~無に限、天に剣塵の二星~
剣聖の打ち放った一撃は大地を深く抉り取る程に豪胆極至。
勇の体を高速回転させる程の強さで弾き飛ばす。
この力こそ、命力の流れで遠心力まで生む【命流滑】という技術。
相手を引き込む事も、正拳突きに回転慣性を与える事も可能とする命流操作術だ。
この技術はラクアンツェの【光破滅突】の基礎ともなっている。
故に、今の一撃はまさに必殺完滅クラス。
並の相手ならば原型すら留める事無く消し飛ぶ事だろう。
だが相手は人間ではないし、並みですら無い。
ならばこれで立ち止まる理由も無い。
「くはは!! いくぜぇ!! どんどんブッ飛ばすぜぇーーーッ!!」
景色の彼方へ吹き飛ばした勇を追い、剣聖が木片だらけの荒野を駆け抜ける。
今自分が造り上げた荒野を。
ただひたすらに満足するまで。
それから長い長い時間が過ぎ去った。
始まった当初は朝だったが、気付けば空が赤みを帯びていて。
それでも二人はなお大地を駆けずり回り、荒野を更なる荒れ地へと拓いていく。
「これが【心点衝】だッ!! そしてこいつが【外点裂】だあ!!」
「これくらいッ!!」
しかし時間が経てば経つ程、技を見せれば見せる程に。
繰り出す技術に地味さが目立ち始め、今やその威力や目新しさは乏しい。
それに加え、既に根幹技術とも言える【剛命功】、【命踏身】、【命流滑】を使いこなせる今の勇に対処出来ぬ物は無く。
当初は自慢げに披露していたものなのだが。
こうも簡単に凌いで見せられると、剣聖としても心境は複雑だ。
「ぬっがあ!! ならこれでどうだあッ!! これが【光る眼】だ!!」
「まんまじゃないですかあ!!」
そして挙句に捻り出されたのは、ただ目が光るだけの技術。
夜間であれば便利ではあるが、まだそこまでの時間帯でもない訳で。
どうやらもう技術を出し尽くしたらしい。
やはり半日以上ぶっ続ければ、いくら技術の宝庫と言えど在庫切れは免れない。
しかも互いにもう疲労困憊で満身創痍。
肩で息をするまでに動き回り、痣を全身に残す程に打たれ続け。
遂には二人とも立ち止まって呼吸を整える姿が。
勇も剣聖もここまで力を出し尽くすのは初めてで。
しかも思いっきり飛ばした所為か、想像以上に疲弊しきった様だ。
剣聖に至っては先程までより体が縮んでいる様にも見える。
余りの疲弊に、自然と体が温存を求めたからだろう。
つまりどちらも余力はもうそれほど残されていない、という事だ。
「チッ、しゃーねぇ。 ならもうそろそろ決着付けるかぁ」
「そうですね、もうすぐ夜になるし。 それにもう俺は満足ですから……!」
「へっ、言うじゃあねぇか。 だが簡単にゃ終わらせねーぞぉ?」
でも気力だけは満ち溢れている。
まだまだ戦い足りないと言わんばかりに。
そうもなれば、もう小細工はここまでだ。
決着を付ける。
それはすなわち、互いに全てをぶつけ合うという事に他ならない。
ならばやる事はただ一つ。
今までに得て来た技術の粋を存分に奮うのみ。
「どうかなッ!? ここからは【創世の鍵】の力を使わせてもらうぞッ!!」
「くははあッ!! いいぜえ!! 来なぁ!! 俺がそれも纏めて返り討ちにしてやらあ!!」
だからこそ、二人は再び踏み出す。
全力で打ち込み、勝利する為に。
ドギャギャギャギャンッッッ!!!!
たちまち始まったのは凄まじい斬撃の応酬だった。
どちらも譲らず、撃ち込んでは避け、撃ち込んではいなし、薙ぎ払い。
絶え間の無い金鳴音がその場に鳴り響き続ける。
ただ、今までと違うのは―――周囲の異様な静けさだ。
ここまでは大地を吹き飛ばしながら戦っていたのに。
今となってはとても静かなもので、土煙すら殆ど上がらず。
草木が靡く程にしか風も吹かず、衝撃すら巻き起こる事も無い。
それもそのはず。
二人はこうして叩き合っている間も、周囲の空間圧力を制御し合っているのだから。
空気とは実に重い流体である。
ほんの少し圧力を上げれば人間の体を容易に動かせる程に。
ただ単に見えず、触れない程に無形であるからそう気付けないだけだ。
だからこそ、その空気の流れ―――風にほんの少しでも乗れば強い力を生む事が出来る。
それは勇達の様な人を超えた者に対しても有効で。
むしろその力を利用して想像を絶する攻撃力に換える事も可能。
そうさせない為に、二人とも制御し合っているのだ。
どちら側にも風を吹かせない様に。
これこそが【命流滑】の真髄。
命力による空間物質制御は無風の激戦すら可能とするのである。
そして大地もまた【剛命功】の力が作用し、土粒一つ巻き上げさせはしない。
それだけ命力・天力の根が深く多く張り巡らされているのだから。
故に、二人とも打ち合う姿は豪胆そのものだ。
一撃一撃に虹燐光が撒き散らされ、静かながらに激しさを物語る。
しかも勇は剣聖の二刀連撃をたった一本の創世剣で凌ぎきっている。
これこそ【命踏身】の真髄によるもの。
空気すら触れられる様になった勇にとって、身の回り全てが加速物質と同義。
その技術に勇の編み出した【極天陣】を合わせ込めば、たちまち無敵の防御壁と化す。
そしてそれは当然、攻撃にさえ転換可能だ。
極限に達した斬撃はまさに光の如し。
防御の合間に閃光が走れば、間も無くその軌道上に何者をも切り裂く残光が刻まれる。
でもそれを剣聖は躱して見せる。
肩先、首先、視線スレスレを、全て見切って躱し尽くす。
どちらも心技体を極めた今、互いに付け入る隙が見当たらない。
それ程までに、この攻防は激しく鋭く無駄が無い。
それ故に、行き着く先は―――力押し。
「力の強い方が勝つ」、戦いの原初へと立ち戻るのである。
ただ、その力押しも直ぐに均衡が崩れる事となる。
「ウオオーーーーーーッッッ!!!!」
「ぐぅあッ!?」
単純な力ならば、剣聖が上回る事は必然。
やはり一日の長、体格と経験と積み重ねが今こそ底力を見せつける。
魔剣で叩いて、叩いて、叩き続ける。
力で押され、動きを止めた勇へと一方的に。
防御されていようがお構いなく。
その荒々しい姿はまさに魔人そのもの。
このまま勇自身を大地へ釘の如く打ち付ける事も厭わない。
バギッ!! バッギャンッ!!!
余りの威力故に、剣聖の持つ魔剣の一本が遂に限界を迎える。
その極太の刀身に亀裂が生じ始めたのだ。
でも止まらない。
止めるつもりなど全く無い。
元より奮う魔剣など飾りに過ぎないから。
己が最も使いやすい、ただそれだけの道具に過ぎないのだから。
魔剣が壊れようが砕けようが、今の剣聖にとってはもうどうでもいい。
存分に暴れられるならそれだけで。
激戦の末に勇を倒せるならば。
とはいえ、その亀裂こそが剣聖の剛打に終止符を打つ事となる。
今一度斬撃が振り下ろされた時、勇には見えた。
僅かに振れた切っ先が。
力の方向性が僅かにずれた斬撃が。
亀裂という僅かな変化が空間制御内において著しい変化へと昇華したのだ。
その隙を突き、勇が遂に反撃を開始する。
敢えて剣を滑らせていなし、その摩擦力と【命踏身】によって自身を強く回転させたのだ。
駒の動き、超回転力によって斬撃の威力を跳ね上げる為に。
その回転力はもはや剣聖が慄く程に高速。
そこから生まれた斬撃であれば、鋼の肉体をも切り裂く事が不可能ではないからこそ。
しかしその斬撃を、剣聖はなんと受け流していた。
それはまるで柔肌を扱うかの様に。
綿毛に触れるかの様に。
繊細かつ丁寧な剣捌きで、回転斬撃を滑らせていたのである。
しかもその僅かな反発力で、追撃を加える程の勢いを実現しながら。
そうして実現されたのは、もう片手の魔剣による大振り横薙ぎ一閃。
余りの速度故か、魔剣そのものに雷さえ纏わせて。
対する勇は空中で回転したまま。
剣聖に小細工は通用しない。
自慢の回転力を受け流され、逆に隙作りとして利用されたのだ。
「くぅぅ!!?」
迫る轟雷一閃。
それを強引に受け流す勇。
余りの摩擦によって飛び散る火花。
ギャギャギャッ!!!
だが防御で怯んだ勇に間髪入れず、剣聖の膝蹴りが打ち込まれる。
パパァーーーンッ!!
それも寸後に爪先蹴りまで加えた鋭い二連蹴りを。
これには勇であろうとひとたまりもない。
たちまちその身が激しく弾かれ宙を舞う。
でも今の一撃はあくまでも追撃に過ぎず。
渾身の一撃ではないからこそ、受けたダメージも乏しい。
ならばと、咄嗟に受け身をとりつつ大地を滑る。
更なる追撃を警戒し、その身を固めながら。
「う、ああッ!?」
だがこの時、勇は垣間見る。
剣聖であることの力の証明をその眼で―――再び。
天に描かれし無限の軌跡を前にして。
それはまさに天を覆い尽くさんばかりの二つの日輪。
光が迸り、駆け巡り、火花を打ち放つ。
天を削り、地を滅し、空を裂いて音を打つ。
これぞまさに、二つの天を剣によりて塵と化さんとする力の奔流。
これぞ究極の剣技。
これぞ至極の滅力。
剣聖が誇る最高最強の必殺剣。
「かあああああッッッ!!! 【二 天 剣 塵】!!!!!」
そして撃ち放たれしは無数の円環光。
そのいずれもが何者をも断裂し、塵芥と化す破壊の光輪剣。
それが一挙にして、勇へと襲い掛かる。
いつかの戦いで見せつけた究極剣、【二天剣塵】。
あの巨大なグリュダンを無数の岩塊へと変えた技は今も健在。
その力が遂に今解き放たれた。
この必殺奥義を前に、勇は果たして―――




