使いを倒し、魔剣を破壊したいと思っているのです。 師匠が同様の事を行っているのは知っていますしね」


「ぬっ……」


「それが己の過ちを正し、願いに殉じる事となるのであれば、生涯を捧げる事も厭いません。 どうかお許しを」


 師匠は返り討ちにした相手の魔剣を奪い、家に溜め込んで隠している。

 争いを拡げない様にとする師匠なりの考えだったのだろう。

 だから俺は、その想いを自分なりに手助けしたいと思ったのだ。

 それが俺に出来る、師匠への恩返しにもなると考えたから。


 だからか、師匠は俺の出立を潔く認めてくれた。

 辛く厳しい旅になるのだとわかっていても。


 それに、アイツも居てくれたから。


「話は聞かせてもらった!! 兄貴が行くなら俺も行く!」


「「マヴォ!?」」


「いいだろ師匠? 俺も一応学ぶ事は全部学んだんだからさ!」


「うくく……あぁもう好きにせい。 どうなっても知らんからな!」


 こうして俺達は旅に出た。

 それから間も無く【白の兄弟】と呼ばれるくらいの実績を上げ。

 長い年月を戦い、実力者を屠り続けて。


 そして【フララジカ】に遭遇し、勇殿と出会った。

 その末に師匠と再会して戦い、平和のためにと―――討ってしまったのだ。


 あれが俺の、第三の諦めだった。


 あの時【アスタヴェルペダン】を使わなければ、また違った結果になっただろう。

 魔剣に囚われ、己の弱い心を曝け出しさえしなければ。

 そうなればもしかしたら、【六崩世神】にも自信の下に戦えたかもしれない。


 でもこれも、今となってはもう遅い。

 恐らくは次の決断が第四の諦めとなるのだろう。

 ならいっそ、俺はこの諦めをも明日に繋げたい。


 俺の様な後ろ向きな者ではなく、マヴォの様な希望に溢れた者の為に。




 その為になら、俺は生命をも惜しく無い。






――

――――

――――――






『マ、マヴォ……!!』


「ッ!? 兄者ーッ!!」


 アージが喉の塞がった状態にも拘らず必死に声を上げる。


 本来は声を出す事さえも叶わないはずだ。

 しかしその訴えたい程の想いが、感覚を通して意思を伝えたのだろう。

 それに気付いたマヴォが届かぬ叫びを張り上げ、必死に見えない壁を叩き続ける。

 例え無駄だとしても、諦める事無く何度も、何度も。


『マヴォ頼む、俺を斬れ。 こいつらと共に……!!』

「なッ!?」


 ただそんな必死の行いも、このアージの一言によって留まる事に。


 信じられる訳も無い。

 まさか自ら殺せと懇願してくるなど。

 耳を疑う余り、唖然とするばかりだ。


『恐らく俺はもう持たん。 それどころか、もしかしたらこいつらに取り込まれ、お前の敵にさえなってしまうかもしれん。 ならいっそ、討ってもらった方がマシだ』


 アージの惨状は今や見るも無残で。

 体を覆う人数が更に増え、今はもう顔の一部しか見えていない状態だ。

 それに相手の正体が掴めない以上、アージの言う通りになる可能性もありうる。

 もしそうなった場合、今以上の戦いになる事は避けられない。


『お前なら一人でも戦えるだろう。 俺は信じている。 必ずやこいつらを討ち倒し、勇殿を送り届けてくれるのだと』


「兄者……」


 だからアージは覚悟したのだ。

 己の諦めを振り返りながら。

 これ以上、己の弱さでマヴォを振り回す訳にはいかないのだと。




 今までずっと、マヴォに頼られていたと思い込んでいた。

 そうだったから不甲斐無いと叩き、武の心得を教え、導こうとしていて。

 でもそんな気遣いなど不要だったのだろう。

 そんな事をしなくても、マヴォはずっと強かったのだから。


 それどころか、今はアージが導かれている。

 ここまで来れたのも、マヴォが心を叩き震わせてくれたからだ。

 

 そんなアージにはこの場に立つ資格など元々無かったのかもしれない。

 にも拘らずマヴォは共に立つ事を許してくれた。

 それも、力添えまでしてくれて。


 だからこそ今はこう伝えずには居られない。

 「俺はここまでの男だった」、のだと。


 そう諦めずにはいられなかったのだ。




「そんな事、出来る訳が無いだろうッッ!!!!」




 だがそんな諦念も、マヴォの叫びによって一瞬にして吹き飛ばされる。


 心に迸り伝わる程の強い想いだった。

 アージの訴えを掻き消してしまう程に強い想いだった。


「俺達は兄弟だッ!! 二人でなければ意味が無いんだッ!! だから俺は諦めんッ!! 何があろうと絶対にいッ!! だからアージッ!! お前も諦めるなあーーーッ!! 」


 例え強固な壁で遮られようとも、想いだけは透過する。

 顔が、口が、目が鼻が、その動きが想いを成して、意志を伝えてくれる。

 その仕草も癖も何もかもアージは知っているから、読み取る事だって簡単だ。


 そうして伝わった心が、アージの心を蘇らせる。

 ほんの少しだけ、苦痛に耐える力を与えてくれたから。

 まだ共に戦っていたいという願いが芽生えたから。


 故に抗おう。

 最後の最後まで。

 例え苦痛に塗れた終わりを飾る事になろうとも。


 弟によって支えられた心はもう折れる事は―――無い。




 心がその真なる強さを得た先にこそ、人は本当の意味で強く成れる。

 奇跡と呼ばれるものは、そんな真の強さを得た者にこそ意味があるのだ。




 その瞬間、突如として蒼雷光が迸る。

 アージの身体に纏わり付いた者達を、一人残らず焼き消す程の強烈な一閃として。


ズババァァァーーーーーーッ!!!


 でも不思議とアージ自体には言う程の衝撃は伝わっていない。

 むしろ開放感の方がずっと強くて心地良いくらいだ。


 そうして露出した目と耳で、ようやく目の当たりする事となる。

 その奇跡の到来の瞬間を。

 諦めなかったが故に生まれた可能性を。




「そうだ、諦めてはいけないッ!! 僕達は、何が有ろうともッ!!」




 空の彼方から飛来せしは二迅の蒼雷。

 一つは両手に蒼の双銃を構え立ち、雷光を迸らせて。

 二つは果てまで続く残光を刻み、空をも貫き爆音を轟かせる。


 その二人の合わさった姿こそ、まさに蒼の雷光が如し。


 現れたのはなんとエクィオとピューリー。

 二人が突如として現れ、アージの窮地を救ったのだ。


「ピューリー!! 今回だけは僕に合わせてくれッ!!」


「チッ、仕方ねーな!! けど遠慮はしねぇ。 徹底的に、ブッ飛ばしてやるよォォォーーー!!!」


 ピューリーがエクィオを背に乗せて咆え上げた時―――空が、揺れる。

 目にも止まらぬ程の速さで蒼の稲妻が突き抜けた事によって。




 二つの光、エクィオ()ピューリー()

 この二人の満を持しての登場が、マヴォとアージに大いなる転機を与える事となった。

 果たして彼等は未だ正体の掴めない相手に、どう戦うのだろうか。


 轟く雷鳴が今、風雲急を告げる―――




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