~鬼神再臨 獅堂達 対 忘虚④~
ズーダーが光球の中へと飛び込んだ後。
獅堂達はただただ逃げの一手だけに殉じていた。
それは他に何も出来る事が無いから。
バロルフを抱えた獅堂も、普通の人間のディックも成す術が無いから。
戦況は既に散々たるものだ。
逃げる途中で自慢の魔剣をも喰われて。
銃も補助具もただの重しだと脱ぎ捨てて。
抗う力も無く、ただただ光球を避けては走るだけ。
悔しい。
情けない。
不甲斐無い。
そんな想いが二人の脳裏をぐるぐると掻き回す。
あれだけ大見得切ってこのザマなのだ。
おまけにズーダーも失って、バロルフも死に体で。
例え信じろと言われても、消えてしまえば不安だけが募ろう。
このままでは、例え世界を救えても勇達に合わせる顔が無い。
「どうすればいい、どうすればッ!?」
ディックはもう言葉を返す事さえ出来ない程に疲弊しきっている。
やはり普通の人間ではこの様な戦いには適応しきれない様だ。
もう大光球は地表をも飲み込み続けている。
故にその重圧は計り知れない。
際限なく膨らむ破壊の権化から、いつまで逃げ続けなければならないのかと。
もし少しでも足を留めれば、追い付かれてしまうかもしれない。
そんな恐怖が必要以上に体力を奪い、消耗を加速させて足を鈍らせる。
悪循環だ。
二人の顔が悲壮感で覆われる程の。
しかしそんな落ち掛けた二人の心を、思い掛けない存在が掬い取る。
『皆、聴こえるか!? 私だ、ズーダーだ!!』
ズーダーの声が腕輪から聴こえて来たのだ。
僅かに雑音を拾ってはいるがハッキリと。
「ズーダーさん!? 今、一体どこに!?」
『光球の中だ。 それよりも、キッピーを倒す方法がわかった。 皆の命力波を光球に注いで欲しいのだ! そうすれば本体を破壊出来るかもしれん!!』
「ええッ!?」
きっと獅堂達にも余裕が無い事はわかっているのだろう。
だからこそ理屈を掻い摘み、要求を真っ先に押し通す。
それしか今の彼等が勝つ可能性は無いからこそ。
でもズーダーは今置かれた現実を知らない。
もう外側にはそれさえ成せる力が残っていないという事実を。
獅堂はもう精神的にも追い詰められ、命力が委縮しきっていて。
命力量が自慢のバロルフも吸心に抗う事で弱り切っている。
ディックに関しては言わずもがな。
「待てよ、光の中に突っ込んで平気なら、僕らもあの中に入ればいいんじゃ!?」
『いや、中からでは駄目だそうだ。 命力の本質が変わってしまうらしい!』
「それ一体誰に聞いたってんだいッ!? 中に攻略本でも仕舞われてたのかあッ!?」
おまけに中に入る訳にもいかないという。
これでは光球に命力を注ぐどころの話では無い。
逃げるのに必死で、力を放出するなど不可能だ。
つまり、獅堂達ではもうロワを倒せないという事に他ならない。
焦りが募る。
絶望が滲む。
決死で飛び込んだズーダーにも応えられなくて。
勝利の糸口が見えているのに、手が出せない。
ただ必死に、彼方を見据えて駆ける事しか―――
「つまり命力を注ぐだけで勝てるのだな。 ならば容易い事だ」
その時、突如として二人の視界がぐるりと回る。
低く唸る様な、謎の声と共に。
まるで空を飛んだかの様だった。
それだけの重圧、空圧、そして浮遊感が襲ったからこそ。
それに何より、光球達があっという間に景色の彼方へ。
一瞬にして距離を離す程の速度で〝飛ばされた〟事によって。
謎の存在が彼等を掴み飛んでいたのだ。
ガゴゴォッ!!
その間も無く、獅堂達を抱えた存在が大地を踏みしめる。
アスファルトを打ち砕きながら力強く。
「何か状況が変われば叫べ。 お前達がやる事はそれだけで良い」
「え、あ……」
そうして解き放たれた獅堂達が尻もちを突く。
目前でそそり立つ赤の巨体に唖然とした眼を向けながら。
獅堂もディックも、その男を知っている。
素性こそ知らないが、その強さだけはよく知っている。
かつての【東京事変】の映像で、その強さを見せつけられたからこそ。
その体躯、人を胸元にさえ至らせない程に高く逞しく。
赤黒い肌と引き締まった肉体は歴戦を越えたに相応しい。
頭頂に伸びし角は、この男が誇る力の象徴か。
そして体に滾る輝きは、今知る誰にも劣らない程に強大無比。
それを示す男の名は―――ギューゼル。
かつて魔者最強として【魔烈王】の名を冠せし鬼神が、何故か今ここに。
「あ、アンタは死んだはずじゃあ……」
「その問答は必要か? 否、不要だ。 ならば行こう、俺の成すべき事を果たす為に」
しかし間も無く、そのギューゼルは景色の彼方へ跳んでいく。
その規模を膨らませ続ける光球へと向けて。
唖然とする獅堂達を置き去りにしたまま。
驚かない訳も無い。
ギューゼルは二年半前に茶奈達と戦い、討ち倒されたと思われていたから。
その弟子であるアルバさえ、師が生きている事など知りもしないだろう。
でも、だからこそ期待せずには居られない。
膨大な命力を誇っていたギューゼルが助っ人として現れたのならば。
かつて剣聖ともまともに戦いあった事のある男ならば。
今は情けなくてもいい。
役立たずと罵られても構わない。
それでもただひたすらに願い続けよう。
鬼神の勝利と、仲間の無事を。
ギューゼルが舞う。
光球の埋め尽くす廃墟へと向けて。
己の命力を翼が如く羽ばたかせながら。
その両腕から惜しむ事無く。
ギューゼルの両腕はかつての【東京事変】で茶奈に断ち切られたはずだ。
にも拘らず、今の彼の両腕は何故か元通りに。
しっかりと自由に動く両手までが備わっている。
ただし、肌の色が全く異なるが。
赤黒いギューゼルの肌に対し、腕先は人間と同じ肌色で。
境目には溶接跡らしき跡がくっきりと残っている。
それでいて不自然無い形に整い、暗闇の中なら差などわかりもしないだろう。
そんな腕を奮い、遂に光球達の前へと躍り出る。
恐れる事も無く、怯む事も無く。
そして一歩を堂々と踏み出すその姿はまさに歴戦の王。
従者を鼓舞するが如き雄姿を惜しむ事無く見せつける。
「存在を喰っているか。 だが俺を喰えるかな? 現役を退いたとはいえ、この俺はまだ【魔烈王】なのだッッ!!!」
その洞察眼もまた年季の賜物か。
光球の特性にもすぐに気付いた様だ。
しかし理屈さえ理解すれば対処は簡単である。
それを成せる程の経験がギューゼルにあるからこそ。
小光球が迫る。
四方八方から見境無く。
目の前に現れた闘志へと向けて。
ゆっくりと歩み来る鬼神を消し去る為に。
ギャギャギャッ!!!
だが、喰えない。
なんとギューゼルは耐えていたのだ。
光球達が当たったにも拘らず。
今なお次々と当たり続けているにも拘らず。
全ての光球を全身で受け止めていたのである。
境目からは耐えず火花が飛び散り、それ以上の侵攻を許さない。
それは圧倒的な命力を誇るが故に。
強靭な肉体を誇るが故に。
鋼の肉体は魔剣無しの今でも健在だ。
ならば小癪な光球如きが止める事など叶いはしない。
そう、なお歩き続けている。
体に光球を無数にくっつけてもなお。
膨らみ迫る大光球に向け、腕をも掲げて迎え撃つ姿が。
「なるほど、そうか。 貴様は記憶を喰らうか。 よかろう、ならば喰わせてやる。 俺が駆け抜けた八〇〇年の記憶を!! だが喰いきれるかな? ここまで溜め込んだ俺の悲しみを」
悟りの眼を向け、力を迸らせる。
全身に光を放ち、心を昂らせる。
その脳裏に、人生を賭して築いてきた記憶を駆け巡らせて。
「俺の想いが勝るか、貴様が受け止めきれるか―――勝負だあッ!!」
今こそ解き放とう。
鬼神の壮絶な過去を、命力と共に。
この世界で愛を求めたが故に絶望を知った、たった一人の男の人生を。




