~命を導く機械神 莉那達 対 揚猜①~
岩巨人オーギュが現れたのは、インド共和国、ニューデリー。
この国の現首都であり、南アジア最大規模の人口密度を誇る都市だ。
しかもそれだけに留まらず、牽引する様に隣接都市もが近代化の一途を辿っている。
更には、ヒマラヤ山脈沿いに続く近隣諸国の都市もが連なっていて。
一括りにすれば、相当な人数がこの地に住んでいると言っても過言では無いだろう。
だからこそ狙うには打ってつけの場所だった様だ。
特に、【揚猜】オーギュの様な巨人ならば。
あの巨体で走ろうものなら、一晩で端から端まで破壊し尽くす事も不可能ではないのだから。
現に今、オーギュはもう東へと走っている。
ニューデリー中心地は既に壊滅、ならばと次の破砕地を求めて。
それもわざわざ人口密集地を踏み潰しながら、まるでステップを踏む様に。
これだけの巨体・超質量ならば、つど破壊行動を行う必要など無い。
たった一踏みだ。
跳ねて一踏みすれば、それだけで周辺全てが一挙にして崩壊する。
反動跳、衝撃波、更には強烈な地震の発生によって。
人も瓦礫もそれだけで数十メートルと跳ね上げられて。
空気抵抗を顧みないからこそ、全てを薙ぎる突風もが吹き荒れる。
遂には通っていない場所さえも、地震の連鎖崩壊によって須らく倒壊していくという。
そんな破壊行動がインド、ネパール、またインドとジグザグに続く。
このままだと、連なる各国の首都を潰しつつ中国にまで到達しかねない。
そうなればアジアの主要国はほぼ壊滅、未来などあったものではないだろう。
破壊の規模ならば、オーギュの所業が【六崩世神】の中で段違いに大きいと言える。
刻まれた軌跡はまさに、世界の終わりの様な光景だったのだ。
一方その頃、インド東端部。
小さな隣国ブータンへと続く、とある国道―――
そこでは深夜にも拘わらず、沢山の人々が列挙して歩く姿があった。
インドを離れようと、近隣の街からこぞって押し寄せたのだ。
ニューデリーでの惨事を聞きつけ、急いで避難する為に。
ブータンは自然保護区が多く、国土の殆どが山林に覆われている。
だからこそ皆が皆、逃げ隠れるには持って来いだとでも思ったらしい。
しかしそれは浅はかな判断だ。
こうも集まってしまえば何の意味も無いのだから。
人が密集すれば最後、その場はもはや虫を誘う蜜場と化すだろう。
地獄の軌跡が礎として。
「ふはははッ!! 逃げようとしても無駄だ無駄だァ!! 不遜な肉共の成す事などォ全てが無駄なのだァ!!」
そう、そんな集団をオーギュが逃がすはずもない。
より多くの人間を巻き込み、恐怖に陥れようとしているからこそ。
むしろ、これだけ密集しているなら好都合だ。
そう言わんばかりに一直線に駆け抜けていく。
地響きに怯え悲鳴を上げる人々へと向かって。
そして遂には、その身を玉の様に丸めていて。
「全部まとめて打ち上げてやろォう!! 大地に突くその時までェしっかりと恐怖をひり出すがいいッ!!!」
その全てを吹き飛ばさんと、力一杯に跳ね上がる。
余す事の無いようにと、全身を大きく広げさせて。
人々にはその光景がどの様に見えたのだろうか。
いや、きっと考える暇も無いだろう。
自分達に逃げ場は無いのだと、そう絶望していたのだから。
だが―――
「あれェ!? おい、ちょっと待てェ!?」
その絶望が降り立つ事は、無かった。
オーギュの身体が、落ちるどころか空へと浮き上がっていたのだ。
人々が一心に見上げるその中で。
なんと、アルクトゥーンがオーギュを捕まえて飛んでいたのである。
自慢の爪でその肩をしっかりと掴み取って。
しかも二つの巨体はあっという間に景色の彼方へ。
〝助かったのか?〟と人々が認識した時にはもう、場は静けさに包まれていた。
アルクトゥーンの飛行速度はなお衰える事は無かった。
オーギュを抱えたまま、あのヒマラヤ山脈をもあっという間に越えていて。
捕らえてものの数秒でその北、中国の砂漠地帯空域へと到達する事に。
そこへと到達した途端、突如として爪が開かれ。
たちまちオーギュが放り投げられる様に大地へと落とされる。
「のぉうわぁぁぁ~~~ッ!?」
どうやらその巨体故に、動作性に関しては他の【六崩世神】よりずっと劣るらしい。
身軽に動ける岩巨人も、その速度を前には自由が利かなかった様だ。
遂には真っ逆さまに大地へと飛び込み、上半身から打ち付ける事に。
落ちた後は倒れた体を鈍い動きで起こし、砂を被った腹顔を何とか揚げさせていて。
「一体何があったってェんじゃあ!? ぬゥ、あ、あれはァ……ッ!?」
そんな顔が揚げられた時にやっと目撃する事となる。
己をここまで運び込んだ者を。
今空の彼方にて、背を見せて大きく旋回する銀飛龍の姿を。
そして直ぐ目の当たりにする事だろう。
更なる変化を果たす龍神の真価を。
「ジェネレーター出力、想定の一〇九%。 各部正常。 莉那さん、いつでも行けますよ」
「了解。 これより白兵戦モードへ移行します!」
「【SADAME】システム、正常動作確認。 火器管制の一部操作を譲渡します」
「譲渡確認―――アルクトゥーン、戦闘プログラム【G・D・O・N】、起動!!」
操縦者二人が声を張り上げた時、アルクトゥーンが変形する。
その巨体で大気を受け止めながら。
腰部周りに光が走り、その後部が丸ごと回転し。
空へと向けられた大爪が、弧を描いて後ろへと伸びきって。
次いで爪先が畳まれれば、たちまち鋭く尖ったつま先と化す。
その様相はまさに、人脚を模したかの如し。
直後、胴体左右の外装が前方へと回転して持ち上がる。
その途端に内部から現れたのは、腕だった。
その間も無くに腕がスライドして伸び、関節をも露わとさせて。
更には自在五指までもがその姿を晒そう。
竜を模した頭部にも変化が訪れる。
下顎部が開く様に丸ごと回転し、なんと人を象った顔が現れたのだ。
精悍な面立ちを有する雄顔が。
そして翼が、開く。
光を、打ち放つ。
力が今、解き放たれる。
顕現せしは機械人。
しかしてその猛々しい巨体はまさしく人神の如し。
輝銀に煌めくその雄姿は、人類を護りし守護神か。
「おお、これがアルクトゥーン人型最終決戦仕様、【G・D・O・N】モードなのですねぇ」
「いいえお爺様、もはやこれにそんな無粋な名は似合いません。 この機体は希望の一つ、世界の生命を導く機械神なのですから。 それを敢えて名付けるならば―――」
剛腕が奮いを上げて、鉄拳を握り締める。
巨脚が大地を突き、その力強さを見せつけながら。
今こそかつての志を成さんと、その紫晶瞳に命の輝きを瞬かせて。
しからば見よ。
これが人類の希望だ。
古代より受け継ぎし可能性だ。
「―――命導機神、グランディオンッ!!!」
その希望には、勇ましきこの名こそが相応しい。
姿を変えた今、もはやこれは【機動旗艦アルクトゥーン】ではない。
莉那と福留が信じ、勇が認めた人型決戦超兵器、【命導機神グランディオン】なのである。
恐らく古代人はこの様な戦いをも予見していたのだろう。
イ・ドゥールの想定とはまた違った形での戦いを。
【グリュダン】という〝アルトランの残滓から生まれた〟驚異の岩巨人を知った事で。
だからこそ遺したのだ。
例え命力が無い人間でも戦えるようにと。
来たるべき時に人類が勝利出来るようにと。
そしてその希望がこうして遂に現代へと甦る。
今こそ、邪神の眷属を討ち倒さんと。
「ぬぅぅ!! おのれ許せぇん!! 我が主様に賜りしこの身体と並ぶなどとォ!! だが、そんな鉄屑に何が出来るものかァ!! 所詮は肉が造った玩具よォ!!」
しかし目の前に居るのは、まさにその宿願とも言える相手だ。
それも道理も理屈も通用しない相手である以上、待ってくれる理由など無い。
故に、オーギュはもう走り込んでいた。
グランディオンが変形完了した時には既に。
己の道を阻む敵を粉砕せんと、巨腕を振り上げて。
だがその巨腕が振り抜かれた時、もう既にグランディオンの姿は無かった。
なんと、紙一重で躱していたのだ。
まるで人間の様な、軽やかに流れる動きで。
しかもその時には既に右腕を振り上げていて。
その巨腕が垂直に鋭く振り下ろされた瞬間、それは起きる。
突き出されたオーギュの腕が、刎ねたのだ。
グランディオンの魔剣の如き手刀が、関節を一刀両断したのである。
「ぬわぁにぃ~~~~~~ッッ!!?」
そうして擦れ違う中、オーギュの顔に驚愕が浮かぶ。
それだけ信じられない程の機動性を見せつけられたのだから。
見せつけた動きはまさしく人間―――いや、魔剣使いそのものだったからこそ。
そう、グランディオンの動作はまさに勇達と遜色違わない。
天を突かんばかりの巨体にも拘らず。
物理法則さえも乗り越え、人が創りし超常の力を発揮しよう。
その全ては、宿敵を滅ぼさんが為に。
「【SADAME】システム問題無く動作。 では莉那さん、我々の集大成を見せて差し上げましょう」
「ええ、かつての古代人達の想いに報いる為にも、そして世界を守る為にも―――」
「「私達が、勝ちますッ!!」」
故に莉那が、福留が咆える。
自ら礎とした古代人が遺し、カプロとビーンボールが完成させたこの機械神と共に。
いつか願いし想いを引き継いで、来たるべき明日を迎える為に。
命導機神グランディオン。
今こそお前の超力を、存分に奮う時がやってきたのだ。