~SIDE瀬玲-01 秘密と心情の交錯~
現在時刻 日本時間15:14......
勇と茶奈が海上を突き抜けている頃……。
二人を見送った心輝達は渋谷の状況を一通り確認し終え、帰路へと就いていた。
それと言うのも、瀬玲が報告を行った際に「必要以上の介入は認めない」と管理部から通達されていたからだ。
勇と茶奈を見送る事も出来たという事もあり、後始末は都政や警察にお任せである。
三人が街を駆け抜ければ、本部まで帰るのに30分も掛かりはしない。
勇と比べれば遅いが、交通状況に左右されずに移動出来る分、如何なる交通手段よりも早く帰る事が可能だ。
早くも民家の上空を跳ねる三人の視界には本部が見え始めていた。
しかしそこで彼等は本部で何かが起きている事に気が付く。
本部屋上にあるヘリポートや、グラウンドに軍用ヘリコプターが四機ほど着陸しており、人影が急ぐ様に駆けまわっていたのだ。
この様な場合、思い付くのは……五番隊、六番隊の出撃である。
現代人の傭兵で構成された部隊は二部隊合計で四十人。
武装は対命力銃器、ナイフ形の人工魔剣、防弾チョッキ型の人工魔装で統一。
彼等自身の能力は未知数だが……武器そのものはオリジナルの魔剣と違い、現代武器と大差は無いと言える。
ただ魔者に通用する……それだけの武器に過ぎない。
「シン、あの状況……」
『ああ……なんかあるみてぇだな』
三人がインカムを利用し、意思を共有し合う。
どう見ても渋谷の【二次転移】に向けた行動ではない。
いくらなんでも遅い対応だからだ。
まるで別所で何かを行う為の……。
『セリ、嫌な予感がします。 あのヘリコプターはどう見ても国内移動用です』
「わかってる……急いで戻って確認しよう」
イシュライトの指摘通り、それは国内移動用のヘリコプター。
普段、彼等が海外に移動する際は専用の大型バスで移動する。
経費節約と、組織の合理的行動による遅延レスが計られた結果である。
それ故に、そこにヘリコプターがある事が余りにも不自然だったのだ。
三人が揃ってグラウンドへ飛び込むと、そのまま駆け出して走る隊員達に声を掛ける。
「一体何があったのか」……そんな事を聞くも、隊員は振り向くだけで応える事無く走り去っていった。
他の隊員や職員に聞いても同様で、まるで誰一人語る事は無い。
しかしこれは彼等にとってはいつもの事だった。
「相変わらずアイツラ俺達の事完全スルーだよな!!」
周りに走り回る関係者が居るにも関わらず、わざと聞こえる様に心輝が声を荒げる。
反応して視線を向ける者も、それにすら一言も返す事無く去っていく。
彼等を包む疎外感。
今や彼等は魔特隊にとって、外に向けて発信するだけのただの置物に過ぎない。
結局誰からも情報を引き出す事が出来ないまま、三人は本部建屋へと足を踏み入れていた。
「ったく……状況把握も出来ないなんて……あ……」
そんな時、瀬玲の視線に一人の男の姿が映り込んだ。
その男、周囲で走る隊員と同じ風貌でありながら……急ぐ事も無く、長物である銃器を肩に抱えながら瀬玲達の方へと向けて悠々と廊下を歩いている。
髪は僅かに赤み掛かったブロンド、面長だが僅かに角ばり無精髭が目立つ。
背丈は190センチメートル程、ガタイの良い肩幅に対して頭が小さく見える……体型の良い白人の男性だ。
迷彩色の軍服が良く似合うと言えばわかりやすいだろうか。
「ディック……丁度いい所に」
「おや、セリィーヌ……どうしたんだい、そんなに血相変えてさ?」
渋めの低い声だが、口調はどこか下心を感じさせる。
彼の名はディクシー=フィンシス。
出身はフランスだが、帰国する事も無く各国を転々とする典型的な傭兵だ。
そもそもが本名である事すら不明なのだが……この様な身軽な性格の為か、比較的茶奈達と会話する事が出来る人物でもある。
というよりも……唯一、彼等と話が通じる……と言った方が正しいだろうか。
「もしかして俺に会いに来てくれた!? いやぁ~嬉しいなぁ~!! でも俺は立場上、君の愛を受け入れる事は出来ないッ……んん~~~!!」
「あっはいはい、そういうのはいいから」
こんなノリが無ければきっと良い仲になれたのだろう。
比較的顔付きは良いのだが……女性へ手を出すのが非常に早いのが困り所だ。
きっと祖国ではこんなノリが好まれるのだろう、こんな彼でも結婚経験はあるそう。
瀬玲にとって性格は言わずもがな、彼の顔もアウトらしく、恋愛対象には入っていない。
「ディック、お願い教えて……今何が起きてるの?」
瀬玲が真剣な眼差しをディックに向けて問い掛けると、彼はにやけた口元の口角を僅かに下げる。
僅かに青の目を細め、眉を降ろしていた。
「……悪いが、愛しのセリィーヌにもそれは教えられないな。 規則なんでね」
彼もまた六番隊の隊員。
傭兵である以上、雇い主の命令は絶対だ。
余程の事が無い限り……金の為にもそれに背く事は無い。
「そう……わかった、ごめん……」
瀬玲達にはある意味で言えば彼が最後の砦の様なもの。
基本的に介入しない五、六番隊の隊員とは違う、最も人間らしく応対出来る人物だったから。
瀬玲と心輝は項垂れる様に肩を落とし、擦れ違うディックに視線を向ける事無く、手だけで彼を見送った。
そんな時、不意に彼の足が止まる。
よく見れば、周囲はもう準備を終えたのだろうか、往来する人間は居なくなっていた。
それに気付いたのか……ディックが振り返る事無く、一人で勝手に語り始めた。
「……全く世の中世知辛いもんだねぇ……」
まるで独り言の様だった。
それに気付いた瀬玲達だったが、その口調を前に振り向く事無く耳だけを貸す。
それはディックなりの瀬玲達に向けたメッセ―ジ。
「これから友好的なハズのカラクラの里を攻めなきゃなんねぇなんてなぁ」
「ッ!?」
そんな彼が口走ったのは……瀬玲達が驚愕するに値する内容だった。
カラクラの里……それはかつて仲間だった鳩型魔者のジョゾウ達が住む魔者の里。
東北の山中に里を構える彼等は人間に比較的寛容で、早い段階で日本政府と和平を結んでいた言わば友好種族。
魔特隊のピンチに駆け付けた事もある程に親密であったはずである。
「……正直、今回の事はやり過ぎなんじゃあないかって思ってはいる。 なんたって出された作戦目的は、里の制圧あるいは殲滅だからな……」
ディックから語られる内容を前に、瀬玲達は拳を握り締めて耐える他無い。
彼も命令に従っているだけで……こうやって語る通り、その意思は瀬玲側に比較的近いのだから。
熱い心輝ですら彼の立場がわかっているから、ただ聞き届ける事しか出来なかった。
「さぁて、置いてけぼりを食らっちゃマズいからなぁ……急がんとね」
その言葉を最後に……ディックは再び歩み出し、彼を待っているであろうグラウンド上のヘリコプターへと向けて駆け出していく。
それを見送りたくても見送れなくて……三人はただ静かに佇む事しか出来なかった。
数機のヘリコプターが空を舞っていく。
当然その中にはディックの姿も在った。
空へと舞い上がるヘリコプターを、廊下の窓越しに見つめる瀬玲達。
だがその瞳はどこか決意を感じさせる様な……力強い視線を向けていた。




