~鬼気漲る小人 獅堂達 対 忘虚①~
北米大陸西部は現在昼の時間帯だ。
しかし戦場となった街はと言えば、戦火が幾度と無く炎を巻き上げていて。
なお絶えず激音が轟き、とても繁華街とは思えぬ凄惨な様相を露わにしている。
もはやアメリカは自国内とて遠慮するつもりは無いのだろう。
現場の国民を救う事よりも、神敵を討ち倒す事を優先したらしい。
非情にも見えるが、これは国として、人類として当然の結論だ。
相手が世界を滅ぼそうとしている存在なのだから。
倒さねば宇宙が滅び、永遠に苦しむ世界が訪れる。
そうなれば今国民を救った所で何の意味も成さないからこそ。
ただその戦況はと言えば―――ほぼ【忘虚】ロワの独壇場状態だが。
何せ自慢の戦力が一切届かない。
例えミサイルを撃ち込もうと、戦闘機やヘリコプターを飛ばそうとも。
彼女に向かう全てが光球に飲み込まれて消えてしまうのだ。
それはあの核弾頭とて例外ではない。
敵意を向ければその時点で察知され、光球の餌食となろう。
そもそも米軍の戦力不足も否めない。
以前のグランディーヴァとの戦いで戦力が大幅に低下しているからだ。
まともな航空戦力が残っていないからか、攻撃行動も間も無く沈黙する事に。
そうなればもう、後に残るは戦火の残滓のみ。
「全く人間ってヤツはほんと諦めが悪いよなぁ!! さっさと絶望しちまえばいいのにさぁ!! キヒヒーッヒヒッ!!」
今となってはもはや栄華を極めていたラスベガスは廃墟状態だ。
ロワの立つ高層ビルだけが残り、他の建物はもう跡形も無い。
光球と米軍攻撃、それと自焼によって焼き尽くされ、人一人すら見えはせず。
ロワの笑いがそんな中に木霊する。
不気味で、それでいて高らかとした嬌声として。
しかしそれだけだ。
それ以外に全く彼女の嬌声を引き立てる音は一切無い。
炎が広がる地上、その様相はまるで地獄の沙汰か。
でもその地獄の業火に焼かれる者も見当たらないが故に、悲鳴一つさえ聴こえない。
その事実が図らずともロワの笑いをも止める事となる。
「ちょいとやり過ぎちまったかな。 こりゃまた主様に怒られそうだ、はぁ……」
何せ恐怖の根源を根こそぎ断ってしまったのだから。
負の感情を引き立たせる為にここへ来たのにも拘らず。
一面に広がる焼け野原を前にして、たちまち小さな腕を組んで声を唸らせる。
可愛らしかった顔をぐにゃりと歪めてしかめさせながら。
どうやらこんな失敗は初めてではないのだろう。
アルトラン・ネメシスに媚び諂っていたのは、そんな汚名を挽回する為か。
正体を偽って馬鹿を演じていた彼女であるが、本質は大して変わらないのかもしれない。
そんな苦い想いを脳裏に走らせる余り、視線は思わず空へ。
破壊し尽くした地上から目を背ける様にして。
するとそんな時、その大きな目に突如として異質が映り込む。
空を超高速で突き抜ける航空物体が見えていたのだ。
そう、アルクトゥーンである。
「ありゃ奴等じゃねぇか―――って事は、俺達を倒しに来たのかぁ? ヒヒッ、どうやら退屈せずに済みそうだ……!」
ならばと再び嬌声を打ち上げよう。
新たに降りて来る遊び相手を迎えるかの様に。
己の空虚な心を埋めてくれる者を求めんばかりに、両腕を大きく広げて。
「アイツらを惨たらしくブチ殺せば、主様はきっと俺の事を寵愛してくださるだろうからなぁ……!!」
そのおぞましいばかりの欲望を今、露わとする。
醜く歪めたその首先を、千切れんばかりに高く高く伸ばし上げながら。
こうも周囲が焼き尽くされれば、標的がどこにいるかなどもはや一目瞭然だ。
一本のみそそり立つビルへ向け、獅堂達が急降下していく。
一切減速する事無く頭から一気に、命燐光まで散らしながら。
「速いからって着地失敗なんてしないでくださいよねえッ!!」
「とと当然だぁ!! こここの俺を誰と心得る!? こぉぉぉの程度の着地などぉぉぉ!!」
強襲であるが故に、速度を落とす訳にはいかない。
少しでも緩めば、それだけ相手に反撃の時間を与える事になるから。
それに一秒でも早く倒さねば、それだけ勇の決戦時間が短くなってしまうだろう。
「筋肉大将さんよぉ、頼もしい言葉だが着地が全てじゃないんだよ?」
「そうだ! あの先に居る敵を倒せねば、いくら強かろうが関係は無い!」
だからこそ、バロルフでさえこうして超速降下に付き合っているのだ。
少しでも確実性の高い手段を採る為に。
それは自分達が最も非力だという事を皆理解しているからこそ。
例えどんなに怖くとも、今は成さねばならないのだと。
だがそんな彼等を間も無く、無数の光球が迎える事となる。
どうやらロワは素直に獅堂達を進ませるつもりなど無いらしい。
「さぁさぁお喋りはここまでみたいだ! ここでデッドエンドなんてやらかさないでおくれよ!!」
それでも獅堂は止まらない。
むしろ更に速度を上げ、恐れる事無く光球の群れへと飛び込んでいく。
突貫訓練で習得した洞察力がそれをも可能にしたのだ。
しかもそれだけではない。
迫り来る光球を獅堂は避けていた。
急激な軌道変更を行う事によって。
そう、獅堂もまた【命踏身】を使っている。
動きこそぎこちないが、意思の無い光球を避けるには充分だ。
剣聖相手の特訓も無駄では無かったのだろう。
ここまでの二週間で学べた事をこうして身に着けられたのだから。
「悪いが一番乗りは貰うよッ!!」
「頼もしいもんだねェ!! このままちょいと地上まで頼むぜ!!」
例え背中に重しがあろうとも関係は無い。
今の獅堂はもう、基礎能力なら充分猛者達に匹敵しているからこそ。
更にその強気の性格が相まって、気迫ならば誰にも劣らないだろう。
故に、光球帯をいの一番に抜ける事さえも出来よう。
でも仲間達はそうもいかない。
バロルフもそれなりに【命踏身】の技巧を利用している。
ただ練度が乏しいからこそ、避けるので精一杯で。
ズーダーも得意の観察眼によって理屈で技術を理解してはいるけれど。
実践はやはり難しく、バロルフ同様に軌道修正だけで難儀する姿が。
どちらも幸い、光球に巻き込まれる事は無かった。
しかし軌道修正に失敗したのか、目的地のビルから離れた場所へと降下していく。
どうやら無事にロワの下に辿り着けたのは、獅堂とディックの二人だけの様だ。
「ようようキッピーちゃんよ。 見ない内に随分と出世したじゃあないの」
獅堂が鋭い着地を果たして間も無く、ディックがその背から飛び降りる。
手に魔導複合銃、身体に専用補助魔装具という完全武装を体現した姿を見せつけて。
でもすぐに撃とうとしない所は情が残っているからだろう。
邪神の手先だったとしても、共に暮らしていた事には変わりないのだから。
「チッ、俺の所に来たのはクソザコ共かよ。 どいつもこいつも舐めやがって」
「言ってくれるねぇ。 まぁ狙ってそうした訳じゃあないんだから不貞腐れんなって」
彼女自身も、現れた二人を前にすぐ手を出そうとはしない。
つま先で床を叩いてイライラを見せつけてはいるが。
ディック達同様に愛着があるのか、それとも―――
「ここはどうだい? 穏便に和解して、邪神さんへの道程を拓くってぇのは」
「馬鹿が、んな事出来る訳ねぇだろうが。 もう間も無くこの世界は消し飛ぶんだからなぁ。 俺を馬鹿にし続けたこんな腐った世界、とっとと消えちまえ!! それともう一つ忠告してやる。 俺の事をそんなクソみてぇな名前で呼ぶんじゃねぇ、俺の本当の名はロワ、【忘虚】ロワ様だ!!」
―――辞世の句語りを許す程に余裕があるのか。
ロワはそもそもからアルトラン・ネメシスの手先だ。
共に暮らそうと、そこに一片の情さえ絡んではいない。
故に和解は不可能。
ディック達を引き込む気すら無いのだろう。
むしろ敵意をここまで撒き散らし威嚇する辺り、もはや戦う以外に道は無い。
「まぁ精々濃厚な恐怖を吐き出してくれよぉ、キヒヒッ!! お前達みたいな奴らが絶望すれば最上級の負の感情が溢れるからなぁ。 そうすりゃ俺はもう主様の―――」
ならばもう語り合う必要も無いのだろう。
交わすべきなのは言葉では無く、力なのだから。
ガオンッッッ!!!!
その時響いたのは―――銃声。
ディックが容赦無く銃弾を撃ち放ったのである。
グランディーヴァ謹製のライフルはその威力も折り紙付き。
下手な大口径対戦車砲よりも破壊力が高いという。
ロワ程度の頭なら木っ端微塵に吹き飛ばせる程に。
頭部が文字通り、木っ端微塵だった。
肉片の欠片も残さないくらいに。
首下だけを残し、血袋が弾けた様に吹き飛んだのだ。
なれば間も無くその身体も重力に引かれ、べしゃりと床へ倒れる事となる。
随分とあっけない幕切れだ。
仲間達が合流を果たす前にも拘らず。
獅堂が唖然としてしまう程に。
「ディックさんさぁ、随分容赦無いんじゃない?」
「いやぁこんなもんだろう? 話が通じないなら遠慮する必要なんて無いさぁ」
この思い切りの強さは軍隊上がりが故か。
それともディックの人間性が為せる技か。
なんにせよ戦々恐々の脅威が一つ、簡単に潰えたのだ。
ならこうして気が緩みもしよう。
もしかしたら【六崩世神】とやらは思っていた以上に、人間に近いのかもしれない。
こうしてライフル一発で片付く様な脆弱さを持ち合わせている所は。
だとすればきっと他の場所も大丈夫だろう。
そう願わずには居られないディック達なのであった。