~それが愛ゆえの想いならば~
満を持して【白の兄弟】の豪兄アージが仲間に加わった。
これによりグランディーヴァの戦力は大きく増したと言えるだろう。
しかし勇達に突き付けられた課題はまだ重い。
その戦力でさえ引っくり返せるかどうかもわからない程に。
「それで、勇さんはアルトラン・ネメシスの居場所を特定出来たのですか?」
「いや、やっぱりまだ無理らしい。 居るのはわかるんだけど、ぼんやりとしてるだけで場所が特定出来ないんだ」
その課題とは、根源の特定だ。
これはア・リーヴェの予想通りだが、居場所がわからないよう巧妙に隠されている。
このままでは探す事は愚か、近づく事さえままならないまま世界が滅ぶかもしれない。
ただその原因も既にわかっているが。
『恐らく【六崩世神】が攪乱幕を留める楔となっているのでしょう。 すなわち、彼等を命脈から引き離さなければアルトラン・ネメシスの居場所はわからないままです』
「つまりそいつらをぶっ倒しゃいいってぇワケだ。 なら話ははえぇな」
「ええ、そうですね。 既に彼等の出現した場所がどこなのかは特定済みですから、後は向かうだけです」
莉那が巧みにタブレットを操作し、管制室モニターへと画像を転送する。
そうして見せたのは【六崩世神】襲撃地の映像で。
いずれも遥か彼方からの映像で、爆発と思しき光が幾つも。
既に各地では軍隊などによる武力反抗も行われている様だ。
もっとも、そんな攻撃など焼け石に水だろうが。
「これよりアルクトゥーンを高速強襲モードにトランスフォームし、その後おおよそ三〇分で世界を一気に突き抜けます。 ですので今から発表するチームが各地に降り立って敵と交戦、各個撃破してもらう形になります」
「なるほど、これだけの戦力で神の如き御敵を討てと。 なかなか手厳しいですね」
「仕方ありません。 一刻の猶予も無い今、デュランさん達の戦力を集める余裕もありませんから」
「デュラン達はデュラン達で出来る事がある。 アルトラン・ネメシスは俺達でなんとかするしかない」
だからこそのグランディーヴァだ。
デュラン達に土壌固めを任せたからこそ、勇達はこうして即座に動く事が出来る。
ならばこの機を奮わなければ、彼等と和解した意味など無いだろう。
例え人数が少なかろうが、戦力に乏しかろうが―――成さねばならない。
「んじゃあさっさと決めて飛ぼうぜ! 俺が相手にすんのはどいつだ!?」
「いえ……心輝さんと瀬玲さんの役目は、勇さんと一緒に茶奈さん救出となります」
「えっ!?」
それは【六崩世神】を倒す事が最終目的ではないからこそ。
あくまでもこの最終決戦は、茶奈を救ってアルトラン・ネメシスを倒す事が目的で。
その前哨戦とも言える戦いに戦力を全て投入する訳にはいかない。
だからこそ莉那は戦力をこう見繕ったのだ。
勇と心輝と瀬玲―――この三人こそが最後の戦いに送るべき者達なのだと。
後の残りのメンバーだけで【六崩世神】を倒し、彼等を送り出すのだと。
「この戦いには必ず勝たなければなりません。 その勝率を引き上げるにはこの三人を送り込まねばならないと判断しました。 よって他のメンバーだけで【六崩世神】を倒す必要があります」
「なるほどな。 なら聞こう、どういうメンバーで振り分ける?」
すると莉那が再びタブレットを操り、画面に世界地図を映し出して。
その地図には赤い点が六つ灯っており、わかりやすく点滅している。
そう、【六崩世神】の出現地のマップだ。
「まず手始めにここからアメリカまで飛んでラスベガスへ。 そこで獅堂さんを始めとしてディックさん、ズーダーさん、バロルフさんの複数人部隊を投下します」
「なるほど、力足りない分は数でか。 オーケー任された」
まずはキッピー、もといロワが現れたアメリカ西部ラスベガス。
ここに送り込まれるのは獅堂達四人。
戦力的に少し心もとないが、その不安を人数でカバーするという。
「次のニューヨークにはイシュライトさんを。 ここは一人になりますが、実力を見込んでの事ですのでご了承を」
「わかりました。 ならば期待に応えて全力で押し通しましょう。 この拳に賭けて」
次にアメリカ東部ニューヨーク、ジェロールが現れた場所だ。
人型であるという事が確認されたからこその人選だろう。
対人戦闘に優れたイシュライトならばきっとやり遂げてくれるのだと。
「次のナイジェリアではマヴォさんとアージさんを。 二人のコンビネーションならばきっと成し遂げられると信じています」
「「応ッ!!」」
その次は南アフリカ、ナイジェリアに現れたマドパージェの下へ。
正体不明の大集団を前しようと、二人の連携ならばきっと打ち砕いてくれよう。
金銀の輝きは伊達では無いと、莉那もしっかり知っているからこそ。
「その次のドイツには剣聖さんを。 心配はしていません。 終わったら次の場所への援護もお願いしたい所ですが無理はなきよう」
「フホホ、言ってくれるじゃあねぇか。 いいぜぇ、やれるだけの事をやってやらぁ」
その直後に北上してヨーロッパのドイツ、ゴルペオの待つ地に。
この相手こそが最も力の波動を強く感じるというア・リーヴェさんの進言によるものだ。
ならばグランディーヴァ最強の剣聖をぶつけない理由は無いだろう。
「その後ロシアのモスクワへナターシャさんとアンディさんを。 故郷を守るつもりで挑んでください」
「あんま故郷って言われても感慨はねぇけどな。 だけどやる事は変わんねぇ、皆を困らせる奴は容赦無くぶった斬る!!」
そのまま東へ飛んで次にロシアのモスクワ、ペルペインの居場所へと向かう。
故郷での戦いを選んだのは、それが高揚感に少しでも繋がると願ったから。
その上で二人ならば力に換え、勝利を導いてくれるのだと。
後を残すのはアジア南のインド。
巨人オーギュが待つ地のみ。
だがこの時、全員がとある事実に気付く。
「ってちょっと待てよ、今ので全員じゃねぇか!?」
そう、この時点でもう既に戦闘要員が全て動員されているのだ。
あと残っているのは、アージを連れて来た笠本くらいで。
ふと視線を向けられれば、両手と首を横に振る彼女の姿が。
ここでまさかの計算間違いか。
そんな動揺が心輝を始めとした仲間達に広がっていく。
でもこれは決して間違いではない。
この人選こそが莉那の考えた最も正しい配分なのだと。
何故なら―――
「最後のインドには、私が行きます」
自分自身が最後の戦力であると理解しているからである。
ただこの一言を前に、心輝達が一斉と驚く事となる。
それも当然か、莉那が戦うなど予想もしえなかった事なのだから。
莉那は当然、魔剣を持っていない。
つまり魔剣使いではないし、そもそも戦闘能力さえあるかどうか怪しい。
それならディックを送った方がまだマシだと思えるくらいに。
なのに莉那は今、インドに現れた崩世神を単身で倒そうとしている。
これに驚かない訳が無いだろう。
ただその発言を前に、勇と福留に限っては驚いていない。
それは単に、莉那の持つ自信の根拠を知っているからこそ。
つまり、命力が無くても勇達並みに戦える手段を持ち得ているという事だ。
「莉那ちゃん、あれを使うつもりなのか?」
「ええ。 既に勇さんやお爺様に提出したスコア表は充分な値を出しているはずです。 訓練的にも、意識的にももう戦闘可能状態と思っていますよ」
「それはそうだけど……」
ただ、不安は隠せない。
その根拠の正体を把握していようとも。
一発本番ともなる戦いに赴かせるには不安材料が多過ぎるのだ。
莉那が実戦経験に乏しい事。
その訓練とやらも日が浅い事。
そして、相手との力の差がどれだけあるのかもわからないから。
しかしそんな不安を、まさかのこの男が拭うなど誰が思っていただろうか。
「ではこうしましょう。 私が行きます。 こんな私でも一応は死線を潜り抜けた経験が沢山ありますからねぇ」
まさかの福留である。
「えっ、福留さんが!?」
「ええ。 孫を死地に送り出すなんて出来る訳もありませんから。 もちろん私のスコアも知っていますよね?」
とはいえ、言う事はもっともだ。
例え年寄りでも、そのバイタリティの根源は未だ忘れていない。
幼い頃から戦地で生き、戦いを学び、生き方を学んだ経験が残っている。
その経験は今なお体に染みて、銃を持つ手さえ現役と遜色無いのだから。
福留ならばあるいは。
そんな期待が勇の胸を膨らませる。
「ダメです。 お爺様はここに残ってください」
でもそんな期待も間も無く、莉那当人によって払われる事に。
二人の間に手を伸ばし、言葉を直接遮った事によって。
「お爺様にそれだけの戦いを乗り切る体力はありますか? いえ、ありません。 それにお爺様には知識と知恵をこれから生きる人々に伝えるという責務がありますから」
「莉那さん、それは私では無く貴女達の―――」
「いいえ違います。 私ではまだまだお爺様の培った経験を超える事は出来ませんから。 だから私達が逝ってしまった場合を考え、後に続く方々に英知を授けて欲しいんです。 これは私の独断で我儘ですが、お願いでもあります。 私の様な不肖な親の子では無く、他の多くの子達にその愛を拡げて欲しいと思っているんです」
それは莉那の強い願いが故に。
莉那は本気なのだ。
もしかしたら、この戦いで死ぬかもしれないと悟って。
だからこそ愛する祖父に生きて貰いたいのだと。
莉那は何故、親下では無く祖父である福留の下に居るのか。
その理由は他でも無い、肉親にこそ起因する。
福留の息子夫婦は恐らく、今も働いているだろう。
親や娘が世界の平和の為に戦っている事も知らずに。
世界が滅亡寸前であろうが構う事無く。
それというのも、福留の息子夫婦は筋金入りの起業家だから。
息子も妻も、福留という大きな存在に憧れて育った子供達で。
そんな存在を裏切らないよう、負けない様にと切磋琢磨してきた。
その結果、彼等は親である事も忘れて働く様になってしまったのだという。
莉那の事さえ他者に預けて。
だから福留は莉那を引き取り、自ら育てた。
まるでそんな息子達を作り上げてしまった事への罪滅ぼしの様に。
かつて自分が経験した不幸を繰り返さない様に、と。
そしてその末に、莉那はこうして立派に成長した。
自らを犠牲にする事も厭わない勇気ある者として。
でも、だからと言って死地に向かわせようと思っていた訳ではない。
そのつもりで艦長として抜擢した訳ではない。
全ては経験を積み、後世へと繋げて欲しかったからこそ。
故に福留は今、打ち震えて止まらない。
〝どうして私の教え子は皆、私よりも先に死のうとするのか〟と思えてならなくて。
するとそんな時、肩を震わせる福留に莉那の優しい手がそっと乗せられる。
「安心してください、お爺様。 私は死ぬつもりなんてありませんよ。 きっと生きて帰りますから。 そうしたら私にもっと色んな事を教えてください。 約束です」
「莉那さん……」
それはまるで親を労わる愛娘の様に。
いや、きっと莉那にとってはその通りなのだ。
例え血縁的には祖父と孫の間柄でも、育てたのは間違い無く福留で。
両親よりも誰よりも福留の事を信頼し、頼っているからこそ。
だからこそ彼女は命を賭けられる。
それが求めるべき最高効率ならばと。
この手で世界を救い、福留をも守ってみせるのだと。
もちろん福留は納得していない。
けれど問答をしていた所で何も変わらないのも事実だ。
だからこそ潔く引くしかない。
莉那の強情な所は誰よりも知っているからこそ。
「全く、一体誰に似たんですかねぇ……」
「はは、それは間違い無く福留さんですよ。 押しが強い所とか、達弁な所とか」
そしてこんな事を言われてしまえばむず痒くもなろう。
たちまち生まれた些細な憤りのままに、拳で勇の腕をごつんと叩く。
さすがの福留でも我慢しきれなかったらしい。
とはいえ、それが周囲の笑いをも誘う事になるのだが。
「こうなったらやるしかないさ。 勝つ事だけを考えよう。 今から死ぬ事を考える必要なんて無いからな」
「ま、確かにねぇ。 俺もさっさと終わらせてリデルの下に帰るさ。 だから皆で仲良くハッピーエンドを迎えようや」
幸い、こうして笑い合える程に皆が信頼し合っている。
誰も負けるなんて思っていないからこそ。
そう、勝ち目が有るから選択したのだと信じているから。
ならばそれに準じなければ機運にさえ乗れはしないだろう。
時にはこうして涙を呑んで送り出す事も必要だ。
それが戦う者達への力となるのならば。
「行こう福留さん、【六崩世神】は皆を信じて任せるんだ。 一度外に出るからシンとセリも、笠本さんも」
送り出される勇自身もきっと福留の気持ちがわかっている。
それでも冷静でいられるのは、誰よりも莉那の事を信じているからだ。
天士という性質であるが故に、それでいて信頼出来る仲間であるが故に。
茶奈の時はそれで失敗したけど、本質が変わった訳じゃない。
今仲間を信じなければ、何も始まらないのだから。
だから勇は莉那達に目合わせをして頷きで応えてみせる。
〝皆、頼んだぞ〟という意思を籠めて。
その間も無く、勇達は管制室から姿を消した。
返事なんてもはや聞く必要も無いと思ったから。
その心に、仲間達の返事と遜色無い答えを抱いていたからこそ。
「では皆さん、もう間も無く準備が整いますので、先に後尾一番ハッチへ向かってください。 この後はリフジェクターから随時指示を送ります」
「「「了解ッ!!」」」
そんな信頼を向けられたからこそ、仲間達も猛らずには居られない。
必ず勇達を送り出すのだと、全員が意欲と気迫を見せつける。
もう誰も憂いは無い。
皆が勝つつもりで戦いに挑むからこそ。
誰一人として負けられない戦いだからこそ。
己を信じ、仲間を信じて。
そして勇が世界を救うと信じて今、力を存分に奮おう。




