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時き継幻想フララジカ 第三部 『真界編』  作者: ひなうさ
第三十六節「謀略回生 ぶつかり合う力 天と天が繋がる時」
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~Coeurs qui se chevauchent <共感覚> ナターシャとエクィオ③~

――――――

――――

――




 これは遡る事、おおよそ三年程前。

 【東京事変】が起きた頃よりも少しだけ前に起きた、何気無い出来事の話である。




 魔特隊本部、カプロの工房。


「なぁなぁカプロ~! 俺達の魔剣ももっとカッコよくしてくれよ~!」

「してくれよ~!」


 そこにはカプロの袖を引いて離さない、若かりし頃のかの兄妹の姿が。

 カプロが不機嫌そうに頬杖を突いていようともお構いなしに。


「だから言ったじゃねッスか……【レイデッター】と【ウェイグル】はこれ以上弄りようがねーって。 せいぜいアタッチメント増設して共感応波長鮮明化くらいしか出来ねーって」


「言ってる意味わかんねーよ!! シンキみたいなカッコイイヤツがいい!!」


 相変わらずの駄々を捏ねるアンディ達を前に、もはやカプロの不機嫌さは最高潮だ。

 机を突く指のリズムがロックの如き素早さで刻まれる程に。


 それも当然か。

 この時間、カプロにとっては休憩時間の様なもので。

 そんな憩いの時間をこうも喚き散らされて潰されれば不快にも思うだろう。


「アンタバカッスか。 別にいいッスよ、弄って今よりずっと弱くなってもいいなら」


「「えー!! やだー!!」」


 対して、この様に喚く二人はどこか楽しそう。

 きっとこんなお喋りをする事も、二人にとっては憩いの一時なのだろう。


「―――その話、俺も気になるな」


 でもどうやらカプロにとっての憩いの時間は、更に混迷する事になりそうだ。


 勇の登場である。

 彼等の話が聞こえたからか、それとなく足を運んだ様子。


 カプロとしては本当は嬉しい事なのだが―――やはり心境は複雑と言った所か。


「しゃーないッスねぇ……簡単に言えば、この二つの魔剣はもうこの時点で完成されたも同然なんスよ」

 

「へぇ~そうなのか」


「これは憶測ッスけど、恐らくこの魔剣は古代三十種が出来た頃くらいに造られたモンッスね。 時代もさる事ながら、完成度は非常に高いと言っても過言じゃねッス」


 魔剣に関してはカプロが誰よりも何よりも詳しいのは、もはやこの頃からの常識で。

 並べられた御託を前には、アンディとナターシャも堪らず押し黙る程だ。


 すると突然、カプロがアンディの腰に下げた魔剣を素早く奪い取り、皆に掲げて見せる。

 そこに光る古代文字に指を向けながら。


「特筆すべきはこの魔導文字ッスね。 本来魔剣っていうのは魔導文字を並べて命力を増幅させる事で力にするんで、大概は『力、速さ、硬さ!』みたいな単純な言葉ばかりになるんス。 でもこの魔剣は他に見ない特異性がある……いわゆるメッセージになってるんスよ」


「メッセージ?」


「そうッス。 ここには『我が愚行によって心離れし弟へ捧ぐ。 いつかその心が再び紡がれる事を願って』と書かれてるんスよ。 きっとこれは兄弟喧嘩した製造士が仲直りの為に造った魔剣なんじゃねッスかねぇ。 でも、そこに篭めた想いは何よりも強かったから、魔導文字が力を持ったんス」


 魔剣は製造士の命力が篭められて造られる物だ。

 そうなれば自然と、打つ時に篭めていた想いもが伝わるのだろう。

 場合によってはこの魔剣の様に、力を持つ程にまで。


「いわゆる言霊ってヤツッスね。 魔剣っていうのは簡単に言えば〝精神機械〟みたいなもんッスから、造り手の篭めた想いがこうして特異な能力としてプログラムされる事もあるんス。 それがこの魔剣の強みってワケッスね」


 魔剣は従来、力を求めて魔導文字を刻んで造られる。

 でもこの二本の魔剣はきっと、想いを篭めた文字を刻んだ事で相応の力を手に入れた。

 そういう意味では実に希少な、それでいて魔剣らしい魔剣だと言えるだろう。


 こんな事もわかるのもカプロならでは。

 それは本人もわかっているからこそ、こう話す時は実に得意気で。


「だから下手に手を加えれば共感覚は失われる事になるッス。 要は基礎プログラムに余計な数式を打ち込んでシステム構造を台無しにする様なもんッスね。 ログも出ねーッスから復元も不可能ッス。 だからハードウェア増設によるマルチインターフェイスで回転数を上げて通信速度を向上させるしか方法がねーんスよ」


「「「それは言ってる意味がわからない」」」


 でもその一言を最後に、カプロの顔が再びしかめっ面になったのは言うまでもないだろう。

 調子に乗った者の末路は実に悲惨である。




――

――――

――――――






ガチチッ!!


 魔剣に装填された弾が切れ、トリガーの空打ち音がその場に響く。


 何発放たれたかはもうエクィオにもわからない。

 それ程長く、強く、一心不乱に撃ち続けていたから。


 濃い土煙が周囲を覆い、ナターシャの姿はハッキリ見えず。

 大きく広げられ、横たわって動かない手足だけが覗き見えるのみ。


 ただもう、そうなってしまう程に力を込めて撃ち込んだから。

 いっそ見えないままの方がいいのかもしれない。

 その様にして、彼の良心が惨劇の後を覗き見る事さえ否定する。


「ごめんよ、僕にはこうする事でしか君を救えないんだ……」


 使命から解き放たれる事も時には救いとなる。

 願わない行いから解放される、という意味から。

 例えそれが一方的な優しさから生まれた独善的行為であろうとも。


 これから導こうとしている地獄の様な世界では、ナターシャの様な優しい子は生き辛いだろうから。


 だからエクィオは嘆く。

 独善で人の命を奪った事に。

 母の面影を見せた少女を撃った事に。


「でも君の心を僕が受け継ぐから。 いつか必ず君の想いも叶えてみせるから」


 それさえも乗り越えて、空を仰ぎ見る。

 己の犯した罪をもその手に握り締めて。

 一時生まれた迷いを振り払う為に。






「ボクの想いは君には叶えられない。 ボク自身が叶えるから」






 だが有り得もしない声が届いた時、そんなエクィオは戦慄する事となる。

 確かに聴こえたのだ、死んだはずの者の声が。


「そんなまさかッ!?」


 咄嗟に見下ろし、注視してみれば。

 そこに露わとなった光景が更なる驚愕を呼び込んだ。


 そこに映るは、撃ち貫いたはずの素顔。




 何一つ傷の無い、ナターシャの幼な顔がそこにあったのである。




「なん……でッ!?」


 全ての弾丸で撃ち抜いたのに。

 渾身の力を込めて撃ち抜いたのに。

 なのに、傷すら全く無い。


 妙な点があるとすれば、撃ち放たれた弾丸か。

 何故かナターシャの顔の傍に無数に落ちていて。

 しかも全てが堅い物に弾かれた様にひしゃげて潰れている。


 その有り得もしない状況に、動揺しないはずも無かったのだ。


 でもナターシャの微笑みは消えない。

 まるでさも当然の如く、顔を震わせたエクィオを真っ直ぐ見据えるのみ。


「それはきっと、君がそれだけ優しいからなんだと思うよ」


 決して反撃する事も無く。

 抵抗する事も無く。

 ただ微笑み、言葉を返すだけ。


 まるで無事である原因が何もかも理解出来ているかの様に。


「僕が……何故ッ!?」


「だって、足元を見て?」


「ううッ!?」


 そう、理解していたのだ。

 最初から何もかも、ナターシャは理解していたのだ。


 エクィオの足元に輝くその根源が全てを伝えていたから。


 それは【レイデッター】。

 エクィオがナターシャの動きを封じる為に踏み締めていた魔剣。

 なんとその魔剣が輝きを放っていたのである。

 エクィオの感情の起伏に沿う様にして。


「魔剣が全部君の想いをボクに伝えてくれたんだ。 この魔剣はそれが出来る凄い物だから。 そしてボクの想いも君に届けてくれた。 そして応えてくれたんだ」


「じゃ、じゃあまさかこれは……ッ!?」


「そうさ。 ボクに弾が当たっても傷付かなかったのは、君がそうなる様に弾を撃ち出していたから。 無意識にボクを傷付けない様にって。 母さんを救いたいって気持ちがきっとそうさせたんだ」


 そう語るナターシャの言葉はエクィオの口調にも似てハッキリとしていて。

 まるで彼自身の心を代弁しているかのよう。


 いや、きっと実際にそうなのだろう。

 そう出来るのがこの二つの魔剣、【レイデッター】と【ウェイグル】の共感覚という力なのだから。


 いつかアンディの心と共有し合っていた頃の様に。

 今、ナターシャはエクィオと溶け込む様に繋がっている。

 エクィオが気付かない程に自然と。


 だから今、二人は一心同体。


 その上で人を慈しむ心までをも共有すれば、傷つけられるはずも無かったのだ。

 己の分身を、母の面影を持つもう一人の自分を。


 だから弾丸は自ら潰れた。

 エクィオの想いの乗った命力がそれ程強く籠っていたから。


「ごめんよ()、悲しませるつもりはなかったんだ。 ただ、わかって欲しかっただけで。 こんなに苦しまなくったって、目的を達する為の道なんていくらでもあるんだって」


「う、うああ……!?」


「デュランを信じたいっていう気持ちも痛い程わかったから、ボクにはこう言える。 こう続ける事は何より、僕が救われないんだってッ!!」


「やめろ、やめてくれ……!!」


「母さんの思い出をもうッ!! これ以上血で汚さないでくれッ!! じゃないと僕はもう、心が耐えられないッ!!!」


 これは決してナターシャの戯言では無い。

 エクィオが深層心理に秘めていた自身の想いだ。

 その想いを暗礁から掬い上げ、代弁しているに過ぎない。


 優しき青年の真なる心の叫びを。


「うわあああーーーーーー!!!??」


 そして共有された心がその事実さえ理解させ、エクィオが自身の体を退けさせる。

 まるで怯えて逃げる様にして。


 ただそれが二人の共有を解く事となる。

 魔剣から足が離れた事によって。


「君は凄く強いね。 ボクの心、押し潰されそうだった。 それくらい強い強い心だったヨ」


 そうして生まれた余裕の中で、ようやくナターシャがその身を起こしていて。

 相変わらずの口調で想いを返す彼女の姿が。


 でもその目には未だ潤いが残っている。

 それだけエクィオから受けた悲しみが深く大きかったのだろう。


 なまじ自分も不幸の出だから。

 親の愛情を知った上でそれを失った身だから。

 痛い程にその感情を共有する事が出来たのだ。




 それ故に、ナターシャは今―――エクィオを止めたいと強く願う。




「でも潰れて欲しく無いから。 ボクが君を救うよ。 そう願う心に従って」


 そう心に誓った時、ナターシャは突如としてとんでもない事を始める。

 なんと、その足に履いた魔導靴を破り脱いだのである。


「何をして……!?」


「もうこんな邪魔モノは要らない。 戦いにくいだけだったもん」


 魔剣という物はただ重ねて備えれば強くなれるという物ではない。

 時には特性同士が邪魔をして、戦法を阻害する事さえありうる。


 ナターシャにとって【ナピリオの湧蹄】は邪魔にしかならなかったのだ。

 それが無い時から【烈紅星】を体現する事が出来たから。


 むしろ、阻害するモノが無いからこそ、何よりも誰よりも―――星になれる。


「だから―――ここからが本番ッ!!」


 遂には魔霊装すら脱ぎ捨てて。

 布数枚だけを身に纏う軽装で、全てに対して挑み行く。

 防御など、重しなどもう必要無かったのだ。




 こうなった以上、もう誰も彼女を捉える事は出来ないから。




 その時、紅の閃光が戦場を駆ける。

 先程までとは比べ物にならない、まさに光の如き速度で。


「なにッ!?」


 刻まれるのは紅の残光。

 しかもエクィオを瞬時にして囲む形で描かれていて。


 辛うじて彼の魔剣が斬撃を防ぎ、激しい火花を撒き散らす。


 でも、ナターシャは止まらない。

 止められない。


 ―――捉えられない。


「なんなんだこの速度はッ!? ぐぅあッ!?」


 もう既に心は最高にまで昂っている。

 今まで以上に迸っている。


 相手の心を知ったから。

 救われたいと願っているから。


 殺すのではなく倒すのではなく、救う為に戦う。

 それがナターシャの最も望む戦いの形だから、ここまで力が出せるのだ。


「くそおッ!? 僕の眼が捉えられないッ!? なんでえッ!? ぐはッ!!」


 閃光が一迅刻まれるごとに、エクィオの魔剣が、腕が跳ね上がる。

 それは次第に間隔をも縮め、もはや体勢さえも維持が出来ない。


 その威力は魔剣【ワトレィス】が筐体を維持出来ない程に強烈。

 刃も、銃身も、砲塔も、閃光が走る度に削れ、欠け、ひしゃげて潰れゆく。


 それ程の速度。

 それ程の威力。

 それ程の連撃。


 その脅威は遂にエクィオ自身をも削り始め。

 肩、腕、胸、腹、背中、腰、脚、至る場所に瞬時にして斬撃が刻まれていく。


「があああああッ!?」


 もう見る事も予測する事も出来ない。

 まるで嵐、まるで裂空。

 かつて【東京事変】の時にアンディと共に見せた破壊の奔流を今、彼女は一人で体現する。


 紅い髪と、紅い光。

 二つの色が交わり、廻り、渦となる。

 そして巻き込み、削り、押し潰す。

 刻まれた斬撃が熱をも帯びながら。


 彼女の生む軌道が、軌跡が、新たな重力源を生み出して。

 小さな破壊の恒星を今こそ形成する。


 そうして生まれた引力に、もはや地球の重力など無に等しい。




 その姿、まさに紅炎(プロミネンス)を纏いし太陽の如く。






 紅恒星の斬撃軌道(ブレードフレア)が、核とせし者の全てを刻んで焼き尽くす。






 これこそが―――【烈紅星(クァイレヴィ)】。

 異名そのものとも言える、ナターシャの誇る必殺剣である。


 この技を前に、もはや誰一人として立つ事は叶わない。


「がはっ……」 

 

 技が解かれ、エクィオがその姿を大気に晒す。

 全身を焼かれ、刻まれた痛々しい姿と成り果てて。


 もう魔剣さえも粉々に砕けて跡形も無く。

 その戦意さえも、もう既に焼き尽くされていた。


「ごめんね、ボクはこうすることしでか君を救えない―――なんてね」


 でも死んではいない。

 死なない様に、エクィオの戦意だけを奪うのみ。


 それで十分だったのだ。

 

 華麗に空を舞い、華麗に大地へ着地を果たす。

 そう魅せたナターシャの姿はとても誇らしげで―――とても嬉し気で。




 一人の心を救えたから、それだけで十分に満足だったのだ。




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