~剣に勇、頂に極人降臨す~
勇と剣聖。
二人は世界の融合が始まったその日に巡り合い、それから幾度と無く行動を共にしてきた。
師弟として、仲間として、時には後援者として。
『あちら側』の事を何も知らない勇に、剣聖は多くの知識と戦う力を与えた。
『こちら側』の事を何も知らない剣聖に、勇はあるべき心の在り方を教えた。
そういった意味で言えば、二人はどちらも師であり弟子なのだろう。
そしてこの日、その二人が遂に本気で相対する。
ブライアンの用意したこの地、グランドキャニオン国立公園のど真ん中にて。
しかもそこに立つ一つ山の頂きで。
もちろんこれは決して殺し合いではない。
これから行われるのは決闘であり、腕試しでもある。
己が今までに培ってきた全てをぶつける為の。
「ところで、なんで俺と戦いたいなんて思ったんです?」
「おぅ、おめぇにゃあずっと興味があったからなぁ」
とはいえ、その戦いを前にしても二人の雰囲気は緩いままだ。
ストレッチを始めながらもこんな会話を交わしていて。
その距離感は師弟というよりも友達同士に近い。
つまり、いつも通りという事だ。
「厳密に言やぁ、おめぇが天士になったあの日からだな。 あん時、俺の事を抑え込んだだろ? だから俺ぁ確信した。 おめぇが相応の力を秘めてるんだってな」
だからこそ剣聖もまた、己の内をこうして曝け出す事が出来る。
剣聖の言う〝あの日〟とはすなわち、タイ王国での出来事の事だ。
勇が初めて創世剣を手にした時である。
あの時、ゴトフ族長ヤヴの話に憤慨した剣聖を、勇が力で抑え込んだ。
それ以来、剣聖はただじっと待ち続けていたのだろう。
自身を抑え込める程の者との対決を。
自身の真価を発揮出来る者との戦いを。
「まぁさすがに俺も世界をほったらかして戦いたいと思うほど馬鹿じゃあねぇ。 だからおめぇが落ち着くのを待ってたってワケよ」
「あぁ~……なんかすいません」
ただ悲しいかな、勇もそれ以降はなかなか暇が取れなくて。
結構緩やかに過ごしていた様に見えて、割と忙しかったから。
でもようやく救世同盟問題が解決して、一旦の踏ん切りは着いた。
ならもう遠慮は無いと、剣聖はこうして乗り込む事を決めたのだろう。
「でももう遠慮はねぇだろう? こうやって場も提供されたなら、やるしかねぇよなぁ? へへっ」
「ええ、今日は全力でやりますよ。 にしてもこうやって戦うのは魔特隊の時以来かなぁ」
「あん時ゃ小突いたくらいで終わったから大した面白みもねぇ。 フェノーダラ城前でやり合った時の方がずっと面白かったぜ」
その戦いへの心持ちを高揚させる為か。
二人の話題もまた、かつての戦いを思い出させる事ばかりで。
こういう事は剣聖もしっかり覚えていた様だ。
そう、何一つ忘れる事無く。
「―――ほんとこの世界は楽しい事ばかりだ。 滅ぶ寸前だなんて思いたくねぇ程によ。 混ざった瞬間に大粒どもが集まりやがったからな。 今まではラクやデュゼロー、ギューゼルやギオくらいしか楽しめる奴は居なかったってぇのに」
「そうか、そこまで進化出来る人が居なかったんだな」
「おうよ。 だからこないだの総当たりも楽しかったぜぇ。 【灼雷】の野郎も【妖六華】の奴もなかなか手応えがありやがる。 茶奈に至ってはちぃと焦ったくらいだぜ」
「ヴィドナって誰です?」
「おぅ、セリの事だぁよ。 でもあの女、折角この俺が仇名を授けてやったのに〝あ、そういう事に興味ないんで〟とか言ってスルーしやがった」
「うん、セリはそうだろうな」
気付けばこんな愚痴交じりの会話まで始まる始末だ。
剣聖も腕を組んではしみじみと答える姿が。
よほど仇名を跳ね退けられた事が悔しかったらしい。
勇達現代人にとって、仇名や二つ名なんてものは無縁の長物で。
特に瀬玲の様にサブカルに一切興味の無い者ならば、冠する事すら恥ずかしいとも思うだろう。
それは彼等がそんな仇名にありがたみを感じていないから。
剣聖は実力の強さに関係無く、仲間や友人に近い存在だ。
超年長者でありながらどこか子供っぽくてぶっきらぼうだから。
それくらいの距離感で話した方がずっと気楽で話し易くて。
それに何より、その実力の実態がいまいち掴めなかったから。
なまじ相手の力に合わせて戦うからこそ。
いつもとぼけたり、抜けてたり、時には全力どころか後手後手で。
本当はそれほど強くないんじゃないか、とさえ思われてしまう程だった。
そんな人物に仇名を貰って嬉しいだろうか?
答えは否。
友達同士ならば遊びだとしか思わない。
せいぜい「呼び名として呼ばれるならもっと呼び易い名を」とさえ思うだろう。
「ま、なんだかんだであの女もやりやがる。 あの手この手で確実に俺の首を狙ってきやがったぜクハハッ!! まぁちょいと捻ってやったら大人しくなったがなぁ!」
「セリも言ってましたよ、剣聖さんの底が見えないって」
しかしもう、勇以外はその真価を垣間見た。
だからもう、彼等は剣聖に対しての見る目を変えた。
剣聖という存在は今の自分達では敵わない相手なのだと、ハッキリと悟らせたのだ。
そうもなれば瀬玲の様にしおらしくもなるだろう。
茶奈の様に目標として立てる事だってあるだろう。
先日の二人の変わり具合は、その真価を垣間見たからこそ。
「でもよ、そんなあいつ等の上をおめぇは行く。 間違い無く。 だから楽しみだったんだぜ? おめぇなら俺の全力を引き出してくれるってなぁ!!」
「全力……? 茶奈達を相手にして、まだ全力を出していなかったんですか!?」
「おぅよ、まだそこまでには至れてねぇ。 あいつらは確かにつえぇが地力がまだ無ぇからな。 命力があろうとも体が追い付かねぇのよ。 今までの奴等もそうだ。 強くなる事に目的を付けちまってるから伸び代が乗らねぇんだぁよ」
でも決して、剣聖を倒せる可能性が茶奈達に無い訳ではない。
今からでも正しく鍛えられれば、近い内にでも対等に戦う事が出来る様になるだろう。
ただし、その正しい方法こそ究極にして地味な苦行であるが。
「だが俺は知ってるぜ。 おめぇはあいつらとは違ぇ。 今この瞬間も強くなってるってなぁ!!」
「ッ!?」
「おめぇもわかってるんだろう? それこそが強くなるという事だってよぉ。 ならもう遠慮する事はねぇよなぁ―――」
そしてこの日、今度は勇が知るだろう。
先日たった一人で茶奈達を全員返り討ちにした剣聖の力を。
その先に秘められし〝最強〟の実力を。
「―――だからこれからは殺す気で掛かってこい。 でなけりゃ、おめぇが死ぬ……!!」
その瞬間、空気が変わった。
たったその一言が発せられただけで。
それだけではない。
何もかもが突如として異質を呼んだのだ。
大地が揺れ。
大気が震え。
風が止み。
雲を掻き消して。
辺りを巡る命脈もが悲鳴を上げる。
まるで地震が起きているかの様だった。
辺り一面が揺らされているかの様だった。
だがそれを一番強く感じているのは、紛れも無く―――勇。
「ぐぅぅ……ッ!!」
そこにもはや先程の緩みなど欠片も残されてはいない。
全身を突き刺さんばかりの威圧感が襲い掛かっていたからだ。
そう、これは【闘域】。
それも今まで感じた事の無い圧倒的な圧力を伴う程の。
その圧力はそれだけで勇を怯ませ、後ずさらせる程に強烈無比。
しかもそれはとても自然に。
剣聖がただその気を引き締めただけ。
たったそれだけで、周辺全てを気迫で呑み込んだのである。
「わりぃなぁ、ちょいと時間を貰うぜ……! ふぅオォォォォ……!!」
けどそれは始まりにしか過ぎない。
剣聖にとっては所詮ただの〝息継ぎ〟でしかないのだ。
巨大な両腕を左右に開き、吐息を絞りきらんばかりに深く深く吐き出していく。
肺の中の空気どころか、内臓全てに内包された気を全て放出せんばかりに。
吐いて、吐いて、吐き尽くす。
一切吸い込む事無く、何もかもをも吐き絞る。
逞しかった体を見るからに細くさせて。
そして遂にその時が訪れる。
メギョッ!! ゴリュリッ!!
突如としてその場に異音が響き始めたのだ。
始めは微細な音からだった。
耳を澄ましても聴こえなさそうな程の。
でもそれが次第に大きく成り続け、遂に勇の耳にまで届く。
そこで初めて気付く事ともなる。
剣聖の体が膨らみ始めていた事に。
いや、厳密に言えば膨らんでいるのではない―――
―――巨大化、している。
身長も、肩幅も。
それどころか腕の太さや関節位置までも。
異音一つ一つが掻き鳴らされる度に、「ボゴン、ボゴンッ!」と節々が変形しているのだ。
ただでさえ巨大な剣聖が、勇を影で覆う程に大きくなっているのである。
しかしその体からは、一切の命力を感じない。
つまり、これは命力で強化している訳ではない。
物理的に肉体が膨れ上がり、大きくなっているという事だ。
そんな事は物理的に有り得ないと思うだろうか。
常識から考えておかしいと思うだろうか。
そんな考えなど、凡人の持つ浅知恵から生まれた狭い理屈に過ぎない。
今、こうして剣聖は成し得ている。
理屈や常識など関係も無く。
三〇〇年という長い年月を経て鍛え上げ続けたその肉体で。
では何故そんな事が出来るのだろうか。
その答えは―――〝剣聖だから〟
この現象を説明するには、今はこの二文字だけで十分。
それ以外の論理は必要無い。
それを成し遂げられるのがこの剣聖という男なのだから。
物理現象や法則を遥かに覆す事をも厭わない、人の枠を超えた存在として。
「スゥゥゥゥゥゥ……かはぁ~~~~~~!!!」
ここでようやくその体に再び酸素を取り込み始める。
三メートル程までに膨れ上がったその体に。
するとどうだろう。
たちまち素肌が瞬きを生み始めたではないか。
本当に輝いているのだ。
まるで朝日に当てられた湖面の如く。
ギュムッ!! パパンッ!! トトォンッ!!
それだけでなく、今度は弾け跳ねる様な音まで。
体のあらゆる箇所から瞬きが煌めき、怪音が鳴り響く。
その様子はもはや形容しがたいまでに異様。
勇には何が起きているのかさえわかりはしない。
これは、肉体が喜んでいるのだ。
長い年月を経て、その体がようやく真の形へと戻った事を。
そう、これはただ単に戻っただけ。
巨大化したのではなく。
この姿こそが剣聖の本来あるべき姿なのだから。
今まで、剣聖は手加減して戦ってきた―――そう思い込まれていた。
でも決してそうでは無かったのだ。
剣聖は紛れも無く常に全力で戦っていた。
ただし、己のその身を極限にまで縮めながら。
例えるならば蛇腹の様に。
筋肉を、骨を、血管を、皮を。
全身くまなく均等に圧縮し続け、己の体を押し込んでいたのだ。
それも常時。
寝る時も、喰う時も、戦う時も、何もしていない時も。
常に押し込み、抑え、圧縮し続ける。
今まで見せた戦いも、圧縮率を軽減して少しだけ力を出していただけに過ぎない。
その上で、常に鍛え続ける。
体の節々にまで意識を向け、微細な振動を続ける事によって。
だから身体は常に小さいまま鍛え上げられ続けた。
元の形を知らないまま、解放されないままに。
それも寿命まで伸ばし、三〇〇年余という長い長い年月を延々と。
物忘れが激しかったのは、常に全身へ意識を集中していたから。
人の名などいちいち思い出していられない程にくまなく。
その全ては己が成長の為に。
しかしそれも今日までだ。
勇を前にして、遂に剣聖はその姿を堂々と晒す。
胸を張り裂かんばかりに両腕を大きく大きく開ききって。
日を受けて朱色に染まるその肉体はまさに輝くが如し。
「コォォォォォ……フゥゥゥゥゥ……」
己が肉体の悦びに浸り、全ての解放に感謝で返す。
望み続けた肉体へと進化を遂げてくれた事へ。
一呼吸一呼吸全てに意識を巡らせ、取り込まれた酸素を全身へくまなく送り込む事によって。
「すまねーな、待たせたぁ」
そうして吐かれた一言はとても穏やかで。
何も縛る事の無い声はむしろ若ささえ感じさせる。
これがきっと、剣聖の本来あるべき声色なのだろう。
三〇〇年間、衰える事無く己を鍛え続けた。
周りの者達がその上辺だけを眺めている間に。
世界を救う為にと始めた事も、結局はキッカケに過ぎない。
気付けば一つの疑問を持って、その答えを求め始めたから。
〝もし自分の体を一切休む事無く鍛え続けたらどうなるのだろう?〟と。
だから剣聖は実行したのだ。
目標は無く、でも止まる事は許さない。
好奇心―――ただそれを満たす為だけに、彼は止まらず強くなる事を決めたのである。
そして今、剣聖はその力を全て解放して勇の前に立つ。
同様の疑問を抱き、思うがまま常に鍛え上げて来た男の前に。
長い年月の間に培ってきた力を試す為にも。
でもここに立つのは、天士でも人間でも無い。
魔剣使いの極致、正解を更に超越した者なのだから。
『剣聖様の肉体はもはや私達が設定した基礎物理進化率を遥かに凌駕しています。 ここまでに至れる者はきっとこの宇宙全てにおいてもほとんど存在しないのではないでしょうか。 彼は間違いなく、今の勇の実力を超えている……!』
「天士を超える人間ってありうるのかよ……ッ!?」
それを敢えて名付けるならば―――【極人】。
天士に進化する事も無く、デュランの様に天力・命力を持ち合わせている訳でも無く。
人間であり続けながら、限界を超え続けた者のみが至れる究極の領域である。
『ああ、この世界は驚きに満ちています。 何もかもが私達の想定を越えていく。 この奇跡の巡り合いはやはり運命なのでしょうか』
「そう思いたいなッ!! でもそう悠長に話している余裕はもう無いぞッ!!!」
「ああ、無いぜ。 語るよりも殴り合おう。 互いの力を全て曝け出すまでよ」
その【極人】へと至った唯一の人間・剣聖が二本の魔剣を携え、勇の前に立つ。
解放されし身体を嬉々として軋ませながら。
もうその気迫・気力は止められそうも無い。
こうして遂に、勇と剣聖の本気のぶつかり合いの準備が整った。
これから始まるのは、究極 対 究極。
この戦いの熾烈さとは。
その先に待つ結末とは。
誰一人として結末の予想出来ない死闘が、今―――始まる。




