~世界を在るべきままとする為に 剣聖達 対 憤常②~
剣聖が立ち塞がった事でパーシィにも余裕が出来たのだろう。
空かさず倒されたキャロの下へと向かう姿が。
「良かった、生きてる! 生きてるわぁ!!」
どうやら最悪の事態は免れたらしい。
瓦礫の中から彼女を引き出してみれば、まだ息はあった様で。
そうわかればと直ぐさま抱え込み、颯爽と剣聖達から離れていく。
「悪いけどここは逃げさせて貰うわん!! まぁアタシ達なんか何の役にも立たないだろうしッ」
「ああ、とっとと遠くに逃げやぁがれ」
そんなパーシィを相手にも、剣聖は背を向けたまま相変わらずの塩対応で突っ返す。
とはいえ、これが剣聖なりの優しさではあるのだが。
これから巻き起こす戦いは恐らく、人知を超える。
そこに〝常人〟二人が巻き込まれれば、剣聖の足枷となってしまうだろう。
ならこうして逃げて貰った方がずっと戦い易いというものだ。
幸い、もうゴルペオの好奇心はパーシィ達には向けられていない。
今は目の前で立つ強者だけに一心を注いでいる様だ。
故にパーシィ達が無事に彼方へ去ったのは間も無くの事で。
ズズンッ……!!
たちまち、周辺一体に地響きが唸りを上げ始める。
剣聖とゴルペオが共に己の身体を震わせた事によって。
その体に内包した力を昂らせているのである。
これから始まるであろう激戦に備える為に。
「寝覚めが悪いと言っていたが―――その心配をする必要は無い。 どうせ貴様らに望む明日は来ないのだからな……ッ!!」
「ほぉ、随分な自信じゃあねぇか。 片腕だけでどうするつもりなんだぁよ?」
「これか? 怒怒怒……この程度などなんて事は無いわ!!」
そんな中、ゴルペオが肘下を失った腕を掲げ、奮わせたままに力を込める。
するとどうだろう、突如として傷口が紫炎の様な炎に包まれ始めていて。
その途端、なんと失われていた腕が突如として再生を果たしたではないか。
まるで塵芥から構築したかの如く、周辺から集まった破片が固まる事で。
形も、力も先程と寸分と変わらない。
出来上がった途端に拳を握り締め、その力強さを見せつける。
ただそれだけで「バォンッ!!」と爆音の如き衝撃波が産まれる程に強く。
「怒怒怒、この通り主様より賜った我の体は不滅。 そして憤怒の如く、打たれれば打たれる程さらなる強靭な肉体へと変化していく。 如何な者とてこの神体を砕き切る事など不可能よ!! その根源たる怒りを拭わねばなあ!!」
そう、この再生能力こそがゴルペオの自信の根源なのだ。
人間では絶対に滅せない、永久なる進化を続ける肉体を持つからこそ。
その様な不死体を造り上げたアルトラン・ネメシスの如何に恐ろしい事か。
もはや邪神にとって、命とてなんて事の無いただの工作物に過ぎないのだろう。
「いいのかよぉ、そんなネタ晴らししちまって」
「怒、怒、怒!! 構わんッ!! 聞いた所で我を滅する事など不可能なのだからなッ!!」
しかしその工作物も、人類にとっては最悪の脅威となる。
パーシィでさえ傷一つ付けられなかった上に、今の剣聖の一撃さえも無為に消え。
言った通りならば、もう先程の力で打っても砕く事は出来ないかもしれない。
普通の者ならこれだけで諦めようとも仕方の無い事だ。
でも剣聖はと言えば―――やはり常人の型には嵌らないらしい。
「クハハ、そうか! 何度でも打ちまくれるって事かぁ!! なかなか面白れぇモン持ってるじゃあねぇか……!! ならよぉう―――」
見下されていようと関係無く、身構え闘志を滾らせる姿が。
当人はもう既にやる気充分と言った所か。
相手が不滅だろうが進化しようが関係無い様だ。
ならばゴルペオとて応えよう。
それはこの男が決して武人の心を持つからではない。
強者を更なる力で容赦無く叩き潰す事が主義趣向だからこそ。
「―――早速、ブチかまさせてもらうぜえッ!!」
「来るがいい!! 脆弱な肉如きが愚かさを知れぇいッ!!」
二人の気迫は既に最高潮だ。
故に、二人から打ち放たれた闘気がぶつかり合い、衝撃波さえも周囲へ撒き散らす。
ありとあらゆる粉塵を、瓦礫を巻き上げ吹き飛ばす程に強烈な衝撃力を以って。
だがその瞬間―――
突如として、その衝撃波さえも押し込み飛ばす程の力が打ち込まれた。
空より、二人の間を割る様にして。
ッドバォォォーーーーーーンッッ!!!
まるで爆発だ。
それも大地を抉り取ってしまう程の。
「んなあッ!?」
「ぬうッ!?」
余りの威力に、剣聖もゴルペオも堪らず足を退かさせる。
それだけ、二人にとって想定外でかつ強烈な一撃だったのだから。
そう、想定外だったのだ。
その者の登場は、双方にとっても。
「剣聖には悪いけれど、ここは私が戦わせてもらうッ!!」
そうして現れたのは、人影だった。
推参せし者、黄金の柔髪を靡かせて。
銀色の身体にを輝きを、その節々に雷光をも纏い放とう。
己の宿命に殉ずる事を望むままに。
【鋼輝妃】ラクアンツェである。
恐らくはウィグルイ同様、アルクトゥーンへ強引に乗り込んで来たのだろう。
それも戦力外通告されていたからこそ内緒のままで。
莉那達も航行に集中していて気付かなかった様だ。
「てめぇ、役立たずは待ってろって言っただろうがッ!!」
「そういう訳にはいかないわ。 私にだって意地があるッ!! 例え不完全であろうと、この力を全て注ぐという覚悟と信念がッ!!」
「て、てんめぇ……!?」
当然、身体は通告を貰った時のまま。
異音も出ていれば、節々に走る激痛も未だ健在で。
でも、それさえも押し退ける気概がラクアンツェにはある。
三〇〇年で培った胆力は、この程度では怯みもしない。
それだけ、この長い年月で己を賭け続けて来たから。
故に引き下がらない。
例え剣聖が口煩く咆えようとも。
共に戦う事になろうと、邪魔されようとも。
世界の敵を討ち滅ぼす為に力を奮う。
その為に生きて来た彼女に、それ以外の選択肢はあり得ない。
それが例え、己の死に繋がる事になろうとも。
「同じ様な状況に立たされれば貴方だってこうしたでしょう? なら大人しく黙って見ていなさい。 主役というものは、引き立て役の前座が終わるのを黙って待つものなのだから」
「ラク、おめぇ―――」
「なら、世界を救う為の前座にさせて頂戴。 全ては、〝世界を在るべきままとする為に〟ね」
「―――ッ!? ……ちぃ、わかった。 なら好きにしろや。 だが何もしねぇで負けるんじゃあねぇぞぉ!?」
「ふふ、わかったわ。 ありがと!」
その覚悟を、その信念を剣聖は知っている。
だからラクアンツェの心の強さも知っている。
体が不完全な今でも、仲間の誰よりも強いのだと。
だからこそこうして送り出す事を決めた。
共に戦うのでも無く、退けるのでも無く。
彼女の思うがままに戦わせるのだと。
決して見放した訳では無い。
決して疚しい他意など無い。
これは誓いの形である。
遥か昔に交わした約束の、あるべきと願った姿なのである。
「どうやら先に我の相手をするのは貴様らしいな。 怒、怒、怒ッ!!」
「ええそうよ。 けれど、舐めないで欲しいわね。 死を賭けた者の強さというものをッ!!」
ならばもう臆しもしない。
目の前の強大な宿敵に、一つでも決定的な一打を加える為にも。
三〇〇年で培い、築き上げて来た希望を後世へ繋げる為にも。
今、その力を全てぶつけるのみ。
「機構解放ッ!! ウーグィーシュッ・フルオーバードライヴッ!!」
『指令受託』
その一言と共に、全身に走光が迸る。
白銀鋼の輝きを際立たせる黄金の閃光が。
それと同時に節々から命燐光までもが荒々しく吹き出して。
肘から、膝から足首から、なんと小さな金の光翼が顕現したのだ。
まるで極光を纏うかの如く、輝羅輝羅と瞬かせて。
その姿は他の魔剣と違って殆ど変わりはしない。
しかして今まで以上の機動性が実現可能となる。
その節々に制限された機構が解放された事によって。
こうなれば例え不完全であろうとも関係は無い。
強引であろうとも、無理があろうとも。
結果、身体がバラバラになるのだととしても。
不調ならば、命力で纏めて無理矢理動かせばいいのだから。
その強き鋼の意思が、不調さえ押し退ける。
その未来に賭ける輝きが、弱い心を押し退ける。
故に【鋼輝妃】。
それこそが真の名の由来。
鋼の体など、彼女にとってはただの手段にしか過ぎないのだ。
「さぁ、始めましょうか……未来に踏み出す一歩目をッ!!」
「理解出来んなぁ、負ける為の戦いなど!! 怒怒怒ッ!!」
その【鋼輝妃】が今、剣聖に代わってゴルペオとぶつかり合う。
全身全霊を賭けて、命ある限りに。
いつか見た未来を、今生きる子供達へと託す為にも。