~相応しき者と非ざる者~
茶奈がアルトラン・ネメシスの手中に堕ちた。
今や彼女自身が邪神となり、世界を崩壊させようとしている。
グランディーヴァが築き上げた立場や、その身に宿る力を最大限に利用して。
故に、世界崩壊までの猶予はおおよそ―――たったの一日未満。
ア・リーヴェの導き出したその結論は余りにも世界に無慈悲だった。
もうアルトランは人類に足掻く暇すら与える気も無いのだろう。
すぐにでもこの世界を崩壊させ、勢いのまま前へ前へと遡る為に。
しかしアルトランはまだ完全には気付いていない。
この世界にはまだ唯一の希望が残されている事を。
勇という、世界が残せし最後の運命力が存在しているという事を。
故に勇達グランディーヴァは止まらない。
最終決戦に備え、万全を期す為に。
茶奈を救い、邪神だけを葬り去る為に。
そして、その〝ついで〟に世界を救う為にも。
それは勇が決意を明らかにしてからの直後。
サイパン上空にて、アルクトゥーンが突如として旋回を始める。
それというのも―――
「方針が決まりましたので、早速ですが急ぎ日本へと向かおうと思います」
莉那がタブレットでアルクトゥーンを操作していたからだ。
やる事がハッキリとして、もう何一つ躊躇いは無いからこそ。
「日本に行ってどうするってんだい、嬢ちゃん?」
「最終決戦に参加しない人員を全て降機させます。 幸いアルクトゥーンはもう私一人でもこうして動かす事が出来ますから」
今のアルクトゥーンの能力が以前と比較にならないのは周知の通り。
性能は元より、集団による機関管理も実はもう必要無い。
そう、この艦は元々一人で動かす様に設計されていたのだ。
今まではただ故障でそれが成せなかったから人員が必要だっただけで。
現代機器ともリンクを果たした今、小さなタブレット一枚でもこう簡単に航行出来るのである。
となれば機関員さえも今は不要。
それで出来る限り不随人員を減らそうという訳だ。
わざわざ戦わない人員を死地に連れて行く理由は無いだろう。
「これから最終決戦に向け、日本で全ての準備を整える事となります。 それにあたり、今回は出られる人員を全て投入して決戦に挑む事となるでしょう。 南米での戦いの直後で消耗していると思いますが、どうか最後までよろしくお願い致します」
「おう、どんと任せやぁがれ!!」
間も無くアルクトゥーンが日本へと向けて加速していく。
未だ暗空に包まれた中を迷う事無く。
まるで絶望の闇を切り拓く希望の光の様に。
するとそんな時、とある者が一人その腕をそっと上げていて。
「操舵が必要無いならば、私も戦力として連れて行って欲しい。 少しは力になれるはずだ」
それはなんとズーダー。
勇達の気に当てられたのか、同様に気迫を満ち溢れさせていて。
腰には愛刀の魔剣がいつの間にやら。
魔特隊時代から使い続けている、馴染みある一刀だ。
「この日の為に訓練も続けて来た。 獅堂殿ほどではないが基礎的な限界突破の鍛錬は一通りこなしている。 それでも役に立たなければ盾にしてくれても構わない。 私もこの命を賭けたいのだ。 仲間を、この家族を守りたいから……!! どうか頼む、私も戦いに加えてくれ」
「ズーダーさん……」
「まてぇい、何故そこで俺の名前が出ないのだ」
実はズーダーも今までずっと鍛錬を続けている。
前線に立つ事を諦めてはいたが、戦う事を諦めた訳ではないから。
だから今の実力はさりげなくバロルフに拮抗していて。
戦闘経験に乏しいだけで、身体能力ならば決して引けを取らないという。
それに仲間想いのズーダーだからこそ、こればかりは譲るつもりも無いのだろう。
腰の魔剣はその決意の証という訳だ。
「わかりました。 今回はズーダーさんも戦闘に参加願います」
その気概を見せつけられれば、莉那も首を横に振る事は無い。
覚悟の頷きで応えて見せる。
今回の戦いで生きて帰られる保証は無い。
心輝や瀬玲の様な猛者達ならともかく、ズーダーの様な半端な実力者では。
でも、それでも戦力として投入しなければならない。
少しでも世界を救える可能性を増させる為に。
例えその結果、誰かが死ぬ事になろうとも。
だから莉那は決断したのだ。
世界を担うグランディーヴァの指揮官として苦渋の決断を。
しかしその決断がズーダーの握り絞める拳により力を与える事となる。
仲間と、世界を守る戦いに参戦出来るという喜びと共に。
「―――なら、私も……ッ!!」
そして気概だけならば、彼女も負けてはいない。
間も無く管制室の扉が開き、一人の女性が姿を現す。
ラクアンツェである。
恐らくピネに体を修復してもらったのだろう。
副核も復元し、折れた腕も元に戻り、自分で歩ける程には動けている。
ただ、その動きは少しぎこちないが。
歩く姿も足を引きずるかの様に不自然で。
それどころか歩くだけで息切れする程に疲労が見える。
更には体の至る所からは「キリキリ」と異音が響き、その度に顔が苦痛に歪ませていて。
どうにも戦える様な姿には見えない。
それも当然か。
ラクアンツェの身体は今、致命的な不具合を抱えているのだから。
まだ馴染んでいないにも拘らず、本能のまま体を強引に動かして。
しかも二連閃光拳という無茶までやらかして。
加えて副核を破壊するという強引な停止手段までしでかした。
そこまで酷使すれば、精神〝機械〟を謳う魔剣そのものがおかしくなりもしよう。
簡単に言えば、動作プログラムが不完全なまま機械を動かした様なものだ。
そうなれば機械は異常を認識出来ないままに動き続け、末には自壊さえするだろう。
まさにそれと同様の事が機械魔剣の体に起きていたのである。
つまり今のラクアンツェは動けるだけで戦えない。
節々の駆動系が異常をきたしている故に。
それも誰が見ても明らかな程に。
ならば莉那が執る答えはただ一つ。
「ラクアンツェさんは戦力外とします。 剣聖さん、それでいいですね?」
「おう、それで構わねぇ」
「剣聖、貴方……ッ!!」
ズーダーの様に戦えるならともかく、戦力にさえならないなら話は別だ。
だからこその戦力外宣言がラクアンツェに更なる苦悶を呼ぶ。
莉那が剣聖に訊いたのは一つの慈悲といったところか。
二人の関係は云わずと知れた事で、それが特別扱いする理由だから。
もし剣聖がそれでも「ラクアンツェを連れて行く」と言えば従うつもりだったのだろう。
でも剣聖は参戦を良しとしなかった。
するはずも無い。
あの剣聖が死に掛けの分身を死地に連れて行くなど。
万全ならともかく、今の不具合に塗れたラクアンツェならばなおさらで。
「おめぇは無理し過ぎんだぁよ。 ちったぁ自分の体の事を考えやぁがれ。 まともに戦えねぇくらいおめぇでもわかんだろうよ?」
「でも盾くらいにはなるわ!」
「んなもん、なりゃしねぇよぉ」
「ッ!?」
そんな剣聖は半ば呆れ気味で。
面倒くさそうに鼻までほじり始める始末だ。
それどころか、掘り出した粕をラクアンツェに向けて飛ばしていて。
その末には「ハァ~」と深い溜息までが堪らず溢れ出る。
「前のおめぇなら、今頃俺の腹に拳突き付けてんだろうが。 でも今はこんなハナクソさえ避けれねぇ。 なら、居るだけ邪魔なんだぁよ」
「ぐっ……」
「現実を見やがれ。 おめぇが居るべき場所は戦場じゃなく、俺達の帰る場所なんだってよぉ」
これがきっと剣聖なりの優しさなのだろう。
現実を直視しようとしないラクアンツェに向けての、精一杯の。
時に人はこう厳しく諭されないとわからない事もある。
意固地になって視野が狭くなっていればなおのことで。
それはラクアンツェの様な人生経験の長い人物でも変わりは無い。
そんな彼女を諭せるのが剣聖しか居ないからこそ、莉那も託したのだ。
もっとも、その口こそ手厳しいものではあったけれども。
とはいえこうも現実を突き付けられれば、ラクアンツェであろうとも口ごたえは出来ず。
たちまち項垂れて場に崩れ落ちる事に。
きっと立つ事さえ苦痛だったのだろう。
相応の実力を誇っていたラクアンツェの離脱は痛い所だ。
でも、これで良かったのかもしれない。
例え今が万全だったとしても、戦闘中に不具合が出てしまえばそれこそ問題だから。
その可能性を元々秘めていたからこそ、今わかって良かったとさえ言えよう。
なんにせよ、これで現状戦力は決まった。
後は日本で準備を整え、決戦に備えるのみ。
「では現状の戦闘要員は以上で確定とします。 敵の動向がわかり次第、チーム編成を行うのでそのおつもりで。 皆さん、後は戦いまで万全を期すよう最善の努力をお願いします」
間も無くアルクトゥーンが日本に到着する。
きっと準備までにも時間はそう掛からないだろう。
一刻の猶予も保証されない今だからこそ、時間を無駄にしない為にも。
いつアルトラン・ネメシスが動き出そうとも、最大の力をぶつけられる様に。
アルトラン・ネメシスの防衛網が如何に強大なものかはまだわからない。
恐らくは一筋縄では済まない妨害が待ち受けている事だろう。
だが相手も勇達の実力を全て推し量れている訳ではない。
だからこそ付け入る隙がある。
如何な策略さえ跳ね退ける気概があるからこそ。
例え消耗していようとも乗り越えようとする鋼の意志が。
アルトラン・ネメシスには理解出来ない希望の活力が、勇達にはあるのだから。
一方その頃、日本では―――
グランディーヴァの日本帰還は既に日本政府へと通達済み。
ならばと直後の緊急放送で、グランディーヴァ帰港が日本全土に伝達される事となる。
ただし、最終決戦に関する事は伏せたままであるが。
故に世間はまだ知らない。
世界が今日終わるかもしれないという事を。
街にはいつもの夜景が映り、穏やかささえ感じさせていて。
しかしそんな中でも、とある夫婦だけは違っていた。
「―――あなた、グランディーヴァが日本に戻って来るって……」
「ッ!? いつもの相模湖だな!?」
「ええ、そうらしいわ」
時間帯はまだ深夜帯。
にも拘らず、男が女に揺り起こされて。
たちまち二人が揃ってきびきびと体を動かし始める。
その視線はリビングに。
緊急放送を映すテレビに決意の瞳を向けていて。
「よし、行こう。 勇君に会いに」
そんなテレビを消す事も無く、身だしなみを充分に整える間も無く。
揃って颯爽と車へと乗り込み、鋭く走らせる。
向かうは相模湖。
アルクトゥーン駐留予定地へ。
何を思って向かっているのかは彼等にしかわからない。
でも、並々ならぬ想いを籠めているのだろう。
男のハンドルを握る拳は力強く。
女が合わせる掌は祈りを込めて。
ただただ迷い無く、暗闇の街を抜けていく。
ずっと会いたかった者と、再び出会う為に。