~SIDE勇-04 懐かしきかの淑女~
現在時刻 日本時間15:49......
北米、カリフォルニア州時間23:49......
超高速で空を突き抜ける勇と茶奈。
二人の視界遥か先に映るのは北米大陸、サンフランシスコ沿岸部の灯。
予想よりも僅かに時間は掛かったが、想像を絶する早さでの到着に違いは無い。
音速を遥かに超える速度の中、勇が重圧に耐えながらもスマートフォンを操作してミシェルの家の位置を割り出していく。
命力同様に謎の力で外装強化された筐体は、壊れる事なく操作を受け付ける。
幸い、ミシェルの家もまた日本に比較的近いこの街の郊外に存在していた。
茶奈が目的地を伝えられると、魔剣の柄を握る手に力が籠る。
次第に速度が落ちていき、目的の場所へと向けて軌道が修正し始めた。
魔剣の後方から噴き出す炎が深夜の暗闇の中に閃光の軌跡を描いていく。
深夜にも関わらず明るさを伴う繁華街では、未だ外を歩く者達が見上げて一筋を追う姿がちらほらと見受けられた。
その光の筋がなんなのかまでは見当がつくはずもないであろうが。
徐々に繁華街から遠ざかり、閑静な住宅街の上空へと到達する。
僅かに雲を伴うその場所から、勇は目的地を見据えて睨みを利かした。
「茶奈、この辺りみたいだ。 俺は先に行っているから、君はゆっくりと来てくれ。 なんていうか……その、姿を見られない様に」
茶奈の衣服は昼間のグリュダン戦で破れ、人前に出るには恥ずかしい格好のまま。
急いでいたという事もあって意識はしていなかった様だが、こう言われて初めて気付く。
破れたスカートの裾をヒラヒラと舞わせる自身の様に、茶奈は思わず頬を赤く染めていた。
あられもない姿と、染めた頬……どちらも暗闇に紛れて見えないのが当人にとっての幸いであろうか。
「航行も頑張ったから本当にゆっくりで構わない。 時が来たら何かしら合図する!」
勇はそう言い残し、魔剣を掴んでいた手を離す。
たちまち彼の体は魔剣から離れ、航行の慣性と重力に引かれて大地へ向けて落下していった。
「気を付けてー!」
茶奈の声が微かに聞こえたのだろう。
勇が親指の上がる握り拳を見せつけながら、町を包む暗闇へと消えていく。
後に残された茶奈は更に速度を落とすと……勇に言われた通り、灯りの無い公園らしき広場へとゆっくり降下していくのだった。
ピョオォォォ……
町の空を、風切り音を掻き鳴らしながら勇が降下していく。
片手にスマートフォンを握り締め、地図を頼りに片手を使って器用に軌道を修正する。
月明かりで浮かんだ水平線に見えていた景色は既にサンフランシスコの街一杯となり、地表が近い事を暗に示していた。
スマートフォンから視線を外し、地表に目を凝らすと……そこに映るのは閑静な住宅街。
日本とは違い、一軒一軒が広大な土地を持つ、この国ならではの住宅事情だ。
大きな土地を持つが故に、仕切る柵もそこまで仰々しい物は多くない。
そんな中、一軒だけ……目立つ様に柵で高く囲う広い土地を持つ家があった。
暗くてわかりにくいが、家を囲む様に花壇が立ち並んでいる。
既に花を咲かせた植物も植えてあるのだろう、僅かな彩りが暗がりの中にポツポツと浮かんでいた。
「あそこか……」
そこがミシェルの住所と一致する場所。
勇は確信し、その庭へと向けて一直線に降下していく。
頭を地面に向け、降下速度を速めながら。
なお加速を続けて降下していく。
降下具一つ身に付けぬ生身の体一つで。
あっという間に、遥か先に見えていた地表は輪郭をハッキリと映す程に接近していた。
そして勇の頭が地表と激突しようとしたその瞬間―――
ドオオッ!!
―――寸前で体勢をぐるりと回し、両足両手を突いて着地を果たしたのだった。
地面が芝生だったのが幸いだったのだろう。
着地時の衝撃は元より、軽減された衝突音は響く事無く……静寂が包む住宅街の中へと一瞬にして消えていった。
勇が立ち上がり、そっと顔を振り向かせる。
そこに在るのは若干古こけた木造一階建ての住宅。
白いペンキで塗り固められた造りは昔ながらの米国の家と言った所か。
建物の中は未だ明かりが灯っており、家人が寝ていない事を示していた。
「まだ起きているといいけど……」
とはいえ既に深夜……人の家に訪ねるのも憚れる時間帯だ。
だが勇達には時間が無い。
その家を見据え、スマートフォンで改めて確認しつつ……一歩を踏み出していった。
高床式の屋敷……僅か三段程の階段を登り、「ギシギシ」と僅かな軋み音を立てながら玄関前へと立つ。
網掛け状の造りの扉は、日本ではなかなか見られないものだ。
中の様子がぼんやりとわかる様になっており、オープンな性格が多いことで有名な欧米人らしい造りと言えるだろう。
そこの横に設置された呼び鈴と思われるボタン……勇はそこに指を掛け、そっと押し込んだ。
ブーッ……
屋内に呼び鈴らしきブザー音が鳴り響く。
その後に訪れる静寂は、どこか緊張を催すかの様に虚無的だ。
すると間を置いて、屋内から小さな軋みに感じる物音が聞こえ始めた。
一つ一つが僅かに大きくなっていき、次第にそれが近づいてきている事が伺える。
そしてその音が止まった時……扉の向こうに誰かが居るであろうシルエットが浮かび上がっていた。
ガチャリ……
扉が向こう側から開き、ゆっくりと開けられていく。
緊張感を伴う……勇と家人との対面の瞬間。
玄関の前に立っていたのは、厚着の寝間着を羽織った中年の女性だった。
僅かに白髪を混じらせたブロンドの髪。
膨らみを持つ頬だが、年増とは思わせぬ艶やかな肌は手入れが滞っていない事を示している。
勇よりも僅かに背は高く、だが両手を前に合わせて構える様はどこかこぢんまりとしている様に見えた。
彼女こそミシェル当人。
勇と出会った頃よりも僅かに歳を取っている事がハッキリとわかる様な……そんな様相だった。
勇が彼女との再会に声を上げようとしたその時……素早くミシェルが先に口を開く。
「あらぁ、ボビー、ボビーじゃないの! 久しぶりねぇ、元気にしてた!?」
ミシェルが明るめのハスキーボイスでその様な意味のわからない事を高らかと口にする。
だが勇はそんな彼女に対して返す事無く、彼女の言葉を聞き耳だけ立てて静かに聞いていた。
何故なら……彼女の口元の前に、人差し指が一本立っていたからだ。
青の瞳でウィンクを送って何かを伝えようとするミシェルに、勇は何かを察して声を上げずに居たのである。
「久しぶりの再会だし……そうね、近くに行き着けのコーヒーショップがあるからそこでちょっとお話しましょう! ちょっと待ってて、今着替えて来るから……」
そう言い残し、彼女は勇をその場に残したまま家の奥へと再び戻っていった。
僅か3分程……再びミシェルが姿を現した。
先程とは打って変わり、シャツ一枚に上着を重ね、アンダーは太ももの太さを強調する様な大きめのロングパンツ。
着こなす様はさすがのミシェルと言った所だろうか。
「お待たせ。 さぁさ行きましょう?」
ミシェルが勇の横をすり抜けていく。
勇もまた前を行く彼女の後に付き、二人は深夜の住宅街へと向けて歩いて行くのだった。