~À l'extérieur <戦いを終えた仲間達は今>~
勇とデュランの激戦が最高潮に達した頃。
一方の茶奈達は各々の戦いを終え、落ち着きを見せ始めていた。
ピューリーとの激戦を終え、茶奈が大地へ降り立つ。
そこには同様に戦いを終わらせて佇む心輝の姿が。
「よぉ茶奈、お疲れ」
「心輝さん、お疲れ様です。 御無事そうですね」
彼女達の役目はあくまでデュランの仲間達の足止め。
勇とデュランとの戦いに割って入るつもりは毛頭無い。
それが皆に託された勇の願いなのだから。
もっとも、割って入った所で役立てそうにない程の戦況ではあるが。
「ところで、ピューリーって子は結局アストラルエネマだったのかよ?」
「いえ、多分違います。 相当に命力が高くて、それでいて魔剣がかなり命力を増幅してる節がありましたから。 多分魔剣の性能が疑似的にフルクラスタを展開出来るくらいに高かったんだと思います」
そんな話題もあって二人が振り向けば、その先にはアルバとピューリーの姿が。
共に気絶しているともあって静かなもので。
向いた先で勇とデュランが激戦を繰り広げているともあって、まるで眺めている様にも見える。
「んで、更生出来そうだったのか?」
「うーん、わかりません……でも、多分大丈夫だと思いますよ。 こうやって抱いてくれる人が居ますから」
「ま、そうだな。 アルバも根っから悪い奴じゃなさそうだったし」
一度拳を交え、言葉も交わしたから。
心輝もこうして安心する事が出来る。
例え今起きたとしても、アルバは決していきなり襲ってくる様な人間では無いのだと。
「じゃあ、後は勇が勝ってくれるのを祈るだけだな。 勝てりゃいいが……」
「大丈夫ですよ。 勇さんですから」
「そりゃ理由になってねぇ~……ま、言いたい事はわかるけどな」
ともあれ、今この二人がやれる事はもう無い。
見渡してみれば他の仲間達も既に戦いを終えた様で、手助けも必要無さそうだから。
後は勇を信じて見守るだけだ。
この激戦を制する事を願って。
◇◇◇
「んはッッッ!?」
突如暗闇が晴れ、サイが目を覚ます。
真っ青な空の下で。
まるで今の今まで呼吸を忘れていたかのよう。
途端に空気の塊が肺へと流れ込み、たちまち咳き込み始めていて。
でも何が起きたのかわかっていない彼には、何故咳き込んでいるのかさえもわかりはしない。
「起きたようですね」
ただイシュライトのそんな一言が、一瞬にして現実を悟らせる事となる。
自身が敗北したという現実を。
「……そうか、僕は負けたのか」
そこで初めて、自身が大の字で大地に転がっていた事にも気付く。
全身が別物の様に感じていたから、気付けなかったのだ。
それだけの影響を【命牙崩蓮掌】が与えていたから。
「ええ。 でも良い戦いでした。 戦いに対する意気込みさえ変えられれば、きっと次会う時はもっと面白い勝負が出来るでしょう」
「そうか……そうかぁ~ッハッハ」
それでも笑えるのは、サイがそれだけさっぱりとした性格だからか。
そしてここまでハッキリとした敗北だったから。
以前に魔者から受けた敗北とは異なる、格闘家としての敗北だったから。
「身体の傷は治しておきましたので、すぐにでも動けるはずです」
「そうかい。 ほんと器用だね君って奴は……っとぉ」
たちまちその体が「ピョイ」っと自身によって起こされる。
気力も既に戻っているのだろう、命力機動も鋭さを取り戻した様だ。
でも、もう拳を上げる事は無い。
「それじゃ、僕は行くよ。 その次って奴に備える為に」
「? 彼等の戦いは見て行かないのですか?」
しまいにはそんなイシュライトの誘いにも、首と手を横に振って応える姿が。
足を引きずりながら踵を返す中で。
「惜しいけどいいさ。 今彼等の戦いを見たら自信を失くしそうだしね」
「そうですか。 よい見本になると思うのですがね」
「ああ。 だから次の機会にとっとくよ。 君の言うストイックさってやつを手に入れてからね。 それが僕なりのけじめさ……」
人には人の生きる道があり、誇りも人それぞれの形がある。
サイもまたその生き方に順じ、誇りを誉れにしているのだろう。
だからイシュライトがこれ以上止める事は無い。
今はまだ心が追い付けていないから。
納得出来ていないだろうから。
でもきっといつか受け取った意味を理解出来た時、サイは変われるだろう。
イシュライトが望むほどの好敵手として。
「じゃあね、|僕のライバル《我的对手》……」
「ええ、また逢いましょう」
だからこうして、再会を誓う事が出来るのだ。
そうして去る後姿は命力に頼る事も無く。
己の肉体を信じる彼らしい厳格さに満ち溢れていた。
◇◇◇
「う……ここは……あれ、僕はなんで寝て―――」
ようやくエクィオが目を覚ます。
青空が滲んで見える中で。
身なりは傷だらけだが、ナターシャより受けた傷はそこまで深くは無く。
どちらかと言えば心的ショックの方が倒れた原因としては強そうだ。
あれだけ精神的な傷を負わせられれば弱りもするだろう。
ただそんな彼の頭裏に敷かれていたのは―――
「あ、起きたんだね」
―――ナターシャの膝枕。
突如として彼女の微笑む顔が逆さに映り込み。
その時ようやく、エクィオは自分がどうされていたのかを気付く事に。
「う、うわあッ!!? ご、ごめんなさいッ!!」
たちまち慌てて飛び上がり、尻を引きずる様にして後ずさる。
大人の女性に対しては子供みたいに甘える事は出来るのだが。
どうやら同年代の女性にはほとんど耐性が無い様子。
昔の勇もビックリの、ウブな青年の姿が今ここに。
「ボ、ボクこそごめんね、やり過ぎちゃったかな……」
「い、いえ、僕も挑発とかしちゃったので、ご、ごめんなさい」
果てには互いに正座して頭を下げる姿が。
どっちも戦いでなければここまで内気なもので。
そんな謝罪の応酬も終わり、互いに彼方の戦いへ視線を向ける。
「もう戦わなくていいから、一緒に見よ?」
「は、はいっ!!」
本当はエクィオの方が年齢は上なのだが―――年下の少年の様に従順で。
ナターシャが隣の地面をポンポンと叩けば、まるで飛ぶ様にして腰を落とし。
二人揃って体育座りで空へと顔を向ける。
こうして勇とデュランの戦いを眺める姿は共に子供の様だ。
「わぁ~……」と唸り声を漏らし、ただただ一心に視線を送る。
時々エクィオがチラリとナターシャを覗いていたのはここだけの話としておこう。
だが、そんな憩いの時間もいつまでも続きはしなかった。
っどぉーーーん!!
その途端、ナターシャの体が強く叩き出され、たちまち地面にダイブする。
ズズーっと滑る様にして。
そうしてそんなナターシャの姿を目で追いつつ、エクィオがそっと横に振り向いて見れば―――
「んーーーっエクィオ君だったけ~!? 私セリっていうのー! よろしくねぇ~!」
完璧な愛に飢えた瀬玲の姿が。
しかも甘々な声を鳴らし、エクィオの肩に頭まで寄せる始末だ。
その姿、もはや甘えた猫のよう。
エクィオがドン引きだろうともお構い無しである。
「私ぃ、エクィオ君の事、もっと知りたいなぁ~?」
「はぁ、そうですか……」
どうやらイケジョと呼ばれる類は得意ではなさそう。
前で潰れたナターシャをただただ心配そうに眺めるばかりである。
「ボクはね、オトナの愚かしさって奴をしっかり理解出来た気がするよ。 こんなオトナにはなりたくないってね」
「解せぬ」と言わんばかりに呟くナターシャを、ただただ静かに。
◇◇◇
「さすが勇殿だな、あれだけの戦いを見せてくれるとは」
腕を組んだマヴォが彼方の攻防を静かに眺め観る。
外していた武装は既に装着済み。
何があろうと即座に対応出来る様に。
例え勇が負ける事となっても、すぐに飛び出せる為に。
信じる事も大切だろう。
でもそれ以上にバックアップも考慮する。
最終的に目的を達する事が勇の本当の願いだからこそ。
その願いを汲むのが今のマヴォの役割なのだから。
「盲目的に信じている訳では……ないという事か」
「ッ!?」
そんな彼の背後、巨大なクレーターから突如として声が上がる。
それに気付き、マヴォが振り向くと―――そこにはアージの姿が。
ただし既に穴を登り切るだけで精一杯の状態で。
絶え絶えの息を漏らしながら、よじ登ろうとしている。
その姿は今にも踏み外して落ちてしまいそうな程に弱々しい。
だがマヴォはそんなアージの腕を掴み、クレーターより引き上げる。
もう戦いを終えた後で、圧倒的な力も見せつけたから。
これ以上の攻防が無駄なのはアージもわかっていると悟ったのだ。
ぐったりと肩を落とす当人を目前にして。
「俺は怖かったのかもしれん。 自分の歩んできた道が間違っていたのかもしれないと……」
そこに覗くのは後悔。
自分の選択した道への。
誰だって間違っていると思えば恐れはするだろう。
だから隠れて間違いを正そうとする者もいる。
罪を恐れ、罰を恐れて。
でも決して、間違う事が悪いという訳では無い。
「……迷いはあるものさ。 誰にだって。 勇殿ではなく師匠を選んだのは、師匠の方が信じられると思ったからだろうしな。 俺はそこを否定したいとは思わん。 ただ、一言欲しかっただけだ。 『信じたい者が居るから俺は行く』ってな」
マヴォが憤慨したのは、ただそれだけの理由に過ぎない。
間違いを間違いと認め、ちゃんと伝えて欲しかっただけなのだ。
でもそうしなかったのは、アージの心が実は弱かったから。
責任と信頼に押し潰されそうなまでに弱っていたから。
「悪いと思うなら正せばいい。 間違ったなら直せばいい。 それ程難しい事では無いと思うからな」
ただそんな弱った心も、弟の言葉で癒されていく。
罪も罰も求めない、真っ直ぐと前を向いた精悍な素顔がそこにあったから。
もはやそこに、兄弟などという垣根など関係無いのだから。
◇◇◇
「んん……ハッ!! ああッ!! なんて事でしょうッ!! イイッ!!」
気が付いた途端、狂った様に悶え転がっていくキャロ。
芋虫の様に固められながらも、光悦した笑みを浮かべて如何にも嬉しそう。
「さすがです!! さすがユウ=フジサキ!! 素敵な縛り具合ですゥッフフウ!!」
だがそんな彼女もたちまちその動きを止める事となる。
自身を取り巻く現実を認識してしまったから。
自身の頭すぐ先が、瓦礫の山になっているという現実を。
これにはさすがのキャロも蒼白にならざるを得ない。
例え死を望んでも、痛みが伴わなければ話は別なので。
するとそんな時、足先の景色の向こうから足音が。
「お、アンタ起きてたんだねぇ」
ディックである。
ジェロールとの戦いで負傷した足を引きずりつつ、ようやくこの場まで辿り着いたのだ。
とはいえ、目の前の瓦礫に堪らずお手上げの様子を見せていたが。
「キャロさんっつったか、死ぬのがお好みなら置いてくが、どうするね」
「お助けください。 今すぐに」
即答である。
遠慮もへったくれも無いまでに。
「出来れば脚を掴んで頭を引きずる様に運んでください」
おまけに彼女らしい台詞も付け加えて。
これにはもはやディックも呆れかえるばかりである。
「大体は勇さんから聞いていたが、相当だねアンタは」
とはいえ慈悲を求められれば助けない訳にもいかない。
「よっこらせ」と片足で器用に支えつつ、なんとかキャロの脚部を掴み取る。
要望通り、逆さまに持ち上げながら。
「オウ!! 素晴らしい!! 素敵ですゥ!! もっと、もっとお慈悲を!!」
「おいやめろ、暴れんなし! こちとら片足だけで辛いんだよぉ!! っつつ、いッてぇ……」
こうしてディックが傷付いた足をも使い、弾けた窓から外へと踏み出していく。
「ブルンブルン」と悶えて身を揺らすキャロを何とか抱えながら。
「セリーヌセリーヌゥ~一体どこかなセリィーヌちゃあん。 この際イシュ君でも構わんぜ~この足何とかしてくれやぁ~い」
そんな情けない歌をも歌いつつ、ディックは行く。
静かになった敷地の中を、日差しを受けて堂々と。
彼らしい陽気さを醸し出しながら。
自身の目的を達した今、彼の心はそう出来る程に軽くなったのだから。
こうして仲間達は静かに勇とデュランの戦いを見守り続ける。
その手に勝利を掴む事を信じて。




