~Je veux demain <明日が欲しい>~
デュランはもう既にボロボロだった。
自慢の魔導鎧装は幾多の火花を放ち、完全にその力を失っていて。
更にはその装甲すら貫かれ、体の各所に耐え難いまでの激痛が走る程。
幾多の無間攻撃は装備の防御力すら無為に帰す。
勇の見せた力はそれが叶うまでに常軌を逸していたのだ。
「う……うぅ……」
でも、その手に握られた【アデ・リュプス】と【魔烈甲ジャナウ】はまだ生きている。
だからデュランは、まだ諦められない。
「くぅおおおッッ!!!」
自ら砕けた魔導鎧装を引き千切り、破片を撒き散らしながらその身を起こす。
その目に不屈の闘志を漲らせながら。
「まだだ!! まだ、負けた訳ではないッ!! 私の心は死ぬまで折れん!! あの方の願いを貫く為に、私は折れる訳にはいかないんだッ!!」
一歩一歩、歩み来る勇へと敵意を撒き散らして。
だがその姿は気高く誇らしく。
例え不利であろうと引く事無く。
激痛さえも乗り越えて。
決して屈しない。
決して折れない。
その意思を一心に向け続けるのみ。
「その意思をもっと本当の意味で人の為に向けられれば、こんな事にはならなかったかもしれないのに……ッ! それが出来るのにッ!! 何でアンタはデュゼローを信じてしまったんだッ!!」
「それこそが、私の人生だからだあッ!!」
「ッ!?」
それ程に強い意思。
それ程に強い信念。
この全ては、彼の人生こそが起因。
デュゼローが彼の人生に大きな影響を及ぼしたからこそ。
「同志デュゼローが居なければ私は居なかったッ!! 平凡な人間だったッ!! ただの歯車の歯一つに過ぎない一人に過ぎなかったッ!! だがあの方が居たから私はここまで強く成れたのだッ!! その恩を返す為に、あの方の生きた証を私が継ぐ為に!! 私は!! この人生を懸けねばならないッッ!!!」
そう、デュランは勇と一緒だったのだ。
フララジカに巻き込まれ、剣聖と出会い、教えられ、育ち、強くなってきた。
そんな勇の様に、デュランは強き師と共に人生を歩んできたのだろう。
違いはただ一つ、そのデュゼローが勇に敗北した事か。
でも恩師の志を知っていたから。
彼が成そうとしていた事を身近に見ていたから。
だから亡き今、その代わりを成そうとしているのだ。
勇が剣聖と同じ道を歩んだ様に。
「だから私は―――」
そして今までに紡いできた想いも変わらない。
信念と信頼を貫く為に。
恩師の想いを引き継ぐ為に。
再びその剣に、その盾に、自らの魂をも篭める。
「―――私は諦める訳にはいかないんだあああーーーーーーッッッ!!!!!」
その身を勇へと向けて駆け出させながら。
もうその身に残された力は残りない。
命力も、天力さえも。
天士に目覚めていない以上、その力は無限ではないから。
それでも関係無い。
己が折れぬ限り、心が折れぬ限り。
デュランはいつまでも、戦士であり続ける。
「そうだな。 きっとそれは皆そうなんだ。 心があるから、強い想いがあるからさ―――」
そんな姿が自分と瓜二つで。
目を背けられない程にそっくりで。
微笑んでしまう程に自分らしくて。
だからその信念に応えよう。
その強き想いが勇の心に駆け巡る。
天力子となって世界を駆け巡る。
こうして出でしは【第四の門 ナ・ロゥダ】のもう一つの真価。
その名も【星心接続】。
星の命は世界の命。
ありとあらゆる命に繋がる中心点。
今その心に接続出来る様になったという事はすなわち。
如何な意思に包まれようとも、世界の願いを集める事が可能。
それが叶う今、勇の力は今までよりもずっと強く成れる。
迸りし光はなおも虹色。
星を通して流れ来る願いが、想いが、勇に力を与えた証拠である。
溢れ出んばかりの力の放出が、その心だけでなく体をも強化した。
デュランにも負けない程の強い力をもたらす程に。
「いくぞッ!! デューク=デュランッッッ!!!!!」
「ユウ=フジサキィーーーーー!!!!!」
そして互いに昂った心が再びぶつかりあう。
想いを届ける為に。
信念を貫く為に。
ガッキャァーーーーーーンッ!!!
互いの剣が打ち合った途端、今までに無い程の強い火花が弾け飛んでいく。
周囲全てを焼き尽くさんばかりの強烈な炎となって。
二人とも押し負けていない、互角の押し合い。
勇が願いの力を受け取ったのにも拘らず。
デュランが魔導鎧装を失ったのにも拘らず。
互いに退かず、負けない。
心が共に強いから、負けないように強く成り続ける。
二人はこの間も、その力を上げ続けているのだ。
「うおおおーーーーーーッッッ!!!」
「はあああーーーーーーッッッ!!!」
二人を包まんばかりの光はもはや、それだけ砂塵を吹き上げていて。
光を浴びる度に、瞬時に赤化し燃え尽きていく。
剣を圧し合っているだけなのに。
もはやこの戦い、仲間達も見届けるのがやっとだ。
二人の生み出したハリケーンの如き潮流は、遠く離れていようとも影響を及ぼし続ける。
太陽の光を遮ってしまう程の砂塵を生み出してしまう程に。
今の二人はそれだけ命を振り絞っている。
有限だろうが無限だろうが関係無く。
ただその攻防も間も無く別の形へと切り替わる事となるが。
バッキャアーーーンッ!!!
突如として剣が弾かれ合い、互いの間に距離が生まれる。
余りにも強くなり過ぎた力が押し合う力を超えたからだ。
そうなれば始まるのは当然、斬り合いである。
こうして始まったのは、愚直なまでの力の推し合い。
力の限りに剣を振り抜き、打ち付け、その身ごと叩き付け。
それを躱し、いなし、防いで自身の攻撃へと繋げる。
そこにもはや美徳も論理も効率さえも存在しない。
あるのはただの意地だけだ。
何度も、何度も斬り付けて。
代わり代わりに、諦める事無く。
力を振り絞り、雄叫びを上げて。
こうしてぶつかり合う姿はまるで獣。
だが只の獣ではない。
神の如き力を奮う神獣である。
一斬りはもはや巨獣の咆哮の如く。
大地を削ぎ取り、砕き、岩壊跳飛させ。
大空を撃ち貫き、爆ぜ、断雲霧消させ。
それでも止まらない。
互いに退かず衰えず、限界の更にその先へ。
そうして戦う二人の姿はまさに神話級。
かつて世界を揺るがした神々の戦いを、彼等が再現していたのだから。
ただ、二人はそうであろうとも心だけは冷静だった。
攻撃を見切り、次に備える為の心は常に。
気迫と気力に満ち溢れていようとも。
猛りと昂りが迸ろうとも。
常に相手を捉え、見逃さず、備える姿は動静一体。
だからこそ二人は、激しい戦いの中であろうとも言葉を交わす事が出来る。
「何故貴様はここまで戦えるッ!! ここまで繋ぎ止める信念とはなんなのだッ!!!」
「俺の今の信念は生きる事だッ!! 今を生きて、明日を生きる事だあッ!! 皆と笑い合える明日を手に入れるッ為だあーーーッッ!!!」
意地とは、信念が生み出せし限界を超える力。
今の二人はそれだけの迸りを出す程に強い信念を持ち得ているから。
そこにもはや理由の大小など関係は無い。
「それは私とて同じ事おッ!! 私も明日が欲しい!! 皆と生きる明日が欲しいッ!! 混沌の世界を!! 乗り越えて!! 勝ち取る未来を私は望むッ!!!」
「それじゃあダメなんだッ!! 混沌も!! 絶望も!! もう始まったらもう止まらない!! 止められない!! 俺達の意思と同じ様に!!」
互いに未来を想い、願い、欲したから。
友や家族や仲間と共に行く未来を欲したから。
その目的を前に、手段さえも拘りはしない。
ただその進む道程が違うだけだ。
「それの何が違うと言うのだあッ!! 行く道が違えどッ!! 辿り着く場所が同じなのならッ!! それでも貴様が邪魔をするから私も止まれはしないッ!!」
「その行く道こそが奈落なんだデュランッ!! 例え世界を救えても!! もうその道の先には底の無い奈落しか!! 待ってはいないッ!!」
その会話の間にも、剣は飛び交い続ける。
打ち、叩き、斬り、削り。
躱し、滑り、弾き、いなし。
違う道を断ち切らんとせんばかりに。
主張を跳ね退ける様にして。
「奈落などとおッ!! そうなる事が何故わかるッ!! そんな根拠も無い話など受け入れられる訳も無いだろうッ!!」
「根拠ならあるッ!!!」
「ッ!?」
その途端、二人の応酬が再びの鍔迫り合いへと姿を戻す。
勇がデュランの剣を強引に捻じ止めたからだ。
「わからないのかッ!! お前の目指す世界のその先に何が待っているのか!! 俺達はもうその姿を痛い程目にしているってわからないのかあッ!!」
「なんだとッ!?」
勇はデュランの進む先に待つ結末を知っているから。
でもそれは決してアルトランが望んだ結末の事では無い。
仮に世界が滅ばなくても、待っている世界にもはや救いは無いのだと。
「お前の行く道に待つのは―――『あちら側』の世界なんだッ!! 互いを憎んで!! 怨んで!! 妬んで!! 恐れて!! 悲しんでえッ!! 最後は相まみえる事すら無くなってッ!! 殺し合って殺し合って終わらなくなってしまうッ!!」
そう、その先に待つのは感情の無い殺し合いの世界。
『あちら側』の世界を覆った死の理。
古代文明すら忘れる程に殺し合い。
相容れる事すら考えなくなり。
『平和』という言葉すら消滅する。
それは永遠に続く負の連鎖。
終わらない憎しみが続く事を許してしまった、失敗作の世界。
このまま憎しみが世界に溜まり続ければ、いつかその感情が爆発する。
人類史上類を見ない、世界全てを争いに変えて戻れない程の負の感情が。
『あちら側』と同じ、戦うだけの世界が訪れてしまう。
「そんな世界じゃ!! もう!! 笑い合えないッ!! 心から!! 喜ぶ事なんで出来る訳が無いじゃないかッッ!!!」
「ぐぅうう!!?」
「答えろデュラン!! お前はそんな世界も愛せるのかッ!! 仲間を守る為に!! 愛する人を守る為に!! その愛を奪い続ける世界をお前は受け入れられるのかあーーーッッッ!!!!!」
そんな世界を受け入れられないから。
勇は戦う。
その力を奮う。
その全てを注いでも。
自身が犠牲になろうとも。
その想いが迸り、更なる力を勇へと与え。
押し合っていた力の均衡が遂に崩れていく。
「うおお!?」
「俺は絶対にそんな世界を認めないッ!! 認める訳にはいかないッ!!! そんな犠牲を必要としない世界が俺の―――望む明日だぁーーーーーーッッッ!!!!!」
そしてその力がとうとう、デュランの剣を押し返した。
ガッキィィィーーーーーーンッ!!!
その身さえも強く弾き飛ばす程にして。
ただそれで終わるデュランではない。
その身に溜め込んでいた力を、今こそ迸らせる。
大きくその身を離れさせたからこそ、あの力を再び顕現させる事が出来るから。
「それでも私は乗り越えるッ!! 例え世界から拒絶されようともッ!! 止まる訳にはいかないッ!! それが〝デューク=デュラン〟である私の矜持なのだからッ!!」
そうして生まれしは五つの光刃柱。
魔導鎧装を失った今、完全な形で再現する事は出来ない。
だがそれでも相応の威力は秘めている。
この激闘を制するだけの力は―――充分に。
「だから私の明日は、貴様を倒して掴み取ってみせるッッ!!!」
この嵐の中は、互いの身は何もしなくとも引き寄せ合う。
それだけの力がこの場を渦巻いているから。
この様な好機を逃すデュランでは無かったのだ。
けどそれは勇も一緒だ。
だからもう躊躇いは無い。
今の力に全ての想いを乗せて。
後はただ、誤った道筋を断つ為に。
「この戦いにはもう名なんて要らないッ!! その名を拭い去れデュラァーーーンッ!!!!!」
今、虹燐の閃光剣を解き放つ。
キュィィィーーーーーーンッッッ!!!!!
この時、その場に混じり無き閃音が鳴り響いた。
空間を断ち斬ったが如く鋭い鳴音として。
そうして放たれしは、虹光一閃。
嵐を、世界を分断する程の残光を残せし―――横薙ぎ一閃である。
勇の手に握られたのは創世剣ではなく、天光剣。
かつてデュゼローを斬り裂いた光の剣だ。
バギィィィンッ!!
しかしてその一閃、もはや両断出来ぬもの無し。
真価を賭した一撃が、遂にデュランの最後の砦に軋みを上げさせる。
【アデ・リュプス】と【魔烈甲ジャナウ】が真っ二つに斬り裂かれたのである。
その威力はもはや創世剣にも劣らない切れ味を誇る。
デュランの心の象徴である漆黒の魔剣をも両断出来る程に。
何故なら、勇が放つ光の剣には―――デュラン自身の願いもが込められていたのだから。
「そんな、私の【アデ・リュプス】が……」
それはつまり、デュラン自身は無事だという事。
彼の心を縛る魔剣だけを打ち砕いたのだ。
そしてこれは事実上、戦いの終結をも意味する。
〝心の拠り所である魔剣が砕けた時、魔剣使いは地に伏せる〟
これは如何なな強き者であろうと変わらないから。
むしろ誰よりも強く依存していたからこそ、避けられない事柄なのだろう。
だから今、デュランの心は折れた。
その体を支える膝と共に。
その身を崩れさせる様にして。




