~筋に獅、手に魔剣願いて~
アルクトゥーンの進路はスイスから北海、その後は西へと真っ直ぐ進んでアメリカへ。
最初の目的地は、大統領の待つワシントンD.C.だ。
それで現在はその中心、大西洋のど真ん中。
ヨーロッパを出発してからはや一日。
日も経てば、戦闘後で慌ただしかった艦内も落ち着きを見せていて。
一昨日の剣聖との一件もあった所為か、戦闘員組の姿もほとんど見えはしない。
敢えて言うなら、訓練フロアがせわしないくらいだろうか。
まだ多数の隊員が自室で唸りを上げている現状だが、一部だけは異なる。
その一部とはすなわち、自衛出来た者と―――力が見合わなかった者。
剣聖には相手の実力を見極め、同等にまで力を抑えて戦うという癖がある。
すると、対戦相手が弱ければ自然と当人へのダメージも抑えられてしまうので。
その結果、他の者達よりもずっと軽傷で済む、という訳だ。
その対象者とは他でも無い、獅堂とバロルフである。
どちらも限界突破の修行を始めて間も無い者達で。
となればやはり力は見合わず、剣聖には適当にあしらわれただけ。
魔剣が無いからなんて言い訳が通用しない程に完膚なきまで。
その扱いはといえば、他のメンバーとの戦いの合間の〝休憩相手〟程度。
だが、あの二人がこれで引き下がる訳も無かった。
獅堂はただひたすら強くなる事を求めて。
バロルフは気になるあの人に認められたくて。
例え傷を負っていても、身体の節々が痛くても。
武器が無くとも関係無い。
今ここで引き下がれない強い理由と想いがあるからこそ。
その相手こそ、なんと再びの剣聖。
……何せいつもの相手のマヴォとイシュライトが居ないので。
あろう事か訓練フロアで寝ていた剣聖に戦いを挑んだのである。
格上相手ならもう誰でも関係無いだろう、と。
こう投げやりにも聴こえるが、それは違う。
適当に相手を探しているだけなのなら、あの剣聖が構う訳も無い。
でも今、剣聖は二人を相手にしっかりと見据えて身構えている。
それだけ二人の本気を感じ取ったのだ。
普通の人間なら強大な力を見せつければ身を引くものだろう。
でも二人は諦めずこうして挑んできて。
それどころか気合も十分、暑苦しいまでに命力を迸らせている。
衰える所か先日よりもずっと強い輝きを放って。
「しゃらくせぇ!! 二人纏めて掛かってきやぁがれえッ!!」
「「うおおおおッッ!!!」」
そんな者達同士がぶつかれば当然せわしなくもなるだろう。
とはいえ、いくら気合が入っていようとも逆転要素が生まれる訳でも無く。
「ここが訓練フロアなのネ。 まーたオス臭い香りがプンプンと―――って何なのネ!?」
それから少し経った後にピネが訪れれば、空かさずとんでもない光景が視界に飛び込む事に。
剣聖に負けた名残だろうか。
そこには並んで壁に突き刺さった二人の情けない姿が。
下半身をプラプラとさせ、もはや生きているのかどうかすら怪しい。
ちなみに剣聖当人はもう居ない。
飽きてもうどこかに行った後なのだろう。
しかし余りにも異様な状況を前に、ピネも思わず顔をしかめさせる。
「一体何があったのネ」と分析するかの様に。
「男っていうのはやたら突っ込みたがるって聴いたけどネ、つまりこういう事なのかネ……」
でもこの答えは多分違う。
そういう知識に乏しいピネに誤解を与えるには充分な状況だけれども。
カプロ並みの変人であるピネだが、さすがに事態を呑み込めないほどズレている訳でもなく。
どこから持ってきたのかわからない器具を使い、なんとか二人を救出するに至る。
さすがに丈夫で大きな魔剣をも扱う者だけあって、大男相手でも一人でよくやれるものだ。
その小さな体のどこにそんな力があるのかはわからないが。
「あ、ありがとうピネさん……このまま死ぬかと思ったよ」
「なーにがあったらあんな風に突っ込めるのネ。 男の特殊能力かと思ったのネ」
「ふはは!! そう、俺様の様な逞しい男ならば、あれ程の事でもビクともせんわぁ!!」
「面倒臭そうな奴まで引き抜いてしまったのネ。 穴に戻しとくかネ」
なんにせよ、こうして出して貰えたのならば感謝もしよう。
バロルフに至っては土下座で精一杯応える姿が。
また埋められるのだけは勘弁と。
そんな訳で改めて三人が揃って顔を合わせる事に。
どちらもご丁寧に正座を組んで。
なんだかんだ言いつつも、ピネもバロルフも変な所で妙に律儀だ。
「そういえば会うのは初めてだね。 僕は獅堂って言うんだ。 将来有望のピンチヒッターさ。 それでこの筋肉だるまがバロルフ。 一応二人とも戦闘員をやってるよ。 二軍扱いだけどね」
「おい貴様、俺の紹介が雑過ぎんかあ!?」
「名前くらいは聞いてるのネ。 まーたく興味ないけどネ」
本当に興味無いのだろう。
そんな紹介の最中も、救世同盟印のタンブラーを両手に抱えてグイグイと。
それを終えれば耳の毛をクシクシ撫で回し、カプロにも負けないマイペースっぷりを見せつける。
「ピネはピネなのネ。 んじゃそういうコトで」
しかもなんだかもう飽きた感じ。
そもそも魔剣以外に興味が無いとなれば長居する理由も無い訳で。
というか、ここに来たのもただの見物に過ぎなかったし。
「ちょっちょ! ちょっと待とう!? ピネさんにお願いしたい事があるんですよぉ!!」
しかし今にも立ち上がって去りそうな雰囲気のピネの手を、獅堂が咄嗟に掴み取る。
さすがに幼女並みの小ささとあって、ほんの少し強く引けば懐に飛び込んできそうな軽さだ。
ただそのまま引いて抱き込んでしまえば、ピューリー以来の変な噂が立ちかねない。
という事もあって咄嗟に手を離し、小さな肩にそっとその手を添え直す。
「なんなのネ」
「あのですね、実は僕とバロルフ、魔剣を持っていないんですよ。 色々あって」
「ホウ」
「でもそろそろ実戦に出られるかなぁと思ってるんで、出来る事なら魔剣が欲しいなぁなんて」
「ホホウ」
そう、獅堂とバロルフは今、とっても魔剣が欲しい。
喉から手がずぼぼっと根本まで出てきてしまいそうな程に。
それというのも、カプロには魔剣を造ってもらえなかったから。
まだ戦力的に怪しいのと、信頼度が薄いという事で。
別に勇達に止められている訳では無いのだが、ここはカプロなりの拘りが故に。
でもピネならもしかしたら造ってくれるかもしれない。
そんな希望がこうして目の前に歩いてきたならば、もう頼まずにはいられないだろう。
そしてピネもそんな話を聞けば乗り気にもなる。
魔剣に関しては貪欲な彼女ならなおの事。
「出来ればデュランの【魔導鎧装】みたいな強力で素晴らしい装備だと嬉しいなぁ!! あと【ワトレィス】みたいな銃剣系武器もあるとカッコよくてなお良し!!」
「フム、アータ見る目があるのネ」
「バロルフにはそうだなぁ、身の丈に合った大剣がいいかなぁ。 【ダーナガン】みたいに強固で、それでも存分に振り回せるくらい軽かったら言う事無いね!!」
「さすがはグランディーヴァの魔剣使いと言った所なのネ。 見ている所が違うのネ。 〝せいふこーかん〟共とは訳が違うのネ」
おまけに獅堂の言葉巧みな誘導で、遂には腕を組んで「ウンウン」と頷くまでに。
ここまできたらもう後はほんの少し指で突けばいいだけだ。
「そこで天才と噂されたピネさんに、是非とも最高の魔剣を造って欲しいと思っていまして!!」
「よかろう!! 造ってやるのネェ!!」
賢いとは言うが、魔剣に関わると実に単純思考である。
口の軽い獅堂にしてみればこれほど簡単な相手は早々居ないだろう。
何せピネが来た時から既に計画は進行を始めていて。
彼女がどういう人物であるかを勇やカプロからリサーチし。
搬入された装備品を一つ残らず確認、どういう装備があるかも把握済み。
その上で何が造れるのか、どう言えば造って貰えるかを考察し尽くした。
もちろん疚しい事では無いのでちゃんと堂々と。
全ては自分達に合った魔剣を造ってもらう為に。
バロルフの分も考えてる辺りが獅堂なりの優しさか。
今の所二軍扱いされてるのはこの二人だけなので、妙な友情が生まれたらしい。
「俺はどちらかと言えば格闘武器の方が良いのだが。 あのお方のよぉうに」
「使い慣れてるのは剣じゃないか。 いいから黙ってなって」
なお、筋肉だるまは黙らせるに限る。
こうして余計な事を言われるのが厄介なので。
ピネが興奮して人の話を聞いてなかったのが幸いだ。
「フフン、仕方ないのネ。 なら明日にでも工房に来るといいのネ。 早速アイディアを形にしといてやるのネー」
「さっすがぁ!! ピネさん最ッ高!!」
やはり魔剣造りが本懐ともあって、やはりその行為そのものが好きなのだろう。
という訳で帰るピネの足取りは軽快に。
間も無くその姿も階段の先に「シュッ」と消え、再び訓練フロアに静かな空気が。
そして後に残った二人はと言えば―――
「まずは魔剣を手に入れて戦える事を証明しないとね?」
「ムゥ……まぁ良い。 これで少しでもあの方に近づければ……」
「それよりもまず現状を脱出出来る様に頑張ろうか。 特に、君がビリッケツなんだからさ」
「まぁだ貴様とは十二戦五勝六敗一分けだぁ!! 負けてはいなぁい!!」
しっかりと期待に胸を躍らせている様だ。
ほんの少し方向性はズレているが。
二人にはまだまだ課題が多いからこそ、目指す事は変わらない。
魔剣があろうとなかろうと、地力が無ければ勇達には届かないだろう。
でも、彼等に残された時間はもう残り少ないかもしれないから。
その状況はこの二人でも十分理解しているからこそ、我儘も言ってられない。
信じる者の力と成る為に、今は少しでも強い力を付けるだけだ。
その為には、なりふりなど構ってはいられないのだから。
一方その頃―――南米アマゾン。
そこの相変わらずの闇深き森の中で、走り行く二つの影があった。
「ウロンド、こっちだ! いそいでくれ!」
「なにがあった、というのだ!!」
それはかつて勇達が対峙した事もある【オッファノ族】達。
ゴリラにも似た体格と身体能力を持った密林の民である。
特に、王でもあるウロンドは人間以上に頭が回る。
荒々しい彼等を纏め上げるには充分な程の手腕を発揮する程に。
しかしそんなウロンドが浮かべるのは、強張った表情。
それもまるで何かに焦っているかの様な。
「あれだ!! あのぶきみなあれが!! なかまを、くった!!」
そして立ち止まり、一人が指を上げ差した時―――二人は見た。
森林の中に佇むその物体を。
肉色を有し、木々よりも大きな体で座すそれを。
激しく脈動を続け、鼓動を打ち鳴らすそれを。
「なんなんだ、あれは……ッ!?」
だがウロンドにもわからない。
彼ほどの知識を持とうとも、目の前の物体が何なのかは。
ただ一つ言える事があるのならば―――
「まさか、これは……もどる、いますぐ! れんらくだ!! フジサキユウにッ!!」
目の前に佇む巨大な肉塊。
それが人間や魔者の造ったモノでは無い、という事だけだ。
だからこそ彼等は再び走る。
自分達が成さねばならぬ事を成す為に。
この非常事態とも言える事をグランディーヴァへ伝える為に。
また一つ、勇達の与り知らぬ所で悪意が蠢き始めた。
その目的も手段さえも見せぬままに。
果たして、ウロンド達が見た物は一体―――
世界は間も無く、大いなる混乱の時を迎える事となるだろう。
これはまだ兆し、その序章にしか過ぎないのだ。




