~Crie au centre de l'étoile <星の中心で叫ぶ>~
デュランが創世剣に手を触れた時―――その場を強い光が包み込んだ。
それは厳密に言えば、デュランだけが見える光。
創世剣を通じて星の中心へと呼ばれたが故の。
その瞬間、視界が空へと向けてぐらりと崩れ込む。
光に包まれた己と勇の姿を目前としながら。
まるでそれは魂が抜け出たかの様に。
大地をすり抜けて地面の中へ落ちていくかの様に。
突如としてその身を墜落感が襲う。
どこに掴む事すらも出来ず、真っ白な光が流れ落ちていく中で。
「うわあああああ!!?」
まるで自分も光になったかの様だった。
瞬時に加速し、あっという間に自分達を置き去りに。
空の景色も土の色さえ一瞬で消え去って。
気付けば彼の周囲は白と黒の世界で包まれていて。
墜落感も、相対物が無くなった事で次第に消え失せていく。
ただ、自分が光と共に落ちている―――そんな〝確信〟だけは感じ取れていた。
どこに落ちていくのかは彼にはわからない。
どこへと続くのかも、どうなるのかさえ。
勇からも何も聞かされていないし、まだそれを理解する程に心が順応しきれていないから。
そんな景色も次第に白一色へと塗り潰されていき。
今度は彼の心を言い得ない浮遊感が包み込む。
水に浮くような感覚にしては、足をいくら振っても動きは変わらない。
でも、緩やかな水面を流れる木の葉の様にゆったりと回っていて。
逆にそれが、周囲の景色に気付かせる事となる。
「なんだここは……」
そこに見えたのは、白の宇宙。
白の背景に虹色の星雲が揺らめき彩る静寂の世界。
そう、ここは星の中心。
星の心の中である。
芸術的観点も持ち合わせている彼には、この世界は絶景そのものだった。
今までに見てきた芸術作品には無い、創造性そのものを象徴しているかの様で。
虹色の光は手に取れる様に近く、それでいて触れられない。
しかし心では身を通り抜けた様に感じ取れ、それでいて不快感が無く温かい。
それだけ不可思議で、それでも理解出来てしまう。
「美しい……」
そう呟いてしまうまでに、この世界が余りにも感動的だったから。
つい、今にも泣いてしまいそうな程に。
『まさかお前が生きてここに来る事になるとはな』
そんな時、彼の心に誰かが囁いた。
景色に見惚れていたその心を即座に引き寄せる声が。
「ッ!? その声は、まさかっ!?」
その時だけ何故か、身体が意思に伴ってくれて。
それで振り向く事が出来た。
すぐ近くに現れた、その存在の前へと。
『久しいな、ミル坊。 また会えるとは思っても見なかった』
その者の姿、この世界に映える程の黒で包まれていて。
でもその中で違和感が無い程に、淡くも輝いてるかのよう。
黒い髪はゆらゆらとゆるやかに揺れ、景色の流れに身を任せ。
見下ろす瞳は、彼が知っている優しさに溢れている。
そして淡い虹色に包まれて舞う――― 一人の男。
「その呼び方……やっぱり、デュゼローさんなんだね!!」
そう、そこに居たのはデュゼロー。
かつて勇によって命を断たれ、この世界から消えたはずの者。
でも今、こうして星の中心で彼を迎え。
それどころか、相対する姿は穏やかさに溢れている。
いつかの【東京事変】では一切見せなかった姿がそこにあったのだ。
ただ、彼はそんなデュゼローを嬉々として受け入れる。
その姿を幾度となく見て来て、知り尽くしているから。
『……どうやら私はこの星の理に依存し過ぎて、魂が固着してしまったらしいな』
「じゃあもしかしてギューゼルさん達も―――」
『いや、彼は来ていない。 他の皆はきっと元の場所に還ったのだろう』
そうして見上げれば、世界の果てには朱色の点が浮かんでいて。
それが元の場所―――『あちら側』である事を静かに諭す。
こうして視覚化する程に、世界は今完全に混じり合おうとしているのだろう。
その景色を眺めるデュゼローの眼が僅かに眇められる。
「ごめんなさいデュゼローさん……僕は貴方の代わりになろうと必死に頑張ったけど、もうダメかもしれない。 ユウ=フジサキは僕では止められそうにないっ……あれはもう、人じゃない」
『……』
「そして僕は今、自分のやっている事にさえ懐疑的になっています……。 本当に、人を憎む事で世界を救えるのかって……!!」
彼の想いが声と共に迸り、七色の光が波の様に溢れ出ていく。
意志を貫き切れなかった事への怒り、悲しみ、憎しみ、妬み。
デュゼローと再会出来た事への喜び、嬉しみ、楽しみ。
それらが合わさって、弾き合って、砕け合って。
何度も何度も、虹の光となって放たれていく。
それだけ今、心が揺れていたのだ。
誰にも伝えられなかったから。
押し殺すしかなかったから。
それが今解き放たれて、デュゼローへとぶつけられる。
ずっとずっと、想いをぶつけたかった相手に。
「教えてくださいデュゼローさん!! 貴方のやろうとした事は本当に正しいんですか!? 人を憎む事で世界は本当に救われるんですか!?」
でも、答えは返らない。
デュゼローはまるで後ろめたい姿を晒すかの様に、その目を背けていて。
ただただ静かに世界に浮かび続けるだけ。
そんな恩人を前に、彼は黙ってはいられない。
溢れ出した想いを返してくれるまで、望む答えを得られるまで。
もうこの機を逃したくないから。
ずっと願ったこの時を見逃す訳にはいかないから。
「僕は貴方に憧れて!! 教えに従って、信じて来た!! 今までも、きっとこれからもずっと!! だからお願いです!! 正しいと……自分が正しいと言ってください!! 僕はその答えを待っているだけなんですよデュゼローさんッ!!」
呼吸を必要としない空間なのにも拘らず息が乱れる。
それだけ魂の叫びを目の前の存在にぶつけたから。
これ程に無いまでの強い強い叫びを。
そしてその叫びが、再びデュゼローの視線を呼び戻す事となる。
心が届いたのかはわからない。
浮かない表情である事には変わりないから。
でも彼には関係無かったのだ。
例えそれが首を横に振る結果になろうとも。
ただデュゼローから直接、その答えを聞ければそれだけで。
『すまない、私からそれを伝える事は出来ない』
しかしデュゼローは望む答えを返す事は無かった。
とはいえ、これは仕方のない事なのかもしれない。
デュゼローが答えを返せないのは、この世界の理が故に。
『私はもう既に死んだ身だ。 そんな死者が垣間見た世界の真実を生者に伝えてしまえば、世界はたちまち死者に引っ張られてしまうだろう。 ここはそんな事が出来ない場所なのだ』
「そんな……」
彼が今居る場所はすなわち、星の記憶の中。
そこから真実を紡ぎ出せるのは―――真の天士だけ。
だからデュゼローも語りたくとも語れないのだろう。
その理がこの世界における全てだから。
デュゼローがこうして顕現出来たのも、訪れた者に最も近しい存在だったから。
そして一つの残留思念を伴っていたからこそ、二人は引き寄せ合ったに過ぎない。
「後悔」という名の思念を。
ただその「後悔」も、それほど複雑な事ではないから。
『……再会して早々ですまないが、どうやら私の疎いは晴れたらしい』
「えっ!?」
『もしかしたら、お前に別れを言わずにこの世から去った事が……唯一の後悔だったのかもしれん』
気付けば、そう語るデュゼローの輪郭を覆う虹光が零れて行って。
まるでどこかへと吸い取られているかの様に。
次第に、下半身から光となって消えていく。
『そうか、私はそれで今喜んでいたのか……もう久しく感情を受けていないから忘れていたよ』
「あ、ああ……」
まだ何も伝えないままで。
伝えられないままで。
『でもきっと、こうして会えたから十分だったのだろうな』
それでももう満足だから。
「まだ行っちゃ駄目だ! デュゼローさん!! 僕は……僕はまだ何もッ!!」
でも、彼の方は何も満足なんてしていない。
まだ何も聞いてないから。
何も教えてもらってないから。
また後悔したくないから。
その時、こうして生まれた想いが彼の心の拳を握り締めさせる。
目の前で消え行く恩師へその瞳を真っ直ぐ向けさせて。
その心に従うままに。
「それならっ!! 一つだけ……一つだけ教えてください……ッ!」
『……なんだ?』
そこに迷いはもう無かった。
自分と出会う事がデュゼローの喜びとなったなら。
ならば自分も満足出来る一言を聞ければそれでいいのだと。
真実よりも何よりも。
「デュゼローさんは……僕の事をどう思っていたんですか!?」
これはずっと聞きたくても聞けなかった想いの一つ。
例え生きていても、恥ずかしくて言える訳の無い一言。
けれど、もうこの質問も出来なくなるなら、いっそ。
その想いがこの問いを呼び起こした。
今度は自分が後悔しそうだったから。
また苦しむのはもう嫌だったから。
だからもう、迷う訳が無い。
だからもう、デュゼローも迷わず言えるのだろう。
『お前は私の―――真の親友だ……!』
その一言を最後にデュゼローは消え去った。
虹の光となって、世界に溶けて消えたのだ。
ようやく、星に還れたのである。
そしてその一瞬で紡がれた意思が届いた時。
その意思が、想いが、彼の心を貫く。
二人の心がようやく開き合ったから。
真実の心を見せ合う事が出来たから。
やっと二人は―――心を通じ合わせる事が出来たのである。
その刹那に通じ合った心は、彼の身を再び光の自由落下へと誘う事となる。
デュゼローという存在が生前に持ち得た記憶と、その想いと覚悟が織り成す世界へと向けて。
そこに秘めたる自身の願いと共に。
でももう彼は恐れない。
その先に待つ理を知ったから。
ただただその理に期待を抱き、今は望んで落ち行こう。
デュランではなく、レミエルという一人の男として。
そうしてレミエルの心に流れたのは―――かつての記憶に沿う真実。
レミエルとデュゼロー。
二人が出会った時から始まる、かつての思い出の日々であった……。