~空に観、城に願望求めて~
ブライアン大統領との会合の翌日。
アメリカ南部、アリゾナ州グランドキャニオン国立公園。
ここはかつて、あの岩石巨人グリュダンが現れた地。
勇達が海外で初めて戦ったという思い出深い場所だ。
そこにあるのは無数の切り立った山々ばかりで。
乾燥し、赤く染まり上がるほど焼かれた大地が人の入りすら拒むかのよう。
まともに草木が生えているのはせいぜい、山に囲まれて風に晒されない地域くらいで。
基本的には誰も住まず、いざ通るならば何も無い荒野の中を行く事になるだろう。
そんなひと気の無い山々を、遥か上空から眺める者が居た。
空を舞う鋼龍の珠箱庭の中から。
「ほほう、なかなかの絶景じゃあないか。 こんな景色が見られるなら、もっと早く乗っておけばよかったなぁ!! ハハハ!!」
シークレットサービス達に囲まれながら窓を嬉々として覗き込む。
それも、双眼鏡を片手に野太い笑い声を上げて。
そのはしゃぐ姿は子供の様な無邪気ささえ感じられるほど。
大柄な体からは想像も付かない程の浮かれっぷりだ。
「だがぁ、お陰で最高の気分で最高のショーが楽しめそうだ。 酒とツマミが欲しくなるくらいにな。 これなら私が場を提供した甲斐があったというものだ!!」
こんな昂りを見せる者こそ、グランディーヴァ一同をこの場に誘った張本人。
そう、ブライアンである。
側近代わりに福留が付き、二人並んで仲良く景色を見下ろす。
ただ福留はと言えば、ほんの少し眉尻を下げた不安そうな目付きで見つめていて。
「ところでブライアンさん、周囲の避難は済んでいますか?」
「当然だとも。 三〇マイル周辺は全て立ち入り禁止にした。 まぁそもそもが人の居ない地域だから問題無いだろう」
「三〇マイル……ですか。 はてさて、足りますかねぇ……」
周囲にはもちろん、茶奈を始めとしたグランディーヴァ隊員達も。
護衛と顔見せも兼ね、こうして観覧室に集まっているという訳だ。
そして観覧室はメイン出入り口も兼ねているので、そこは当然一般開放されている。
そうなれば、随伴者組のやじ馬が来ない訳も無く。
気付けば部屋の入り口前には人だかりが。
それは主に、ブライアンを支持するアメリカ人居住者と一部のミーハー。
当然そこにはミーハーならではの渡部達や美羽達の姿も。
「大統領ゥゥゥ!! 本当に来てるゥゥゥ!!!」
「やっべ、大統領マジヤッベ! 本物ヤッベ!!」
初めての実物大統領を前に、どちらもアヒル口が収まらない。
ブライアンの任期は二期八年を満期とそれなりに長く、彼等も当然認知している。
やたらニュースや何やらで騒がれてるので一目でわかる程だ。
でもまさかその人物が目の前に居るとは。
もはやその気分はアイドルを前にしたファンの心境とソックリ。
決して愛着がある訳では無いが、馴染み深い友好国アメリカNo.1の男となれば敬服もしよう。
「ヘェイ! ナイストゥミートゥ!!」
「「「ヘ、ヘェイ!!??」」」
しかもそんな男がこうして自ら歩み寄って来たとなればもう。
オマケに声まで掛けて来れば緊張で固まる事請け合いだ。
「ユゥアネェム?」
「お、お、ワ、ワッターベ!!」
「ワッターヴェ? オゥ、グッネィム!! ハッハハハハ!!」
ブライアンももう興奮気味で手が付けられない。
本当にお酒が入っているのかと思える程に。
たちまち渡部の両肩をバシバシと叩いていて。
加えてのこの大笑いである。
もちろんそれは渡部だけではなく、前田や美羽達にまでそのノリが波及する。
遂には握手やハグまで交わし、容赦なくその巨大な体で包み込むまでに。
ちなみに女性陣にはやたらと丁寧だ。
「センキュフォ ユアカンティニュサポゥツ、オブグランディヴァ」
「イ、イエッサー!(何言ってるのかわからないけど!!)」
そして最後は笑顔のままに、「バチン」と強く鳴る程の平手打ちで渡部の肩を再び叩く。
ブライアンらしい気合いの入った一手だ。
それは去っていくその姿を追ってしまう程の好印象を残して。
これがきっとブライアンの処世術なのだろう。
こうやって人に愛されて大統領にまでなれたのだ。
例え人種や国籍が違っても関係無く。
これが【オーヴィタル】の一員として世界を担う男の在り方なのである。
では一体何故、そのブライアンがここに来る事になったのだろうか。
それは、先日の会合直後に起きた事こそが起因。
実はあの後、彼等にとんでもない出来事が起きていたのだから。
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――
―
「―――という訳で、今回の支援物資や修復部品は無償支給としよう。 全て【オーヴィタル】が賄っているからね」
「ありがとうございます!!」
それはまさに【オーヴィタル】に関わる話が終わった後の事。
補給物資の件も含め、ブライアンが伝えるべき用件を伝い終えた時だった。
ドッガァーーーーーーンッ!!!
その直後、突如として入口の扉が炸裂する。
重厚かつ強固な扉が一瞬にして。
それも一人のシークレットサービスの身体ごと。
「「「なっ!?」」」
とてつもない衝撃だったのだろう。
たちまち扉はバラバラに砕け、床に転がった黒服の男も転がったまま動かない。
これにはさすがのブライアンも福留も驚かざるを得ず。
その身を強張らせた怯む姿を見せていて。
でも勇だけは違う。
咄嗟に二人を守る様に飛び出していて。
場数を踏んで来たのは伊達では無く、己の身を盾にして立ちはだかる。
だが、その時彼等の前に現れたのは―――
「おぅ、いたいたぁ!! こんな所にいやがったかぁ!!」
それはなんと剣聖。
「自分がやりました」と言わんばかりに巨大な脚を蹴り出した姿でご登場だ。
しかも勇を見つけるや否や、「フホホッ!」と笑い声を上げながら髭を弄り始めていて。
そんな彼の背中には幾つものコイル線が「びよよん」と伸びる。
それはシークレットサービスが持ち合わせていた暴徒鎮圧用のコイル式ショックガン。
撃ち込んだ相手に高圧電流を流し込める遠距離仕様のスタンガンである。
並の人間相手ならば一瞬で気絶させる事も可能という高性能。
おまけに対命力機構も備わり、魔者相手にも有効という代物だ。
例え魔剣使いであろうとも、その一撃を前には平穏無事で居られない。
とはいえ、肝心の剣聖には一切効いていない訳だが。
「おめぇなぁ、ずうっと訓練室で待ってたのに全然来やがらねぇじゃねぇか!! なのにこんな所に居やがってよぅ!!」
「え、ええ!?」
遂には「しゃらくせぇ」と纏めてコイルを取り去っていて。
当人にとっては蚊に刺された程度の痛みでしか無かった模様。
これにはシークレットサービス達も揃って唖然である。
「まぁそんな御託はどうだっていい。 おいおめぇ!! 俺と戦いやぁがれ!!」
「普通ここでいきなり戦い申し込みます!?」
これには勇もビックリだ。
戦いを挑む事も、ホワイトハウスに乗り込んできた事も。
この豪胆なマイペースっぷりが相変わらずなもので。
「まぁ確かに剣聖さんの強さにどこまで通用するかとかは気になりますけど」
「じゃあ話ははえぇ! ならやるぞ、今ここで!! 俺ぁもう我慢出来ねぇ!!」
「ダメですって。 ここだけはダメですから。 アメリカ崩壊しますから!」
さすがにアメリカ崩壊はしないだろうが、少なくとも大混乱には陥る事請け合いだろう。
これはグランディーヴァとしてはあんまり良い事では無い。
【オーヴィタル】の話をした後ならばなおの事だ。
後腐れなくやって欲しいとは言われたけれども、これはさすがにちょっと。
「ふむ、そういう事ならば良い場所を提供しようじゃあないか! 大暴れするのに持って来いの場所がこの国には沢山あるからな! ここよりもずっと良い場所が!」
しかしそこはやはりブライアン。
そうともなれば黙ってはいられない。
国を守ろうとする姿はやはり大統領の意地ゆえか。
それともただ面白そうだからなだけか。
どちらにしろ剣聖の好都合な事には変わりない。
たちまち白い歯を覗かせる程の悦びを見せつける姿が。
「ほぉ!! そういう事ならいいぜぇ! じゃあそこに行くぞ!! 今すぐに!!」
「まぁ今日はもう遅いんで明日にしましょうね?」
「んっがぁ!!」
とはいえ時間はもう夕方。
今移動しても間違いなく夜の戦いになる。
となれば互いに都合も悪い。
どうせ戦うなら、最高のコンディションで挑むべきだろう。
勇としても折角訪れたこの機会を逃すつもりは無いから。
三度、胸を貸してもらえる事となるこの機会を―――ずっと待っていたのだから。
「ところでおめぇは誰だぁよ?」
「んん……君が立っているこの建物の所有者と言った所だなぁ」
「ほぉ、随分脆い家に住んでるじゃあねぇか。 さては貧乏だな、おめぇ」
「……かつての英雄の言葉でも結構胸に刺さるね、その一言は」
なお奮い立つ勇の隣では、剣聖の一言に憤慨するブライアンの姿が。
剣聖の横暴さもここまでいけば立派なものである。
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――――――
という訳で勇と剣聖の対決が突如として成立。
二人は翌日である今日この日、グランドキャニオンに立つ事となったのだ。
現代人最初の天士・勇と、最強の魔剣使い・剣聖。
果たして、この二人の戦いの行く末は如何に。




