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時き継幻想フララジカ 第三部 『真界編』  作者: ひなうさ
第三十七節 「二天に集え 剣勇の誓い 蛇岩の矛は空を尽くす」
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~愛に委、死に煩悶清算す~

 遂にディックとデュラン、リデルが揃って顔を合わせた。

 血をも絡めた深く重い三角関係を描いてきたあの三人が。

 

 誤解と蟠りが包む中、始めの一言がとうとう零れる。


「リデル……どうやら私は君を苦しめてしまっていたらしい。 そうとも知らず一方的な愛を押し付けてしまった。 本当に済まないと思っている」


 デュランの謝罪の一言である。


 いつもならリデルの顎に掛けようとそっと手を伸ばすのだろう。

 でも今はピクリと手を震わせるも、もう上がりはしない。


 それは強い罪悪感を感じているから。


 最愛の夫が居るにも拘らずリデルを愛してしまって。

 如何な理由があろうとも悩ませ苦しめた。

 そして彼女が苦しんでいながら戦い続けたからこそ。

 

「許してくれとは言わない。 罵ってくれても構わない。 君を(けが)してしまった罪は―――」

「もうやめてッ!!」


 だが、そんな罪滅ぼしの言葉も間も無く塞き止められる事となる。

 あろう事か、その言葉を向けた者(リデル)によって。


「私はそんな言葉を聞く為にグランディーヴァに付いたんじゃない!! 私は貴方も救いたかった、ただそれだけなの!! 貴方が苦しんでいたのを知っていたから……!!」


「リデル……」


「確かに私はディッキーを心から愛してる。 でも、私に尽くそうとしてくれた貴方の愛も受け入れたいって思っているのよ? 救いたくてしょうがない程に……! それは貴方がそれくらいに私の心の拠り所だったから。 ディッキーが居なくなった後、貴方が居てくれたから私は今日まで頑張って来れたの! そんな貴方を、貴方自身が否定しないで、お願いだから……ッ」


 遮り、塞き止める程の想いがリデルの口から溢れ出る。

 ずっと伝えたかったこの言葉を。


 デュランが差し伸べたかった手をそっと掴み取りながら。


 その掴んだ手が弱々しくデュランの拳を撫で上げて。

 その行為が言葉と共に、指先を通して想いの昂りを伝えていくかのよう。


 そうして気付けばリデルの頬には雫が零れ落ちていて。


 彼女の優しさが、伝わっていく。

 デュランの心に、染みていく。

 しっとりと奥底に、溶けていく。


 これ以上に無く、デュランの胸を打つ程に。


「……嬉しいよ、私の事をそこまで想ってくれて。 そしてありがとう、信じてくれて。 君がそこまで信じてくれたから私は気付く事が出来たのかもしれない。 君がユウを連れて来てくれたから、今ここに居られるんだろう」


 そんなリデルの想いが通じたのだろう。

 デュランの頬にもまた、二人の想いの混じった結晶が軌跡を描いていく。


 今、デュランは間違い無く救われたのだ。


 勇が現れて。

 ディックという男を知って。

 デュゼローに真実を聞いて。

 過ちを心から理解する事が出来た。


 全ては、彼を想うリデルがキッカケとなって。


 リデルという存在が居なければ、きっとこうなる事は無かっただろう。

 例え勇を退けられても、間違った道を盲進し続けていた事だろう。

 だけどこうしてその外道から外れ、心から望んだ道を進む事が出来る様になった。


 そしてまだ愛してくれてると言ってくれたから。

 デュランにとって、こんなに嬉しいと思える事は無い。

 

「まぁ俺としちゃ心境複雑だがね。 リデルがそうしたいってなら俺はもう否定はせんさ。 リデルの想いを尊重したいからな」


 ディックもリデルに対して同様の罪悪感を感じている。

 一方的に置いて家を出てしまった、苦しめてしまった罪を。


 だからもう、ディックは自分の意思を押し付ける様な事はしない。

 愛するリデルが思うままに生きて欲しいと望んでいるから。

 精一杯尽くしたいと、昔同様に考えているから。


「ごめんなさいディッキー……でも今だけは許して?」


 もしかしたら、周りから見ればリデルは余程の悪女に見えるかもしれない。

 二人の男を手玉に取る様な尻の軽い女なのだと。


 でもそれは違う。

 人の愛というものはYES/NOでは決められないから。

 双方の重さが均等になる事もありうる、天秤の如きものだから。


 目に見えない繋がりが複雑に絡み合えば、こうして二人を愛する事だって有り得るだろう。

 リデルの様に、共に心を救ってくれた相手ならばなおさらの事だ。


 だからリデルは望む。

 ディックとデュラン、二人を愛する事を。


 そのリデルを愛するディックだから許す。

 デュランをも愛しているという宣言をした妻を。


 そしてデュランは知る。

 ディックとリデルがこれでもなお愛し合える程の深い絆で結ばれているという事を。


 自分では叶わないと思える程に強く硬く。


「リデル、ありがとう。 君の想いはとても嬉しい。 でももうここまでにしよう? 私はディックさんの意思も尊重したいんだ。 そう思えるくらいに二人はお似合いだからさ」


「デュラン……」


「大丈夫だよリデル、これは失恋ではない。 むしろ私は嬉しいんだ。 君を幸せに出来る人が居てね。 彼ももう君を離したりはしないだろう。 だから安心出来る。 安心して君を諦める事が出来るよ」


 デュランがリデルを愛そうと思ったのは、彼女が悲運に苛まれていたから。

 そこに共感を感じ、寄り添いたいと願ったから。


 でももうその疎いは晴れた。

 デュランが居なくても、リデルは幸せに生きる事が出来る。

 もうデュランが彼女を慰める必要はどこにも無いのだから。




 だからもう、デュランは胸を張ってリデルに真実を語る事が出来る。




「ユウ、そろそろいいかい? ()をここに連れて来たい」


「ああ、わかった。 ディック、リデルさん、会わせたい人物が居るんだ。 少し待っててもらえるか?」


「うん? そりゃ構わないが」


 そう答えが返ると、勇とデュランが静かに頷きを見せ。

 間も無く―――デュランの姿が消えた。


 天士となった今、デュランも天力転換が可能だ。

 戦いの場でなければこうして瞬間移動も容易に行える。


 では一体どこへ行ったのか?

 ……その答えはすぐにわかる。




キュンッ―――


 



 デュランが早々と元の場所へと舞い戻る。

 それはほんの一分足らずの事だった。


 ただし、一人の大柄な男を連れての帰還である。


「「ッ!?」」


 だがその男こそ、ディックとリデルが予想だにもしえなかった者。

 もう既に諦めていた、この場に居るはずもない人物だったのだ。


「久しぶりだね。 リデル、ディッキー」


「お父……様……!?」


 そう、リデルの父親である。


 こうして驚くのも無理は無い。

 彼はもう既に死んだはずだったから。

 リデルが見ている前でデュランに殺されたはずなのだから。


 でも今、こうしてピンピンしている。

 少し無精髭が目立つが、身なりも体格も以前のままで。

 白のワイシャツとジーンズを履きこなし、悠々と二人の前に立っていたのだ。


「実はな、あの時デュランに手心を加えられてね。 私は傷一つ負わず、密かに屋敷の地下に監禁されていたんだ」


「えええッ!?」


 しかも驚くべき事に、あの屋敷に居たという。

 リデルが毎日の様に訪れていたあの屋敷に、である。


 まさかそんな身近な場所に居たとは思いもしなかったのだろう。

 先程まで泣き崩れそうだったリデルの顔がどんどんと驚愕に塗れていく。


「まぁ監禁と言っても、色々と自由にさせて貰っていたがね。 退屈はしなかったし、食事も満足出来たものさ。 まぁ太陽の光を浴びれなかったのは辛かったけどな!」


「親父さん、まさか生きてたとは……」


「はは、ディッキーよ、私のしぶとさはお前なら良く知ってるはずだ。 なぁに、状況を聞いていれば希望もあるってものさ。 デュランからは聞いていたんだ、いつか外に出られる日は来ると。 リデル、お前の心が落ち着いたら、とね」


 父親当人から打ち明けられた真実は、もはや二人の認識力を遥かに凌駕していて。

 遂には肩を組むまでに至るデュランと父親の仲良さを前に、揃って「ポカン」とする程だ。


 どうやらリデルの父親は監禁時代にデュランと相当仲良くなったらしい。


「外の話も逐一聞いていたよ。 グランディーヴァの事も当然な。 そして先日の戦闘、その結果も。 その末にこうして手を取り合う事になったのはもはや奇跡だ。 何もかもが良い方向に進んでいるという事なのだろうな」


 その父親も、例えデュランから話を聞いていても不安ではあったのだろう。

 祖国フランスを愛する者として、救世同盟の在り方には疑問を持っていたから。

 例え仲良くなろうとも、内心ではグランディーヴァに期待を寄せていた所もあって。


 でもその双方の戦いの結果が思わぬ方向へと転がり込んだ。


 これだけ嬉しい事は無いだろう。

 何せ最も有り得ないはずの理想形に落ち着いたのだから。

 軍高官である彼が微塵も可能性を示唆出来なかった結果へと。

 

 これで人間の可能性を感じずにはいられないだろう。


「その上で言わせて欲しい。 二人とも無事で良かった。 そしてこの結果を導いてくれた双方に、フランスを代表して感謝したい。 本当にありがとう」


「お父様あッ!!」


 その可能性が導いたものこそが、こうしてリデルの父親から放たれた感謝の意。

 ちっぽけな一人の人間の想いが染みこんだ、何よりも重く深い一言だった。


 たちまち感極まったリデルが泣きじゃぐりながら父親へと抱き着く。

 久々の親子の再会に水を差さぬ様にと、勇達が静かに見守り続ける中で。


 




 こうして、リデルが背負っていた罪の一つはデュランの計らいで消え失せた。

 それだけでなく、近い内にディックの抱く蟠りも消える事だろう。

 デュランがそう望んでいるからこそ、間違いなく。


 救世同盟が望むその罪滅ぼしは、まずはこの一歩から始まったのだ。




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