~Au-delà du pouvoir <力を超えて> マヴォとアージ③~
魔剣【アスタヴェルペダン】が再び現世に顕現する。
巻き込んだあらゆるモノを破壊する、破滅の象徴とも言うべき魔剣を。
封印された理由がわかる程のおぞましさ放ちながら。
カプロもまさかここまでとは思わなかったのだろう。
だからもう彼も事実を知ってから、補助モジュールの再生産は行っていない。
マヴォの持っていた物が最後の一つだ。
それによって得た力を今、敵意を乗せて向ける。
一切の魔剣を纏わないマヴォへと。
「後悔するなよォ……!! もうこうなった以上は止められぬ……ッ!!」
「来ォいッ!!」
魔剣の放つ鬼気に魅入られて、アージの顔がグニャリと歪む。
もはや血を分けた弟であろうとも、もう容赦する気は無いのだから。
ギィィィーーーーーーンッッ!!!
魔剣に秘められた力ももはや臨界点。
今すぐ放てと言わんばかりに、走光が轟き叫ぶ。
「ならば行くぞォ!! もはやこの覇道塞ぐ者なしィ!!!」
その叫びが、轟きが、アージの咆哮を受けて唸りを上げた。
アージが飛び出し、巨大な魔剣を振り被ったのだ。
マヴォへ向けて一直線に。
「さらばだマヴォーーーーーーッッッ!!!!! 星に還れェーーーッッ!!!」
そして魔剣が打ち下ろされた時―――
―――場が一瞬にして、何者の介在も許さない白光に包み込まれた。
空気も、土壌も、音も色彩も。
視線も意思も、期待さえも飲み込んで。
巨大な白光珠の世界が、領域内の全てを何もかも押し潰す。
ゴゴゴゴ―――!!
まるで世界をも震わせる様だった。
例えその力の影響が限定された領域だけであろうとも。
それ程までに、【アスタヴェルペダン】の打ち放った力は強大なのだ。
しかもその力は直ぐには消えない。
内包した全てを潰し、壊し、引き裂ききるまで。
敵の意思を粉々に打ち砕く為に。
ズズズズ……
農地に突如として出現した巨大なドーム状の白光珠。
その姿は余りにも不自然で、それでいて神秘的で。
遠目で見ていた一般人や戦闘員達の視線すら奪う。
例え破壊の光でも、何もわからぬ者にはただただ美しかったから。
陽炎を伴い、白霞を纏わせて光るその様相が。
コォォォ―――
その力も遂に限界を迎え、白光珠が収縮していく。
全ての力を解き放ち終えた事で。
その様子もまた異様。
まるで強引に圧縮されていくかの如く、外面が震える様にして縮んでいたから。
でもその光が去った場所には何も残ってはいない。
土壌さえも消し飛び、珠の形をくっきりと残していたのだ。
そして次に現れしは―――アージ。
補助モジュールは使用者の命を守る機能も有している。
これ程の力に巻き込まれても自壊しない為に。
破壊の力を使う為に篭められた唯一の良心である。
「こうなる事は運命だったのだ。 信念も、願いも結局、力の前には無力……!!」
例え強い意思を持とうとも。
例え希望を願おうとも。
それを超える力を前には、ただの弱者の戯言にしかなりはしない。
だから力を奮う事を是とした。
力を持ち、それを奮うデュランを信じた。
その心は今、ようやく補完される事となる。
今見せた力が、強き信念を砕いた事によって。
砕いたと、勘違いした事によって。
「その様な運命など―――存在しないッ!!」
その一声は突如として響いた。
白光珠が完全に消え去る前に。
アージの正面から。
心の声と共に、確かに響いたのだ。
「なあッ!? バ、バカなあッ!?」
そして思い知るだろう。
強き信念が力などには屈しない事を。
それさえも跳ね退ける力をもたらすという事を。
マヴォは、耐えていた。
その力強い両腕を構えたまま、しっかりと耐えきっていたのだ。
白毛が銀色に輝き、一本一本に閃光が迸る。
揺らめき、靡きながらも。
その全てが壁。
その全てが意思。
こうして生まれた強靭さは、もはや究極魔剣の力をも超えた。
いくら押し潰されても、切り裂かれても、捻じられても。
こうして耐えきったのだ。
自身が足を突く大地と共に。
「俺は耐えきったぞッ!! アァーーージィーーーッッッ!!!!!」
その時、魔剣を受け止めていた両拳が振り開かれる。
その意思、その信念が生み出した力を一身に受けて。
バッキャァーーーンッ!!
その力、もはや魔剣ですら留める事は出来ない。
【アスタヴェルペダン】の前刃を砕く程に―――強靭。
「なんッ!?―――」
だがそれでは終わらない。
振り開かれた拳が、突如として再び目前に打ち付けられたのである。
魔剣の刀身を挟み込む様にして。
ガシャァーーーーーーンッッッ!!!!!
そして垣間見るだろう。
その意思の強さが強大だという事実を。
もはや想像を超えて、力をも超えて。
魔剣【アスタヴェルペダン】の刀身が破砕される姿を目の当たりにして。
まるで鋏の様に。
軸芯をずらした拳を撃ち当てただけだ。
ただそれだけで魔剣は砕け散った。
マヴォにはもう、魔剣を砕くのに魔剣など必要無いのだから。
少なくとも、目の前の信念を失った者の魔剣など、紙屑に等しい。
魔剣とは信念。
魔剣とは意思。
主の心を受け止め、力と換える魔剣である。
その全てを失ったアージに、もはや魔剣を強固にするだけの能力など無かったのだから。
「足を踏み外し!! 崖から落ちて溺れたのはお前だったのだ!! アージッ!!」
更には持ち手に正拳突きが見舞われ。
アージの拳が、魔剣の柄がへし折れる。
「お前は逃げて忘れただけなのだッ!! 魔剣使いとはなんたるものなのかをッ!!」
落ち行く魔剣の残体も、強烈な膝蹴りによって宙を舞い。
間も無く名刀が如き手刀によって真っ二つに切り裂かれ。
「信念と想いこそが力なのだと!! それこそが命力であり、可能性なのだとおッ!!」
拳が、脚が、幾度となくアージの顔を体を撃ち抜き。
その体を、心を、完膚なきまでに打ち砕く。
「その心を捨てたお前にッ!! 世界は微笑まないッ!!」
迸る力は気高く、高らかに咆える。
大気も大地も切り裂いて。
一撃一撃に魂を込めて。
唸る鉄拳。
猛る剛脚。
そこに全てを懸ける事こそがアージへの慈悲。
全ては、武人だったかの姿を取り戻す為に。
「だから俺はッッ!!! あの時の兄者よりもォ!!」
そして今、陽光を遮る白迅の烈光拳が振り下ろされた。
「強く在り続けてみせるッッッ!!!!!」
己の生き様を推し貫く為に。
この一撃こそが究極の慈悲。
力を求め、渇望し、溺れた者への救済の。
きっとかつてのアージならそれを願うだろうから。
力を信じ、心も信じていた頃のアージならば。
マヴォの一撃が産みしは再びのクレーター。
アージの体をも押し潰さんばかりの巨大な圧跡である。
再び土砂が舞い落ちる中でマヴォは見下ろす。
拳を撃ち抜いたまま、ただ静かに。
体も心も砕かれた惨めな兄を。
「もうわかったはずだ。 力に囚われたのはアンタだったのだと。 俺は、俺達はその力で粋がっている訳ではないのだと」
でも応えは返らない。
死んでいなくとも、返す気力すら砕かれていたから。
「犠牲も時には出るだろう。 守れない事もあるだろう。 そこを否定するつもりはない。 だが、それを見て見ぬふりをするよりも―――俺は、その犠牲に嘆きながら拳を奮いたい。 必要の無い犠牲を出さない様にと顧みる為に」
マヴォの握られた拳が解かれ、その身が起き上がる。
その力強さは衰えさえも感じさせないほど。
あれだけの攻撃を受けてもなお強靭のまま。
「俺達が力を持つのは他者を傷つける為ではない。 心を伝える為だ。 アンタの様なわからず屋とぶつかり、拳で語り合う為にな」
故に戦士は行く。
目の前の男には全てを伝えたから。
もうこれ以上語り合う事は無いから。
仲間達の戦いを見守る為に。
そして信じる勇が勝利を掴む瞬間を見届ける為に。
刻む足跡は、降りしきる土砂などにも怯まず―――気高く誇らしかった。