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時き継幻想フララジカ 第三部 『真界編』  作者: ひなうさ
第三十七節 「二天に集え 剣勇の誓い 蛇岩の矛は空を尽くす」
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~師に兄、金に嵐槌を託す~

 隠れ里には大抵、古来よりの特殊技術が代々受け継がれ続けている。

 かつて栄えた高度な技術を少しでも忘れない為に。

 そしてその技術を流出させぬよう、里から出てはいけないという掟まで設けて。


 カプロの故郷アルライの里では魔剣修復技術が。

 ピネの故郷ラマヤ族の里では魔剣製造技術が。

 もちろんここだけではなく、同様の技術が世界各地の隠れ里で受け継がれている事だろう。


 でもその伝統を受け継ぐカプロが出ていった今、アルライの里の特殊技術は廃れたも同然だ。

 伝承者であるバノが槌を奮えない今、技術を他の者に伝える事は困難だろうから。


 それでもバノは工房に居続ける。

 いつか帰ってくるかもしれないカプロへ工房を返す為に。

 もしくは相応しき者に委ねる為に。


「懐かしいな、この工房も……バノ殿、お久しぶりで御座います」


「んん、誰かと思えば……アージじゃねぇけ」


 そんな里外れの工房に一人の人物が訪れる。


 そう、アージだ。

 先程の騒動を終え、そのままその足でやってきたのだ。

 というのも、アージの目的こそバノに会う事だったから。


 そんな二人はどうやら顔見知りの模様。


「えぇ、フララジカ以前にご挨拶へ伺って以来です。 その後は色々とあって顔を出せませんでしたが」


 それも当然か。

 アージ自身は既にこの里に訪れた事があるのだから。

 だからジヨヨ村長やバノにも面識がある。


 もっとも、アージがアルライの里を知っていたのは周知の事だが。


「しかしおめぇさんがここに来るなんざ珍しいのぉ。 昔は『魔剣を全て破壊するから縁は無い』とか言って息巻いとったってぇのに」


「懐かしい話で、 恥ずかしくもあります。 あの頃は悟った気でありながら、まだまだ若かったのだなと」


 アージとマヴォが【白の兄弟】として魔剣使いを屠り続けていた事はもう昔の話で。

 勇達と関わってから、彼の価値観は幾度と無く変化してきた。


 目まぐるしい程に、自分の目的を見失ってしまいそうな程に。


 そうも思えば昔の事も懐かしく思えよう。

 その通り名さえ恥ずかしいと思える程にも。


「そして愚かしくもあります。 ついこの間まで、ユウ殿と仲違いをしておりまして。 そこで自分の無知さを痛感致しましたよ」


 そして劣っていると思っていた弟マヴォに叩きのめされ、知った。

 己が如何に浅はかで、無責任だったのかを。


 痛感する余り、そこにはバノの前で頭を垂れるアージの姿が。

 自分が何よりも未熟であった事の情けなさを悔いるが故に。


「……そうけ。 まぁおめぇさんが何を思ってユウ殿と相対したかは知らんが、そん時信じてたモンがあったんじゃろ? なら信念を貫くのも後悔すんのもおめぇさんの自由じゃ。 それを力に出来るかどうかはおめぇさん次第じゃけぇ」


「ええ。 なので私はもう恥を受け入れて生きていく事を決めました。 そこで力添えを頂きたく、バノ殿の―――いえ、【オルバノ】様の下に参った次第であります」


 しかしそんなアージから放たれた名が、バノに「ピクリ」と震わせる程の動揺を誘う。

 睨みつける様な鋭い視線を向けて。


「……随分と懐かしい名を引っ張り出してきたモンじゃのぉ?」


「ええ。 師匠より『困った時はアルライのバノ、【双嵐槌(ケヴィド) オルバノ】に頼め』とそう言い聞かされましたもので」


「カノバトの野郎……まぁた厄介な話を弟子どもに吹き込んだもんやな」

 

 動揺するのも当然か。

 その名こそ、バノの過去を紐解く鍵とも言えるものなのだから。

 勇を前にしてもなお解き放つ事の無かった、彼の深い過去を。


 バノとカノバト。

 この二人が実は旧知の仲であったという事実を。


 ―――いや、旧知の仲というにはいささか不釣り合いか。

 どちらかと言えば因縁の仲、と言った方が正しいのかもしれない。


「あの野郎と仲違いしとんのは聞いとるけ?」


「ええ聞き及んでおります。 それでもなおカノバト師匠は貴方を慕い続けておりました。 『血の違いなどでは覆せぬ真の兄』なのだと。 その理由も然り」


「ったく、都合のいい事ばかり言いやがって……てめぇがカジェリ奪い取ったのが発端やろがぃ」


 とはいえ、封印した負の過去を知らぬ内に頼りとされれば、こうも不満に思う事だろう。


 たちまち机に「ドカリ」と両腕が置かれ、バノの顔に「ムスッ」とした表情が浮かび上がる。

 それに「ふんすっ」と蒸気の如き鼻息を吹き出していて。


 この様子では、今にも爆発してしまいそうだ。


「所詮一人の女を巡って争った魔剣使いコンビの間抜け話じゃけぇ、鼻で笑えばよかろォ」


「いえ、決してそういうつもりでは……」


「まぁほんに笑い話にしかなんねぇ。 あんときゃワシも随分若かったからのぉ。 おめぇさんが浮く位に大暴れしたもんよ。 んで争いなんざ無い方がええって思えるくらいに思い知らされたもんやわ」


 その怒りも次第に蒸気と共に大気へ消え行き。

 かつての思い出が今度は深い溜息と共に吐き出されていく。


 アージにも負けない程の後悔の念と共に。


「師匠も後悔しておりました。 仲違いしなければ、彼女が死ぬ事は無かったのではないかと」


「せやなぁ。 なんで争っちまったんやろなぁって常々思うわ」


 その後悔の念が、ふとバノの脳裏に過去の思い出を過らせる。

 ずっとずっと昔の、若かりし頃。

 彼がまだ若者だった頃の。




――――――

――――

――




 かつてバノが里を飛び出して世界を駆け巡っていた頃。

 若かった彼はある時出会った一人の男と意気投合し、コンビを組んだのだそうな。

 ただし、隠れ里であるアルライの里に迷惑を掛けぬよう密かに偽名を付けて。


 それが【オルバノ】と【カノバト】。

 一世に轟く用心棒コンビの誕生であった。


 二人の実力は並みの魔剣使いでは歯が立たず。

 迫り来る敵を全て薙ぎ払い、人間達に畏れられる事に。

 それも一か所に留まらず、多くの国々へと転々として。


 ゆくゆくはその名が各地で轟く事に。

 手練れの人間魔剣使いとも戦うなど、その青春はほぼ戦いで塗り潰されたのだとか。


 そんな戦いに明け暮れていたある日、二人の下にとある人物が現れた。

 それがカジェリという女性。


 その出会いは、とある魔者の里で雇われた時の事。

 身の回りの世話をと彼女が二人にあてがわれたのだそう。


 しかしそのカジェリは実に心優しく、親身で。

 何に対しても首を横に振らず、二人に尽くしてくれて。


 そんな彼女に二人はぞっこんとなり。

 その想いがとうとう奪い合いにまで発展する。

 遂にはカノバトの方が彼女を攫い、地の果てで添い遂げたのだという。


 でもそこへオルバノが乱入、二人の間で熾烈な戦いが始まった。

 もはやそれは愛を掛けた殺し合い、血みどろの争いに。

 その末に、逆にカノバトがオルバノを追い詰めたのだが―――


 そんなオルバノをカジェリが庇い、命を落としたのだ。


 カジェリは本当はオルバノの事を愛していた。

 けれどそれはもう叶わないと、自身の想いを諦めていたのだそう。

 それ程までにカノバトが自分の事を愛してくれていたから。

 

 その事実を語り死んでいったカジェリを看取り、戦いは終わった。

 互いに後悔を抱き、責める事も償う事もしないまま。


 そして二人はもう二度と会う事は無いと、心に誓ったのである。




――

――――

――――――





 しかしそこに秘めたる想いはアージに受け継がれ、今こうして運んできた。

 後悔を払拭する機会と共に。


 例えそれが恥であろうとも関係は無い。

 全ては今を乗り越え、明日を得る為に必要な事なのだから。


「じゃがおめぇさんはそのカノバトをやっちまったんじゃろ? その事はどう思っとるんじゃい?」


「……やはりご存知だったのですね」


「当然じゃい。 ワシもあん時あの場におったからのぉ」


 そう、この場に居る事そのものがアージにとっての最大の恥だ。

 自らの手で殺した師匠の言伝に従い、慕う程の相棒だったバノを頼っているのだから。

 まともな人格者であればむしろ罪悪感ゆえに近づく事さえ出来無いだろう。


 でもそれは(ひとえ)に、世界の為に。


 もうアージは己を犠牲にする事も厭わない。

 勇達の礎となり、支える為にも。




「師匠を討ち取ったのは私の慢心がゆえ。 しかし生きていれば、師匠もまた私が突き進んだのと同じ道を行った事でしょう。 共に誤った道を行った事にこそ後悔はすれど、師匠と同じ道を歩めた事は心より誇りに思っております」




 だからこそ、心の内もまた曝け出すのみ。

 何一つ飾る事無く、偽る事も無く。

 そこにもはや志は要らない。


 自身を育ててくれた恩師に報いる為にも。

 アージはあるべき姿を貫く、ただそれだけだ。


「……そうけ。 カノバトの野郎、良い息子(弟子)を持ったようやなぁ。 羨ましい限りじゃわ」


 そしてその想いはバノにも通ずる。

 自分もこれだけ誠実であれば愛した人を失わずに済んだのだろうか、と。

 その過ちを繰り返さない様に育て上げたカノバトの気持ちが伝わる様で。


 気付けばバノの荒々しかった鼻息も収まり、しんみりした姿がそこに。


 きっと今の一言だけで充分伝わったのだろう。

 アージとかつての相棒カノバトの積年の想いが。


 その想いを惜しむ事無く曝け出された今、あのバノが応えない訳が無い。


「んで、おめぇさんはワシに何を求める? ユウ殿の力になるっちうなら何でもやったらぁ」


「ありがとうございます! ……では、この魔剣を修復して頂きたく」


 すると、そんな意気込みを見せるバノの前に背負っていた袋を「ゴトリ」と落とす。

 そのまま封を解いて開いて見れば―――


 そこには砕けた魔剣【アストルディ】の破片達が。


「きっと今カプロに魔剣製造を依頼しても造って貰えはしないでしょう。 ですが私にはこれ以上の力になれる魔剣は存じませぬ。 故に、何卒(なにとぞ)この魔剣を復元して頂きたいのです……!!」


「ほぉ、コイツぁまたとんでもない壊れ方しとるのぉ」


 マヴォとの戦いによって砕けた刀身はもはや跡形も無い。

 それだけ激しく破砕され尽くしたから。

 命力珠も既に光を失い、黒く燻っている。


 それはつまり……


「じゃが、こりゃさすがに無理じゃのぉ。 完全に死んどる」


「そこを何とか!! これを基礎に新たな魔剣を構築したりなどは―――」


「無理と言うとろぉが。 一度死にゃ、魔剣を構築する意思が吹っ飛んで力が消える。 そこに新しい命力珠をぶっこんでも、只の金属の塊にしかなりゃせん」


「―――うぅ……ッ!?」


 そう、修復不可能だ。

 これは避けられない事実である。


 魔剣【アストルディ】―――古代三十種が一番【アスタヴェルペダン】はもう死んだ。

 マヴォとの戦いで刀身は粉々に砕かれ、その命は完全に消し飛ばされたのだ。


「そんな……では俺の力はもう……」


 この事実を前にアージの落胆は隠せない。

 ずっと修復して貰う事だけを希望とし、アルライの里までやって来たのに。


 その希望という衝立が潰えた今、支えられていた心の足場が奈落の底へと落ちていく。




「ったく、そんなとこまでカノバトの野郎に似んでもよかろ。 ちょい待っとれぇ!!」


 


 だが、アージの心までは落ちていなかった。

 バノがすんでの所で掬い取っていたのだ。


 すると何やら、バノが溶鉱炉の設置された壁を探り始めていて。

 その巨大な腕が「グイッ」と押し込まれると、途端にその壁が開き始める。


 そしてそこから―――なんと一本の巨大な黄金槌が姿を現したではないか。 


 それはいつか【東京事変】の際、バノが奮っていた黄金槌。

 あの嵐の如き旋風攻撃を実現した、大槌型魔剣である。


「コイツを持ってけぇ。 魔剣【グダンガラム】じゃ。 かつて嵐帝と呼ばれた無敵無敗の男が持っていたっちゅう業物じゃけぇ。 古代三十種じゃあねぇが、相応に古くて強力なモンよ。 おめぇさんなら十二分に扱えるじゃろ」


「なんと……ッ!? よろしいのですか、その様な代物を頂いて!?」


「かまへん。 世界が掛かってるちゅう時に仕舞い込むよか、使い潰した方がええじゃろ」


「あ、ありがとう、ございますッ!!!」


 その魔剣が遂にアージの両手に添えられる。

 両手で支えねばならない程にズシリとした重厚感を誇る黄金槌が。


 その筐体に秘められし数々の願いと共に。


「それでユウ殿の力になったってくれぇや。 願わくばこの世界にあるべき姿を、な」


「はいッ!! このご恩はいつか必ずお返し致します!!」


「要らん。 若モンのおめぇさんが世界を正しく導けばそれだけで十分じゃあ」


 その願いをアージに託し、バノは再びドカリと椅子に座り込む。

 「もう行け」と言わんばかりに、出口へ向けて顎で「クイッ」と示しながら。


 誇り高き年寄りは深く語れど茶を濁さない。

 後の事は若者の領分なのだとわかっているから。


 積み重ねて来た願いと力を託し、静かに見送るだけだ。


「わかりました。 では、行って参ります。 また生きてお会いしましょう」


「おう。 くたばらん様に頑張って生きて待っといてやるけぇな」


 生き残るべき理由を一つ残して。




 新たな力を得て、アージが工房を後にする。

 グランディーヴァと合流し、勇達に力を貸す為にも。


 その踏み出せし一歩は、今までよりもずっと気高く強く。






 だが、その気高さも間も無く慄きへと変わる事と成るが。






「ヌゥ? なんだ、夜か?」


 突如として、里が真っ暗な闇に包まれたのだ。

 電灯が無ければ周囲が見えない程の闇に。


 でもそれは唐突過ぎた。

 余りにも不自然と思う程に。


 そうなれば見上げるのも必然だろう。

 太陽の光を求めて、夜の理由を求めて。




 そして気付くだろう。


 常夜となったその原因に。




「う、おおおおッッッ!!!?? ば、バカなあああ!!??」




 アージが驚愕し、これでもかという程に目を見開かせる。

 恐るべき事実を知ってしまったから。

 常識を遥かに超えた存在に気付いてしまったから。


 昼間に闇夜を落とす原因の正体を知ってしまったから。




 その時、空に浮かぶは岩肌。

 それも空を埋め尽くす程に圧倒的な巨大さの。




 それはまるで岩の蛇。

 果てまで続く長い島が―――いや、大陸が空に浮かんでいたのである。

 余りの大きさが故に、太陽光を遥か先にまで遮って。


「あ、あり得ん、なんなのだあれは……!?」


 その岩蛇は今もゆっくりと景色の先に動き続けている。

 大地に巨大な影を落としながら。


 なおも里を影で覆い尽くしたままに。


 その常識外れの物体を前に、ちっぽけなアージ如きがどう出来ようか。

 ただただ立ち尽くし、岩蛇の行く先を見届けるのみ。




 太平洋側へ悠々と進み続けるだけの、巨岩の行く末を。




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