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時き継幻想フララジカ 第三部 『真界編』  作者: ひなうさ
第三十八節 「反旗に誓いと祈りを 六崩恐襲 救世主達は今を願いて」
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~不壊の暴君 イシュライト達 対 憎悦①~

 アメリカという国は広大だ。

 端から端ともなれば時間帯も大きく変わる程に。

 西部では昼でも、その時の東部は夕暮れと。


 故にニューヨークの街は今、黄昏に堕ちていた。

 彩り的にも、そして物理的にも。


 魔人と化した男の一振りは、巨大な巨塔さえ薙ぎ倒す。

 無数のビルが立ち並ぶニューヨークも、この男の前にはただの遊技場に過ぎない。

 得たばかりの新しい体を試してみたいと望むがままの。


 【憎悦】ジェロール。

 破壊し尽くす事を望むその根源は果たして何に対する憎悪か。


 その身体を象る憎悪は様々だ。

 憎悪を抱いて死んだ者。

 生きながら憎悪を抜かれた者。

 死ぬ事で憎悪が弾け出た者。


 そんな者達の感情が一つの精神に集まって。

 まるで成形肉の様に一つの個体と成った。


 故に、その答えは一つにして全。

 彼は人間そのものが憎いのだ。


 何より感情というものが―――憎くて憎くて堪らない。

 破壊したくて、堪らない。


 ならば枷を外された今、この男が留まる訳も無い。


「ハッハァーーー!! これは慈悲だ!! 神たる俺のッ!! この俺を造り上げたお前達へのおッ!!」


 そこにもはや人種など関係は無い。

 性別も、年齢も、地位も、意志の強弱さえも。


 心がある生物全てがジェロールの敵だ。

 心の込められた物体全てが敵だ。


 だから破壊し尽くそう。

 感情の根源を。

 悦びを以って、無我へと還そう。




 ただし、それを自由に成せるのならば。

 この二人を止める事が出来るのならば。




ドドンッ!!


 半壊の大都市に今、その二人が降り立つ。


 イシュライトとウィグルイ。

 己の拳を究極武装とせし武神の師弟が。


「ほぉ、随分と大暴れしとるな。 これはうらやま―――()しからんのぉ」


「もはや自制すら効かない様ですね。 これでは例え力があれど持ち腐れです。 力とは常に強者へと向けねば何の意味も成しませんから」


 しかしてその観点はと言えば、拳極める事を主とした二人だからこそか。

 ジェロールの破壊活動を前に思うのは、否定というよりも共感と嘆きに近い。


 ただ、二人とジェロールには決定的な違いがある。

 それは、二人が人の感情を愛している事だ。 

 

 拳とは言わば言葉の代弁器官の一つである。

 時に指を動かし、身振り手振りで意思を伝えてくれて。

 時には拳を交わし、戦意を絡める事で信念を酌み交わす事が出来る。


 その拳で心を交わす事が、二人にとってはこれ以上無い喜びで。

 だから二人は今なお拳打ち合う事を望み、ここまで強くなった。


 ならば準神相手とて拳を交えよう。

 ただそれだけが目的なれば。


 そしてそれはどうやら準神自身もが望んでいたらしい。


 たちまち、一人の人影が景色の彼方から空へと。

 ビル一つが崩れていく音と共に、二人の前へと華麗に着地を果たす。


「やっと来たか、待ちくたびれたぞグランディーヴァッ!!」


 二人に気付き、ジェロールが自ら馳せ参じたのである。


 空かさず、短くも柔らかな髪を捲し上げてその姿を見せつける。

 以前の卑屈さなど微塵も感じさせない、自信に満ち溢れた爽やかな手捌きで。


「……しかしディックは居ないのか。 残念だぁ最後にアイツの絶望に歪んだ顔を拝めると思っていたんだがぁ」


「どうやらディックと面識があるみたいですね。 まさか今度は【六崩世神】と知り合いだとは。 彼の顔の広さには頭が下がる想いです」


 しかしイシュライトは気付いていない様だ。

 その相手がジェロールであるという事に。

 デュラン達とあれだけ情報交換を行ったにも拘らず。


 とはいえ、それも当然の事だが。

 もう既に昔の面影は無いと言って等しいのだから。


 元々薄茶色だった髪も、今は真白になっていて。

 体も中肉中背であったのが、今では巨人の如き体格に。


 その姿は剣聖と並べても遜色無い程の筋骨隆々で。

 人型とはいえ、もはや普通とは言い難い様相だ。

 これでわかれと言う方が酷だろう。


「だがまぁいい。 貴様、イシュライトとかいう奴だろう? 記憶に寄れば相当な強さというじゃあないか。 ならむしろ好都合だというものよ。 この俺の進化した究極の肉体を試す相手としてはなぁ!」


 そんな肉体を自慢するかの様に腕を構えさせていて。

 見せつけるマッスルポーズはどこかアルバにも通じるものがある。

 密かに憧れていた、というのが嘘ではない証拠か。


「そこで戦う前に一つ提案だ。 俺の体に一発、()()()いいから打ち込んでみろ。 それを俺は耐えてみせよう」


 そしてその行動までもがそっくりとは。

 心輝からアルバとの戦いを聞いていたイシュライトとしても、デジャヴを感じずにはいられない。

 まるでその体験が自分の事だったか、と勘違いしてしまいそうな程に。


 だがそんな事を言われて昂らずには居られないのが戦士という物だ。


 ただし、昂りを見せていたのはもう一人の方だが。


「ほう、つまりどの様な一撃でもいい、という事かのお……!?」


 そう、血気盛んなあのウィグルイが黙っているはずもない。

 そもそもこういった前戯をも好む男なのだ。

 ならば乗らない理由も無いだろう。


 喜びのままに牙を剥いた笑みを返し、その右拳を掲げて滾らせる。

 輝く命力の塊を握り潰し、弾けさせる程の意気込みを見せつけて。

 

「ああそうだともォ! ジジィ、貴様が来るかぁ!? ならやってみるがいいッ!!」


「フハハ!! ならばやらせてもらおうッ!! カァァァーーーーーーッ!!」


 たちまちその拳が更なる光を放ち。

 その間も無く、極太の残光がジェロール目掛けて刻まれていく。

 大地を砕く程の渾身の踏み出しと共に。


 そうして見せる拳はまさに輝光拳。

 あのラクアンツェの拳にも勝るとも劣らないという一撃必殺拳が今ここに。




ドッゴォォォッッ!!!!




 その拳がジェロールの腹部を突いた時、鈍い音が周囲一帯に響き渡る。

 肉の、骨の、軋みと震えを上げた音が。


 だが―――


「んん~~~素晴らしいッ!! これが最強の肉体というヤツかぁ~~~!!」


「なッ!?」


 なんと、ジェロールは無事だったのだ。

 それ程の拳を受けてもなお動じる事さえ無く。

 不動不壊の肉体を今なお見せつけたままで。


 間違い無く渾身の一撃だった。

 並みの者ならこれだけで弾け飛んでしまいかねない程の。

 ウィグルイにとっての最強の、イシュライトが知りうる最高の一撃だったのに。


 それをこうして受け止められた。


 ―――いや、受け流されたというべきか。


「まさか、彼の体は……ッ!?」


 イシュライトはこの時気付く。

 ジェロールの身体を守ったその特性に。

 今のはまさに、いつかの状況と一緒だったから。


 あの命力が通じないカイト・ネメシスと対峙した時の状況と。


「ふはっ、ふははっ!! これが通じんかぁ……!! 面白い体を持っとるのぉ~!!」


 しかしそれにも拘らず、ウィグルイは笑っていて。

 むしろ沸き立つ興奮を抑えきれず、その身体に更なる命力を滾らせる。


「ならァ次はお主じゃあッ!! 儂に同様の一撃を見舞ってみせぇい!!」


 殴らせてもらってそのままでいられるはずも無い。

 ウィグルイは最初からそのつもりだったのだ。

 こうして一撃を敢えて貰う事もまた、彼なりの礼儀・返礼であるからこそ。


 そしてジェロールもまた同じ事を考えていた様だ。


 間も無く、その巨腕が軋みを上げて振り被り。

 強烈無比の一撃を今、ウィグルイへと容赦無く叩き込む。


 まるで爆弾の弾けた様な、人知を超える一撃を。




ドッゴォォーーーォンッッッ!!!!!




 その一撃はウィグルイの体を打ち飛ばす程に強烈で。

 たちまち大地を滑る様にして瓦礫の中へと放り込む事となる。


 それも無数の破片を空へと打ち上げながら。


「師父殿ォォォ!?」


 なればもはや瓦礫そのものが木っ端微塵だ。

 それだけの威力が今の一撃にあった故に。

 何せ、あの冷静なイシュライトが血相を変えてしまう程の威力だったのだから。


 だが―――


「ほほ、さすが邪神の眷属と言った所かのぉ。 さすがに堪える一撃を持っとる……!!」


 なんとウィグルイもが耐えきっていた。

 ジェロールに負けじと凌いで見せたのだ。

 それどころか、更なる笑みまで見せつけて。


 ならばあのジェロールとて、興奮を抑えきれはしない。


「ふはははっ!! 素晴らしい、素晴らしいぞジジィ!! どうやら存分にこの肉体を試す事が出来そうだッ!!」


 今の攻防で火が付いたのだろう。

 とうとうその身を崩し、思いのままの構えを見せつける。

 人間だった時に学んだ徒手空拳の構えを自然と。


 きっと本質は人間と変わらないのだろう。

 ただその憎悪を固められて甦った存在だというだけで。

 邪神の力の一端を分け与えられただけで、考える事も変わらない。


 だからだろうか。

 生前の小癪さもが全く無く、今はまるで武人の如き正々堂々さを見せつけている。

 瓦礫から出て来たばかりのウィグルイを前にしても、奇襲する様な姑息な真似はしない。


 堂々と二人を前に構え待つのみ。


「その想いは儂とて同じよぉ。 ならば死合おうか……このどちらの拳が強いのか、その証明をッ!! イシュライトォ!! 彼奴は儂一人でやるぞおッ!!」


 でもウィグルイはどうやらそれ以上を望んでいる様だ。

 一対一(タイマン)という、まさに武術家らしい戦いの決着を。


「ッ!? いけません師父殿ッ!! これは必ず勝たねばならない戦いです!! 我儘を言える戦いではないのですよ!?」


「止めるなイシュライトよ。 いや、こればかりは止めさせはせん。 それでももし邪魔すると言うのなら、まずはお前を殺してからやり合うだけよ」


「ううッ!?」


 ウィグルイは本気だ。

 本気でそう言い放っている。

 ジェロールとサシで戦うという事も、邪魔をすればイシュライトを殺すという事も。


 それがイ・ドゥール族最強の拳士だからか。

 それとも、その内に何かの使命を感じたからか。


 しかし拳士は口では語らない。

 その拳、その雄姿、その生き様で全てを語ろう。


「昔は生きる為に必死だったがぁ、今ならお前らの言う事もわかる気がするぞッ!! 自信が満ち溢れるからなッ!! 絶対に負けぬとわかるからこそォ!!」


「そうさのぉ、その肉体が貰い物でなければ最高じゃったが。 なれば見せよう、自ら培った真の肉体というものを―――人生を賭して磨き上げた我が一族秘伝の粋をォ!!」


 邪神の傀儡を前に語ろう。

 己の拳が存在理由を。


 今、武神が咆え構える。

 長きに渡る拳の宿命に倣い、全てを解き放つ為に。




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